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短編横丁  作者: 友野久遠
27/27

(27)結婚行進曲の崩壊

 「お待たせいたしました。

  装いも新たに、新婦のご入場です」


 ♪チャーン、チャーカ、チャーン。

  チャーン、チャーカ、チャーン。


 お色直しでウェディングドレス姿になった新婦を、新郎が会場で迎える。 ドラマでもよくあるこのシーンだが、目にするたびに私の心とプライドはズキズキと痛む。 有り難くない思い出がよみがえるからである。


 25歳当時、某幼稚園に勤務していた。

 同僚の女性教諭が結婚することになったので、園からも私を含め、3名ほど出席することにした。

 幼稚園の先生という人種は、職業柄「イベント」に強い。 毎日がエンターティメントな仕事だからだ。

 園児が帰ったあと、10分で次の日のに打ち合わせをして、「朝礼で何分かかるコレコレの寸劇をやって、それから歌を歌ってから体操をして終わりましょう。司会はダレダレ先生、ピアノはナニナニ先生、音響は……」などという企画を毎日のようにこなしているのだから、そこは外さないわけだ。

 従って結婚式のたびに、「新婦の友人代表で歌と演劇」みたいな依頼が来るのはしょっちゅうなのだが。


 「新郎側に芸達者が多くて、出し物の枠がほとんどないんだって。

  だから、新婦入場の時に、園の関係者が手作りの演出をするっていうことにしたいんだけど」

 花嫁の希望としては、入場の時にエレクトーンを弾く人と、前もって園児にインタビューをしてビデオ編集する人と、ナレーション的なことで当日の演出をする人、という分担で、園側の3人が入場を盛り上げて欲しいということだった。


 「3人の中で1番ピアノがまともなのは、今日子先生よね」

 そう言われてエレクトーンを担当することになってしまったのだが、ピアノはともかくエレクには触ったこともない。 それは他の2人も一緒だったので断れず、式当日まで園のエレクトーンと、実際の機種を借りたりして特訓をした。 譜面は簡単なものだったが、なにしろ「足に腱板」が付いているところがどうにもおぼつかない。 なんとか弾けるようになったが、とてもブラインドタッチというわけには行かず、手を見て足を見て、キョロキョロしながらやっとといったところだった。


 当日、リハーサルはなんとかできたが、

 「大丈夫ですか?」

 「本当に大丈夫ですね?」

 係の人に何度も何度も念を押されたのが気になった。 

 いや、そりゃ超絶スムーズじゃないにしろ、そんなにひどい演奏じゃないじゃないか、と内心で憤慨していたのだ。 きっとシロウトさんは、本番でアガってしまってトチったりするんだろう、けどこっちは教職のずーずーしさ、アガらないことには自信がある。 見くびるんじゃねえぞ、と息巻いていた……のだが。 



 本番2秒前。

 「皆様、お待たせいたしました。 新婦のご入場です!」

 そして事件は起こった。

 会場の明かりがすべて消えたのである。 ロウソクの一本も点っていない真の暗がりに。


 手元の鍵盤は、灰色一色の横長の板に見えた。

 足元に至っては奈落の闇だ。

 どこに指をおろしていいかわからない。 盲目の天才ピアニストでさえ、最初の鍵盤は他者に指をおいてもらうのに、こっちは鍵盤を見ずに弾いたこともないのだ。

 大丈夫ですか、というのはこのことだったのだ。 こういう時のために、会場関係者のエレクトーン奏者は、暗くなる前に鍵盤に指と足を当てておくのだと後で聞いた。


 ビデオを見ると、惨憺たる音だった。

 どあーん、じょじょ、ぶー。 どすん。

 びよよよん、じょじょ、ぶー。どすん。


 ちなみに、どすんというのは、足が鍵盤から外れて、床を叩いた音である。

 素人が手を出すもんじゃない事柄が、この世にはあるのだった。

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