(2)人ごみの穴
信号待ちの交差点。
ぎゅうぎゅう詰めの人混みは立錐の余地もなく、私はかろうじて歩道に足だけ乗せている状態だった。
もうちょっとどうにかなる場所は空いてないのかと、歩道の上を視線で舐めまわした。
そして、見つけた。
歩道のほぼド真ん中に、ぽっかり人ひとり分、誰も立っていない空間がある。
そこだけ、人ごみに穴があいているのだ。
水溜まりでもあるのか?
上から水滴でも落ちてくるのか?
目を凝らして見たが、理由がわからない。
私の方は歩道からおっこちそうだったので、その穴の中に立ってみることにした。
苦労して移動して、そこに入ってみた。
やはり何か特別な場所ではないように思える。
すぐ前に立っているのは、高校の制服を着た男の子と、母親らしい女性の二人連れ。
どうやら転校初日であるらしく、職員室でどう挨拶しろだのという、少々くどい注意事項を並べ立てる母親の声が聞こえた。
ところが、同時に下の方では異常な事態が起こっていた。
詰め襟を着た高校生である彼女の息子の手は、母親のお尻を熱心になで回していたのだ。
ただサワサワなでるのではなく、もっとこう…。いや、表現するのは避けよう。
電車の中で痴漢がやるのと同じ手つきだった、とだけ言っておく。
私は動転した。
親子に見えるが、ひょっとしてパトロンとツバメさんとかそういうカップルか?
でもどうしたってそんな風に見えないんだよなあ。
私のお腹の前あたりでサワサワぐいぐい動く高校生の手。
面白くもなさそうにくどくど話を続けるふたりの顔。
ふたつのアンバランスな情景が頭の中でつながらない。
交互に見比べること数分。
そしたら!
なんと、私の前にも、あの「穴」が出現したのだった。
そう、後方の人が観察のための距離を取ることで、自然に発生した穴だったのである。
今考えても、あの二人の関係は謎である。
これはエッセイであり実話です。