(21)最終電車
深夜の無人駅に降り立つと、線路内をぞろぞろ人が歩くので仰天した。 終電を降りた客が列を成し、2本のレールの間を歩いていくのだ。
沿道が遠回りなので、駅員がいないのを幸いに近道をするらしい。 私もやってみたが、暗い線路を歩くのはなかなかに技術がいる。 砂利の上だと歩きにくいし、枕木の上は間隔が広すぎ、飛び歩くやら転倒しかけるやら、そのうち太腿が痛くなった。
そんな私たちを尻目に、列の先頭を素晴らしい速さで闊歩するのは、ワンピース姿の老女だった。
彼女は一本のレールの上を、平均台のように背筋を伸ばし、小揺るぎもせず歩いていた。 スピードに見惚れ真似をしてみたが、細いレールに乗っただけで体がぐらつき、バランスを取るのは7歩が限界だ。
「彼女の真似は誰にもできませんよ。 あの人、40年もこの上を歩いてるんだそうです」
隣を歩く男が笑った。
「貨物が来ますよ!」
突然振り向いて、老女が叫んだ。
「今夜の最終は貨物です。 1分以内に線路から出ないとバラバラですよ!」
靴底をタタンタタンと叩くリズムに、私たちは泡を食って走り出し、線路脇の斜面を転げ落ちた。 そのあとを間一髪で、貨物列車が闇を切り裂いて走り過ぎて行く。
沿道に目をやると、線路上を歩き終えて側道へ到達した老女が、街灯の下を颯爽と立ち去って行くところだった。
ハイヒールの音を誇り高く響かせて。
実話です。 良い子は真似をしないでください。 といっても絶対真似できません。競歩のような速さでした。