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「呼び出し」 処刑場で、ルートヴィヒの瞋恚の焔は燃え上がる。師は、アルプレヒト公爵のもとへ出向く。

 処刑がおこなわれる王都の広場に、死刑執行人の一行は馬車に乗って着いた。


 馬車には今回処刑する罪人も同乗している。ここへ来るまえに死刑執行人たちは王城に寄り、その牢獄から罪人をすでに連れだしてきていた。

                    

 その罪人とともに彼らが馬車から降り立ったとき、すでにそこには群衆が集っていた。

                    

 いまや群衆は熱狂している。殺せ。はやく殺せ。やめろ。やめろ。相反する群衆の叫びが周囲で渦巻いている。死刑執行人への悪罵も群衆からは注がれる。気持ち悪いんだよ、この死刑執行人が。不気味。怖い。罪人を殺すおまえらこそが死ね。    

                    

 稼ぎどきとみて露店商も出ている。すでに広場は、処刑場と化したときの様相をいつもどおりに呈していた。ただし今日は、すべてが同じというわけではない。思わぬ出来事も待っていた。

                    

 処刑場にアルプレヒト公爵が訪れていた。


 処刑の見物には誰しもやってくるので貴族の来訪自体はよくあるものの、アルプレヒト公爵が来るのはじつに数年ぶり。その来訪は珍しい出来事だった。

                    

「俺を呼び寄せるとは一体、なんの用があるってんだ」


 ぶつぶつと不機嫌そうにつぶやき、師は歩き出す。


 師のベルモンは処刑場に到着して馬車を降りた途端に、公爵からの招きを受けていた。そばに来るよう、人を通して伝えられたのだ。その招きを、師としては断れなかった。

 

 身分に天と地ほども違いのある公爵の招きを無下にはできない。応じざるを得ん。

 憎らしい公爵に会うのは不愉快極まりないからな。できれば顔も見たくないのだが。呼び出されたからには、そうも云っていられない。公爵のもとへ赴かざるを得ない。


 嫌々ながらも、師は弟子たちから離れた。


 弟子たちは連れていかない。処刑も実施しなければならんしな。

                    

 離れ際に、師は弟子たちにこう云いつけていた。

                    

「俺は今回の処刑に参加できんかもしれん。とりあえず処刑台へは俺抜きで登れ。その後もおまえたちのもとへ帰って来なければ、かまわん。処刑は俺抜きでやれ。俺が来ないからといって、処刑を遅らせるわけにはいかんしな」

                    

 そうした師の命令もあって、弟子たちは処刑を実施するために動く。

                    

 彼ら三人の弟子たちも処刑台に向かって歩んでいった。群衆を近づけぬため、警護兵が両脇に立っている一筋の道をたどって。

                    

 まずは先頭をルートヴィヒが行き、そのあとは罪人。最後尾にはゴーマとジマが並んでという順ですすんでいく。もちろんそのあいだにも、群衆の熱狂はやまない。死刑執行人への嫌悪や憎悪の浴びせかけも、また同様だった。

                    

 ルートヴィヒは嘆息をつく。

 

 悪意にさらされるのは、常なので慣れてはいる。けれども、だからといって傷つかないなんてことはない。聞けば、いつでも傷つく。

                    

 まして今日は、いつもよりも心にこたえる。ここに来るまえから、いささか哀しんで脆くもなっていたせいで。

 

 わかっているのか。おまえたち。


 心の中で、群衆にむかってルートヴィヒは叫ぶ。

 

 俺たち死刑執行人はな。みせしめの処刑をし、民衆の罪を抑えるのに役立っているんだぞ。それによって、俺たちは寄与もしているんだ。おまえたち民衆の平和のために。なのに、いつもいつも蔑みやがって。嘲りやがって。

                    

 ルートヴィヒは、ぎりっと歯を噛みしめる。群衆からの心ない罵りは、深くえぐった。すでに哀しみに浸かっているルートヴィヒの胸を。

                    

 敗れたんだな。ルートヴィヒの胸に熱いものが込みあげてくる。


 自分の望みは、すくなくとも一旦は潰えたんだ。そのことが、あらためてルートヴィヒは再認識させられていた。より痛切に。ふたたび死刑執行人の務めに従事させられていることで。

                    

 せっかく裏切りを働いたのに。死刑執行人から抜けたくて。なのに抜けられなかった。俺なりに尽力したというのに。

                    

 目頭も熱くなり、じわりと視界もぼやける。群衆からは見えない覆面の内側では、一筋の涙が頬を伝う。そのあいだにも、群衆の熱狂とともに死刑執行人への嫌悪と憎悪は続く。その無情な響きは、ルートヴィヒの心を強く打つ。

                    

 おまえたち、そんなに憎いか。この俺が。


 ルートヴィヒは群衆を睨めつけた。美しい憂愁の瞳の奥深くで、どす黒い瞋恚の焔を燃やして。

                    

 ルートヴィヒは、さらに神をも憎悪する。


 神め。おまえは、いつまで与え続ける気だ。この俺に、こんなろくでもない運命を。

 どうしても与え続けないと気が済まないのか。

                    

 ルートヴィヒは悔いる。失敗していなければ、こんなことにはならなかった。

 あるいは、開けていたかもしれないのに。今回の裏切りの企てが成功していたら。

 狂王となって強大な力を振るい、こいつらを皆殺しにしてやれるだけの道が。世間にも神にも、報復してやれたかもしれないのに。

                    

 くそっ、くそっ。胸のうちでルートヴィヒは毒づいたが、そのさなかに思わぬことが起きた。民衆が暴発したのだ。死刑執行人へ手出しをくわえようと、嫌悪や憎悪を示していた群衆の一部が暴徒化して押し寄せてきたのだ。

                    

 ただし死刑執行人たちにまで、暴徒の手は届かない。警護兵が暴徒を完全に抑え込んでいるために。処刑に必要な死刑執行人や罪人に危害がくわえられぬよう、彼らを囲って警護兵は守りを即座に固めていた。

                    

 しかし広場は混乱し、現状では処刑が困難となる。そのため平静を取り戻すまで、処刑は一時中断を余儀なくされた。その光景を高みから見下ろし、アルプレヒト公爵は低く嗤う。


「ふん、暴徒化した民衆が群れをなして押し寄せたか。死刑執行人憎さに」


 このとき、ベルモンの来着が公爵に知らされる。自らのもとへ通すよう申し付けると、ベルモンが姿をあらわした。ベルモンの方へ公爵は顔を向ける。

                  

「久しいな、グロー」


 声をかける公爵に、はい、と師は返答する。身分の差から、公爵に表向きは敬意を示さざるを得ない。師はひざまずき、片手を胸に当てて礼をする。


「ベルモン・グロー。呼ばれて、御前にまかり越しました」


 人から敬意を受けるのに慣れている公爵は、その師の態度に何の感銘も受けなかった。

 うむ、と重々しくうなずくだけの返答をする。

 その後、かまわん、立つがいいという許しを師に与える。それにより、ベルモンはひざまずくのをやめて立ちあがる。その姿を見てから、公爵は視線を彼からはずす。上半身ごとその視線を今度は外へと向けながら、公爵は師に問いかける。


「知っておるか、外の騒ぎを。どうやら死刑執行人を狙って、民衆が暴徒化したようだが」


 はい。師はうなずく。外の騒ぎは、ここへ来る途中で気づいている。公爵は、ふっふっと嗤う。


「こんな騒ぎが引き起こされるほどに憎悪されているとは、おまえたち死刑執行人も大変よな。なあ? グロー」


 ですな。師は返答する。そうしながらも内面で腹を立てていた。


 この優越感に浸った物云い。むかつくぜ。死刑執行人も大変だと? その大変な死刑執行人に俺を堕としたのは、おまえだろうが。

 てめえで堕としておいて、偉そうに云うんじゃねえ。


 内心でそう思いながら、師は公爵に目をやる。

                    

 公爵は眼下に処刑台が見渡せる建物の三階、その窓際に設けられた広めの露台にいた。その中央には、ちいさな卓とともに豪華な椅子が二脚据えられている。その椅子の一つに、公爵は腰をおろしていた。

 公爵は眼下の騒ぎを見下ろしながら、苛立つように目を細める。


「ふん、しかし久しぶりに処刑場へ訪れて、この始末。今日の私はついておらんな。処刑を娯楽として楽しむつもりで、せっかく足を運んだというのに。はやく混乱を収拾し、処刑を再開させるよう下で待機する部下へ伝えよ」


 ちらりと公爵は傍らに佇む部下を見て、そう命ずる。それを受け、命じられた部下は無言で一礼する。その部下は露台を離れると、豪華な造りの部屋を通って扉の外へ出て行った。

                     

 この建物と部屋は、広場での処刑を見物する貴族のために用意されたものだった。見物を望む貴族のために、処刑の際にはこうして用意されるのである。処刑を見物するための特等席が。処刑がおこなわれる広場の周辺のあちこちに。

                     

 ただし見物できる場所が用意されるとはいっても、それは身分が高めの貴族だけに限られてのことであるが。身分の低い下々の者と混じらずに、よく光景が見渡せる高みの特等席から悠々と見物できるのが彼らの特権というものだった。それにより、その身の安全も守られることになる。今回のように、群衆が暴徒化するといった突発的な有事からも。

 保安上の観点からも、そうした特権が高い身分の者に付与されているのである。


 とりわけ公爵のいるこの部屋は豪奢だ。より快適に処刑を見物できるよう、配慮されているのだろう。ここは極めて身分の高い貴族向けに用意された、処刑を見物できる部屋だしな。


 師は部屋を見て評する。


 公爵がこの部屋にいられるのも、身分が極めて高い証だろう。部屋には、目を楽しませる美しい絵画も飾られている。値の張りそうな、様々な陶器や彫刻までも。

                     

 とりあえず趣味は悪くない。


 部屋のなかを見渡しながら、師はそう評する。かたや公爵は部屋のなかで佇立する師に向き直ると、自身の黒い瞳をじろりと向ける。

                   

「まあ、処刑が再開されるまでのあいだは、おまえとの会話をここでゆっくり楽しむことにしようか。おまえと会話するのも、私がここに来た目的であるしな」


 公爵は微笑する。バルザック・アルプレヒト公爵は、その齢がすでに六十に達しているせいだろう。以前は彼の髪も黒かったが、いまではそのすべてがめっきり白くなってしまっている。

                     

 それでも未だにその強さは衰えていない。公爵はいまも、この国で最高の武人であり豪傑だった。そのため公爵の体躯からは依然として、力強さが失われていない。髪は長くても髭のないその容貌は端正であり、その威風もひどく堂々としていた。一見して、傲然とした男だった。

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