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ルートヴィヒの実力は、ほかの弟子を超えているのか否か。見極めさせてもらおう。

「これより弟子同士の訓練をはじめる」

 

 師は厳かにそう告げる。


「まず誰と誰の対戦から始めるか」

                     

 師は弟子たちを眺めていく。ゴーマを戦わせるか。それともジマ? あるいは。

 内心で急遽つぶやきを止めると、師はジマから視線を転じる。自らの左頬を蹴とばした男へと。

                    

 ふん、どうやら苦しいようだな。俺にやられたせいで、まだルートヴィヒの奴は。痛々しく床にうずくまっている、その姿からして。


 師は苦笑する。

 

 しかし、お互い様だ。

 俺だってこいつに蹴られた箇所が、まだ痛むんだしな。

 まあ威力を殺してこいつの蹴りを受けたこともあって、さほど痛むというわけでもないが。

 

 師の左手が蹴られた左頬に優しく触れる。

                    

 蹴られたことを、思い出したせいだろう。蹴られたところの痛みが、気になっちまう。

 

 痛みを和らげようと、師は触れた手で左頬をさすりだす。そのまま思いも馳せる。その頬を蹴った男のことについて。

                    

 ルートヴィヒの奴はこの俺を蹴り倒しやがったが、あんな真似はほかの弟子どもはやったことがない芸当だ。とすれば、ルートヴィヒは実力でほかの弟子どもを上回った。そう考えるのが、筋ではないだろうか? 


 眉をわずかにひそめ、すぐに考え直す。

                    

 いや、やはり違うか。そのとき限りのまぐれ当たりだったとも云い切れん。ルートヴィヒはときに、瞠目することをやってのける男なだけに。

 もしまぐれでないとすれば、相応の実力がなくてはできないことだろう。すくなくとも、ほかの弟子より一段劣っている男ごときにやってのけられるような芸当ではない。

 

 最悪でも、ほかの弟子と同等の力がなくては無理だと思うが。ゴーマとジマなら、けっして不可能ではないだろうしな。

 奴らにしても、いままで一度としてやったことがない芸当ではある。

 しかし、なにかの拍子で俺に一撃をくわえることもないとは云えん。

 普段から俺が散々鍛えているだけあって、あの二人の弟子とてそれだけの力を持っているのはたしかだしな。

 ただし、それもあくまで運が奴らに味方すればの話だ。

 普通なら、弟子ごときに遅れをとる俺ではないからな。

 

 ふん、と息巻くと師は酒樽の栓を口に含んで酒を飲んだ。

                    

 しかし、どちらだ? あんな芸当をルートヴィヒがやってのけたのは単なるまぐれであろうか? それとも、いまやほかの弟子と対等の腕を持つに至ったからなのか?

 わからんが、もしかするとまぐれではないかもしれん。

 さきほど手を合わせたときには、その成長の手ごたえを感じたしな。

 ただ手ごたえは感じたが、成長したという確信はない。

 なら、ここは一つ奴の力を試してやるか。

 まずは奴を戦わせて、その力のほどをはっきりと見定めてくれる。


「ルートヴィヒ、まずおまえは確定だ。立ってここへ来い」


 師は指名する。


 そのとき、ルートヴィヒは床に横たわっていた。痛みで身をやや丸めて苦しそうにしている。

 

 俺か。


 内心で、ルートヴィヒは忌々しそうにつぶやく。苦し気な表情を、一層しかめもする。

 

 くそ。痛みがひどいというのに。でも命令が下された以上、師には逆らえない。命令に従わなければ、師の怒りを買って痛い目にあわされるだけだ。そんな目にあいたくないなら、やるしかない。


 ルートヴィヒは両腕に力を込め、上体をあげようとする。

 途端に、さきほど幾度も蹴られた腹部に痛みが走る。自然と躰は床に沈んだ。これじゃあ、すぐには起き上がれそうにない。でも師に来い、と命じられているんだ。起き上がらなくちゃ。

                    

 ふたたび両腕に力を込める。今度はゆっくりと無理をせず、体に痛みを覚えないようにやってみる。

 しかしすぐに彼は顔をしかめる。


 きつい。躰が。でもそれは、いつものことだけどね。訓練のとき誰が一番きついかといえば、まず俺だしね。なにせ、この俺は師に好かれていない。嫌われている。それも、弟子たちのなかで一番に。

 そのせいで訓練の際にも、今回のように師は俺に弟子連中のなかでもっともきつく当たってくる。

 結果、訓練では、弟子たちのなかで俺が一番の痛手をこうむることになるものね。時に例外はあっても、たいていはそうなる。

 そのせいで当然、こうして弟子同士の訓練がおこなわれるときにも厳しい状況に置かれることにもなる。

 実際に、この弟子同士の訓練でいままでもずっと強いられてきたんだ。弟子のなかではもっとも不利な戦いを。

 そもそも弟子同士の実力はほぼ拮抗しているとはいえ、これまでずっと俺だけは腕が若干であるにせよ劣っていたんだ。となれば、普通に対戦したとしても不利になるのは当然だ。

 そればかりかちょうど今回のように、俺はほかの弟子たちよりも痛手を負ってその対戦に臨まなくてはならないときだってあるんだ。師は俺を痛めつけてから、弟子同士の訓練を執りおこなうこともしばしばあるからさ。

 

 両腕をなんとか上げようと試みながら、ルートヴィヒは薄く笑む。


 そこまで俺を優遇してくれなくてもいいって思うことも、ままあるけどね。

 嫌われるあまりに日常、俺だけきつく虐げられたりしたときには。あるいは、今回のような訓練の際にもね。

 いまだってそう思うよ。こんなにも躰が苦しいときに、ご指名を受けてしまってはね。


 なんとか必死に起き上がろうとしているさなか、苦しそうな表情のうえに皮肉気な笑みを浮かべもする。

 むろんこうした状況下で弟子同士の対戦がおこなわれる以上、これまで俺は一度として勝った試しがない。その対戦で、ほかの弟子連中に。

 どう転んでも、最後には敗れざるを得ない。ほかの弟子に、叩きのめされることにもなってしまう。


 これがたとえ訓練じゃなく、私闘でも同じだ。勝ったことなんて一度としてない。そのときには事前に師に痛めつけられたりせず、戦うけどね。でも俺はほかの弟子連中より弱くて、結果は変わらない。今回も、そうなるんだろうね。きっと。

 またしても今回、俺が弟子のなかで一番の不利な状況にあるんじゃね。ほかの弟子より腕が劣っているばかりか、もっともひどい痛手をこうしていまも師からこうむってしまったせいで。

 ルートヴィヒはげんなりする。


「まあ、痛めつけられることになるだろうがな。おまえは。せいぜい、その姿を見せて俺を愉しませてくれ」

                    

 師は人の悪い笑みを象った。

 ルートヴィヒが不利なのは承知している。だからといってルートヴィヒが痛めつけられたところで、俺としては一向にかまいやしない。俺にとっていい見ものになるからな。もっとも俺が嫌っているルートヴィヒが、ほかの弟子にやられる光景は。

 訓練をおこなうのはあくまで弟子同士を戦わせてその力を高めるためであって、べつにわざわざそれ見たさにやっているというわけではないが。


「せいぜい奮闘しろよ。俺に叩きのめされ、きついのはわかるが」

                

 そう云いながらも、師は考えていた。

 ルートヴィヒの力を見定めたいなら、もっと弟子ども全員を回復させてから戦わせた方がいいのではなかろうか?

 いまはルートヴィヒがほかの弟子より深手を負い、もっとも不利な状況だ。そんな状況下で戦えば、ルートヴィヒがほかの弟子に負ける公算はひどく高い。たとえ奴が、いまやほかの弟子と対等な力を身に着けていたとしてもな。

 その場合には、奴の敗因がほかの弟子より実力で劣るせいか、怪我のためなのかよくわからなくなる。奴の力のほどが、見定めにくくなってしまう。

 どちらかといえば当然ながら、負傷による有利不利の差がない対等な状況で弟子どもを戦わせた方がルートヴィヒの力のほどはより見定めやすいことだろう。

 そうすれば勝負の結果で、その腕前のほどの見定めが単純にできる。

 接戦して引き分けたなら、対等な力を身に着けた。負ければほかの弟子より弱く、勝てば強くなったとわかるしな。

 ならここは一度、訓練をやめて弟子どもを休ませるか? まずは躰を癒させて後日、弟子どもを負傷による有利不利の差のない状況で戦わせるということにしようか?

                    

 そう思わないでもなかったが、結局のところ師はその考えを一笑に伏す。

                    

 まあいい。見定めたいと思ったからには、その力のほどをいち早く確かめてみたい。それに俺の目をもってすれば、いま戦わせたところでルートヴィヒの実力のほどなど見定められよう。

 いまの状況下でも実力が同じなら、ほかの弟子と戦わせたところでルートヴィヒもいつもより粘りを見せることだろう。その戦いぶりで、充分に見定められるはずだ。ルートヴィヒの奴が、ほかの弟子よりも深手を負っていようが関係ない。

 そう決め込むと、今度は違うことで師は迷いを見せる。

                    

「対戦相手はどうするか」


「俺を。ジマはまだ俺よりへばっていて、戦わせるのは気の毒だから」


 ゴーマが手を上げる。

 

 ふむ、と師はほかの弟子二人を見やる。

 ジマはすでに動けはするが、ゴーマと比べてしまえばたしかにへばっている。ゴーマよりは動くのがつらそうだ。

 その状況を見かねて、ジマをかばうためにゴーマは自分を売り込んできたということか。ゴーマはジマよりまえに俺と戦ったぶんだけ、具合がましになっているのだろう。

 普段から仲むつまじいジマが自分より苦しそうにしているとあっては、ゴーマとしては見て見ぬふりはできんだろうしな。

 まあ、よかろう。俺としては、どちらかを優先的に対戦相手とするべき理由もない。その提案、受け入れてやる。


「では、ゴーマ。来い。ルートヴィヒの相手をしろ」

                    

 は、はい。ゴーマは返答する。

 じつのところ、師にやられてしまったせいで躰はまだ痛い。やられた当初より、随分とましにはなったが。それでも自分から売り込んだんだ。やらねばならない。動けるとはいえ俺よりへばっている様子のジマに、さきにやらすのは気の毒だしな。


 ゴーマは我慢しながらも立ち上がった。


 しかし、ルートヴィヒはまだ立ち上がらない。ひどく痛めつけられたのにくわえて、まだやられたばかりの身のうえだ。起き上がろうと苦戦してはいるものの、なかなかに難しそうなのはわかるが。

 

 師は舌打ちする。

                   

「はやく起きろってんだよ、ルートヴィヒ。ぐずぐずしてるんじゃねえ。この間抜け」

                    

 なかなか起きあがらないルートヴィヒに業を煮やし、師は大声で叫んだ。

 壁に立てかけてあった木剣をつかみ、それをルートヴィヒに投げつける。

 木剣は回転して飛び、ルートヴィヒの躰に命中する。ぐっ、とルートヴィヒはうめく。

 痛みが走ったが、これ以上もたもたしてはいられない。師の怒りを買って、もっとろくでもないことをされるだけだ。

 師との対戦でやられてしまったせいで躰の苦痛はひどいが、はやく起き上がらなければ。

 ルートヴィヒは歯を食いしばった。痛みに耐えながらも、なんとかとうとうその身を起こして立ち上がる。

 そのあとには剣を交えるために、弟子の二人は互いに近づいていく。

 ルートヴィヒは、いかにも苦しそうに。ゴーマはややつらそうな顔をしながらも。

 

 ある程度互いの距離が詰まると、二人は相手に向けて剣をかまえた。

                   

「よし。対戦できる状況になったな。ならいまから、弟子同士での対戦を執りおこなう。まずはルートヴィヒとゴーマだ。二人で剣を交えてみろ」

                  

 師は命令を飛ばす。果たしてどうなるか? ルートヴィヒには、その実力のほどを見せてもらおう。

                    

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