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いまは無理だ。復讐は。でもいつか。

「殺してやる。あいつら。いつか、散々に苦しめて」


 ルートヴィヒは美しい顔を険しくする。


 これまで、俺は連中に苦しめられんだ。連中は、いたぶり殺してやりたい。いまの暮らしから逃れるだけのためなら、ただ殺すだけでも事足りる。けれど報復も為そうとするなら、ただ殺すだけではもの足りない。




「師め。いつか俺を生かしていることを、後悔させてやる」


 ルートヴィヒは、どす黒い気炎を口から吐き出した。


 これまでこちらが奴らの命を狙ったことが幾度もあったせいで、俺が復讐心と殺意を持っているということは師やほかの弟子たちに知られてもいる。

 

 そのためにとくに弟子連中は、ときとしてこう考えることがある。殺られるまえに、俺を殺ろうと。その考えも、奴らが俺を殺そうとする動機の一つではある。


 俺が奴らの命を狙う以上は、そういう動機を奴らが持つのは当然だけど。俺は奴らにとって危険な存在なんだから。


 だが弟子二人はともかく、師はその動機で俺を殺そうとすることはまずない。


 余程のことでもない限り、俺ごときに殺されるはずがない。そうした自信を強く持ち、師はひどく俺を見くびっているからね。


 ただ命を守るには役立っているとは思うけど、みくびられているというのは俺としては腹ただしいことではある。


 みくびられて命を保ってきたなんて、情けないもいいところだしね。

 

 でも事実ではある。


 もし俺を生かしておけば師の身に危険がひどく差し迫るというのなら、とっくになくなっていただろう。師の手によって、この俺の命なんて。


 ほかの弟子連中同様、俺は師からも憎悪を買っていることもあって容赦なく殺されていただろう。


 いくら俺を必要としていても、自らの保身の方が師にとっては大事に決まっているしね。


 しかし、そうはならなかった。


 その気になれば、いつだって師は俺をどうとでもできるというのに。


 なのに師は相変わらず、俺を生かしている。自らのそばに俺を置いてもいる。そうしても危険はないと判断して。


 奴は俺に庇護を授け続けてきた。ほかの弟子の魔手も退け、そのもとで俺は生かされてきたんだ。普通なら、そういう存在を育ての親とか、義理の父親と呼ぶんだろう。その庇護を受けて、俺が生きてきた以上は。




 はたから見たらそうなのかもしれない。俺は首を振るけれど。もし他人から奴はそういう存在じゃないのかって問われれば、けっしてそうじゃないってすかさずね。




 あの男はそんな生易しい存在じゃない。まさしく師と呼ぶべき存在だ。それも優しい師じゃない。厳格を通り越して、冷酷非情と評すべき師だ。幼いころから俺をひどく苛んで、しごきにしごいて鍛え上げてきたんだから。




 ほかの弟子たちにとっても、同じだろう。師であることに変わりはないだろう。


 ゴーマにしても、奴はまるで実の息子のように可愛がられてきたとしても、実際には父子じゃない。


 俺ほどにではないが、厳しく扱われてきたんだ。


 あの男へ抱くゴーマの心情は、父というよりも師だろう。師へ向ける奴の心情は、俺とは随分とちがいがあるけどね。


 俺よりも優しく扱わてきたことで、ゴーマの奴は師に感謝している。


 ジマは異なるが。あいつは俺ほどじゃないけど、師に無情に扱われてきた。そのせいで、ジマの奴は師に好意を抱いていない。が、そんな扱われ方をされては当然だ。


 反面、奴は師に憎悪を持てないでもいるが、それも仕方がないだろう。


 師の怒りを買いたくないってジマの奴は、ひどくびくついているものね。これまでの無情な扱われ方から、師に恐怖するあまりに。




 けれど俺は、ちがう。




 いくらその庇護を受けて生きてきたからって恩を感じたり感謝しようだなんていう気持ちは、あんな師には微塵もあるはずがない。いままで一度だって、そんな心情を覚えたことなどありはしない。


 俺は絶えず苦しめられてきたんだ。あの師には。


 それにあの師が俺を身近に置いて庇護し、鍛え上げてきたのも所詮は自分のため。俺を自らの役に立たせようとしてのことに過ぎない。


 俺が恩にきるいわれなんて一切ないんだ。


 ほかにも、なにかしらの特別な親密さを俺とあの師は寄せ合うような関係じゃないしね。


 あの弟子二人にしても、俺は親密さなんて覚えていない。


 あの二人とも、俺はずっと一緒に暮らしてきた。


 そんなあいつらは、まるで俺の兄弟のように見えるかもしれない。見ようによっては、他人の目には。でもあいつらは幼いから俺を虐げてばかりだ。あんな奴ら、兄弟なんかじゃない。




  同じ師に仕える弟子として昔からともに暮らしてきたというだけの、赤の他人だ。




 所詮はそんな奴らなんだ。俺はためらわずに、奴らを殺せる。だから、機会があれば必ず殺すつもりだ。師もそうだけど、ずっと俺をなぶってくれたあの弟子二人も。




「ゴーマとジマも、いつか決着をつけてやる」 




 奴ら全員に、殺られるまえに俺の命を奪わなかったことを後悔させてやる。



 すでに俺とほかの死刑執行人三人とは、完全な敵対関係にある。


 奴らとのあいだには、修復不可能な溝が深く横たわっている。そんな状況では、俺としては奴らと関係の改善などは到底図れない。図る気もない。




 奴らを殺し、こちらは生き延びる。そういう選択をするよりほかに、俺には道はない。ほかの弟子どもにしても、そうだろう。

 師は違うのだろうけど。俺を殺さず、手下としてずっと仕えさせたいと思っているからには。




 でも絶対に従うものか。いつかほかの弟子ともども殺し、師に従う境遇から必ず抜け出してやる。




「これまでは殺せなかった。師やあの弟子二人を。

 剣で襲っても敵わなかった。師は最初から格が違うからもとより、あの弟子二人にしても仲が良いだけにいつでも一緒にいるせいで無理だった。


 大体もしあの二人を殺そうとするなら、連中を同時に相手にしなくちゃならない。そろって相手にするんじゃ、こちらが敵うはずがないものね。

 そもそもこれまでは、あの二人のうちの一人にも俺は敵わなかったんだし」


 ルートヴィヒは表情に悔しさをにじませる。


 師の命を狙ったとしても、あいつはもとが高名な傭兵であっただけに強力だ。殺そうとするのは本当に難しい。師だけを狙って殺そうとしたこともあったが、いつだって軽くあしらわれてしまう。剣で立ち向かおうがなにをしようが、実力差がありすぎてしまい到底敵わない。




 ゴーマとジマの二人も敵う相手ではなかった。仮にむこうが一人でこちらに立ち向かってきても。あるいは俺が逆に奴らの片割れを狙っても。


 だいたい厄介なことに、往々にして常にあいつらが一緒にいるのでは、どうあがいても俺の手であの二人を殺すことはこれまでどだい無理というものだった。




 ましてや奴らに師をくわえて、三人となると完全に手に負えない。俺は師とあの弟子たち三人をそろって狙ったこともありはするけどね。だがそのときに連中を殺せなかったのも、当然というものだろう。

 奴ら三人対俺一人では力の差が歴然としているのだから。




「いまも無理だろう。師とあの二人を剣で殺すのは。師が強すぎ、あの二人がいつも一緒にいるという状況が変わっていない以上はね」




 いま奴らに手を出したところでどうなるかは、状況が変わっていないからには目に見えている。


 俺は多少、強くなりはした。それでもあの弟子二人に組まれれば、まだ敵わない。師にも、まだ全然及ばないんだ。


 弟子連中にであろうと師であろうとあるいはその全員にであろうと、まともに挑んだところで返り討ちにあうだけだろう。




「だからといってほかの手段でも、なかなか師やあの弟子二人を殺すことはできないし」




 そう。毒殺を狙おうが、なにをしようが駄目だ。だいたい連中には隙がない。隙をそうたやすく見せない力量も持っている。


 そのため隙に乗じて、仕掛けることがまず難しい。仕掛けたとしても結局は見破られるのが常なのだ。




「俺としては、抜け出したいのに。こんな生活から、いち早く」




 ルートヴィヒは顔をしかめる。心の底からそう思う。


でも忌々しいことに、まず確実に失敗に帰すことだろう。成功するという見込みなくして、裏切りを試みたところで。



敵うはずがないのはあきらかだ。奴らの強さや力量を考えれば、俺一人でそんなことをしたところで。




 なんとか状況を打開しようとして、入念に計画して狙ったこともあったが。それでも駄目だったという過去もある。いまにしても、その状況は変わってはいないだろう。


 きっと同じことになるだけだ。情勢になんの変化もないのに、奴らを殺す計画を練ってみたところで。


 ルートヴィヒは親指の爪を噛む。


 ただなろうことなら奴らの始末にすぐにでも乗り出して、是非とも成功させたいが。


 その意気込みは、とてもあるんだけどね。残念ながら奴らを皆殺しにする方法や好機が、どうしても見い出せない。


 


 そうなると、利口とはとても云えない。いまこの暮らしから、無理に逃れようとするのは。




 この状況下で下手に動いたところで、過去の繰り返し。


 結局、いまの状況から抜けられない。罰を受けることにもなって、自分が馬鹿を見るだけだ。すくなくとも、成功する見込みがない限り動くべきではない。




 いま俺がこうしてここにいる。その事実こそが良い証だ。軽率に動くべきではないというね。易々とうまくいくというのなら、俺はもうここにいないはずだから。




「本当に、なんとかしたいところだけど」




 つぶやいてはみても、いい考えは浮かばない。いまとなっては手詰まりになってしまっていると云っていい。奴らに手を出しあぐねている。




 だから、いまは大人しく手控えているしかない。奴らを始末しようとすることは。




 その反面、そうすると今後とも忍耐を強いられることにもなってしまう。師や弟子に痛めつけられ、死刑執行人として人から蔑まれるこの暮らしを当面続けなくてはならなくなってしまうから。




 いまのところはその暮らしに嫌気を覚えながらも、それもいまは仕方がないってあきらめて耐えるしかないんだけど。俺は逃げられもせず、あいつらを殺すこともできないんだから。




 だとしても、この暮らしに耐えられなくなるときはある。憂鬱さといらだちをひどく覚えることもある。まだこの暮らしを続けていかなければならないことで。


 とくに、ちょうどいまのようなかなりの痛手を負わされて苦しみを覚えているときには。




 ルートヴィヒは重々しく眉をしかめる。自分のいまの感情を示すかのように。






「でも奴らはいつか必ず全員殺す。俺がこの暮らしから逃れるためにも。報復のためにもね」




 その黒い瞳が、危険な光を放つ。




 一人として生かしておく気はない。この暮らしから逃れ、報復したいからでもあるが、それだけのためではない。自らの命を守るためにも、そうしなくてはならない。




 師は俺をいま殺す気はない。だが今後は、気を変えないともいえない。この俺を嫌っているだけに殺そうとするかもしれない。気が変わらなくても、訓練や日常の暮らしのなかで師は俺を虐げてくるんだ。まかり間違えば、その最中に勢い余って俺が師に殺されるということもある。




 ほかの弟子二人も、俺にとって危険だ。


 師に折檻を受けるのが恐ろしくて、表向きは奴らも俺に迂闊には手を出してこないだろう。ただ本心では、まず間違いなく思っているだろう。隙あらば、師にばれないようにして俺の命を絶ちたいと。




 そうなるとやはり、殺られるまえに殺らなくてはならない。俺としては、奴ら全員を。




 ただ手を出すにせよ、奴らは一人でも生かしておくと厄介だ。




 連中のうちの誰かを殺したときに、生き残った奴らは敵討ちをしようとしてこの俺を狙ってくることはうけあいだ。




 師にしても、弟子を自らの手下として大事にしている。


 弟子が殺されれば、敵討ちに乗り出してくるだろう。ことに師とゴーマの結びつきは強い。互いを大事に思っている。どちらかを殺せば、強い殺意を燃やして仇を討とうとするのは疑いない。




 その反面、ジマは師に恐怖で支配されているだけだ。


 本心では、自分を手ひどく扱う師を大事に思っていない。奴個人の気持ちとしては、さらさら湧きはしないだろうが。師が殺されたとしても、敵討ちをしようなんて気は。




 それでも師を殺せば、奴は俺を狙ってくるだろう。師を大事に思うゴーマによる敵討ちにつきあわされて。




 また、俺が二人の弟子のどちらかを殺しても、その片割れは仇討ちに乗り出してくるだろう。あの二人の弟子は、まるで兄弟のように親密であるからには当然だ。




 結局あの三人の誰か一人でも俺が殺せば、ほかの連中は仇を討とうとやってくるわけだ。




 しかもそのときには敵討ちに燃えていて、奴らは俺を確実に葬るためにどんな手でも使ってくるだろう。そうなると奴らを普通に相手にするよりも、そのぶん俺は危うくなってしまう。


 だから蛇の生殺しはいけない。俺の身の安全を守るには潰すときには、必ず奴らを一気に皆殺しにしないと。あるいは確実に仕留められるようにしないと。



「奴らだって、不死じゃない。皆殺しにはできるはずだ。うまくやりさえすれば。だいたい、いまはもう確実だしね。ゴーマとジマなら、俺が腕を上げたことで必ず殺せる。連中が互いに離れて一人にさえなれば、という条件つきだけど。


 一人ずつ狙っていけば、あの二人は次々とわけなく葬れるはず。今回の訓練で圧勝したことで、その絶対の自信をいまや俺は持っているからね」


 ルートヴィヒは、にやりとする。


「そのうえ、どこかできっと訪れるはずだ。奴らのみならず、師の命だって奪えるという状況が。そのときには、見ていろよ」


 決意を込めて、ルートヴィヒはつぶやいた。

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