二人の弟子は仕返しに、ルートヴィヒに暴行を。
「ありがとうございます」
感謝を示すと、木剣を杖がわりにしてゴーマはよろよろと身を起こした。それからジマの方を見て尋ねる。
「ジマ、いけるか?」
ああ、とうなずいて、ジマもなんとかふらふらと立ち上がる。木剣を掴み、ルートヴィヒに目も向ける。ゴーマ同様、その目にはルートヴィヒへの報復の光があきらかに宿っていた。
「よし、いいぞ。いつでもやれ」
はい。わかりました。それぞれジマとゴーマはつぶやいた。二人はルートヴィヒをにらみながら、彼の方へじりじり近づいていく。
俺はやりたくないんだけどね。もうひどく疲れているから。ルートヴィヒは嘆息をつく。
でも師が決めた以上、逆らうことはできない。やるしかないか。俺も二人に叩きのめされたくはないしね。
なんとか立ち上がって、彼も木剣を両手に握ってかまえる。
やがて間合いが詰まり、二人がルートヴィヒに飛びかかった。
ルートヴィヒはゴーマの攻撃を躱した。ジマの振るう剣は受け止める。素早く、自身の剣で。
二人の攻撃はまだ続く。
ルートヴィヒはジマの繰り出す突きを躱す。直後、自身の剣を横に薙ぐ。ゴーマが振りおろす剣を撃ち返す。
なおもジマとゴーマの二人は息を合わせ、ルートヴィヒを間断なく攻撃してくる。
その二人の攻撃を、ルートヴィヒが受け止めて躱すという状況がしばらく続いた。
その様子を眺めながら、師はこう見立てた。
もはやこの時点ではすでに、三人の弟子たちの体調はほぼ対等であるかもしれん。
いくらルートヴィヒが、ほかの弟子二人にくらべて俺に痛めつけられていたとしてもだ。ゴーマとジマも、ルートヴィヒに手傷を負わされたんだ。しかしながら、ルートヴィヒは兄弟子たちとの対戦で無傷で済んだ。そのことを考えに入れればな。
ルートヴィヒの苦痛もひどそうだが、ゴーマとジマの痛手もかなりのものだろう。
なら体調に関しては、ルートヴィヒ一人が不利ということもない。戦ううえでの条件は、三人ともいまや同じと云っていいはずだ。
これでその勝敗は、実力に応じたものとなる。勝った方が、実力が上ということとなろう。
しかしながら、二人がかりで来られるとルートヴィヒもさすがにきついか。ただ一人で、奴ら二人の相手をするのは。その実力で、ほかの弟子どもを凌いでいるとはいえな。
こうしてゴーマとジマに同時に襲い掛かられてからくも対応できるという程度の戦いぶりでは、まだルートヴィヒも二人を相手にして圧倒できるだけの実力は備えておらんようだしな。
師は苦笑したが、その考えは正しかった。事実、ルートヴィヒもこれ以上ほかの弟子二人の攻撃をさばききれなくなってしまった。
いつも二人がかりで来られたら、けっして敵わずやられてしまうが。今日もそのとおりになってしまった。
ついにルートヴィヒは、二人の剣によって打ちのめされることとなった。
ゴーマがルートヴィヒの肩を剣で叩く。その直後にはジマも、ルートヴィヒの背中に剣を振り下ろす。
勝負は決まった。
かなりの痛みが走り、ルートヴィヒの膝はくずおれる。その躰は床に倒れ込む。それでも容赦せず、足で二人はルートヴィヒを蹴りまくる。
「なめてんじゃねえぞ、てめえ」
ゴーマはルートヴィヒの右側に立って、彼の腹を何度も蹴り飛ばしながらそう叫んだ。
「俺らが弱いだと? 俺たちに一回勝ったくらいで、うえから見下ろしてんじゃねえぞ」
ジマはルートヴィヒの左側に立ち、彼の背中へうえからどかどかと蹴りを落とす。
ルートヴィヒはもはや抵抗できない。躰を丸め、されるがままになっている。
兄弟子二人を叩きのめしたことで相手の怒りを買ってしまい、手ひどい暴力を受ける破目に陥ってしまっていた。
「対等な条件で戦ったんだ。にもかかわらず負けるということは、答えは出たようだ。どうやら兄弟子二人を同時に相手にして勝てるほどには、ルートヴィヒの腕は上がっていないようだな」
師は酒樽を口に運び、ごくりと麦酒を飲んだ。そのあいだにもルートヴィヒを見つめ、内心でほくそ笑んでいる。
負けて、ルートヴィヒの奴はこうしていたぶられる結果になったわけだが。ルートヴィヒとしては、災難なことに。
しかしルートヴィヒが痛めつけられる姿を見るのは、俺としても相変わらず愉しめる。ほかの弟子二人が目前で暴行を繰り広げていても、しばらくは止める気も起こらんな。
だが弟子二人はルートヴィヒに痛めつけられたことで、いまや相当に頭に血がのぼっていた。その後も二人はルートヴィヒへの攻撃をまるでやめようとしなかった。
やがて師は眉をひそめる。
そろそろ、まずいか。このまま放置しておけば、あの二人の弟子はルートヴィヒを殺してしまいかねん。相当な勢いで、ずっと蹴り続けている。さすがに行き過ぎか。とうとう師は止めに入った。
「おい、そこまでだ。それ以上やると、ルートヴィヒが死ぬかもしれん。二人とも、やめておけ」
その命令を受け、ようやく弟子二人はルートヴィヒへの攻撃をやめた。
それでもゴーマは怒気がおさまらない。こっちにしてみれば気に入らないルートヴィヒを、いっそこのまま殺してやりたいところだというのに。
ゴーマは唇を噛んだが同時にためらいもする。
しかし師に逆らえば、その逆鱗に触れてしまうだろう。結果、自分たちが処罰を受けかねない。師が恐ろしくてその命令はよほどのことでもない限り、拒めない。
その気持ちは、ジマも同様だった。
結果、二人はルートヴィヒのそばでそれぞれに大人しく佇んでいた。
ルートヴィヒをいたぶったことで多少、息を切らせながらも。
「ルートヴィヒ、生きているか?」
ルートヴィヒは師の問いかけに、無言で弱々しくうなずいた。
とりあえず生きているようだが、ルートヴィヒはぐったりしていた。もうこれは、ろくに動けそうにないな。
師はじろりと、ゴーマとジマの二人をにらみつける。
「おまえたちに注意しておく。あまりルートヴィヒを、極度に痛めつけすぎるんじゃないぞ。多少なら、いいんだがな。ほっといても大過ないほどの、わずかばかりの虐げくらいなら。そう、その程度なら、こちらもどうでもいいのでいちいち止めはせん。
いまも、すぐに止めなかったようにな。
しかし、だからといって無制限に痛めつけてもいいというわけではない。
俺はおまえたち弟子を必要としているんでな。
俺にしてみれば、弟子どもはよい道具なんだ。嗜虐性の疼きを含めた、俺自身の負の感情を解消するためのな。好きにこき使える下僕でもある。
三人もいれば充分なので、これ以上増やす気はないが。とにかく、おまえたちは役に立つ。死刑執行人の務めを果たすときにも。賊として暗躍するときにも。日々の暮らしのなかでもな」
きつい口調で、師は云う。
「そのことを思えば弟子がひどく痛めつけられたり、あるいは殺されてしまっては師である俺が困るんだ。
弟子の顔や、躰、手足を傷つけられてしまえばこちらにとって不都合なことだって起こるやもしれんだろ。大怪我を負って、使いようがなくなってしまうかもしれんしな。
あまりに傷つけすぎてしまえば、虐げられた奴の心が折れてしまって自ら命を絶つということもあり得る。あまりにも虐げられたことを、はかなんでな。
そうなればおまえたちを俺がなにかにつけ利用したくても、もうどうすることもできん。殺されてしまっても、同じだ。
今回にしたって、そうだ。おまえたちのせいでルートヴィヒがそうなってしまっては、俺としては喜ばしくない。
だからおまえたち弟子が、俺の許しなくすることは許さん。ほかの弟子を極度に痛めつけることも。殺すことも、けっしてな。
それらのことについても昔から一切禁じているので、おまえたちもすでにわかっていようがな」
師はそう叱りつけた。
「大体、おまえたち弟子どもを育て鍛え上げたのは、この俺だ。よき死刑執行人や賊になるように。私生活でも役立つ召使いになるように。おまえたちが俺の役に立つようにな。
その鍛錬のために使った時間は膨大だ。弟子を失えば、その鍛錬に費やした時間も無駄になってしまう。そのことからしても、弟子を失うのはあまりに惜しい。
とすると、俺としてはやはり許せるはずもないんでな。俺の許可なく、弟子を失ってしまう破目に陥ることなどは」
師はゴーマとジマの二人を、きつく睨み据える。
「いいか。これはおまえたち弟子に師である俺が下す規則、決まりごとだ。
弟子を殺すのも、役に立たなくなってしまうほどまでに痛めつける権利があるのも、おまえたちの師にして主でもあるこの俺だけだ。
おまえたちもルートヴィヒに手を出すのはいいが、そのことだけはしっかりわきまえておけ。
大体、俺でさえおまえたち弟子を痛めつけるときには多少の手心をくわえてるんだ。
あまり、傷つけすぎないように。殺さないように。おまえたち弟子を下僕として使えなくなる状況を避けたくてな。
同様に、おまえたち弟子にも、しっかりとわきまえてもらいたいものだ。弟子同士、こうして争う状況があるにせよ、そのときには手心をくわえるということを」
「一応、手心はくわえましたよ。ルートヴィヒの奴はいまへばっているみたいですが、そこまで痛めつけちゃいません。死んだらまずいんで、頭部を痛めつけちゃいませんし。大体こうやって、ジマと二人でこいつをいたぶるときにはいつもそうしてますんで。なあ?」
ゴーマが抗弁すると、ジマも同調する。
「そりゃ、そこそこ派手に痛めつけましたが。今回もルートヴィヒを俺たちは。でも躰や手足にだって、支障が出るほどには痛めつけちゃいませんよ」
「まあいい。ともあれ繰り返すが、俺の許可なくしてほかの弟子を極度に痛めつけたり殺したりするな。
もしこの禁を破れば、過酷な罰を与える。いっそ死んだ方がましだと思えるくらいに痛めつけるか、苦しめてやるからな」
師はゴーマとジマに厳重に注意した。
「こいつは、本気で云っているんだ。たとえ多少、俺が甘くしているゴーマでもそんな真似をもしすれば特別扱いはせんぞ」
師は二人を睨みつけると、酒樽をあおって麦酒を飲んだ。
「はい。それは心得ております」
ゴーマは恭しく頭を下げる。ジマもそれにならう。
ルートヴィヒを今回のように過剰に痛めつけたことが、二人にはこれまでも数え切れぬほどにあった。その都度、いまの規則を師からしつこく聞かされてきた。
充分承知しているのでいまさら云われるまでもないが、反抗的な態度を取れば師の怒りを買うだけだ。彼らとしては素直に聞き入れるしかなかった。そんな弟子たちに向かい、師はこうも指示する。
「ルートヴィヒは、もう今日のところは動けんだろう。訓練も無理だ。おまえたち、ルートヴィヒをこいつの自室へ運んで休ませてやれ。最後におまえたちが、二人して傷つけたせいでそうなったんだ。せめて、それくらいしてやれ。
それとおまえたちはまだ動けるのだから、そのあとはここで訓練を続けろ。おまえたちはもはやルートヴィヒに、完全に剣術や体術の力量に於いて抜かされたことは今日の勝負で明白だ。ルートヴィヒの兄弟子のくせにな。
こんな結果になったことを恥に思い、ルートヴィヒに負けぬよう必死に修練に励め」
はい、とそろって二人の弟子は返事をする。
そのあと二人の弟子は、師の指示に従うことにした。二人はルートヴィヒのそばで、ひざを折る。続けて、ルートヴィヒの左右の肩をそれぞれに背負う。
自分たちが痛めつけたあと、ルートヴィヒを師の命令でその自室に運んでやることはよくある。二人は手慣れたものだった。彼らはルートヴィヒを背負って立ち上がると、足並みをそろえて訓練場を出ていった。
「いつもいつも、なんだって俺らがこいつを運ばなきゃならねえんだ」
ゴーマが舌打ちをすると、ジマが応じる。
「仕方ねえ。師の命令じゃあな」
以後もぶつくさと不平を云いながら、二人は広間にある階段をのぼりきってルートヴィヒの自室のまえにたどりつく。
「このまま寝台に寝かしつけてやるほど、俺らがこいつに親切にしてやることはねえぜ」
ゴーマがそう云うと、ジマがうなずく。
「そうだな。むかつくこいつに、そこまでしてやる義理はねえよな。倒れたルートヴィヒを運ぶときに、いつもしてやるようにすればいいか」
「ああ。こいつの部屋に運んでやったんだから、それで充分だろ。今回もルートヴィヒをこいつの部屋のなかにぶん投げて、とっとと訓練に戻ろうぜ」
だな。ジマは同意すると、ルートヴィヒの自室の扉を開けた。いまは茜色の西日で、その部屋は彩られている。
その眩さで目を二人は細めるが、すぐに光に慣れた彼らはルートヴィヒの肩から互いの手を外す。続けてルートヴィヒを仰向けにすると、それぞれの両手で持ちなおす。ゴーマはルートヴィヒの頭を。ジマはルートヴィヒの両足首を。
そのままルートヴィヒを宙に持ち上げてからは、前後に反動を何度かつけて彼の躰を揺らす。そのさなかに、ゴーマはジマに云う。
「よし、離すぞ。いいか?」
おう。ジマはゴーマに返答する。
「ほらよ。ゆっくり休みな」
ゴーマが唇を歪める。二人はルートヴィヒの躰をまえに揺らしたときに、それぞれの両手を放した。そのままルートヴィヒは宙を飛び、すぐに床へ落下する。
どさっという音が響く。そのときルートヴィヒは若干うめいたものの、以後は動かなくなった。その姿を、にやにやとジマとゴーマは見つめる。
ルートヴィヒを介抱するつもりなど毛頭ない。いつもそうだ。とりあえず倒れ込んだルートヴィヒをその居室へ運んだからには、いつだって俺たちがほかにすべきことはなにもない。
今回も同じだ。
そう考えると、ゴーマはジマを誘って退散しようとする。
「さて、いこうぜ、ジマ。しっかりルートヴィヒは運んだわけだし、もうここにいても仕方ねえだろ」
「そうだな」
うなずいて、くすくす笑いをしながらジマは扉を閉めようとする。ばたんという音を響かせて扉が閉まると、弟子二人が去っていく足音が外から聞こえた。
その音が消え去ると、部屋は静寂につつまれた。
ルートヴィヒはあまりに苦痛がひどいことから、ついに意識を失ってしまっていた。ぴくりとも彼は動かず、時はそのまま過ぎ去っていった。




