表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
短編横丁  作者: 友野久遠
17/27

(17)年の功

 コトン、と小さな音がした。

 高校2年の秋だった。

 矢部という友人が、先生に指名されて英語のリーディングをしていた時だった。

 音の原因は、小さな白い塊で、それは起立して教科書を読み続ける矢部の口の中から落下したモノだった。 

 落ちた後で机の上で一回はずみ、足元のピータイルの床にコロコロと転がるのが見えた。


 笑いが起こった。

 一瞬のくすくす笑いが、すぐに大爆笑に変化する。

 それは、矢部の前歯だった。 差し歯が抜けて落ちたのである。

 箸が転がってもおかしい年ごろの級友たちは、涙を流して笑い転げ、矢部は顔を真っ赤にして体をかがめ、床の上の差し歯を拾ったのだった。


 「はい、静かに。 最初の所を、次の人、訳して」

 教師が一人だけ知らん顔で授業を続けようとしたのがまたおかしくて、級友たちは更に笑った。



 **************


 コトン、と小さな音がした。

 つい先週の、公民館での出来事だ。

 私が参加したコーラスグループ、平均年齢72歳の高齢者ばかりのチームだった。

 全員が円陣になって立ち、ピアノの伴奏で発声練習をしているところだった。

 音の原因は、小川と言う最高齢の女性の口から落ちたものだった。

 それは不規則なリズムで弾みながら床を転がり、円陣の中央で止まった。


 しっかりとピンクの歯茎がついた、入れ歯だった。


 全員が目を凝らしてそれを見た。 しかし誰も笑わなかった。

 メンバーの誰もが真顔で歌い続ける中、小川はそそくさと円陣の中央へ出てそれを拾い、何事もなかったように歌を続けた。 歌声が乱れることもなかった。


 「みなさん、さすがというかなんというか。 

  うーん、感心しますけど、誰か笑ってあげなさいよ」

 指揮者の先生が一人でフォローに回ったのが印象的だった。

 

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ