傭兵隊、灰色の狼は町での行動を開始する。
「ふう、やっと着いたか。ウルグス町に」
ミゲールはつぶやく。
この町への来訪の目的はもちろん、ベルモン・グローとその弟子たちの殺害、および町での略奪である。彼のうしろには、隊の傭兵たちがそれぞれ馬に乗っている。
隊の全員で今回の目的を達するべく、ミゲールは手下どもを引き連れてきていた。
「死刑執行人に遅れてのご到着だ。すっかり夜になっちまったな。一応、予定通りではあるが。奴らよりも随分と遅れて王都を出立した以上は、到着が夜になるのはわかっていたことだしな」
ミゲールは夜の明かりをちらほらと灯す町を眼下に見下ろす。
死刑執行人連中が王都を出立したのは、二日まえの朝方。その出立を確かめたのち、かなり時を置いてからこちらは王都を発った。一応は同日のうちにだが。
死刑執行人どもが王都を出立した直後に、手勢を率いてそのあとをぞろぞろついていく。そんな行動をとる気などさらさらなかった。
そのあとをついて回り、連中の近辺をうろうろしたりすれば、そうした行動を当然ベルモンたちも怪しむだろう。奴らも馬鹿ではない。こちら側がそうした行動をとる理由だって、間違いなく気づくはずだ。
自分たちの殺害を狙って、こちらがそうしている可能性があるということに。こちらとむこうが、もめた経緯もあることから。
すると当然、ベルモンたちも身を守る行動をとるだろう。その際、連中がどういう挙に出るかまではわからない。が、行方をくらまして王都に舞い戻るという選択をすることも考えられる。
そうなれば王都では手出しができない以上、こちらはベルモンたちを殺せなくなってしまう。かといって先回りをして、ウルグス町で連中を待ち受けるということもできない。
ウルグス町はちいさい。軍隊がたむろっていれば、外からでもすぐわかるだろう。ウルグス町に入るまえに、ベルモンたちにしてもそのことを察するだろう。
さすがに遠くからでは町にたむろっているのが俺たちの隊、灰色の狼だとまではわからないかもしれない。だがとりあえず軍隊がたむろっていると知れば、奴らも考えるはず。なにかしらの騒動に巻き込まれかねない危険が、身に降りかかる可能性を。
とすればその危険を恐れて、連中はウルグス町へ向かうのを避けるかもしれない。
もしそこにいる軍隊がこちらの手勢だと連中に知れれば、より一層その可能性は高まるだろう。
ベルモンの奴ともめた男である俺の傭兵隊が町にいるとあっては、身に危険を覚えるだろうしな。
そうなればベルモンたちは危険を恐れて、王都へ退散するかもしれない。
だとしても王都へ戻る帰路の途上で奴らを狙うなら殺せるかもしれないが、成し遂げられる可能性はひどく薄い。
町へ来るまえに奴らに退散されてしまえば、こちらはすかさずその後を追えまい。
そのままベルモンたちの行方を見失うことにもなりかねない。そうなれば殺すことも、ままならなくなってしまう。
密偵を我々に先行して出し、旅する死刑執行人どものあとを付け回させようとは思わなかった。
密偵を放てば、連中の行方を知るには便利ではある。しかしそんな真似をしたら、あとをつけまわす密偵の存在を死刑執行人どもに気づかれてしまいかねない。
そのあげく密偵が奴らに捕らえられれば口を割らされて、こちらが連中のあとを追い回していることが露見しかねない。
そうなれば危険を覚えて連中は姿をくらまし、王都へ戻ってしまいかねずこちらは目的を達せられなくなる。なら、これもまただめだ。そんな真似などもできようはずもない。
だがこちらとしては、連中を殺せなくなる状況に陥ることは防ぎたい。できれば、ウルグス町で始末もしたい。ついでに、ウルグス町で略奪を果たすつもりでもあることだし、同じ場所で一挙両得を狙う意味でもな。
そこでその目的を達するために、俺はすこしばかり手を打った。ベルモンたちよりかなり遅れて王都を出立し、ウルグス町に出向くようにした。そうすれば、ベルモンたちとの距離はかなり開く。
互いに遠く離れてさえいれば、ベルモンたちに知られることもない。こちらが手勢を率いて、同じ場所へ向かっているということを。
ベルモンたちは怪しむことなく、ウルグス町へたどり着くだろう。
我々は遅れてたどり着くことになるが、そのときに奴らがまだ町にいればそこで連中を襲って殺せることになる。奴らに遅れて出発するなら、おそらくはこちらの到着は夜になるであろうからそのときに。そう考えてな。
とどのつまりは、打ったにすぎんが。単に時間差をつけて出立するだけの、くだらん小細工を。
だが悪くない手のはずだ。奴らをウルグス町で仕留めようとするなら。
「死刑執行人のやつらは、もうあの町にいるんですかね?」
隣で馬上にいる部下の一人が、ミゲールに尋ねた。
「いるだろ、たぶん。グローの奴がここに赴くって、自分で云っていたんだしよ。まあ、念のためあの町に手下の一人を先行して行かせてあるんだ。
俺らが来たときに、奴らがまだこの町に滞在しているかどうかを調べさせるためにな。その情報は、すぐに知れることになるだろうよ」
こちらが遅れて到着するのはいいが、そのときにベルモンたちが町にいるとは限らない。来ていないとは考えにくいが、訪れたとしてもすでに町を出て、その居場所を変えているということもありうる。
むろんその場合にはすぐにあとを追い、奴らを仕留めればいいだけの話ではあるが。なるべくなら、ウルグス町で殺したくはあっても。
ともあれこちらとしては、奴らがいてくれればいいのだしな。奴らを殺したとしても、その罪でこちらがけっして国に裁かれることがないような場所に。奴らを殺すことだけを考えるなら、べつにこだわる必要はないわけだしな。この町で殺すことに。
要はそういう場所にいてくれさえすれば、こちらは奴らに遠慮なく手を出せる。
べつに奴らが町にいなくても、問題ないというわけだ。もちろん俺たちがここまで訪れたのには、ほかの目的もある。
町での略奪もしなくちゃならない。
だがそんなことは、奴らを殺したあとにでもおこなえばいいことだしな。奴らの始末後に、町に出向いて。略奪のためにどのみち町には行くつもりであるので、そうすることになんら問題もないし。
だがなにはともあれ、死刑執行人どもを殺すためにこちらはあとを追ってきたんだ。まずは奴らの始末を考えねばならないし、死刑執行人どもの居所がわからなければそれもままならない。
そのため町に到着したときに、奴らがどこにいるかを知る必要がこちらにはあった。
そこで一人だけ部下をさきに行かせ、密偵として町に潜り込ませたんだが。
こちらが町に訪れるまで死刑執行人連中の動向を見張らせ、こうして到着した際にはベルモンたちの正確な居場所を報告させるために。
密偵を放てば、その存在が連中にばれる恐れはある。しかし無害な旅人を装わせて密偵を町に潜ませる程度のことならば、ベルモンたちも怪しむまい。
旅人が一人くらい、町にいたところで不自然ではないからな。安心して町にやって来るだろう。来ても、町に密偵が一人潜んでいるとはまず気づくまい。連中を町で襲うにしても、なんらかの支障が出るとも思えん。
そうした手を打ったことに問題はないし、俺たちがウルグス町にたどりついたいまは、まずその報告を受けねばならんが。
死刑執行人が町にいるのか、いないのか。その報告を聞いて、連中の動向を確認しなければ立てられんしな。
連中がこの町にいるなら、かねての予定どおりにここで襲うか。いないなら、そのあとを追うのか。今後どうすべきかの指針が。
あるいは聡くも奴らが密偵の存在に気づき、その姿をすでにくらましているということもある。
その場合には、こちらはなにもできなくなる可能性もあるが。それでも一応、その動向を知ろうとするなら確認する必要がある。
ここで思考を止めると、ミゲールは周囲を見回して問いを発した。
「先行して、町に行かせていた密偵はどうした? すでに、ここにいるのか? それとも、そいつからなにかしらの報せが来ているのか?」
ウルグス町を見下ろせるこの崖上は、特徴的な場所だ。それだけに、ここへ来るのに迷うこともない。待ち合わせしやすい場所といえる。俺は以前ウルグス町に来たことは幾度かあり、この場所も知っていた。
密偵として先行させておいた手下も同様だ。
だからここで、その密偵と待ち合わせをすることにしていたのだが。こう密偵にも命じておいたはず。予定では、自分たちの到着はこの時刻ごろになる。一旦、この場所にも訪れる。
だから夜にその場所に自分で来るか、なにかしらの方法で連絡してベルモンたちの居所についての情報をよこせ、と。なのに、まだ密偵は来ていないのか?
そうミゲールが思ったとき、彼のうしろに控える手勢たちのなかからおもむろに声が上がった。
「ここに来ています」
その声の主は、ミゲールが町に潜り込ませていた密偵だった。
その密偵は手勢たちのなかから姿をあらわすと、ミゲールの横にやってきた。
「おう、いたか。で、どうなんだ? 死刑執行人の奴らは町に来たと思うが、まだ滞在していやがるのか?」
ミゲールは、そう尋ねた。隣にやってきた密偵に。
「はい。この日の午後に来て処刑を終わらせ、いまは町に一つだけある宿に泊まって滞在してます」
密偵はミゲールに報告した。
「処刑を終えたあとは、たいてい奴らはこの街の宿に一泊する習慣のようです。
奴らが王都からこの町へやって来て処刑を終えるまでに、それなりの時間がかかるようでして。
本日もそうですが、処刑を終えたときには、いつも夕刻になってしまうようです。それから王都に戻ろうとすれば、夜通し旅をすることになって疲労してしまいます。
ですので連中は常々ここへ訪れたら町に一つだけある宿に一泊して躰を休めたのち朝方に出発し、いつも王都に戻るようにしているようです。
その習慣どおり、今日もそうしたみたいです。連中はその宿に一泊してから、明日の朝方にここを発つ予定のようです。町の人間に金を渡して探ったので、これはたしかな情報です」
そうか。ミゲールはうなずいた。どうやら、奴らに密偵の存在は気づかれなかったようだ。密偵もうまくやり、奴らの動向を探ってきたらしい。ミゲールはにこやかに笑んだ。
「よし。連中がここにいるんならよ。早速、でめえらで襲って皆殺しにしてこい。死刑執行人どもを。この町の奴ら、もろともによ。当初から予定していた通りにな」
「ついでに、町の略奪も派手にしやしょう」
部下がそう云うと、だな、とつぶやいたミゲールは背後を振り向いてこう命じた。
「副隊長。その陣頭指揮をおまえに委ねる。俺がいなくとも、おまえならできるだろ。隊の全員をうまく動かして。死刑執行人どもの始末と、町の住人の皆殺しも。町での略奪にしても。
戦力だってグローどもや、こんなしけた町の連中なんかと比べても、はるかに俺たちの方がうえでもあることだしな。抵抗を受けたとしても、問題なかろう」
「隊長は、どうされるんで?」
ミゲールの背後で馬にまたがって控えていた、ロレッタ・サンティ副隊長はそう尋ねた。ぼさぼさの黒髪と無精ひげを蓄えている中年の男で、彼をミゲールは自らの片腕と信用していた。
「俺はだな。ほら、この町にゃ、あそこに見えるように教会があることだしよ」
ミゲールは月の光に照らされている、眼下の教会を指で示す。
「そこに行って、ちょっくら神に祈りでも捧げてくるわ。戦いのまえに、いつも神に乞うようにな。戦いの際に犯す罪への許しを。それと今回も、俺たちが勝利を得られるようにともな。
今回は、死刑執行人の奴らと町の人間を殺すんだ。町の略奪だってする。その許しを神から乞わねえと天罰があたっちまうよ。神には、お願いしときてえしよ。戦う際にはどんなときでも。俺たちが勝利を得られるように。戦いのまえには毎度な」
ミゲールが微笑して答えると、副隊長は肩をすくめた。
「へいへい、まったく、神が大好きな隊長らしいことですな。お好きになさってくださいな。仰せの通り、きちんと陣頭指揮はしときますから」
「まあ、頼まあ。なにかあったら、俺は教会にいるからよ。そこへ報せに来てくれや。それとあとでおまえがどう事をすすめたか、今回の企ての進捗を報告にきてもらうとうれしいな。ないとは思うが、万一おまえの手に余るようだったら俺が出張るしよ」
「わかりました。そうします」
「じゃ、あとはよろしくな」
そう云って、ミゲールは馬腹を蹴って馬を走らせる。そのすぐあとに、気を利かして副隊長が周囲の手勢に向かってこう命じる。
「この町は、いまでも悪党どもの巣窟だ。悪党に襲われて、隊長にもしものことがあっちゃいけねえ。おい。隊長の護衛役をいつも担う奴らの、誰でもいい。
そのうちの誰か二人ほどが隊長についていって、護衛しろ。まあ、隊長ほどの腕利きには護衛なんかいらないかもしれねえが。一応は念のためにな。
腕利きの隊長には二人も護衛がいれば、充分に自分の身を守れるだろうし」
「わかりやした。じゃあ俺たちがついていきます」
そう云うと、手勢のなかから馬に乗った二人が飛び出して隊長のあとを追った。
彼らが夜の闇に消えていくのを見届けると、副隊長は手勢に向かって指示を出した。
「そんじゃ、野郎ども。これから、死刑執行人どもと町の奴らを皆殺しにするぞ。町の略奪も、もちろんおこなう。これからどうするか、いま俺が指示するからよ。しっかり耳の穴かっぽじって、よく聞いてろよ」




