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「危惧」  師と弟子の、家での語らいは終わり、二人の夜は過ぎていく。

 師は杯を取り、それを手中で揺らして弄びながら口を開く。


「とはいえ、そう案じることもなかろう。我々が死刑執行人であることを思えば。

 我々、死刑執行人はこの国から強制させられているからな。外出時には死刑執行人の覆面を必ずつけるよう。宿なりに泊まるときはべつとして。死刑執行人であるという身分を、誰の目にもあきらかに示すためにな」    


 師は続ける。

                   

「その決まり事があれば、ルートヴィヒのその顔もまず常時、覆面に隠される。その顔が他人に見られるという事態はほぼ起こるまい。

 ルートヴィヒの顔から、奴と公爵令嬢とのあいだに血のつながりがあるということを見破られる危険性も相当に低くなろう」

                   

「そうかもしれませんが」


 ゴーマは危惧する。


 その決まり事があったとしても、死刑執行人が素顔をさらすことになる状況などはいくらでもあるだろう。それだけに不安を覚えざるを得ない。


「まあ、案じてもはじまらん。そうなったら、そのときだ。いまはこちらの身を守るためにも、そのような危険が訪れんよう気をつけるだけだ。その危険がまるでないと否定しきれん以上はな」

                   

「そうですね。公爵令嬢と面識ある者が一目でも見れば、気づくでしょうから。おそらくは、あのミゲールという傭兵隊長も気づいたように」


 あの礼拝堂で、最後にルートヴィヒの顔を見たときにきっと気づいたと思う。あの隊長は。ゴーマはそう考えていた。


「ほう、おまえもミゲールが気づいたと思ったか。ルートヴィヒと公爵令嬢の関係に」


「そう見えました。最後に驚いた顔をしていたことから」


「まったく、一目見るだけですぐにその関係性を見破らせるほど似た容貌を与えるとは。たいしたものだな。そこまで似た姿を授ける、血のつながりというものは」


 師が皮肉気につぶやくと弟子は、ですねと同意する。二人して軽く苦笑したが、師はおもむろに表情を戻して口を開く。


「その血のつながりから考えれば、ルートヴィヒは公爵の強さをも受け継いでいるかもしれんな。奴が強くなりはじめているところを見るに。いずれ奴は公爵級に強くなるかもしれん」


「それほど強くなりますかね? あいつが。いくら強くなったとはいえ、師よりも弱い傭兵隊長に勝負で押され気味になっていたような奴ですよ? 

 そりゃ、最後には勝ちましたがね。

 ですがそんな程度の奴が到底、届くとは思えませんが。師よりも強いという公爵の強さに」

                    

 ゴーマは悔しそうに表情を曇らせ、語気強く付けくわえる。


「そもそも傭兵隊長の剣が運よく真っ二つに折れたから、今回あの礼拝堂での勝負で勝てたような奴なのに」


「たしかにあの勝負、運はルートヴィヒに味方した。まさかミゲールの剣が折れてしまうとは。それで見事に変わったからな。本来ミゲールが勝っていたであろう勝負の流れが、ルートヴィヒが有利な展開へと」


 師は微笑する。


「あるいは存外、ルートヴィヒの母親が味方したのかもしれんな。あの二人の勝負で、ルートヴィヒに。なにせあの町は、公爵令嬢のゆかりの地だ。彼女がその命を落としたな。我々が戦ったあの教会でも、どうやら彼女は祀られていたらしい。そのことは俺もきいている。そんな地で息子が危機にさらされているのを察して、その霊が血をわけた息子に救いの手を差しのべたのかもしれん」

                    

 死に瀕したミゲールが抱いたのと似たような感慨をベルモンも覚えていた。もちろん本気でそんな思いを持ってやしない。そのためひとしきり微笑すると、霊の話などそれ以上しなかった。

                    

 ゴーマもその手の話は信じない性質だ。だけでなく師もそういう性質だということを了解してもいるので、本気にとらえず微笑して聞き流した。

 師は酒を一口すすると、話をすすめる。

                    

「まあ、それは冗談としても、ルートヴィヒがその身に公爵の血を流しているのは事実だ。その血はやはり侮れんだろう。俺より劣るとはいえ、相当な剣の使い手のミゲールにルートヴィヒは最終的に勝ったんだしな。運もあったかもしれんが、ほぼ実力で。両者の戦いでミゲールが詰まざるを得ない状況を、ルートヴィヒがつくりだしたのもたしかではあるし」


 師は微笑みを顔に刻みながらも忠告する。


「おまえたちも気をつけろよ。その血があってか、奴はどんどんと強くなってきている。いずれおまえたちが二人で対しても、ルートヴィヒ一人に敵わなくなる日がくるかもしれんぞ。

 そのときには、おまえたちはルートヴィヒに殺されかねん。そうならぬように、せいぜい精進するのだな。おまえたち二人も、剣の腕を磨いて」


「そうします。その日が来ないことも願いましょう」


 ゴーマは微笑した。


 が、その日が来ないとは云い切れない。公爵級にはならなくとも、組んだ俺とジマの二人の力をも奴が追い抜くことは考えられる。次第に、ルートヴィヒが力を伸ばしているのは疑いない事実なだけに。

 

 師の忠告に苦々しさを覚え、それをごまかすためにゴーマは酒を口に含んだ。

                    

「俺も、その日が来ないことを願おう。俺にしてもルートヴィヒにいずれ超えられ、おまえたちと同じ憂き目に遭わんとは云い切れんしな」


 師は軽く肩をすくめると、物思いにふけった。


 ふん、完全には否定できんかもしれんな。そういう日が来ないとは。ルートヴィヒの奴は強くなっている。奴と同年代のとき、俺はすくなくとも奴ほどには強くなかった。もっと弱かった。

                    

 そう。その強さはゴーマとジマよりは上だったろうが、いまの奴よりは下というところだったろう。

 自分の過去の姿を思うと、そのことは認めざるを得ん。

                    

 だからこそ、自分でもミゲールに敗れていただろうと思ったのだしな。

 もしあのころの強さのままで、ミゲールと戦っていれば。俺が傭兵隊長だったのは、ルートヴィヒより若干うえの年齢のころだしな。

                    

 とするとルートヴィヒの奴の天分は、あるいは俺よりもうえかもしれん。

 はっきりとそうなのかどうかは、この俺の目をもってしても未だ見切れんが。奴がまだその力を発揮しきれていないこともあって。

 しかし同年代のときの互いの強さを比べてしまうと、そう思ってしまう。同年代のとき、俺は奴より弱かった事実を思えば。

                    

 これも血のなせる業か。


 国で最高の武人である公爵の血を流すからには、奴の天分は俺以上であってもそう不思議ではないが。


 もっとも、俺は奴ほど同年代のころ鍛えてはいなかった。逆に奴は、俺の手で相当にしごかれている。その鍛錬の差もあるので、俺より奴の方が天分がうえだとは一概には云い切れんが。

 たとえルートヴィヒよりも、奴と同年代のころの俺が力で劣っていようともな。

                    

 それにいくら公爵の血を引いているとはいえ、あんな若僧に遅れを取るほど俺は能無しではない。同年代での力を比べたら奴の方がうえとはいえ、俺の天分があの若僧に劣っているとは到底思えん。

 

 第一、奴の力はまだまだよ。いまの俺には到底及ばん。

 俺が奴より長く生きているぶん、その力を上回っているだけという見方もできはするがな。

 長く生きればそれだけ力を伸ばせはするわけだから。


 だがこのさき長く生きたところで、奴が俺と同等以上の力を身に着けれるとも限らんだろう。

                    

 つまりいまの奴より力を伸ばし得ているぶんだけ、俺の方が優れているように思える。


 いまの俺の力が奴以上にある。その事実こそが、俺の天分の方が奴よりうえだと証明しているようにも思える。

                    

 俺があんな若僧に負けるわけがない。だからこそこうも思える。その思うところを師は述べる。


「もっとも、奴が俺を超えることは可能性としてはあるかもしれん。が、そんな日が来る公算は極めて低いだろうがな」


 自信満々に師が嗤うと、ゴーマがたずねる。


「ですが、もし来たら? あるいは奴には今後訪れるかもしれません。師を上回ったと思うときが。公爵家を継ぐこととなり、権力を手に入れられる次第になれば。

 あるいはもしかしたらありえないかもしれませんが、剣の腕で師を超えたときにも。いま師が云われたように。

 そんなときには、奴は師に刃向かおうとするかもしれません。もし恐怖で縛っていたとしても、心変わりをして。そのときには、いかがします?」


「ふん。そのときにはまた奴を降して、わが手下に戻したいところだが。しかし、そうだな。もし奴が制御不能になり、俺の手にあまるようなら殺してやるさ。

 おまえもすでに知っていようが、俺はけっして奴を殺せないというわけではない。利用価値があるうちは生かしておいてやるが、今後そうしようと俺自身が断じるときがきたら躊躇する気はないんでな」

                    

 師は杯のなかの火酒をぐいと飲みほした。


 こうして、この二人の夜は過ぎて行った。



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