表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

107/117

「疑念」 公爵は師に対して、見極めを開始する。罪を犯しているか否か。白か、黒か。黒でも、生かしておく値打ちがあるか否かを問うために。

「どうだ? うまかろう」

                 

「ええ、まあ」


 この師の返答を受けて、公爵は微笑をもらす。自らも酒杯をあおると、ふたたび公爵は考えに耽った。うまい酒を味わっているという振りをして考えを表に出さずに。

                     

 今回ウルグス町での事件が起きたことで、私の裡ではおおきく頭をもたげてきた。奴が朧かもしれぬ、あるいはそうでなくとも罪を陰で犯しているかもしれぬという疑念が、かつてないほどに。

                    

 いままで、こうもこやつを疑ったことはなかった。しかしウルグス町での一件を思えば、やはりグローの奴は臭すぎる。かの一件は奴の仕業と、どうしても睨みたくなる。奴があの日、町を訪れていた事実。その強さ。嗜虐性を考えれば。

                     

 まして奴がかの事件を起こすほどの大それたことができるなら、裏で人知れずほかの罪に手を染めていてもおかしくはない。そう考えてしまうと、奴への疑いはいや増すばかりだ。

 

 同時に、グローの奴を生かすべきか殺すべきかという迷いも生じざるを得ん。

                    

 本来なら、もし陰で奴が罪を犯しているなら殺すべきなのだろう。

 かつて私は、奴に死刑執行人たることを命じた。が、それ以外のことをするよう命じた覚えはない。死刑執行人の務めだけを果たすよう命じたのだ。なのに奴が云いつけを守らず好き勝手をしていたのなら、それは私への背反行為だろう。

                     

 それに、もし本当に罪を犯していてその事実が露見したとすれば、私としては奴を始末するしかない。次に罪を犯せば、死を与えると奴に脅しをかけてもいる以上。

                     

 となると、もし奴が罪を犯していたら当然死刑執行人の立場にいられなくなってしまう。ならば奴は死刑執行人たれ、と命じたわが命令を守れなくなってしまうのだ。それもわが命令に背く背反行為だ。

                    

 つまり奴は私に対して、二つもの背反行為を犯しているわけだ。

 奴がもしも、裏で悪事を働いているというのなら。

 そのうえわが命令をグローの奴は軽んじているということにもなろう。


 公爵は、やや眉をひそめる。

 

 私としては、甚だ不快だ。奴が二つものこちらへの背反行為を犯したうえに、わが命令を軽視までしてくれたとあっては。むろん許せん。奴は厳しく罰せねばならぬ。

 これが事実なら、奴にはやはり死を与えるのが妥当というところだろう。

                    

 しかしそれでも奴は生かすべきという迷いも正直、私にはある。ゆえにそう簡単には殺せぬ。そんな迷いが生まれるのも、考えられるからだ。仮に奴が陰で罪を犯し続けていたら、こちらが利得と損害を双方ともに受ける事態が。

                     

 今回のウルグス町での一件については、まさにグローの奴はこちらの役にたってくれたと云える。

                     

 今回の一件によって、こちらはなんら痛痒を感じない。

 だが私と敵対するギーセア伯爵の勢力はちがう。その下に飼っていた傭兵隊たる灰色の狼は、今回の一件で壊滅した。ギーセア伯爵など私にとってはたいした奴ではないが、一応は敵対している側の勢力だ。

 それがこたびの一件で、多少ながらもその勢力が削がれた。こちらとしては、はっきり云って小気味よい。そのぶん敵方が弱体化するわけだしな。

                     

 ならこのままグローを生かしておけば、こちらが得をするなんらかの利益を今後とも生むという可能性も充分あり得る。

                    

 反面、この調子で罪を犯し続けるならやがてグローの奴が、わがアルプレヒト公爵家にとっても害を及ぼす危険も当然ながら否定できん。わが家にとって不利となる罪をいずれ犯すやもしれん。


 あまつさえグローの奴はこの私を恨んでいる。であれば、なおさらその可能性は強くなろう。そんな事態になることは、アルプレヒト公爵家の当主として許せん。それは到底、無視できん事態だ。

                    

 私には、かねてより叶えたいと思っている強い望みが二つある。一つが、わが血を流す者に跡を継がせたいというのがそれ。のこるもう一つが、わがアルプレヒト公爵家の繁栄だ。私はアルプレヒト家を愛するがゆえに大事に思い、より繁栄させたい。わが家を。

                     

 なのにグローの奴が害を為し、わが望みの一つであるアルプレヒト公爵家の繁栄を邪魔立てするなどは到底許せん。そんな真似をさせる気など私には一切ない。

                     

 このように考えると、なかなかに出てこん。もし奴が朧だとするなら、あるいはそうでなくとも陰で罪を犯していたとした場合にはだ。グローを生かしておくのは、こちらにとって得か損か。その疑問に対しての結論がな。

 損得勘定がせめぎ合って、奴を殺すべきか否かの決断がそう容易くつかん。

                     

 むろんもし目のまえのこいつがまったく罪を犯しておらず潔白というのであれば、殺す必要はない。こやつは死刑執行人としても役に立つ。それにその剣の腕前を必要とし、使わねばならぬ状況が訪れんとも限らんしな。

                     

 これまでだって生かしておく利点を考えて、こいつを殺さずにおいたんだ。かつてこいつに憤り、死刑執行人に堕としたときでさえも。

 いまにしても、そうだ。利点があることを考えに入れてしまうと、なるべくならこやつを失わずにすませた方が妥当なのだろうという思いもある。よしんばグローの奴が今回の一件に関与し、裏で罪を犯していたとしてもな。

                     

 なにしろいまのところ、奴を生かしておいてこちらに害など一つとしてないのだ。あるのは利益のみだ。それを思えば、こやつを殺すのはやはり惜しいという思いも出てくる。こやつを生かし続けておけば、こちらにも得られる利点があるからには当然な。

                     

 しかし他方では、私の頭にこびりついて離れもせん。もし真実、グローが朧として、あるいはそうではなくても単に陰で罪を犯し続けていたなら、奴をこのまま野放しにしておくのは危険だという思いも。

                     

 こやつを放置すれば、いずれはこちらに害を及ぼしかねんのだ。ならそのまえに殺した方が、いっそ身のためというものだろう。正直なところ、奴への殺意も私には多分にあることだしな。

                     

 私としては許しがたいし。もし奴が裏で罪を犯し、わが命令を軽視し、私への背反行為を行っていたのだと思うと。

                    

 せっかくこやつを呼び出し、いつでも捕えられる状況にいまはあるんだ。兵などいくらでも呼べもする。多勢をもってその身柄を確保することは、いまは難しくもない。

                     

 こやつは手練れゆえ切り抜けるやもしれんが、多勢で押せばまずこちら側としても下手は打つまい。こいつを殺す名分についても、まるで問題はない。

 なんとでも表向きの、始末するに値する正当な理由をこじつけて、こやつを殺すことなどいともたやすくできる。殺そうとさえ思えばな。それだけの権力が、私にはあるゆえ。下賤の者をわずかな人数ばかり殺める程度のことは、なんなくできる。

                     

 もちろん罪なき者を無下に殺したとばれれば、私とて法の裁きを逃れられん。しかしわが力をもってすれば、処断などされずに下賤の者をすくなからず殺すがごとき行為などは造作もない。罪を犯すことにも、なんら憚りはない。これまで人など、私も数え切れぬほど殺してきた。務めや、私が自ら望むことで。いまさらすこしばかり人を殺したところで、良心の呵責など感じぬしな。

 ましてその殺す相手がグローとあってはなおさらよ。奴を殺すだけの理由が、こちらには充分にあるんでな。

                     

 公爵はくくっと低く嗤う。


 これも力を持つ者の特権よな。力さえあれば、何をしても許されるというわけだ。


 公爵は口元を歪めながら、ふたたび杯をあおる。

                     

 その一方で師にしてみれば、これまでのあいだ公爵がすこしばかり長く酒を味わっているように見えた。なにか公爵は沈思しているようにも見える。が、なにを考えているのか問う気も生じない。仲良く語り合う間柄でもないしな。だったら、むしろこちらもずっと黙って酒をひたすらに味わっていた方がよい。

 その思いのとおりに、いまに至るまで師はなにも話さず酒をちびちびと舐め続けていた。

                     

「ふむ。味が澄んでおる。深みも感じさせて、なかなかに良い」


 公爵は一見、穏やかそうに手のなかで酒杯をもてあそぶ。しかしそうしながらも、公爵は師に対しての処遇への迷いを内心で見せていた。

                     

 さて、どうするか。まだ結論は出していない。生かすか殺すかを決めるに当たっては、よくよくこちらとしても見極めねばならん。奴が潔白であるか否か。あるいは潔白でなくとも、生かしておいてこちらの利益になるかどうかを。

 見極めは面倒だが仕方ない。裁定せぬわけにはいかんからな。裁定せず、無視してこのまま捨て置けるわけもないし。わが命令に背反して逆らった可能性があるこやつを。わが損益にも関わってもくるからには。


「極上の酒だ。じっくり味わうがいい」

                     

 そう云って、公爵はふたたび酒をあおった。

                     

 ともあれ、いまよりこやつを生かすか殺すかの見極めをさせてもらう。

 それこそが、私がここに来てわざわざグローの奴を呼び出した真の理由だしな。

 

 ちらりと、公爵は師をみつめる。


 こやつにその理由を知らせ、直接問うことはできん。そうしたところで、どうせ正直に話すまい。

 罪を犯していると自白すれば処断されると、こやつも当然考えるだろう。

 そうならぬためにも、こちらが知りたいことを直截的に尋ねたところでグローの奴としては身が潔白であるという姿勢を貫こうとするだけだろう。自らの罪を悟られぬように。そうなれば隠し立てをされてしまうことで、結局こちらは奴に対しての見極めができなくなる。

                     

 それをさせぬためにも、奴にこちらの目的を悟られてはならん。用心深く探りを入れて、目的とする見極めをおこなわねばならん。


 公爵はちらりと周りを見渡す。

                     

 それをするには、この処刑場が一番適した場だ。

 とはいえ、こちらとしてはできたのだが。見極めをおこなうために、こやつを別の場へ呼び出すことも。ほかの場所へいる奴のもとへ、こちらから出向くことも。


 しかしだ。公爵は思い返す。もし見極めた結果、このグローの奴を殺すと決めたなら、処刑場はなかなかにいい場所となる。

                     

 このグローという男、私はいまのところ生かしておいてやっている。だがそれは、利用価値があるから生かしてやっているというだけのことだ。利用価値すらないのなら、生かしておくだけの値打ちなどこの男にはない。私としてはな。いまでもこの男を嫌悪している以上は。

                     

 グローを見ながら公爵は、ふんと鼻を低く鳴らす。


 この男は残忍で、卑劣で邪な悪党だ。死刑執行と拷問をいまでも好む以上、その性分は変わっておらぬだろう。本当に忌むべき男だ。こちらのこやつへの心象は変わっておらん。

 変わりようがない。奴の性分がそのままであるなら当然な。

                     

 こやつへの嫌悪は抑えられん。だから、この男を殺すと決めた場合にはだ。慈悲深く、長らえさせてやるつもりなどない。この男が存在していると考えるだけでも正直むかつくほどなので、すぐにでも殺してやりたい。

                     

 それゆえ私はわざわざこの処刑場へ出向き、ここでこやつに対しての見極めをおこなうことにしたのだ。

                     

 死刑執行人だけに、どうせ処刑場へはこやつは放っといてもやってくる。そこへ出向けば、こうしてこやつに会えもする。そのこともこやつと謁見する場として処刑場を選んだ理由の一つに挙げられはするがな。しかし理由は、もちろんそれだけではない。

                    

 殺すと決めた場合には、処刑場にいればすぐ奴を始末できる。殺すと決めたらすぐ始末できるのであれば、処刑場で見極めをするのは私としても好ましいんでな。

 くわえて、そこにいる見物人にその死を拝ませてもやれる。つまり処刑される罪人を、死刑を愉しみに見物にきている民衆どもに一人新たに確保してやれることになるのだ。奴らにとって娯楽となる処刑を、さらに提供してやるためにな。

                     

 処刑を見せることによって国は、民衆に日々の暮らしの息抜きをさせてやれる。結果、民衆の心を慰撫できる。国への民衆の不満を抑えることもできる。そういう目的もあって、国としては民衆に処刑を見せてやってもいるんでな。

 民衆の不満を解消するというのは、国が穏やかに領土を統治することにつながるゆえ。

                     

 と同時に、処刑を見物させれば罪の報いを見せつけられる。そうすれば当然ながら、罰せられることを恐れて民は罪を働きにくくなる。民の罪を抑制できるなら、いくぶんかは国も統治がしやすくなる効果を得られよう。


 処刑を民に見せてやることは、かように国としても統治に役立つというわけだ。

                     

 だったらどうせ殺すのであれば、民衆に見物させられる処刑場で奴を始末した方がいいに決まっている。この私は為政者側の人間でもある。その私としては、民衆の慰撫にも心を砕かざるを得ん立場だしな。

                     

 なにより、ほかならぬ私自身も悠々と見物できて愉しめよう。嫌悪するこの男の死を、処刑場の特等席の高みから。

 

 ついでに云えば、この広場が処刑場となっている点も悪くなかった。王都に住む私としては、ここへ来るのに苦労はしない。難なく来れるんでな。

                     

 そのうえ処刑場で見極めをおこなえば、ほかにも役に立つ点もある。

                     

 処刑を愉しみにきたと云えば、ここへ出向く理由としては不自然ではない。このグローをねぎらうことにすれば、こやつを身近にも呼び出せる。

 私がここに来て、グローの奴と身近に接せられる表向きの理由も一応は整うのでな。

 表向きの理由がある以上、グローの奴にも悟られずに済むわけだ。私がここへ来た真の目的を。奴の見極めをおこなうために来たということを。

                     

 さらにはこちらとしては奴と身近に接し、いろいろと試して見極めをおこなうつもりだが、その舞台も整えられる。だからこうして私と奴の席をここに、その舞台として設けもしたのだ。

 死刑が執行されるあいだずっと身近で奴に接し、その見極めをおこなうために。

                     

 公爵は杯を手のなかで弄ぶ。杯のなかの赤い液体が揺れるさまを見つめながら、公爵はなおも考えに耽る。

                     

 これだけの利点があるならば、グローの奴を見極める場所としてこの処刑場を選ぶしかあるまい。

 ただ奴の見極めを今日にしたことについては、大した理由はないが。単に見極めをすると決めてから、もっとも早く処刑がおこなわれるのが今日だったからというだけのこと。

 もしも殺すのであれば、なるべく早く始末したいというわが心の衝動を抑え難くてな。その見極めを、もっとも早く処刑がおこなわれる日にしたまでだ。

                     

 公爵は杯を弄ぶのをやめて口元へ運ぶと、酒をぐっとあおった。その後、杯を卓に置く。

 召使いがその盃が空になったのをまたも目に止め、酒を注ぐ。その音を聞きながら、公爵は軽く吐息をついてグローを眺める。

                     

 さて、そろそろ見極めをはじめるとしよう。すくなくともそれが終わるまで、おまえにはその席についていてもらうぞ、グロー。

 こやつにこんな探りを入れるのは初めてだが、やるからにはとくと見極めさせてもらおう。おまえが罪を犯しているか、そうでないのか。白か、黒か。黒であっても、おまえを生かしておく値打ちがあるか否かをな。

                     

                    




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
本作品、ダークワールドをお読みいただき、誠にうれしく思います。もし読んで、この作品を評価できると思われた方は次の、勝手にランキング、をクリックしてご投票お願いいたします。 小説家になろう 勝手にランキング 投票によって評価されることで、作者の創作への励みになります。 もちろん、ブックマーク、ポイントをつけていただけますと、なおさらありがたく存じます。ブックマーク、ポイント、ご投票、そのいずれかをして頂いた方々には、お礼申し上げます。とても感謝いたします。今後もよろしくお願いいたします。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ