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かつての部下に、下につけと命じられて師は激怒する。

 ミゲールはベルモンに説明をする。


「お聞きのとおりですよ。もう一度、傭兵として働いてみる気はありませんか? 以前は私があなたに仕えてましたが、今度は立場を逆にして」

                

「おまえに仕えろだと?」


 じろっとにらむ師に、ベルモンはうなずく。


「ええ。私としてはですね。このたび、せっかく国に正式に仕えられたのです。その好機を活かし、今後さらにのしあがってよりよい暮らしを手に入れたいんですよ。

 その実現のためには、いくらでも優秀な配下は欲しい状況でしてね。のしあがるには、優秀な配下も必要でしょうから。

 ですので、グロー隊長。あなたにも傭兵に復帰して欲しいんですよ。かつて凄腕の傭兵だったあなたが健在で、その腕も衰えていないというのなら。今度は私に仕えてもらってね」


「それが、おまえが俺のもとを訪れた要件というわけか」


「まあ。未だ健在かどうか消息をさぐり、挨拶に来てその腕前をたしかめようとしていたのも、そういうわけからです。あなたを私の部下に招く価値がある力を、いまも持つかどうか。そのことを知りたかったからなんですよ。自らの目で見極めてね。

 くわえて、もしあなたが傭兵に復帰できそうな状態にあるなら、口説き落としたいという目的もありました。他人任せにするより、あなたをよく知る私が口説いた方が落とせる確率は高いと思ったものでね。

 それで、私はこうして出向いてきたのです。わざわざ、あなたのもとへね」


 うなずくミゲールを見て、師は深く嘆息をついた。


「おまえが、俺のもとへ訪れようとした理由はわかったがな。ミゲール。偉くなったものだな、おまえも。ええ? かつて世話をしてやった俺に対して、そういう口を叩ける身分になったとはな」


 師は右足をすこし上げてから、勢いよく靴の踵を床に思い切り打ちつけた。ダンという音が辺りに大きく響き渡る。

                  

「俺に仕えろだと? そんな要請をするとは、よくもほざいたものだな。俺よりはるかに格下のおまえごときが」


 師は怒声をあげた。怒りの表情もあらわにする。そのことに、とくにミゲールはたじろいだりしなかった。ため息をつくと、つとめて冷静にかつての隊長に語りかけた。


「グロー隊長。私はこれまでずっと、傭兵を続けてきたのですよ。あなたが傭兵から死刑執行人になって以降もね。

 あなたが死刑執行人として安全な場所でぬくぬくと暮らしていたあいだにも、私は傭兵として死線を幾度もくぐりぬけてきたんです」


「だからなんだ? いまやおまえと俺とでは実力が違う。おまえの方が、力は上だとでも云いたいのか?」

                 

「そのとおりですよ。いまの私なら傭兵としての実力は、あなたをはるかにしのいでいると思っています。かつてはともかくとしてね。単純に剣の腕前一つとってみても、俺の方が強いでしょう。

 ですからあなたが怒りを見せたところで、私は怯まずにもいられる。かつては怯んでましたがね。あなたが現役で、私がまだ傭兵として駆け出しのころには。力も経験も不足していて。

 でも、いまは違う。

 かつてと逆転しているのです。すでにあなたと俺の力関係は。いまやあなたと俺、どちらかが一方に従わねばならないとしたらですよ。従うべきはあなたであって、俺ではないと思うのですが」


 そうミゲールが語ったとき、ゴーマとジマが水浴びを終えて広間に姿をあらわした。

 おかげでちょうど耳にしてしまっていた。たったいまミゲールが口にした師を見下すような発言も。ゴーマは顔に怒りの表情を浮かばせる。


 こっちは大事にされているだけあって、師に敬意を示しているんだ。

 なのに、師を見下すような発言をされたとあっては聞き捨てならない。それもかつての師の部下がそんな口を叩いたとあれば、なおのことその増長は許せん。

 憤慨したゴーマは話に割って入った。


「なにを云う。そもそもおまえの傭兵隊は、師のものだったろうが。隊をつくったのは師だし、初代隊長なんだからな。もし師が傭兵に復帰するとしたら、隊長になるのはおまえではない。その座は、師が就くべきだろうが。おまえがその座を師に引き渡せ。師の傭兵隊への復帰を望むならな」

                 

 まずゴーマが怒声を上げると、ジマも同調せざるを得ない。ゴーマとひどく仲がいいこともあって。

 師を侮辱されたのなら、黙ってもいられない。侮辱した相手に怒りを示さなければ、自分に敬意を示していないと師にみなされるかもしれない。

 そうなると、あとで師になにをされるかしれない。師への恐怖と、仲のいいゴーマへの好意にジマは突き動かされた。すかさず彼はゴーマの援護に回る。


「そうだ。もともとおまえは、師に仕えていたんだろうが。もし師が復帰するなら、その支配下におまえが下るべきじゃないのか」


 ルートヴィヒは、事の成り行きを見守っている。師もゴーマも、憎んでいつか殺してやりたい相手だ。湧くはずもなかった。ゴーマに同調する気も。師を擁護する気も。

                   

 ルートヴィヒが黙って見ていると、今度はミゲールの部下二人も怒り出す。彼らとしても、自分たちの隊長に敬意を抱いている。その隊長に、たかが死刑執行人ふぜいがこんな口を叩くのは見過ごせない。


「馬鹿を云うな。これまでずっと我々の隊を率いてきたのは、リネイラ隊長だ。元隊長が戻ってきたからといって、なんだって隊長の座を返さないとならないんだ」


 ミゲールの部下のうち、ひげの生えた男が反論すると、頭のはげたもう一人も反撃に乗り出す。


「まったくだ。もう引退して久しいかつての隊長なんて、役立たずだ。常に戦場にいた隊長に比べて、傭兵としての実力が衰えているに決まっているんだ。いまやより優れた実力を持つ隊長の方こそが、上に立つのが道理だろうが」


 なんだと? 途端にゴーマが、怒りの形相を剥き出しにする。

 これを機にミゲールが連れてきた男たちと、弟子二人がにらみ合いながら対峙する。一触即発の雰囲気となる。その様子を見た師が眉をしかめ、いらだたしげに怒鳴りつける。


「ええい、静まれ。ゴーマとジマ。こちらが話ができない。さっきも云ったが、おまえたちは出かける用意をはやくしてこい」


「おまえたちもだ。黙っていろ。余計な差し出口は叩くな」

                   

ミゲールも連れの二人の男にぴしゃりと命じた。

                   

 それぞれの主人の命令を受け、ミゲールの連れも弟子二人も押し黙った。ミゲールの連れは直立したまま、その場で待機する。ジマとゴーマの二人は、仕方なく広間から退散した。

 

 用意がすでにできているルートヴィヒは動かない。

 覆面の下で面白そうな表情をたたえて、ただ見守っている。気に入らない弟子二人がすごすごと広間の階段をのぼり、自分たちの部屋へ向かっていく姿を。

 その様子を見届けて、ベルモンもふたたび語り出す。


「ミゲール。おまえの云い分はわかったがな。おまえに従うかどうかを抜きにして、俺が傭兵に復帰なぞできると思うのか?」


 ベルモンは足を組んだ。


「おまえだって、知っているだろうに。この国では、俺は死刑執行人の職から離れられないということを。俺はアルプレヒト公爵によって、傭兵から死刑執行人に堕とされた身だ。

 俺には許されていないのだ。この国から逃れることも。死刑執行人という役目から離れるということもな」


 かつてベルモン・グローは灰色の狼という傭兵隊の隊長ではあった。しかし、彼の意志ではなかった。その隊長の座と傭兵という職を捨てたのは。アルプレヒト公爵に命じられたからだった。いまより、二十年ほどまえに。

 

 昔からベルモンは嗜虐性が強く、そのせいで犯しもした。残忍な真似を数え切れぬほど。任務と称してよく惨殺もした。敵ばかりか、味方や無辜の民までも。

 傭兵として有能で功績も上げるので、国も目こぼしをして裁かれずに済んできたが。やがて、その暮らしも終焉を迎えることになる。

 ベルモンが軍の総司令官であるアルプレヒト公爵の命令すらも無視したことを機に。

 

 アルプレヒト公爵もベルモンが役に立つこともあって、彼の多少の悪事は大目に見てきた時期もあった。

 だが国から裁かれないのをいいことに、ベルモンは図に乗ってあまりにも目に余る行為に手を染めだしてきた。そうなるとさすがに公爵としても見過ごせなくなり、ついにベルモンに命じた。そうした残虐な真似は、即刻することはやめるように。


 一応は軍司令官から命じられたことでベルモンは表向き承諾したが、内心はちがった。総司令の命令など、ベルモンにとっては知ったことではなかった。その命令をせせら笑い、以後も望むままに人を、女や子供も容赦なくなぶり殺して国を荒した。

 その強すぎる嗜虐性を満足させることの方をこそ優先させたのだ。国に必要とされていることもあり、軍司令官がなにを云おうがどうせ目こぼしされるとベルモンは侮っていたのだ。

                   

 しかし、そうはならなかった。


 当然ながら総司令の命令にすらも従わぬ彼の態度は、アルプレヒト公爵を激怒させた。

 総司令たる自身の命令すらも無視し、目に余る行為を繰り返すベルモンを公爵は忌み嫌った。もはや制御不能で軍には不必要とみなしもした。

 憤ったアルプレヒト公爵は行動に出た。軍令違反で、総司令の権限によってベルモン・グローを厳罰に処すことにした。

 その際にベルモンは国に役立つので目こぼしをと国の者たちから次々と公爵は要請された。だが逆に公爵は説き伏せてベルモンを裁くことを承服させた。

 とはいえ、ベルモン・グローの命を絶つことも投獄もしなかった。

 

 ベルモンは殺すにも、投獄するにも惜しい存在だったためである。

                   

 公爵は処罰として、軍には不要ということでベルモンをとりあえず傭兵から引退させた。同時に、彼を王都の死刑執行人に堕としたのである。


 もちろんそうしたのは、複数の目論見が公爵にあってのことだった。

                   

 一つには、ベルモンの適性を公爵は生かそうとしたのである。

 王都の死刑執行人にすれば、その高すぎる嗜虐性はおおいに利用できる。残忍なベルモンなら、数多くの拷問や処刑を嬉々としてこなすだろう。

 

 まして王都は人が密集している。そのせいで刑罰や拷問にしても、国のいかなる場所よりも当然多い。

 ベルモンを死刑執行人にすれば労多い務めもこなせるだろうし、その特性を存分に役立たせることもできるだろう。その職にうってつけの人材を、刑罰の多い王都に確保した方がよいと考えたのである。

                   

 二つめに、ベルモンに罰を与えるためでもあった。死刑執行人は世間から嫌悪と蔑視を買う立場である。死刑執行人になれば、世間から冷遇されて屈辱や苦汁も味わう。王都の死刑執行人だと、余計にそうなるはず。

 王都は国のどの都よりも発展しており、大勢の人々が密集している場所だ。そんななかで死刑執行人になれば、相当な人数の嫌悪を身に浴びるにちがいなかった。通常なら、その苦しみはかなりのものとなる。

 そのことを思えば、王都の死刑執行人に堕とすことはよい処罰にもなるだろう。そう考えたのだ。

                   

 三つめとしては、ベルモンの逃走を防ぐためでもあった。

 そもそも公爵は、ベルモンを死刑執行人にする際にこうも睨んでいた。死刑執行人にしたことによって残酷な処刑ができるようになり、ベルモンはその嗜虐性を満足させられるだろう。

 その反面、死刑執行人になればその職に就くことで受ける苦痛を嫌がり、逃げ出す可能性もあると。

 

 だが、もしベルモンに逃げられでもしたら処罰にならない。

 アルプレヒト公爵はベルモンに務めを果たさせ、処罰するべく死刑執行人にしたのである。勝手にベルモンが王都の死刑執行人を放棄することを、アルプレヒト公爵は許す気はなかった。ひたすら死刑執行人としての務めと苦しみを享受させるつもりだった。

                   

 それならばベルモンを死刑執行人として王都にとどめておいた方が、公爵としては都合が良かった。

                   

 アルプレヒト公爵は普段、王都に住む。王都の死刑執行人にしてそばに置いておけば、ベルモンがその立場をもし嫌がって逃げ出したとしても問題ない。ベルモンに死刑執行人を強制して継続させるべく、すぐに公爵も対処できる。


 ベルモンもただものではないので逃げ切られるかもしれない。だが遠くへ逃げ切られるまえに捕えるよう公爵がすぐに動けることで、すくなくとも逃走を妨げられる可能性は高くなる。


                   

 四つめに、ベルモンは優秀な傭兵でもある。もし敵国にでも走られれば、自国にとって得策ではない。そばに留め置けば、いつかは役に立つときがくるかもしれない。

 そういう考えもあったからである。

                   

 ただベルモンを生かしておいて、罪を犯されては公爵としてもたまらない。公爵としてはベルモンが罪を犯すことを厭っている。当然、以後は罪を犯して欲しくなかった。

                   

 もっとも、公爵はこうも睨んでいたが。ベルモンを処刑に携わさせれば、その強い嗜虐性は満足され、罪は犯すまい。だから死刑執行人にすれば、ベルモンは放置しても問題ないだろう、と。

                   

 それでも、もしもということもある。嗜虐性が強すぎるだけに、死刑執行人にしても罪を犯さないとも限らない。

 そこで公爵はベルモンに脅しもかけた。今後一度でも罪を犯して露見すれば、次こそは死罪に処すと。死を恐れさせ、罪を犯す気を削ごうと考えたのだ。


 つまるところベルモンは、公爵によって死刑を一度だけ猶予され、死刑執行人にして王都にとどめおくという形で処罰されたというわけだった。

                   

 いまにしても、アルプレヒト公爵のベルモンに対する姿勢に変わりはない。おかげで、ベルモンは王都の死刑執行人として従事しつつ現在に至っていた。こうした事情を身に負いながら。

                   

「むろん、そのことは知っていますよ。あなたが死刑執行人に堕とされた際には、私もいましたしね。あなたという隊長のもと、灰色の狼にすでに。

 だからこそ、私も予想できましたしね。引退している可能性もあるが、あなたが王都で死刑執行人をおそらくはまだやっているのではないかと」

                   

 ミゲールが返答すると、師は苦笑する。

 

「知っているにもかかわらず、この俺を傭兵に復帰させようというのか。そんな事情があっては、無理だとは思わないのか?」


「無理だろうとなんだろうと、復帰していただきたいのですよ。私の目的達成のために、あなたは必要な人材と思っておりますので」


 ミゲールは説得を重ねた。

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