二人の弟子を、凌駕する日。
ジマが近づいてくるのを、ルートヴィヒは待っていた。
二人の距離を詰めてジマは立ち止まると、剣を相手に向ける。
ルートヴィヒも相手にならって剣を構える。
ルートヴィヒとにらみあいながら、ジマは嗤う。
ルートヴィヒごときに負けるはずはない。そうジマも高をくくっていた。
ルートヴィヒは、まだふらふらだ。
反面、俺はかなり回復をしている。剣の腕だってルートヴィヒよりも、こちらの方が若干ながらもうえのはずなのだ。
これまでだって、訓練でも喧嘩でも幾度となく対峙してルートヴィヒに勝ってきた。
だったら今回も、こちらが勝つことは疑いねえ。
俺までゴーマ同様、ルートヴィヒごときに破れるだなどとは思えねえ。
今日ルートヴィヒが師を蹴り倒し、ゴーマを破ったのはあくまで単なるまぐれでしかねえんだ。
運がすこしばかり、ルートヴィヒに味方しただけだ。
ゴーマと仲がいいせいか、似たようなことを彼も考えていた。
そのため、はじめろという師の合図を受けると、ジマは恐れもせず自らさきに仕掛けた。ゴーマがさきほどの対戦でしたのと同様、素早くルートヴィヒに駆けていった。
両手に持つジマの剣が、ルートヴィヒの頭めがけて振り下ろされる。ひどく速い速度だったが、その攻撃をルートヴィヒは瞬く間に避けながら同時にジマの手首を木剣で強く打った。
ぐあああ、とジマは痛みで叫ぶ。その手から木剣が床に落ちる。
ルートヴィヒは続けざまに、突きをジマの胸に放つ。
ジマは当たる寸前にからくもその突きを避けたが、それだけで済まさなかった。
足を高々とあげ、蹴りをルートヴィヒの頭に向けて放つ。鞭のように、しなやかな蹴りが襲いかかってくる。その蹴りを、ルートヴィヒは後方にすこし跳躍して避けた。
その直後、一気にまえへ飛び込んで戻り、ルートヴィヒも高々と足を上げて蹴りを放つ。
それはジマのものよりも、しなやかさと速度で凌駕していた。
ジマは避けきれず、蹴りはその頭に命中する。その威力もかなりのものだった。蹴りは斜め上方から下方へ向かって放たれたため、ジマは床に叩きつけられる。
ジマは頭を両手で抱えて痛みでうめいた。そのまま床にうずくまって動けなくなってしまった。
勝てた。
ルートヴィヒは喜んだ。ジマに勝つのも、これがはじめてのことだった。
もっとも、ゴーマに勝てたのだ。じゃあ、ジマに勝てたのも当然かもしれない。
ジマの実力が若干、ゴーマより劣っていることを考えれば。
ルートヴィヒはにやりとする。
勝てたのがうれしくないといえば、嘘になる。
かといって、喜んでばかりもいられないけど。
その顔は急に曇る。
これまでの弟子たちとの戦いで、やや無理に動きすぎたせいだろう。疲弊と消耗はより深まり、師から受けた苦痛もひどくなっている。
勝負には勝ったものの、立っているのもつらくなってきた。
仕方なく、彼はその場にひざまずいた。
なるべくなら、このままもう動きたくない。
となると、あきらめざるを得ないか。倒したジマを、さらに痛めつけることも。
ルートヴィヒは舌打ちをする。
師はジマを、ゴーマのようには大事にしていない。訓練で倒したあと、多少は痛めつけても大目に見るだろう。
ジマだって、これまでの訓練で俺を倒したあとにはこちらを痛めつけてきたんだ。
その行為を師はいままで許してきたんだから、これから俺がジマをいたぶってもさほどには問題視しないだろう。
ならこれまでの返礼に倒れたジマをいたぶってやりたいところだが、俺もろくにもう動けなくて残念ながらできそうもない。
でも勝てたのだから、ジマにもせめてなにか云ってやりたい。ジマを悔しがらせる言葉を、一言くらいは。
大丈夫。師の寵愛を受けるゴーマに云っても咎められないんだ。師からはただの一言も。
師の寵愛を受けないジマに多少くらい些細なことを云ったとしても、問題なんてないさ。師の怒りを買うことなんてあるはずない。
うずくまるジマを見下しながら、ルートヴィヒは微笑する。
「ふふ、弱い」
勝ち誇りながらそうつぶやくと、ルートヴィヒはぜいぜいと喘ぐ。
なん、だと。ジマは悔しそうにつぶやく。いまやられてしまったことで苦痛がひどい。この状況ではそう云うのが精一杯だ。
以降、ジマは口をつぐむ。案の定、師の方もとくに何も云わなかった。ルートヴィヒが勝ち誇ることを止めもせず許していた。
ルートヴィヒはにやりとする。思い通りに、師の怒りを買わなかったことで満足する。
しかしルートヴィヒとしても、いまのところはこれ以上なにも云えなかった。
いま俺が勝ち誇ったことで、ジマが悔しがったのは心地がいい。なので本当はジマが悔しがることを、もっとなにか云ってやりたかったが。
ただ痛みと消耗があまりにもひどすぎる。いまは口を利くのが惜しいほどに、すこしでも休みたい。
ルートヴィヒは、顔をうつむかせて押し黙る。
そうしながらも、ルートヴィヒはもはや気づいていた。自分が以前と比べて、格段に強くなっていることに。
今日は圧倒的な実力差があるはずの師にも、一撃をくわえられた。
そのうえ、実力が上回っていたほかの弟子二人にも快勝した。
それも二人と戦うまえに師によって、ほかの弟子たちよりも深い痛手を負わされて自らがもっとも不利な状況にあったというのにだ。
こうなると、もはや疑いない。俺の力は相当に上がったんだ。
この二週間で、ほかの二人の弟子を追い抜いたんだ。
いや、たった二週間で抜いたわけではないだろう。
ルートヴィヒは考え直す。
これまで俺は、ほかの弟子たち以上に剣と体術の鍛錬を積んできた。
今回その成果が強く出たのかもしれない。
幼いころからずっと自分の躰に撒いていた鍛錬の種が、たまたまこの二週間で発芽したというのが本当のところだろう。
強くなった経緯はどうあれ、自らの実力が上がったことを自覚してルートヴィヒはうれしくなった。
こちらの方が痛手を負っているのに、楽々とほかの弟子たちに勝利できたのだ。ほかの弟子たちと比べれば、もう剣術の腕前は確実にこちらの方がうえだろう。
いまや堂々と一対一で勝負する場合には、あの二人に負けることなどはないはずだ。
それがはっきりとわかったことで、苦痛と消耗がひどく息も絶え絶えの状況のただなかにありながらもその唇には歓喜が浮かんでいた。
「ルートヴィヒの奴め。どうやら格段に腕をあげたようだな。いまやジマやゴーマよりも、剣の実力は上回るようだ」
師もそのことに気づいた。ルートヴィヒ自身も気づいたようだ。その歓喜の表情を見ればわかる。
まあ、自分の強さのほどに気づかぬ方がおかしいだろうが。
結局、ルートヴィヒは立て続けに兄弟子二人に快勝した。それもルートヴィヒが、もっとも痛手を負っている状態で。
そんな状態で二人に快勝するということは、確実にルートヴィヒはほかの弟子二人を上回る実力を身につけたのだろう。
軽くうなずき、師は自身の考えの正しさを裏付けする。
いくら、ときに瞠目する真似をしでかすとはいえだ。
俺を蹴倒したこと。ゴーマへの勝利。ジマへの勝利。
この三つのことが、すべてまぐれによって起きたものだとはとても思えん。
そうそう運も味方しないだろうしな。まぐれが立て続けに起こるとは考えにくい。
ということは、そのすべては奴の実力で為された結果なのだろう。
二人の弟子を上回る実力を持つからこそ、そういう結果を出せたのだ。
師は酒樽を口に運ぶ。酒をごくごくと飲むと、おおきく息を吐きだす。
とはいえ、ことさらに意外というわけではないがな。
ふん、とせせら嗤う。
ルートヴィヒがほかの弟子どもを上回った光景を、目の当たりにしたことに対しての驚きはありはする。が、ルートヴィヒの奴がほかの弟子を越えたことに関してはまるで納得できかねるという心情はないんでな。
ふたたび、グイと酒樽をあおる。
俺としては睨んでいたんでな。
ルートヴィヒには剣に於いて、天賦の才があると。その幼いころから。
事実、その片鱗をときに見せることもあった。こちらが瞠目することを為すのが、それだ。
ただルートヴィヒは瞠目することを、そうそうしでかさない。その片鱗は、まぐれと評すしかないほど稀にしか見られなかった。
のみならず、ときに見せるその片鱗を抜きにすれば普段の奴の剣の腕前はほかの弟子よりも劣ってもいた。
こうした現実をまえにしてしまうと、俺としてはどうしても猜疑せざるを得ないときがあった。
奴が剣に天賦の才を持っていると睨んだ、俺の見立て。そいつは所詮、俺の見込み違いでしかなかったのではないか、と。正直に告白すれば、つい直前までそう思っていた。
そうした思い込みがあったために、この時点に至るまで俺はルートヴィヒの実力に対して正しい評価を下せていなかった。ほかの弟子たちとの勝負の結果を見るまで、目の曇りをはらうことができなかった。我ながら目がくらんでいたと思う。
いまとなっては、もう見誤ることはないが。今回、ルートヴィヒが実力のほどを見せてくれたことでな。
軽く肩をすくめる。
あの二人の弟子とて、すでに人並み以上の剣の腕を持つ。常人に比べれば、凄腕といっていい。そんな奴らを、ルートヴィヒは易々と破ったのだ。奴が負っていた、自らが一番の痛手を負っているという不利な状況をものともせずに。
その現実が、やはり見込み違いではなかったと物語っている。
師はルートヴィヒを、視線のさきにとらえる。
にしても、ここにきてほかの弟子どもを破るとは。いまごろになって、開花させはじめたということか。ルートヴィヒは、その才を。
まあ、奴はひたすらに自身の腕を磨きをかけていたからな。
いついかなるときも、自らすすんで倦まず弛まず。兄弟子たちが、なにもしていないときですらも。
なら修練によって天賦の才を開花させ、剣の実力で兄弟子たちをルートヴィヒが凌駕する日が来ても不思議ではない。
たとえ弟子のなかで、一番の年少という足かせがあったとしてもな。
「考えてみれば、当然の結果になったということか」
師はつぶやく。
ほかの弟子どもも剣の才能がそこそこあり、努力もするのだが。持っている天稟については、ルートヴィヒがはるかに上回る。かつて弟子どもの剣の才能を比べた折に、そう結論付けたが。
しかし今回の結果を見せつけられたいまとなっては、やはりその結論は正しかったと云わざるを得ん。
努力については、まぎれもなくルートヴィヒにほかの二人は劣る。
たしかにあの二人も、俺が施す鍛錬についてはみなこなす。俺の怒りを買うのを恐れてルートヴィヒ同様にな。
その訓練をこなすことで、奴らは三人とも常人をはるかに上回る腕を持つに至った。これも鍛錬に、多くの時間を費やした成果だ。
が、そのほかの時間に関してはな。なんやかやで、あの二人は遊びに興じることも多い。
軽く吐息を漏らす。
その時間を修練に費やすこともあるが、ルートヴィヒと比べてしまうとまるですくない。あの二人が自主的にこなす、剣の修練の総量は。
才幹と努力で劣るなら、奴らがルートヴィヒに追い抜かれることになるのも仕方なかろう。
たとえこれまで年の差が有利に働いて、あの二人はルートヴィヒに対して力量で差をつけていたとしてもな。ルートヴィヒがああも努力していれば、その差が覆されるのは無理もない。
師は苦笑して酒樽を口元に引き寄せると、ふたたび麦酒をあおった。
そのとき多少痛みが落ち着いてきて、上半身を起こした弟子のゴーマが頼み込んできた。
「今度は俺とジマを組ませて、ルートヴィヒと戦わせてください」
酒臭い息を吐いて唇を袖で拭くと、師はゴーマをじろりとにらんだ。
これまでルートヴィヒは、一対一でもほかの弟子たちに勝てない状況にあった。
一対一でも勝てないのに、ほかの二人の弟子に組んでかかってこられては、ルートヴィヒに勝てる道理があろうはずもない。当然ながら、必ず二人に叩きのめされた。
こうして申し出てくるということは、その再現を狙っているということか。ルートヴィヒへの仕返しを目論んでいることは間違いないだろう。
見れば、やはりと云うべきかゴーマの目は復讐の炎でぎらついている。どうやらルートヴィヒにやられたことがよほど悔しいらしい。
「よかろう。やってみろ」
師は苦笑して許しを与えた。ゴーマとジマを組ませてルートヴィヒを戦わせることは、ときとして俺も誰に云われずともやった。
ジマとゴーマの息を合わせる訓練にもなる。組むことでより強力となる二人と戦わせれば、ルートヴィヒを鍛える訓練にもなる。さらにいえば、ルートヴィヒをいびれもする。絶対に負ける対戦をルートヴィヒにさせることでな。
その対戦の最後には、奴が倒される姿を見て愉しむこともできる。これらの利点があったからだが。
ともあれ二人とルートヴィヒを戦わせることは、こちらとしても異存はない。
やらせて得られるであろう利点は、まだ失われていないと思うしな。やらせればルートヴィヒが勝つかもしれんので、その場合には奴をいびれるという利点は消えてしまうことになりはするがな。
もちろん、負ける可能性もあるのでまだわからんが。
それになにより、今回はルートヴィヒの腕前の伸びのほどを見てみたくもある。
二人を相手にしても勝てるほどの腕前になっているのか、いないのか。その点を是非とも確かめてみたくもある。
それゆえゴーマに許可を与えてやったがな。どうなるか、とくと見させてもらおうか。
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