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師のかつての部下である、傭兵隊長が訪れる。

 訓練の日から三日が経った。

                  

 訓練の翌日、ルートヴィヒは寝込んでなにもできなかった。訓練で、かなり叩きのめされたこともあって。訓練はもとより、死刑執行人としての務めも休まざるを得なかった。それほどに、躰がろくに動かなかった。


 二日目も、その日は多少、躰が動くようになったものの寝台で休養を余儀なくされた。

 三日目の今日になり、一応はそこそこ回復した。すくなくとも、日常生活を送るには支障がないくらいには。激しい動作を要する訓練は、さすがにまだ無理ではあったが。

                  

 そこでルートヴィヒは師から命じられていた。訓練をまだ控えるのは仕方ないが、死刑執行人としての務めや、弟子としての雑用は果たすように。

                  

 師の命令は、弟子にとっては絶対だ。逆らえば師が逆上し、痛めつけられてしまう。そんな目に遭うのは嫌だったし、受け入れたところで支障もない命令でもある。逆らう必要もない。

                 

 そう考えて、ルートヴィヒは素直に従うことにした。

 いまも家の自室で、死刑執行人としての務めを果たそうとしてルートヴィヒは出かける用意をしていた。私服から着替え、死刑執行人の黒頭巾と黒装束を身に着けていた。

 

 今日の午前中はなにも果たすべき務めもなく休暇になっていたが、午後からは予定が入っていた。

                  

 午後には罪を犯して捕らえられた拷問すべき罪人が王城の牢獄に着くという。やってくれば、さっそく彼らの出番になるというわけだった。

                  

 出かける支度はすぐに終わった。完全に死刑執行人としての姿に身を整えたルートヴィヒは、自室から出る。広間にやって来ると、まだ訓練場ではほかの弟子連中が師と訓練をしていた。

                  

 ほかの弟子連中も先日の訓練で師やルートヴィヒに痛めつけられているが、動けなくなるほどではなかった。

 それで午前中は暇だったこともありその時間を活かし、師はルートヴィヒとは違って動ける彼らに稽古をつけていたのだ。   

 いまもそこそこ訓練は白熱し、三人とも夢中になっている。

 

 その訓練を止める気はない。放っておいても、そろそろ終わる頃合いだ。ルートヴィヒはそう判断していた。まだそこそこ家にいられる余裕はあるが、もう出かける時間も近づいている。どうしても、やめざるを得ないだろう。

 訓練をしていられるのもあとすこしだろうが、とりあえず終わるまで俺自身にはやることもない。仕方ない。ルートヴィヒは広間の椅子に座り、なんとはなしに訓練を見ていた。

                  

 そんなときである。家に来客があったのは。家の扉が数度、強く叩かれる。外から声も聞こえてきた。


「失礼。グロー隊長はいらっしゃるか?」

                   

 誰だろうと思い、ルートヴィヒは扉近くに足を運んで尋ねてみる。


「どなたです?」


「私はミゲール・リネイラという者です。グロー隊長の傭兵時代の、かつての部下です。グロー隊長に、挨拶をしに参ったのですが」


 扉越しに外からそういう答えが返ってきた。ルートヴィヒは、ああと思い出す。その名には、聞き覚えがある。おかげでさほど考えずとも、すぐに相手が誰かわかった。

 やってきた来客は、ついこのまえ会ったばかりの人物だ。広場での死刑執行のあとにからんできた、傭兵たちの隊長だろう。

                  

「少々、お待ちを」

                   

 ルートヴィヒは、来客を扉の外で待たせて師のもとへ向かう。来客を勝手に家に迎え入れ、師の機嫌を損ねたくはなかった。

 師にその来訪を告げると、入れて待たせておけ、という答えが帰って来る。この家の主である師の意図がそうなら、もう来客を拒む理由もない。ルートヴィヒは扉へ戻った。


「お待たせしました。師はお会いになるそうです。どうぞお入りください」


 そう声をかけて、ルートヴィヒは扉を開けた。外には、紛れもなく先日見た傭兵隊長が立っていた。その背後に随伴を引き連れている。見るからに傭兵らしき者を二人ほど。

 ルートヴィヒの後背を見やる視線に気づき、ミゲールは紹介する。


「この二人は私の部下です。私の護衛としてついてきました。この者たちも、一緒に入ってかまわないですかな?」


 師の意向を問おうとして、ルートヴィヒは首をうしろへ巡らせる。師は気づいた様子で、無言でうなずいている。師の許可が出たことで、ルートヴィヒは許諾した。べつに、かまいませんよ。

                  

 邪魔をする。礼をすると、ミゲールは家のなかへ足を踏み入れる。彼の部下たちも無言で礼をし、続けて入る。その際に部下のうち頭のはげた一人が、怪訝そうにルートヴィヒの姿に目を止めて尋ねる。

                  

「家のなかでも、死刑執行人の服装をしているのか?」

                 

 うえから目線の問いが気に障ったが、ルートヴィヒは大目に見た。相手が師の客であり、自分よりもあからさまに年上だったので。一応は、礼儀をわきまえて答える。

                  

「いえ、これから死刑執行人の務めを果たすために出かけるので。ですから、こういう格好をしているのです」

                 

 答えを得ると、頭のはげた部下の方は興味を失ったようだった。そうか、と云っただけで押し黙った。

                  

「ほう、剣の訓練をやっているのか」

                

 訓練場の扉が開いていたこともあり、広間に入ったミゲールの目に自然と止まる。広間の向こうに広がる訓練場の光景が。訓練場ではジマはへたばって床に腰を下ろしていたが、ゴーマは師と戦っていた。

                  

「グロー隊長と戦っているのは、誰だ?」


 面白そうに剣の訓練を眺めていたミゲールがルートヴィヒの方に首だけを傾けて尋ねる。


「私と同じ、師の弟子の一人です」


 ルートヴィヒの答えを聞くと、ふーんとつぶやいてミゲールは剣の訓練に目を戻す。

 

 ゴーマは必死に訓練に興じていたが、やはり師には敵わなかった。素早い速度で剣戟を交えていたものの、あっさりと倒されてしまった。来客があったことで師が訓練を終了しようとしたために。肩を打たれたゴーマは、がくりと身を崩して床にひざまずく。

                  

 しかしその勝負に、傭兵隊長は興味を惹かれたようだった。勝負がついたあとに、ひゅう、と口笛を鳴らす。


「へえ、やるやる。グロー隊長もだけど、相手をした弟子もなかなかいい動きをしているな。あれは、そこそこ強いな」

                  

 微笑したあとに、ふたたびルートヴィヒの方へ首を回してミゲールは尋ねる。

 

「相手をしたのは、弟子の一人だそうだがな。弟子は何人いる?」


「三人です。私も含めて」

                     

 ルートヴィヒは答える。ミゲールは質問を続ける。

                  

「その弟子連中は、みなあれほど強いのか?」


「ええ、まあ」


 ルートヴィヒはうなずく。もっとも、まだ先日の訓練がほかの弟子たちの体調に影を落としているようだ。訓練を見ていたが、その動きがいつもよりも重々しく鈍いかんじがする。

 

 奴らの動きはこんなものではない。まだ先日の訓練による疲労なり痛手なりが残っており、本調子ではないのだろう。師にしても本気を出していない。

                  

 それも当然だろう。師としても、弟子に本気など訓練でまず見せない。そのうえ弟子が本調子でないとなれば、より一層いつもより手加減してるのかもしれない。

                   

 そうルートヴィヒが思ったときである。師が疲れ切っている弟子たちに命令を出したのは。


「よし。ひとまず訓練は終わりだ。これから仕事だしな。拷問をしに王城へ出向くぞ。急いで用意をしろ。水を浴びて汗を流し、服を着替えてこい」 


 はい、とそれぞれに返答してゴーマとジマは動き出す。疲れ切ってはいても、彼らは動けないというほどではなかった。午後からの務めに差し支えがない程度に師は手加減し、彼ら二人を訓練していたのである。

 いそいそと弟子二人が向かったのは、広間へとつながる出入り口ではなかった。

 訓練場にいま一つ設けられている出入り口の方だった。その出入口の外には井戸がある。そこで訓練の汗を流せるのだった。                   

 その一方で、師は逆に広間の方へやってきた。

                  

「ルートヴィヒ、水をよこせ」

                  

 師はそうルートヴィヒに命じた。訓練で躰を動かしたせいで、喉が渇いていた。その命令を受け、ルートヴィヒは小卓のうえの水差しを手に取る。杯に水を注ぐ。その水を弟子から受け取って、師は一気に飲み干す。

      

 杯を弟子に返したあとには、自らのそばの木の椅子に腰を下ろす。ふうと軽く嘆息をついて落ち着くと、ようやく昔の部下に目を向ける。


「ミゲール。おまえも座りたいなら、適当に腰をおろせ」


「では遠慮なく」


 ミゲールは師の近くの木製の椅子に腰を下ろした。


「で、なんの用だ。いま云った通り、俺はこれから務めがあってな。出かけなくてはならんのだ。用があるなら、手短に話せ」


 じろっと睨む師に、ミゲールは微笑みかける。

               

「グロー隊長に、挨拶に来たんですよ。このあいだお会いしたときに、云った通りに。こちらも軍務に忙殺されてしまい、すこし出向くのが遅くなってしまいましたがね」


「単に、挨拶に来たというわけでもなかろう? 挨拶なんぞのために誰かのもとへ足を運ぶほど、おまえは殊勝な奴でもなかったはずだ。ほかに用件でもあるのではないのか?」


「はは、お見通しのようで。そう。単に挨拶のためという理由だけで、あなたのもとへ出向いたわけではありません」

                

 軽く嗤うと、ミゲールは話を続ける。


「とはいえ隊長の消息が知れれば、挨拶も是非したいと思っていましたが。

 私は王都に勤めるようになったのを機に、グロー隊長の消息を知ろうとしていたんですよ。そうしようとした理由は、ひとえに確かめたかったからですが。

 あなたが健在で、相変わらず剣士として高い力量を未だ持っているかどうかを。その消息が知れて挨拶に伺った際に話を聞くなり、手合わせをしていただくなりしてね。

 いまは、もうその必要はなくなってしまいましたが。こうしてそのお姿と、いまの訓練を拝見したことでよくわかりましたので。あなたが健在で、どうやらその剣の力量もさほどには錆びついていないということが。

 ことに剣の方は傭兵として一線から長く身を引いていたにもかかわらず、いまもかなりの腕前のご様子。さすがですな」

                 

 そう云ってから、師にミゲールは尋ねる。


「ですが、どうして剣の訓練をされているのです? 死刑執行人という生業では、そこまで剣の腕も必要ないでしょう?」


「死刑執行人というのは、恨みを買って狙われることもある。自身の身を守るために、剣の腕も磨いているんだ。弟子共々にな」


 軽く肩をそびやかして、師は答えた。

                   

 それが主な理由というわけではないがな。内心では本音を漏らす。俺たちが剣の腕前や体術を磨いている主な理由。そいつは俺たちが持つ、賊という裏稼業で必要なためだ。

 とはいえ、いま云った剣の腕を磨く理由も嘘というわけではないが。死刑執行人ということで狙われてしまい、身を守るために役立つからというのも本当だしな。

 

 ただし俺たちが剣の腕を磨く、第一の理由ではないが。それは第二の理由にすぎない。あくまで第一の理由となるのは、裏稼業に必要なためだが。

                   

 しかし、そのことをおおっぴらに云うわけにはいかない。こちらとしては、間違っても世間に知られたくないんだ。俺たちが賊だとは。ましてや、世間を騒がす朧だということは。

 もしその事実が世に知れ渡ってしまえば、俺たちは国に追われるだろう。そのあげく逃げきれずに捕らえられれば、処断されてしまう。

 そうした状況を避けるには、その事実は秘密にしなければならん。当然ながら、いま訪れたこの来客者にもだ。

 

 となると当然、正直に打ち明けるわけにはいかん。俺たちが剣の腕前を磨くのは、賊という裏稼業で必要なためなどとは。剣の腕前を磨くのは何故か、と人に問われたところでな。

                   

 そんなことをすれば、わざわざ打ち明けるようなものだ。その問いを発した輩に、俺たちが賊だという隠すべき秘密を。そうなるのは困ってしまうので、もちろん避けたい。

                   

 そこで自分たちが剣を磨く理由を問われたときには、いつも返している。第二の理由を。身を守るためという答えを。その問いを受けたときには、とても役立つからな。

 そもそも嘘ではないし、この理由は世間に知れたところでとくに問題はない。打ち明けたところで、べつに害もない。第一の理由を打ち明けるのとは違い、正直に話したところで処罰などされようはずもないんでな。

                   

 だから今回にしても、いつもしているように聞かせてやったわけだが。隠さなくてはならないことは伏せ、打ち明けてもよい部分だけを理由として。

 この答えを耳にすれば、まず疑うまい。剣の腕を磨く理由として信じるはずだ。誰もが信じるように、ミゲールの奴も。

 第一の理由を秘しておくための、ちょうどいい隠れ蓑となるわけだ。この第二の理由は。


 師が内心ほくそ笑んでいると、ミゲールもたわいなく信じたようだった。

 いましがた師から打ち明けられた理由を。

                   

「ほう。死刑執行人の身のうえで弟子共々に鍛えておられるのは、そういうわけからですか」


 ミゲールが云うと、師はしらばっくれて付け足す。よりその理由を真実のものとして信じ込ませるために。


「そうだ。降りかかる火の粉から身を守るには、強い方がよいからな」


「なるほど」


 その理由にミゲールも、一応は納得の意を示す。身を守るだけのために鍛えているというのなら、いまの訓練はいささか激しすぎるような気もするが。

                   

 でもまあ、納得できなくもないか。どんな危機が差し迫っても生き残るために激しい訓練をしているというのなら。

 第一、俺としても正直あまり興味がない。こいつらがなぜ剣の腕を磨くのかってことには。

 こちらとしては単に、好奇心に駆られて聞いたまでのことだからな。その理由を追及するまでもない。その理由についての興味を失うと、ミゲールはさらに口を開いた。


「まあ、鍛えられている理由はどうあれ、たいしたものです。傭兵を辞めてかなりの年月がすでに経っているのに、そこまでの腕前を保たれているのは。さきほども申し上げましたがね。

 これなら、私のもとであなたが働いたとしても充分にやっていけるでしょう」


「なに? おまえのもとで、俺が働く? なんの話だ」


 耳に覚えのない話を聞かされて、怪訝そうにベルモンはかつての部下を見つめた。

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