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短編横丁  作者: 友野久遠
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(7) 老夫婦

 「おーい、そこのドレッシング取ってくれ」

 言ってしまってから、私は首をかしげた。 ドレッシングと言うのは、風呂場で使うものだっただろうか。


 「何を取ってくれって?」

 脱衣場までやってきた妻が、機嫌の悪そうな声を出す。 このごろは歳のせいか、自分のやっていることを中断されるのをイヤに嫌うようになった。 夫婦仲が悪いわけでは決してないのだが。


 「あたしの聞き違いかしら。 ドレッシングって聞こえたんだけど。 あなたお風呂の中でサラダでも食べてるの?」

 「いや、頭にかけるのが欲しいんだ」

 「マヨネーズでリンスする人はいるらしいけど、ドレッシングかけるのは聞いたことないわよ」

 「いや、だからその」

 そんな意地悪をしなくてもいいじゃないか。 名前が浮かんでこないだけなんだ。 お前だって50を過ぎてるんだから、物忘れの不便さくらいわかって来てるだろう。


 「頭にかけるあれを作るんだ」

 「まあ。 そこでドレッシングをわざわざ作ってから頭にかけるつもりなの?」

 「違う違う。思い出せないんだ。 頭にかけるものをお前が言ってみてくれ」

 「ドライヤー?」

 「お前もずれてるな」

 たしかに「髪にドライヤーをかける」という言い方はするが、ドレッシングつながりで「かける」と言ったら、普通液体を想像するだろう。 わざとやっているのだろうか、それとも妻も高齢のせいで反応がおかしいのだろうか。


 「ずれてると言ったら、カツラかしら?」

 「誰がずれてるものを言えと言った? 頭に振りかける物を言うんだよ」

「増毛剤は結局買わなかったわよ。 通販で買ったら損だとかあなたが言うから」

 「家にないもん言ってどうなるんだあ!」

 「ほかに、家にあるものでずれているものと言ったら‥‥」

 「ずれてるから離れろ。 そうじゃなくて、家にあるもので頭に振り掛けるものを言うんだ」

 「シャンプー?」

 「そうそう、その調子だ」

 「シャンプーならそこのラッコに寝てるでしょ」

 「シャンプーじゃない。 それに、お前はいつもこれをラッコと言ってるが間違ってる。ラックだ。ラッコは動物園にいて、貝を腹の上で割るやつだ」

 「まあ。 偉そうに言うなら自分の欲しいものをちゃんとおっしゃいよ。

  リンスも髭剃りクリームもそこにあるでしょ」

 「ここにあるものならわざわざお前を呼びつけたりせんだろう。 リンスのことじゃない。 それに髭剃りクリームは頭にかけんだろう。 だいいち、クリームじゃなくてこれはシェーブローションだ」

  

 妻は風呂場の引き戸を開けて、私の姿を険しい顔で見た。

 私は中で立ったまま、服を半分脱いで裸足になり、空になったスプレーボトルの蓋を開けて水道に近づけていた。


 「整髪料ね」

 妻が宣告した。

 「お気に入りのコンディショナーに水を混ぜて、整髪料代わりに髪にスプレーしたら調子がいいって、あなたが勝手にエアーコンディショナーだとか名前付けてやってるんでしょう。

  まったく、自分がつけた名前くらい覚えてなさいよね。 ご飯作ってて忙しいのにやんなっちゃう」

 妻はため息をついて、新しいコンディショナーのボトルを私の前にデンと置いて出て行った。


 まったく歳を取ると、こんなことでも家族と喧嘩をしなければならない。

 「悪かったな。 ごはん、今日は何なんだ?」

 機嫌取りに聞いてみた。

 「かぶのミネなんたらに、魚のカルなんたかっていうのをやってみたのよ。

  名前は覚えられなかったけど、味の方はなんとかなったわよ」

 なるほど、妻はすでに超越済みであるらしい。 私もやってみるかな。


 私は新品のコンなんたらのボトルのポンプをセットし、スプなんたらのボトルに入った水の中に何回かプッシュしてから蓋を閉め、酒を飲ます何とかと言う店でなんとかをシェイクする誰やらのように激しくボトルを振り回した。

 

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