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師は傭兵隊長に、殺意をたぎらせる。

「自分勝手な男だな」

                 

 ふん、と鼻を鳴らして冷ややかに師は応じる。


「云っておくが、俺にそんな誘いをかけるなぞ無駄な努力というものだぞ。

 死刑執行人を離れられないという事情があるのもさることながら、俺自身も気に入っているんでな。死刑執行人という立場が。

 その立場にいれば、人を拷問し、殺したとしても罪人として捕らえられることなどないしな。俺の嗜虐性も満たせるからな」


 自らの嗜虐性については、昔の部下という立場からミゲールもよく知っているはず。隠すまでもない。なので、そのことを師は口にした。


「それゆえ、まるで思わんのだよ。死刑執行人という職を手放そうとも。この国から逃れたいなどとも。

 実際に一度としてないしな。死刑執行人という立場から、自ら逃れようとしたことなど」


 アルプレヒト公爵は、この俺が逃げる状況もありうるといまも考えている。その職への適性はあると思うが、死刑執行人として世間から受ける仕打ちに結局は俺が耐えられずに。

 実際には、結果は真逆だったが。

                   

 俺は自らの意志で留まり続けた。死刑執行人として、この王都に。死刑執行人という立場のせいで世間から冷たい仕打ちを受けもするが、それでもな。一度としてなかった。どこかへ逃亡するなどということは。

 それだけ気に入ってしまったからだ。合法的に人を虐げられ、自らの嗜虐性を満たすことができる死刑執行人という職を。たしかに嫌気がさすこともあるが。世間から冷遇を受けることで、ときにその境遇に。

 だからといって、そんなことでお気に入りの職を自ら手放す気にはなれなかったのだ。

 

 もっとも、死刑執行人という職に不満がないわけではない。死刑執行人にしたって、好き勝手に人は殺せない。その点に関しては不満だらけだった。

 嗜虐性が強い俺としては殺意を催すほどに嗜虐性が疼いたときには、すぐにそれを解消したいというのに。

 しかし当然ながら、いくら死刑執行人であったとしてもだ。人をを処断する務めがない場合には、その務めによって疼く嗜虐性をすぐには解消できない。

                   

 そのため死刑執行人となってから間もなく、賊として暗躍をはじめた。つまりは朧があらわれはじめたとされる、約二十年まえから。


 殺しの欲求が疼いたときには、すぐに解消できるんでな。いつなんどき、嗜虐性が疼いたとしても。賊として暗躍すれば、好きに人を殺せて。

 

 その結果、もうどこにもなくなったわけだ。

 俺が死刑執行人の職から、おのずと離れなくてはならない理由は。

 

「ほほお。するとグロー隊長は、その身を公爵によって縛りつけられているわけではないと?」


 事情を知るミゲールは確認をする。


「そのとおりだ。望めば、おそらくできると思うしな。王都の死刑執行人という職を放棄することも。公爵の手の内から逃れることも」


 ベルモンは答える。

 

 これはべつに負け惜しみではない。もし俺が王都から死刑執行人の職を捨てて逃げ出したとしたら、アルプレヒト公爵から追っ手が必ずかかるだろう。その場合には、逃げるのにひどく苦労をするかもしれない。アルプレヒト公爵の力は強大なので。

                  

 それでも俺には自負がある。剣士としての力量が相当にあるというな。その力があれば、昔から逃げようと思えば不可能ではないと思っていた。逃げるのに苦労したとしてもな。

                   

 くわえて、いまではそこそこ兵として使える自ら鍛え上げた弟子たちもいる。その弟子たちの力も用いれば、最終的には逃げおおせられる可能性は高いはずだ。

 ただし、失敗の可能性もないとはいえない。ベルモンはその指摘も付けくわえる。


「とはいえ、アルプレヒト公爵は強大だ。逃げたとして、捕まる可能性も否定できない。実際のところは、やってみなければわからないというところだが」


「もし逃げたりしたら、さぞやしつこく追われるでしょうからね。グロー隊長は、いまでもアルプレヒト公爵からにらまれているようですし」

 

 ククっと低くミゲールは嗤う。事実であったのでベルモンは否定しなかった。ただ手を組んでこうは云った。

                    

「そんな俺の身のうえを、おまえはどうする気だ。おまえとしては俺自身の気持ちのほかに、その点もどうにかしなければなるまい。この俺を傭兵に復帰させようというのなら。

 死刑執行人を離れたくないという俺自身の気持ち。アルプレヒト公爵に睨まれている俺の身のうえ。俺を傭兵に復帰させたいのなら、その二つの難関がある。その二つを越えなくては、俺を傭兵に復帰させることなどできんのだからな」


「どうにかしますよ。なんとかできる当てもありますしね。あなたの身のうえについても、じつは」


 というと? すこしばかり身を乗り出して師が問うと、ミゲールは説明を続ける。


「我々の傭兵隊を正式に軍に雇いいれてくださったのは、王国軍副司令官のギーセア伯爵でしてね。その縁で我々は配されたんですよ。ギーセア伯爵の麾下に」


「随分な出世だな。灰色の狼は、必要があれば国に臨時雇いされるだけの傭兵隊だったのに」


 ベルモンは回想する。もともと、俺のつくった傭兵隊は戦場を気ままに渡り歩く部隊だった。俺が灰色の狼に似た風貌を持つことで、その名を冠したな。

 

 しかし所詮は、傭兵隊にすぎん。それだけに、残忍な振る舞いもよくした。べつだん、不思議なことではない。傭兵隊というのは生きるために賊まがいのことも平気でする凶悪な性質を本来は持つ。灰色の狼も変わりなかった。

 ただ通常の傭兵隊に比べて、輪をかけて残忍という評判はあったが。俺が隊長だった当時には。

                   

 それというのも俺という嗜虐性の強い男を隊長として頂き、その命令に隊の手下どもが従っていたせいだ。傭兵隊の特質そのものは普通に過ぎなかった。灰色の狼は世間によくある、そんな傭兵隊に過ぎなかった。

                   

 そのことはアルプレヒト公爵も理解していた。ゆえに俺が処罰されたときも、隊自体に咎めはなかった。公爵がこう考えたために。嗜虐性の高い隊長が抜ければ、残虐な所業もしないだろう、と。

 それに、灰色の狼は戦場で実績を残した勇猛な隊だ。

 隊長が抜けても、隊が勇猛なことには変わりない。残しておいた方が、戦場で役に立つだろう。

 そうした公爵の考えもあって、許されたのだ。傭兵隊、灰色の狼は。

 初代隊長が抜けてからも、二代目の新しい隊長が率いて存続することを。

 俺という嗜虐性の強い男が抜けたことで、際立った残忍な所業もしなくなった、まことに普通の傭兵隊に成り下がりはしたが。

 そのこと以外には、とくに目立つ変化は隊にはなかった。ときに国に雇われながら戦場をさすらう。そういう暮らしを以後もずっと、それまでと変わらず送り続けた。

 そのことはベルモンも知っていた。自分が隊を抜けてのちに話で聞いている。

                  

「ええ、そうなんですけどね。たしかに俺が四代目の隊長になってからも、その状況は変わりませんでしたが」


 ミゲールは認めた。


「ですが最近、ギーセア伯爵が我々をとみに評価してくださいましてね。戦場での我々の働きが優れていたことで。そういう経緯もあって、ギーセア伯爵との縁も強まりました。

 そのおかげで、こちらも多少はできるわけです。ギーセア伯爵に頼みごとくらいは。

 ですので、なんとかできると思うんですよ。グロー隊長を傭兵に戻すくらいのことは。王国軍副指令のギーセア伯爵を頼れば。

 いくらアルプレヒト公爵が強大でも、王には太刀打ちできません。ギーセア伯爵を通じて王を動かし、グロー隊長を傭兵に戻す許しをどうにかして得れば、アルプレヒト公爵もそれを呑まざるを得ないでしょうしね。

 ですから結局のところ、グロー隊長の気持ち次第で決まると考えていただいて差し支えないかと。俺に従って、傭兵に戻るかどうかは」

                   

「たしかにその話が実現できるのなら、そういうことになるな。王から許しを得るなどと、そんな芸当が本当に可能かどうかしらんが。いわずもがなだが、アルプレヒト公爵の力は見くびれんぞ。

 いくらおまえがそういう方法を用いようとも、公爵はきっと邪魔をしてくると思うがな。公爵が未だ俺を死刑執行人のまま、手元に置きたがっている以上は」


「大丈夫です。なんとかしてみせます」


「ふん、どうだかな」


 いったんは穏やかにそうつぶやいたものの、ベルモンはすぐにその態度をひるがえした。椅子の背もたれに深く躰を預けて尊大そうに足を組みなおすと、眉をひそめてこう吐き捨てた。


「もし実現が可能だとしても、俺の気持ちはどうなるんだ? 死刑執行人を気に入っているというだけではない。正直な話、俺としては我慢ならん。かつての部下の下風につかねばならぬ状況などはな。

 かつての部下に膝を屈する身に甘んじながら、傭兵稼業に戻る気になんぞ到底なれんな」


「そこを考え直してもらえませんか」


 ミゲールは頭を下げた。


「是非、俺としては来てほしいところなんですよ。あなたには、俺のもとへ。できれば、弟子の方々もご一緒に」


「弟子もだと?」


「はい。結構、弟子の方々も鍛えられているようですしね。たったいま、訓練を見させていただいたところでは。いい傭兵になりそうだ。来てくれれば、俺の力になってくれそうです。

 どうです? 話を飲んでくだされば、それなりにいい待遇は保証しますぜ。あなたにも、弟子の方々にも」

                 

 ミゲールは提案したが、ベルモンは腕を振り上げて小卓を思い切り叩いた。同時に、激昂して叫ぶ。

                 

「そういう問題じゃねえ。なんだって俺が、おまえごとき下郎に仕えなけりゃならねえんだ。死んだって、おまえごときに仕えるなんざごめんだぜ」


「それほど私の下につくことが承服できませんか」


 ふう、とミゲールはため息をついた。


「ああ、到底な。まったく、てめえは俺のことを舐めてやがる。さっきから聞いてりゃ、てめえは俺のことを格下と考えてみくびってやがるしよ。

 そのうえ自分の下につけだなんて、ふざけたことをほざきやがる。本当に舐めきっていやがるよなぁ」


 段々とベルモンは憤りのおさまりがつかなくなってきた。内面の煮えたぎった溶岩は灼熱し、火山のごとく噴出した。ベルモンは荒々しく猛る。


「許せん。てめえ、まじで俺を怒らせやがって」


 ベルモンは怒りの形相をあらわにする。


「おい、ミゲール。覚えているか。昔、到底許せねえくらいに俺を怒らせた場合、そいつらがどうなったかを。そいつらと同じ末路を、おまえにも辿らせてやらぁ」


「殺すつもりですか、俺を」


「いますぐには殺さねえよ。下手に殺せば、その罪でこっちが国から処罰されちまうからな。だがみてろよ。こっちが処罰されねえようにして、おまえは必ず殺してやるからな」

                   

 ぎらりとその灰色の瞳を光らせ、ベルモンはミゲールをにらみつける。


「そのときに、おまえに思い知らせてやる。おまえは、自分の方が俺よりも上だ考えているようだがな。その考えが、所詮は思い上がりに過ぎないってことを。

 とくと思い出させてやるよ。俺の恐ろしさも。おまえよりも俺の実力の方が、圧倒的に上だということもな」


「どうやら、随分と怒らせてしまったようですな。残念です」


 ため息をつくミゲールに、ベルモンは命じて追い払う。


「もう帰れ、ミゲール。おまえも今日のところは。こちらにも、あいにくともうないんでな。おまえの相手なんぞをする時間なぞ、これ以上は。

 こちらにも務めがある。そろそろ用意をしなくては、務めに出向くのに間に合わなくなっちまう」

                  

「わかりました。とりあえず今日のところは引き揚げて、あらためて出直すことにしますよ」


 聞き入れて、ミゲールは椅子から立ち上がった。

                

「好きにしろ。ただ俺は、しばらくこの家にはいない。処刑のために出向かねばならんのでな。ウルグス町に。またここに来るなら、俺が戻ってからにするんだな」


 ベルモンはそう云ったあと、唇を歪める。


「もっとも、もうおまえはここに来ない方がいいと思うぞ。とっとと逃げ出して、どこかへ急いで身を隠せ。そうした方が、おまえの身のためだろうよ。俺に殺されたくなければな」

  

「ご忠告、どうも。ですが俺も苦労したあげく、正式に王国軍の一員になれたんです。その立場を捨ててまで、身を隠す気になどは到底なれませんな。では後日」


 忠告に従う気はないことをあきらかにし、ミゲールは一礼を施して踵を返した。

 

 ベルモンは、ふん、と軽く鼻先で応じる。

 それ以後は、黙ってベルモンは見ていた。部下を引き連れて広間の扉から外へ出ていこうとするミゲールの後ろ姿を。

 その際、ミゲールは覆面をかぶったルートヴィヒの方をちらりと見やった。邪魔をしたな、と口を動かす。

 いえ、とルートヴィヒは答える。その後、ミゲールたちは外へ出ていき、家の扉はルートヴィヒによって閉められた。

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