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短編横丁  作者: 友野久遠
9/27

(9)イケメンなぞなぞ

 「ご趣味ですか」

 いきなり、そう聞かれたんだそうである。

 朝の通勤電車を降りる際に、それまで隣に立っていたちょっとイケメンの大学生風の男にだ。


 私の友人であるその女性は、一瞬だが内心でほくそ笑んだのである。 何故なら彼女は、仲間内でも有名な面食いであったからだ。 電車に乗った瞬間から、なんていい男だろうかと気になって仕方なかったらしい。

 しかし喜んだあとに、疑問が襲って来た。

 「ご趣味はなんですか」

 ではないのだ。 ご趣味ですか、とはどういう質問か。 主語はないのか主語は。


 当然ながら考えている時間もなく、友人はその男を雑踏の中に見失ってしまった。

 質問しておいて返事を待たずに立ち去ったという事は、質問と見せた抗議だったのではなかろうか。

 隣りに立っていた間中、ちらちらと彼の顔を盗み見ていたのだから、それが気に障ったのかも知れない。 

 「僕の顔がそんなにお好みですか」

 そう言う意味で、ご趣味ですかと聞かれたのではないかと思ったのだ。


 意地の悪い男だ。 友人はショックを受け、そのあと恥ずかしさに落ち込んだ。

 彼女の職業は幼稚園の先生である。

 普段「教師」とは呼ばれないけれど、教育者である以上、一種の聖職という見方が、世間一般にはあるのだ。 その「先生」が、朝っぱらからしかも出勤途中に、男の顔に目を奪われて本人の不興を買うなど、テレビドラマの学園ものの脇役で出て来る、色気過剰の女教師みたいで非常に恥ずかしいと思った。


 こんな事ではいかん、気を引き締めて仕事につかねば。

 そう思った彼女は、ぐっと気合を入れた顔で職場の門をくぐった。

 勤務開始まで15分ある。 いつもは職員室で自分のクラスのための準備などをして過ごすのだが、その朝は気合の入れ始めとして、園門の前の落ち葉を掃除しておこうと思い、竹箒を持って正門の前まで出た。


 「おはようございます」

 早々と登園して来た子供が元気にあいさつをする。

 「先生、かわいいね」

 「あら……斬新……」

 子供と保護者のおかあさんが、ニコニコ笑って彼女の顔をのぞき込んで行った。

 

 「おはようございます」

 「あ、ほんとだ。 先生かわいい」

 「まあ」

 「ねえママ、かわいいよねリボンが」

 「あ、あら……」


 その時になって彼女はやっと気づいた。

 何故だか、園児たちが自分の顔をじろじろ見て、やたらと楽しそうにする。オトナの反応は、戸惑いと苦笑いに近いもののような気がする。

 (今、なんて言った? リボン?)

 リボンなんてつけた覚えはない。


 思わず頭に手をやる。 その手をあちこち動かしてみると、ようやく問題の根源が手に触れた。

 それは真ん中がつぶれたような形の、ピンクのカーラーだった。

 朝、前髪があまりにも元気よく跳ね狂っていたので、一度髪をとかした後で矯正の為に付けたものだ。 後で取ろうと思いながら、すっかり忘れて出て来てしまったのだ。

 確かに普通のカーラーよりはデザインが可愛らしく、見ようによってはリボンの変種に見えるかも知れない。 でも、髪の毛が巻きつけてあるのだから、よく見ればバレバレにカーラーだ。


 「ご趣味ですか」

 あの言葉は、「それは趣味で付けたまま歩いておられるのですか」の略だったのである。

 

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