「虚脱」 ルートヴィヒは思う。俺の力はこんなものなのか?
「なんの用だ」
ルートヴィヒは、いらだたしげに問いかける。扉一枚隔てた向こう側で、ゴーマも不機嫌そうな表情で答える。
「てめえをせかしに来たんだよ。死刑執行は今日の昼からだろうが。もうそろそろ家を出ねえと間に合わねえ。それでおまえに伝えてこいって、師に命じられたんだよ。もう処刑場に向かうから、早く部屋から出て下へ降りて来るように。
てめえが来るのが遅いから、俺たちがこんなことをさせられるんだよ。処刑場へ行く準備はできたんだろうな? いちいちこんなことを云わせに、俺たちの足を運ばせるんじゃねえ」
ゴーマの云う通りだ。今日の昼には、王都の死刑執行人としての務めが待っている。
王都の広場で、罪人を処刑する予定になっている。王都の広場で民衆に刑を見せるのは、国にとって都合がいいこともあって。
そこはかなり広々としているので、多くの民衆が来られてその目に死刑執行を見せてやれもする。それにより、民衆の死刑執行を見たいという要望に王国側は応えられる。
しかも民衆に刑を拝ませてやれれば、その目に罪を犯すことによる報いもまた映る。
結果、民衆が罪を犯そうとする気を削ぐ。民衆の罪を抑える役にも立つ。国としては処刑を広場で多くの者に見せれば、民衆に対してみせしめの効果がおおいに期待できるというわけだ。
そのために、死刑が王都の広場でおこなわれることに今回もなっている。
死刑執行人はみな、その処刑に出なければならない。死刑に携わるために。みせしめの処刑をし、民衆の罪を抑えるのに役立つために。
そんな事情もあって、死刑執行人の黒装束もいま身にまとわねばならない。部屋で半裸でいるのは、そういう理由からだ。
それでこうして着替えをしている最中だというのに、わざわざせかしに来るとは。
ルートヴィヒは憤る。
「もうすぐ行く」
いらいらとルートヴィヒも返事をしながら、上半身に黒装束を着込んだ。
これで躰は、すべて黒装束に包まれた。出かける準備は、ほぼできた。あとは顔に死刑執行人用の黒い覆面をかぶるだけだ。剣も腰にすでに帯びている。
「とっとと来やがれ。待たすんじゃねえ」
ゴーマは怒鳴り、いらいらと不平を云う。
「まったく、部屋のなかでなにしてやがるんだ。用意にこんなに時間が掛かりやがるとは」
「またぞろ、練っていたんじゃねえのか? 次は俺たちをどう裏切ってやろうか。どう殺してやろうかっていう腹黒い算段をよ」
ジマは顔をしかめる。
「所詮、ルートヴィヒは俺らに恨みを持っていやがる奴だしな。俺らを殺すまで、何度でも裏切りそうだしよ」
「は~ん。やけに用意に時間が掛かっているのは、そういうわけか」
ゴーマは納得し、こう付け足す。
「けど、どうせできやしねえよ、そんなこと。そんな真似をしたって、またもや失敗するだけさ。どうせ敵うわきゃねえんだしよ。ルートヴィヒの野郎は、師にも。組んだ俺たち二人にも」
「だな。無駄なことはやめとけ、ルートヴィヒ。意味ねーぞ。いつまでもそんな考えを練ってねーで、とっとと降りてきやがれ。
顔が女みてーだから、身支度に時間がかかんだよ。女みたいに。まぬけ」
ジマがそう命じると、二人は哄笑しながら扉のまえを去って階段を下りていった。
嘲笑されたルートヴィヒは歯ぎしりをする。
顔が女みたいだから? ふん、ねたみやがって。自分が猿みたいに醜いからって、ジマの奴。
奴だけでなく、俺の顔を師もゴーマも妬んでいるみたいだからな。それが奴らが、俺を虐げる動機の一つになっていることは知っているが。師が俺を恐怖で支配しようとして、虐げているのと同様に。
でもみっともない奴らだよ。劣等感をさらして。
舌打ちすると、ルートヴィヒはさらに思う。
しかし悔しいが、奴らの云う通りだ。復讐の算段については。
いま裏切ったところで勝ち目を見いだせない以上、そんな算段をしても意味はない。俺が部屋で奴らへの復讐の算段を考えていることを見抜かれたようだが、奴らの考えは間違っていないだけに云い返せない。
ルートヴィヒは深くため息をつく。
たった一つ残されている、いましがた考えていた手も結局のところは使えないだろう。
今回のウルグス町での一件には、この俺も関わっている。俺自身、朧でもあるんだ。もし俺がすべての全容を明かせば、自分で自分の首を絞めるようなものだ。
そんな真似をしたら、奴らばかりかこの俺自身も国に追われてしまう。そうなれば普段から鍛錬しているだけに逃げ切れるかもしれないが、国の力はけっして侮れない。下手をすれば、俺も捕らえられて処断されかねない。
だから、この手は使えないんだ。実行すれば、自分までをも危険にさらしてしまう。
ということは師やあの弟子二人はやはり、いまのところ葬れないわけだ。ほかに奴らを葬る手はないからね。
ルートヴィヒは眉間に縦皺をよせる。
もちろん世間や神にも復讐する手も、いまはない。狂王になる手も。
こちらの望みを叶えるための手立ては、いまやすべて失ってしまったから。いくら狂王になりたくとも。いくら憎い奴らすべてに報復をしたくとも。
ウルグス町で傭兵隊を利用してその望みを成就するべく尽力したが、それが失敗に帰したことで。
完全に手詰まり。お手上げの状態だ。悔しいが、どうしようもない。いまはなにもできないのだから。
「いっそのことあの教会での戦いの折、剣に毒でも塗りつけられていたら、といまは思う」
ルートヴィヒは嘆息する。
俺はすくなくともあの戦いの折、ゴーマに傷をつけられたんだ。傭兵たちもジマを傷つけることができた。だからもしそのとき、俺や傭兵たちの剣に毒を塗り付けていたとしたら。ゴーマとジマは死んでいて、俺が勝利していたはずだ。
ただあいにくと、毒を持ち合わせている者はそのときこちら側には誰もいなかった。もっとも持ち合わせていたとしても、結局のところ俺は剣に毒を塗っていなかったかもしれないけど。
逆になにかしらのきっかけで、こちらの陣営の者がその毒つきの剣の刃で傷つけられてしまったら敗れてしまうということもありうるしね。俺が隊長を倒すとき、その剣を奪ったように。
そんな危険は犯せないしね。
でもまあ、すでに一旦は事は終わったんだ。いまさら、なにを云っても仕方ないんだけどさ。
ルートヴィヒは力なく、低く嗤った。ふふ。ふ。
「俺の力はこんなものなのか? 望みだけは高くて、それを現実のものにできない。俺はその程度の男なのか?」
ルートヴィヒの躰から力が失せる。虚脱感と無力感が心を蝕んでいく。
「でもだからといって、望みをあきらめられない。あきらめきれない」
その憂愁の瞳に、哀しみも広がっていく。そのときだった。階下から師の怒号が聞こえたのは。
「なにをもたもたしていやがる、ルートヴィヒ。遅いんだよ、ボケェ」
どうやら、いよいよ待ちきれなくなったようだ。師は激怒している。これ以上待たせると師の怒りがこの身に及び、罰を受けるだろう。ルートヴィヒは、ぐっと哀しみをこらえた。
「いま行きます」
ルートヴィヒは叫んで返答した。罰を受けて痛めつけられるなどごめんだ。急いで黒い覆面をかぶる。それから立ち上がると、駆け足で扉を開けて自室から出ていった。




