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「見極め」 わかっているのか?  私はお預けをくらわしたのだぞ。嗜虐性の強すぎるおまえに。

 一体どういうつもりだ? 


 師は口を開かぬまま、じっと公爵のその顔を訝しそうに眺めていた。彼の方でもずっと考えていた。公爵が思いに耽るなか。その公爵の思惑を。

                     

 いままで死刑執行人に堕とされて以来、こんなことはなかった。俺をねぎらうだと? それどころか身近に俺を呼ぶなんてことはなかったのに。なぜ急にそんな真似をする?

                     

 解せん。公爵の意図が読めん。しかしなにかしらの意図は当然あるだろう。いずれにせよ、下手なことは云わぬことだ。そうすればなんの問題も起きず、こちらに害はないだろう。とはいえ、一応はその意図を探りたくもある。


「酒をお勧めくださるのは結構ですがね。私をこうしてお引止めなさるのには、なにかお考えが?」


 とりあえずベルモンは公爵へ探りをいれる手はじめに、当たり障りのない科白を口にした。


「他意はない。座興にすぎん。久しぶりの処刑だ。愉しむために死刑執行人を本職とするおまえに、処刑についていろいろと説明してもらうのもよかろうと思いもしたんでな。それもあって、おまえをここへ呼び寄せたのだ」

                     

 公爵は酒がつがれた杯を手にとる。ベルモンは疑わしそうに目を細める。

                     

 そんなことで、この俺を呼び出しただと? 公爵はずっと俺を嫌悪しているというのに? 嫌悪している相手なら、なるべく会いたくないと思うのが普通のはず。

 なのに、こんなつまらないことで嫌悪する相手をそばに呼び寄せるなんてことはあるんだろうか?

                     

 いかにも、嘘くさい理由だぜ。ベルモンは思ったが、確信はないのでなにも云わない。なおも口を動かす、公爵の話を聞き続けた。


「私もそこまで処刑に詳しくないしな。

 本職のおまえに説明してもらえれば、処刑もより愉しめよう。

 ベルモン、おまえもいま、とくに重要な用があるというわけでもあるまい。ことさら処刑を自らの手でする必要もなかろう。おまえには弟子もいる。処刑は、その者どもに任せればよいだけだしな。ならそばにいて、私を処刑のあいだ愉しませてくれんか」

                     

 そう要請し、公爵は微笑する。


 もちろん、これもこいつを引き止めるための表向きの理由にすぎん。引き止めるのは、こいつに処刑をさせぬためだ。処刑させず、嗜虐性が高いこやつの反応が見たい。


 公爵は椅子のひじ掛けに片腕を乗せた。その後、気だるそうに、ひじ掛けにのせた腕で頬杖もつく。

                     

 まえもって調べておいたが、死刑執行人としての務めはこの処刑を終えればしばらくはない。拷問も、処刑もな。つまり今回の処刑を機に、死刑執行人としてグローの奴は残忍な所業がしばらくはなにもできなくなるというわけだ。

                     

 結果、もしこやつがこれまで自らの高い嗜虐性をその務めを遂行することで満足させていたとしたなら、それができなくなってしまうので当然ながらその期間は我慢を強いられることになろう。

 嗜虐性が高いだけにこやつは、なぶるのをはじめ人への残虐行為をひどく好んでいる。

 ことに殺しは、自らの最上の悦びとしているような性質の男だ。なれば人をなぶるのみならず、殺しもできないとなるとひどくこたえるであろうしな。

 然れどもそれならば、ぜひともグローとしてはこの処刑は自ら実行したいはず。せめて務めのない期間に入る直前の処刑をおこなって自らを慰めるために。

 嗜虐性が高いなら、そう考えるはず。禁欲生活はつらいものだ。その生活に入ることが予定されているなら、せめて直前に欲望を満たして慰めを得たいと考えるのは人情というものだろう。

                     

 であるのに、今回の処刑をおこなえないとなれば不満に思うのが筋のはず。禁欲生活に入るまえのせめてもの慰めを奪われれば、それは当然の反応だ。いらだちや怒りとて見せることだろう。しかし、それなら問題はない。いらだちや怒りを見せるなら、それは真実グローの奴が残忍な所業を、ことにこやつが愛好する殺しがしばらくできない証と観ていいだろう。

 できないからこそ直前の慰めを奪われれば、心は波立ちいらだつわけだしな。


 つまりその場合、こやつがどこかで人を殺すなりの罪を犯しているという可能性は低い。潔白であると云えるであろうよ。

                     

 然るに、こうして今回の処刑を止められても、もしこやつの心が波立たず冷静に対応するならばひどく怪しい。

                     

 残忍な所業がしばらくおこなえぬのに、その直前の慰めを奪われてそんな対応を嗜虐性の高いこやつがするのはおかしいからな。その場合、黒である可能性は高くなる。

                     

 どこかで罪を犯しているからこそ、しばらく残忍な所業をおこなえない直前のお愉しみを奪われても、心は波立たず冷静でいられるのであろうと考えられるからな。

                     

「閣下が、そう望まれるなら仕方ありませんな。ま、ここにいるのは構いませんよ。どうせ暇でしたから。どのみち私は処刑をする気は今回ありませんでしたしね。処刑台のうえには登っても弟子任せにするつもりでしたので。公爵閣下に、ここに呼び出されて引き止められなくとも最初から」


 ベルモンは軽く肩をすくめる。


 もともと俺は、今回の処刑をルートヴィヒに任せようと思っていた。これもルートヴィヒの奴が裏切りを働いた罰としてな。さらには俺が人を支配するいつものやり口をルートヴィヒに施して奴を恐怖で縛り、屈服させて完全に支配するという目的を達するためでもある。

                     

 今回の裏切りが失敗に終わった直後のこの処刑の実施を奴に課すことで、俺としてはわからせてやるつもりなんでな。その魂の奥底にまでルートヴィヒに。

                     

 所詮、おまえは死刑執行人に過ぎない。裏切ったところで無駄に終わる。死刑執行人としてあり続けるしか道がない。けっして俺のもとから離れられない。俺には敵わないのだ、ということを重々に。

 そうすればルートヴィヒを打ちのめしてやれるので罰になる。

 それにとにかく今回もこうして打ちのめすような真似をしてやれば、人を恐怖で縛って屈服させ、こちらの支配下に置くという俺のやり口をルートヴィヒにまたしても施せることにもなるんでな。


 師は心のなかで自らの考えを披露しほくそ笑むが、そのあとには軽く嘆息もする。

                     

 もっとも幼いころからそのやり口で幾度となく虐げて打ちのめし続けて支配しようとしてきたにもかかわらず、奴は未だに俺に屈さん。

 同じやり口でほかの弟子は恐怖に屈して早々と従順になったのに、奴だけは例外だ。剛毅な公爵の血を引いているせいか、まだ若僧のくせになかなかの奴であるのでな。ゆえに今回この処刑で打ちのめそうとしても、望ましい効果はすぐに期待できんかもしれんが。

                     

 しかしそのルートヴィヒとて、所詮は人間。打ちのめし続けていけば、奴とていつまでも例外のままでいられまい。これまでの経験上このやり口に屈せず、支配されなかった者などいないからな。

                     

 いまにしても、ルートヴィヒは普段から弟子として忠実に仕える態度をすくなくとも上辺だけながらも見せているくらいだ。ミゲールとの戦いが終わったあとのように、俺に恐怖している様相をときとして見せることだってある。ということは現在ルートヴィヒも俺にそれなりに恐怖しており、こちらのやり口の効き目はすでに目に見えてあらわれているとも取れよう。

                     

 だからこうして打ちのめすことを止めずにいれば、いずれ必ずうまくいき奴を支配するというこちらの目的も達せられるはず。

                     

 そうなればもちろん、なんとか持っていってやる。ルートヴィヒの奴がアルプレヒト公爵家を継ぐ方向へと。


 胸のうちに悦びを宿しながら、師は公爵を眺める目をやや細める。

                     

 ルートヴィヒを当主とし、奴を通してその背後から俺がアルプレヒト公爵家を意のままに操ってやる。そうして、この老いぼれがひどく大事にしているアルプレヒト公爵家を奪いとってやる。

 現在、公爵家の当主であるこの老いぼれ自身の手から。そうすることによって、俺を死刑執行人に堕とした目のまえのこの憎らしい老いぼれに報復してやるぜ。

 くくっ。そのときが愉しみだ。


 師は上機嫌で酒杯を持つ手を口元へ運んだ。

                    

「ふん、左様か」


 公爵はそうつぶやいてから考える。


 最初から今回の処刑を弟子任せにするつもりだった、か。こやつにとっては禁欲生活に入る直前であろうに、それをするか。今回の処刑は禁欲生活に入る直前の、自らの慰めとなる貴重なものであろうに。

 この時点でこやつがそんな真似をするのは、いささか不自然に見えるな。


 公爵は師の様子を観察する。


 覆面をしているので、そのしたにあるベルモンの表情は見て取れない。だがその雰囲気から、怒りも苛立ちも感じられない。

                     

 それどころか覆面に穿たれた両の眼の部分の穴から見える目元の動きから、どうやら微笑みを浮かべているのがわかる。余裕しゃくしゃくという感じだ。禁欲生活に入る直前の処刑を弟子に渡して、その態度か。

 この時点で私からこんな要請をされたら嗜虐性の強いおまえなら気分を害して当然だろうに、まるで問題がないという印象だ。

                    

 わかっているのか?


 公爵はベルモンの不審な態度にいささか気分を昂じさせて思う。


 私はお預けをくらわしたのだぞ。嗜虐性の強すぎるおまえに。禁欲生活に入る直前の、おまえの慰めとなる処刑を。にもかかわらず、いささかも怒らないとはな。

                     

 公爵は酒を一口含む。酒の力で昂じた気持ちがいささか落ち着いた公爵は、思い直す。


 しかしまあ、こやつが怒りを見せぬのも当然やもしれんな。今回、こやつは最初から処刑をする気がなかったと云っていたんだ。なら今回の処刑を私がお預けをくらわしたところで、べつに怒る必要はないだろうからな。


 公爵は吐息を一つ、つく。

                     

 やれやれ。今回の処刑をグローの奴にお預けをくらわすことで、その反応を見て黒か白かを見極める判断材料にしようと思っていたのだがな。肩透かしを食らわされた感じだ。


 しかしながら公爵は訝しむ。


 とはいえ、こやつのこの態度はあからさまに妙だ。禁欲生活に入る直前の処刑を弟子に渡しておいて、なぜこうも余裕があって穏やかでいられるのだ? こやつならもっと苛立っていてもいいはず。

 

 禁欲生活直前の処刑なら、嗜虐性の強いこやつであれば自ら腕を振るいたかろうに。それを弟子に譲るなぞ、普通に考えればこやつにしてみれば苦痛であろう。にもかかわらず、穏やかなその態度。解せん。今回の処刑を、奴が自ら譲るという振る舞いもな。

                     

 もっとも、どこかでグローの奴が望むままに罪を犯せると考えれば不自然でもないが。それならば説明がつく。こやつにとっての禁欲生活に入る直前のこの時点で、弟子に処刑を譲った振る舞いも。それでいて、苛立たずにいるということも。

                     

 当然、弟子に今回の処刑を譲ることなぞは難なくできよう。望めば、すぐに残忍な真似ができるというのなら。またいくら嗜虐性が強くとも、そうしたところで苦痛にはならぬだろう。苛立つわけもなく、余裕ある落ち着いた態度も見せられるか。

                     

 公爵の黒い瞳が光る。


 となると、やはりこいつは黒か。この態度と返答からして、すこぶる怪しいしな。いや、まだそれだけで黒と判断するのは早計か。

                    

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