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「衝動」  師は憎い公爵を襲おうとするが、殺せない。

「おまえと会うのは、数年ぶりか」


 公爵は懐かしそうに目を細める。


「もっと処刑場へ来ていれば、会う機会にもより恵まれていたんだろうが。あいにくと私も処刑場へは、長らく足が遠のいておったからな。こちらも公務やら私事のために多忙で、処刑場へは随分と来れなかったゆえ。処刑場以外で、おまえと会う機会もほかになかったしな」


公爵は微笑する。


「本当に、しばらくぶりのことよな。こうしてお互いが会って話すのも」


「そうですね」


 師は答える。


 実際、かなり長いあいだ公爵とはこうした対面を果たしていない。

 もっともこっちはその姿を、ときに見てはいるが。こちらが死刑執行人としての務めから王城へ行ったりするときや、公爵が外出して街中にでたりする折などに。

 そんなとき、むこうもこちらの姿に気づいていたことも多いはずだ。

 そういう素振りを、公爵がすることも見受けられた。そのため俺たち二人が会うこと自体は、さほどには時を経ていない。しかしこうした対面は、たしかに久方ぶりなことではある。


 そのせいか、公爵もこう尋ねた。


「どうだ? 息災にしておったか」


 ええ、まあ。師はよそよそしく会釈する。


 一応は礼儀だけは遵守してやるぜ。公爵は大貴族であり、こちらは卑しい死刑執行人。

 俺たちのあいだには、圧倒的な身分の差がある。そんな間柄なのに、礼儀を欠くわけにはいくまいからな。しかしだ。俺には公爵に親しみなどはない。むしろ公爵は俺が憎む相手でもあるのだ。それだけに素っ気ない態度はとらせてもらうぜ。

 べつに構うまい。公爵に恨みのある俺がそうした態度をとるのは、むしろ当然だろうしな。


「左様か。それはよかった」


 公爵は答える。本心からそう云ったわけではない。あくまで社交辞令として云ったまでのことだが。公爵は語を続ける。


「実際、息災そうではある。顔はそなたがつけるその覆面で隠れてうかがえんが、躰を病んでいるようには見えんしな」


 公爵は目前の卓上に置かれた杯を手に取り、そのなかの酒を呑んだ。杯は空になる。公爵が杯を卓に戻すと、その中身が空になっていることに召使いが気づく。

 召使いは無言で酒の入った陶器を持ち、そのなかに満たされている酒を公爵の杯に注ぎ込む。清涼感のある音が響く。そのあいだ、公爵は無言で杯を見る。

                      

 ひるがえり師は、公爵がここまでの動きをしめすあいだ、いらただし気にずっと考えていた。

                      

 公爵の野郎。相変わらず、憎たらしい面をしてやがるぜ。内心で毒づく。くそが。憎い相手が、いまここにいるんだ。いっそ、この場で殺せたらと思うが。

                      

 それでもいまは手を出せない。公爵の殺害を望む自らの衝動に、耐えざるを得ない。


 師は奥歯を噛みしめる。

                      

 そもそもが、公爵は自分より圧倒的に強く敵わない。油断してるようにも見えず、殺せる隙もなさそうだ。その周囲には、警護の兵だってそれなりにいる。


 それとなく、師は周囲を観察してもいた。

                      

 公爵の周囲にいる兵だけを見ると、そこまで数は多くない。が、そのそばにいるからには公爵を襲ったときには、そいつらに邪魔をされてしまうのは必定。


 くわえて、公爵の警護の兵はこれっぽっちの少数だけではない。この部屋や建物の外には、まだまだ数多くの兵が待機している。

 ここへ来る途中で、その兵どもの姿はたしかに見た。なら当然、こちらが公爵を襲撃したとしたらすぐにその数多の兵にも変事に気づかれよう。

 そうなればむろん、そいつらも来援に殺到してくることは予想に難くない。

                      

 つまりもし襲撃をおこなえば、同時にその数多の兵ともこちらは対峙しなくてはならなくなる。


 それもいま事を起こすなら、こちらも武器を持っている状況であることが望ましい。その方が素手で襲うよりかは有利に事を進められるしな。

 ただしあいにくとこの部屋に入るまえに、公爵の身の安全を確保するためにこちらの剣は一時的に差し押さえられた。公爵を守る手勢に部屋の外で。

                     

 むろんその状況下にあっても、得ようと思えば武器をすぐに入手することはできはする。近辺にいる警護兵や、こちらが事を起こしさえすれば来援にやって来るであろう公爵の手勢から奪いとることでな。なのでいま手元に武器がないことは、もし襲おうとするならさほどには問題になりはしないだろうが。

                      

 しかしながらこんな多勢の警備兵が周囲にいる状況にあって、公爵を倒せるほどに自分は強くない。

 俺は自惚れることができるほどに強いがな。それでも自分の強さのほどは見極めている。

                      

 現状では公爵を襲ったところで、倒せない見込みの方がはるかに高いだろう。俺はもともと、公爵には到底敵わない身のうえだ。殺すにはそんな男の相手をしなくてはならないというのに、そのうえ数多の兵まで来援に訪れるとなると相当に手を焼く。

 

 さすがに、こちらの旗色が悪すぎる状態になってしまう。

 殺せないだけならまだしも、この身にかなりの危険も及ぶだろう。下手をすれば、返り討ちにあってこちらが死ぬかもしれない。公爵は俺を死刑執行人としてあえて生かしているために殺されないとは思うが、けっしてそうならないという保証もなかろうしな。

                      

 形勢不利になれば逃げるという前提のもとで襲うのも一手かもしれないが、それがうまくいくとも限らん。なんとかうまく逃げられるかもしれんが、捕えられるなり殺されてしまう恐れだって充分にあろう。来援にやってくるであろう、数多の兵に囲まれてしまって。あるいは、俺より強い公爵の手にかかって。

                      

 なら成功する分の悪さと身の安全を考えれば、あえて危険な賭けには出られない。公爵になぞ、いまは手を出せるはずもない。


 師は結論を下した。

                      

 公爵の優越感に浸る物言いにも腹が立ったので、なろうことならすぐにでもぶち殺してやりたいところだが。いまはそれも無理か。


 一息ついて、彼はすぐに殺意の衝動を頭から追い出した。

                      

 一旦、ここは殺意を閉め出すべきだろう。憎いとはいえ、無意味なことであろうしな。いまの状況で公爵を襲いたい衝動にいつまでも駆られているのは。


 だが憎い相手に対しているせいもあって、師の灰色の目には暗い情念が宿っていた。

                     

「その目。憎しみに燃えておる。死刑執行人に堕としたことで、おまえは恨みを私にまだ抱いておるようだな」


 杯に酒が満ちたあと師を見やった公爵はその内面を見抜き、そう指摘する。

 師は苦笑した。


 憎しみを態度に出すとは俺も未熟だが、公爵もこちらの心を知っている。いまさら憎しみを隠す気もない。


 師はその指摘を否定する言葉を何も云わなかった。

 その無言を自身の指摘に対する肯定と受け取り、公爵もまた苦笑する。


「何年経とうと、おまえは変わらんな」


 懐かし気な目線をくれてやりながら公爵は評した。ふたたび杯を手に取り、酒を口に含む。


 まだ傭兵だった時代、このベルモンという男は手を染め続けた。非道で行き過ぎの残虐行為に。

 それでこちらはこの男に怒り、同時に嫌悪した。その気持ちは時を経ても未だ薄れない。嗜虐性の強いこの男を、私はいまにしてもなお嫌悪している。

                     

 だからといって、この男との会話をすら拒むほどにいまは気分を害していない。望めば会話くらいは、差し障りなくできる。

                     

 とはいえ以前に比べれば、今日はいささかこの男に優しく接しているような感がある。そんな気が自分でしなくもない。が、それも久しく会っていなかったからだろう。自分でわが心の動きを推し量るに、それですくなからずこちらの奴への態度はくだけたものとなっているというところか。こんな男にも多少の懐かしさが感じられて、自然と。

                     

 公爵は薄く嗤う。ただし目前の男は、本来は嫌っている相手だ。それだけに、いつまでも物柔らかに接してやるとは限らんが。

                    

「公爵閣下も」

                   

 公爵が杯をふたたび卓上に戻すと、おもむろに口を開いて師はそう返答する。

 公爵は憎い相手だが、こちらも大人だ。むこうが会話を求めてくるなら、口をきくことくらいとくに抵抗はない。これまで公爵が杯をかたむけているあいだは酒を味わう邪魔をしないよう、気を遣って無言でいてやったが。


「まあ、いくら憎もうが、いまおまえは私になんの手出しもできんだろうがな」


 公爵は冷笑する。ベルモンがいま置かれている状況を、公爵はよく心得ていた。だがその冷笑は師の癇に障った。自分の無力を嘲笑われているわけか、つまりは。


「そんなことを云いたくて、私を呼び出したわけではないでしょう?」


 師はむっとした表情をした。途端に、その周囲にいる兵の一人から怒声が飛んでくる。


「下郎。卑しい身分の分際で、公爵閣下に無礼な口を叩くな。第一、公爵閣下に求められてもいないのに、無用に口を開くな」


「かまわん。云わせてやれ」


 公爵は片手を軽く上げ、その兵を抑えた。兵は命令に素直に従った。一礼を施して黙りこみ、これ以上はなにも云わなかった。代わりに公爵は話を続ける。


「私がここに来ておまえを呼び出した理由は、さっき申した通りだ。処刑をたまには愉しむためだ。それと、おまえと話をするためでもある。たまには、おまえをねぎらってやろうと思ってな。おまえは死刑執行人の務めを、しっかりと果たしてくれているようだしな。聞こえてくる噂によると」


 もっとも、あくまでそれは表向きの理由だがな。そう思いながら公爵は微笑する。


「ともあれ、立ち話もなんだ。おまえのために、座も用意してある。まずは座れ」


 公爵は自分の隣の席をすすめた。

 即座に、周囲の召使いから声が飛ぶ。この者は閣下と身分が違いすぎます。そんな者を閣下の隣に座らせるなどとは。

 しかし召使いのその申し立てを、公爵はかまわんと述べて退けた。

 主である公爵が許した以上、召使いもそれ以上は差し出がましいことを云えない。引き下がるしかなかった。


「杯の用意を。こやつに私と同じ酒をくれてやれ」


 公爵に命令され、召使いは恭しく一礼する。その用意のために、部屋のなかを動いていく。

                    

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