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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

大家新兵衛評判記

作者: 溝口恒作

江戸では町人が自治をまかせれており、町奉行所はその自治状況を管理するだけでした。

代表である町役人が人別帳や通行照明の作成、果ては裁判、捕り物まで行いました。

この物語は町役人達が主人公です。

同心は出て来ませんし、岡っ引きも十手は持っておりません。

一風変わった時代劇をお楽しみください。



 時は文政、場所は江戸。


 文月橋のたもとにある火避け地での出来事。

 *(火避け地-火事の延焼を防ぐ空き地)

 時刻は七つ半(冬の16時:季節で時の長さが違う。)

身なりの整った町人がお供を連れて立っていた。

 男の名前は翌次郎。

 藤棚町の伊勢屋で呉服屋の番頭をしている。

 一緒にいるのは手代の太吉で荷物もち。背は高いが物静かな若者だ。

 橋の下ではやけに犬吠えている。

 待ち人はまだ見えない。

 


 八つ時(14時)の事だった。突然主人の伝兵衛が使用人達に申し渡した。

「店を暮れ六つ(17時)で閉めた後、息子の新五郎が帰って来ても決して中には入れてはならないぞ。」

 使用人達は顔を見合わせた。 

 伝兵衛は店番を除く主だった者がいることを確認して話を続けた。

「うちの馬鹿息子、真っ昼間から茶屋遊びをしていて十両もの大金を催促してきたんだ。

 芸者を呼んでばか騒ぎをしているのか、遊女でも呼んで鼻の下を伸ばしているのか知らんが---。

 だいたい吉原で普通に遊んでも二分(現代の五万円)からの代金なんだぞ。」

「旦那様。」と翌次郎が言葉を遮る。使用人の前で話す内容ではない。

だが伝兵衛は意に返さない。

「あれはそのうち死に一倍の証文に、数えきれない程判を押しててしまうに違いない。」と声を震わせた。

 *(死に一倍=親が死んだら二倍にして返す借金。)

「これを見るがいい。」使用人達の前で 絶縁状 と大きく書きなぐった包みを掲げ翌次郎に渡した。

「新五郎は本日をもって勘当する。

  翌次郎、その絶縁状と十両を新五郎に渡せ。

 あれがお前に泣き付いたら光西寺の住職を頼れと言えばよい。」

 翌次郎、目を白黒させ「若旦那は誰かに騙されているのかもしれません、今回は思いとどまって下さい。」と止めに入った。

  新五郎への思いやりからではない。

  親子喧嘩に関わりたくないのだ。

「あれが脅される玉かね。あれの親だよ、あたしゃ。」

言われてみればその通りである。翌次郎は二の句を告げられなかった。

「新五郎のいる店は藤楼(ふじろう)だ。 藤井町のあの茶屋だよ。

 目をつぶっても行けるだろうが、十両もの大金を用意する上客は初めてだと、(あるじ)の藤兵衛が驚いてね。

挙げ句に清二郎という番頭を、御迎えに上がらせますと言ってきやがった。

小柄で禿げているからすぐ判るぞ。良いか領収書くことになったら禿の番頭ではなく藤兵衛に書いてもらえ。

 禿番頭とは七つ半(16時)に文月橋のたもとで落ち合う事になっている。

 借金取りまがいの者をうちの敷居にゃあ入れたかないからな。

 それから翌次郎、大勢では行かずに少人数で言ってくれよ。

 今回の件で藤楼には口止め料も払ってるんだ。町で噂にでもなりゃ末代までの恥だからねえ。

 大金を運ぶには目立たないほうが安全なんだよ。

 よろしくたのむよ。

 私は光西寺の慈光和尚のところに行って話をつけてくる。

 皆よいな、新五郎は絶対に家に入れてはいけないよ。」と言った。

「承知しました。」使用人達の返事を確認すると伝兵衛は頷いた。

「待ってください旦那様。」と翌次郎が行く手を阻むが伝兵衛は手代を伴い店を出ていった。

翌次郎は胃が痛くなり手代の太吉を呼びつけると、他の使用人は逃げるように持ち場に散った。



十両は現代に換算すれば百万円。(1両=10万円とする。)

 世間では十両盗めば首がとぶと言われる。

  百万円程度の金を運ぶには大げさと思うだろうが普通に運べば大変なことになる。

断っておくが一両小判は江戸の町では使われない。

 バブル時代に作られた十万円金貨が市場で使われなかったように、一両(10万円)小判では、お釣りが出せず使うことが出来ない。

 そもそも大判小判を利用するのは武士だけで、商人との取り引きや恩賞に使うためにある。

 町で一般的に使われる貨幣は(ぜに)(文単位)で、貨幣価値の低い一文銭(25円)や四文銭(100円)だ。

 長屋に住む店子の給金は日当払いが多く、銭で支払われるのだから当然の話である。

 バラでも使うが、銭穴に糸を通した(ぜに)さしと言う百文単位の束を現代のお札のように使用した。

 だが銭(銭さし)は高額の支払いには不向きなのだ。


(1両=4分=16朱=4千文=現代で10万円とする:すべて同じ価値である)


 一両は四千文なので、十両では一文銭で四万枚。荷車でも使わなければ藤楼へは運べない。

 大銭(おおぜに)と言われた十文銭でも四千枚、背負って持っていけるか?いや肩に食い込みそうだ。

 銭(1文単位)より価値が上の単位は朱で一朱は250文(現代で6250円) と同じ価値になる。

十両なら一朱銀を百六十枚必要とするが、これなら楽に手で持てる。

 一朱銀は商人の取引や値の張る買い物に使われる貨幣だった。

 急な事なので、伊勢屋が一朱銀と銭さしを織り混ぜてで来るだろうと考え、出迎えを申し出たのだ。 


 *(現代:銀行で手に入る硬貨を棒状にした包みがあるが、あれは一本は50枚。)


 待ち合わせの文月橋は、火除け地と川を挟んで武家屋敷をつないでいる。火避け地のそばには伊勢店がある藤棚町、対岸の武家屋敷を抜けると藤楼のある藤井町があった。


 七つ半(16時)から随分と立つ。

清二郎はまだ現れない。

 このままでは陽が暮れる。

 先程橋の下で吠えていた犬も何処かに行ってしまったようだ。

 翌次郎はしびれを切らし、太吉に「ガタイの良い伝吉を連れて来てくれ、荷物は預かるから。」と言って呼びに行かせた。

 迎えが来ないならこちらから出向くまで。

 受け取った風呂敷を小さくよじり肩からタスキ掛けに結ぶ。

 中には桐の箱に入った新五郎あての絶縁状が入っている。

 肝心の十両は欲次郎の腹にさらしで巻き付けてある。しかも一分金(分=朱の上の単位:一分は1000文=現代の二万五千円)で四十枚。

  一分金は、つり銭泣かせの為、町では使われない。(現代でこれより価値が低い一万円札が使用不能な自動販売機や食券販売機、両替を嫌がる店がある事を考えてほしい。)

小判同様、店での支払いで断られる場合もあるが、まれに大商人の豪遊で使われる事があるそうだ。

いずれにしても商取引以外で使用をするのは特権階級だけで庶民とは別世界の貨幣であり一分金を見たことの無いまま一生を終える者もいる。

因みに伊勢屋では倉の床板が銭の重みで抜けないようにガサ(体積)を減らす目的で両替商に交換して貰っていた。

 翌次郎は、使い勝手の悪い一分金を相手に押し付け、持ち運びの良さだけを優先した。

 此れなら小人数で運べて目立ちはしないし、大旦那の意にかなう。

実は翌次郎、番頭になっても十両を運ぶ事滅多に無かった。

 袖の下(賄賂)を渡すとしても切り餅(一両小判を二十五両づつ包んだもの)で渡す事など無いのだ。

  せいぜい三両が限度、と言うとドケチと思うだろうが、時代劇の賄賂を渡すシーンに当てはめてみよう。

 

  決まり台詞は「御代官様、長崎名物カステーラでございます。何卒この度の件要は良しなに。」

 と言って切り餅入りの菓子折りを渡す伊勢屋。

「ふっふっふっ、伊勢屋よお主も悪よのう。」受け取る代官。


  小判を切り餅(二十五両の包み)にして菓子折り十包入れてあれば、それで二百五十両。(二千五百万円、都内でなければマンションが買えます。)

  その重みでやわな菓子折りの底は抜けるし片手で持てるわけが無い。


 当たり前のことだが 一介の商人に幕府高官の老中や若年寄にコネがあるわけがないし、木っ端役人に切り餅を渡した所で儲けが出るわけがないのだ。(だいたい江戸の町に代官はいない。)

 袖の下を送る相手は、町奉行所の与力や同心、あとは伝手(つて)の有る大名家の家来で鼻薬として使う程度のものである。

 小判は使わないが銭差しでは見た目が悪い。

 一朱銀や一分金を懐紙で包み、お捻りのようにして相手の袖にいれる。

 だが翌次郎の送る袖の下は色紙で折った箱や紙手毬に一朱銀や一分金を入れたもの。

 貰った者は開けてしまうのが勿体無いとそれはそれで喜んだものだ。

 その翌次郎、藤楼へ運ぶ為に巻きつけた一分金のために体裁が悪くなった。

 当時の作法では身分がある者は手ぶらで、使用人が上役の荷物を持つ事になっていた。

二人が手ぶらでは、迎えに来る清二郎が怪しむと、絶縁状を桐の箱に入れ無理矢理太吉に背負わせた。

(だが待てよ、噂を嫌がる大旦那の事だ。絶縁状を無くしたり汚したりしたら私が店を追い出されちまう。)

 伝吉を呼びに行かせたら、荷物を全て身につける羽目になり折角の小細工も水の泡となった。

 それからも時間だけが過ぎていく、清二郎はおろか太吉も伝吉も姿を見せない。

 翌次郎はこの先のなりゆきを考えた。

(若旦那が黙って寺に行く雁首かよ、絶対暴れるに決まってるじゃないか、こんな人数じゃあ取り押さえられやしない。返ってその騒ぎが噂を呼ぶってもんだ。

 それに大旦那は大金運びが危険じゃないなどとほざいたが今がどれだけ危険だと思ってるんだ。)

そう思っているうちに胃が痛くなり目まいがしてきた。


  太吉はまだかと振り向くと後ろから浪人が睨みつけている。

 まだら模様の着物を着ており、鉄の錆びた臭いがする。

 町で見かけない顔つきだ。いや顔よりも浪人の持つ刀がキラリと光っている。

 翌次郎の腰が抜けた。間髪を入れず、頭の上を白刃が通り過ぎる。

 あわてて転げ回る翌次郎に浪人が何度も斬り込んできた。

 だが風を斬る音がするだけで、カスリはしない。

 恐怖も極限までくると悲鳴が出ないものらしい。

 翌次郎の頭に、これまでの出来事が走馬灯のように駆け巡った。

「おい下郎、立て!」

 へっぴり腰の翌次郎這いずる事も出来ず、ただ転げ回るばかり。

近くで笛の()と足音がする。

翌次郎の意識は無くなっていった。


「町役人、橋のたもとにおかしな男が立ってますよ。」

 木戸番の六助が雑貨屋で買い物中の月行事(大家の組頭=がちぎょうじ)の新兵衛に言った。


 ここで今、六助の言った町役人とはなにか説明をしないと話が進まない。

 町奉行は警察、防災、裁判所、都庁を兼ねたというがその大半の仕事(人別帳改め、通行手形発行、裁判、捕り物、火消しの世話、その他もろもろ。)は町人の代表である町役人が行っていた。

 では奉行所は何をしているのか?

 町役人の報告書類をまとめて管理し、彼らが召しとった罪人を取り調べ牢奉行(町奉行の下部組織で罪人の管理をする。)に送る事。

 そして老中が行った罪人の判決を牢奉行に言い渡す事だった。

 奉行所は人が少ないので現場の統括をしているだけなのだ。

  噂に名高い町奉行所の御裁きも、罪の軽い犯罪の裁決と、どうしても奉行所で裁いてほしい訴訟に限られた。(件数は少ない。)

 何故なら訴訟全般は町役人にまかせてあるし、重罪人の判決は老中の判断で決められ、町奉行所には権限が無かったからである。

 さて町役人とは何者か?ということになるが、町を運営している、町名主、大家、地主達の事で、店子は含まれない。 因みに大家(家持ち)と地主は同格である。

  大家と地主は名主の配下で、町ごとにで五人組に組分けされ、月行事(がちぎょうじ)と言われる組頭がまとめている。

 町名主の元には各町の月行事が期日までに報告書類を届け、五人組でケリが付かない訴訟が持ち込まれた。

 奉行所で受け付ける書類はほぼ仕上がった状態となり、ケリの付かない訴訟も名主の采配で大概片が付いたものだった。

 月行事は名前の通り五人が月替わりで交代している。


話を戻そう。

 火避け地近くに木戸番小屋がある。木戸番は

 町の入口の木戸を夜になると閉めて番をする。

 町役人に雇われているのだが給金が安いので、どの町でも雑貨屋を兼業していた。(商い番屋と言われる。)

 お客もまばらになり、六助が早目に店を閉めようとしていると、町役人の新兵衛が入ってきて蝋燭やら付け木やら、手に取り始めた。

「そろそろ閉めるので明日にしてくれませんかね。」と声も掛けたが聞いちゃくれない。

 その内に「焼き芋はないのか。」などと売れ残りの食べ物をねだる始末。

新兵衛は三十になったばかりで独り身だ。

 嫁は居たが流行り病で先立たれ、子はいない。

 木戸番近くにある猪鹿長屋(いのしかながや)の大家で今月の月行事(がちぎょうじ)だ。

 新兵衛を追い出せないものと観念した六助、何気に橋のたもとを見てみると、夕暮れ刻なのに橋のたもとに男が一人で立っていた。

 身なりは良いがお伴がいない。

 この当時武士や裕福な商人はお供を連れる習わしだが一人でポツンとしている。

 しかも足元がフラフラして悲壮感まで漂っていた。

「町役人、橋のたもとでおかしな男がいますよ。」

だが上の空の新兵衛。

 朝から月行事と呼ばれる度に機嫌が良かった

 新兵衛は、帰る間際にもう一度誰かに言ってもらおうと木戸番に入ったわけだ。

月行事(がちぎょうじ)、ありゃ身投げしようとしてるんじゃねえですか?」

 思わず月行事より(身投げ)の言葉に反応した新兵衛。思惑と異なり厄介ごとに巻き込まれてしまったようだ。

 橋のたもとを見た新兵衛。「自身番に甚兵衛と吉兵衛がいる。念のため呼びに行ってくれないか。」と六助に言った。

 *(自身番とは大家が交代で寝ずの番をした事に由来する詰所である。今を夜に夜守を置くが、大家自身の詰所で有る事に変わりない。)


 知らせを受けた二人は、どう勘違いしたものか甚兵衛は刺す又、吉兵衛は投網を持っていた。

「ご苦労さま、これで町役人五人男の内三人が揃ったってわけだ。

六助に聞いたと思うが橋のたもとにフラフラ歩いている男がいてな---。」と新兵衛が喋りながら橋に振りむいたその瞬間、男が浪人に斬りつけられた。

 だか男が尻餅を付いた拍子で刀は空を切る。

 尚も転げ回る男に斬り込むが、刀は空を斬るばかり。

 「べらぼうめ、何してやがるんだ。」新兵衛が唸るように言った。

  奉行所が事務職である以上、捕り物の専門家は名主や大家、地主である。

  江戸の大家は刃物を持った罪人に立ち向かわなければならなかった。

  新兵衛は木戸番小屋にあった番所槍をつかみ「野郎ども行くぞ」と言い放つと一目散に走りだした。

「がち、待ってくれ」甚兵衛、吉兵衛に遅れ木戸番の六助まで囲い梯子を担いで駆けていった。

 走りながら新兵衛、首にかけている呼子を咥え思いっきり吹く。

月行事は五人一組の組頭。

吹いたところで町役人があと二人駆けつけるだけだが、相手への牽制になる。

(ひとつの町の規模が小さいので呼子の音に気が付ける。)

 木戸番や自身番の家守は町役人ではなく使用人だが自身番の家守、馬三が手を貸してくれれば七人の人数で相手が出来る。

浪人は驚いた。

 突然、呼子を吹きながら男達が走って来るのだ。

 慌てて橋へ逃げ、後ろを振り向いた。

 新兵衛達も橋に向かい得物を構える。

 「きえー」と奇声を挙げ浪人が後退りをする。

  こちらも負けじと橋を渡りながらわめいた。

「なめんじゃねー、この野郎かかって来やがれ、。」

「このサンピンが」と口々に怒鳴る。

 だが突然浪人、踵を返すとまた走り始めた。

それを追う新兵衛達の足が止まった。

 橋はそこで終わっている。

一歩先は武家屋敷、町役人は町奉行所の配下にある。

町を出れば捕り物の権限は無い。

橋は境界線なのだ。

「あっはは。」浪人は抜き身のまま刀を担ぎ笑っている。

そうしてゆっくりと立ち去った。

皆、地団太踏んで悔しがったが戻るより手が無かった。

 火避け地にもどると六助に橋の見張りをたのんで、倒れた男へ近づいた。


 すでに男の脈を取り、傷の確認をする男がいる。

四人目の町役人、善次郎だ。

善次郎は医者を志していたが、親が相次いで亡くなり大家を継いだ。

野次馬をかき分け新兵衛達は合流した。

「善さんご苦労様。」新兵衛が声を掛けた。

「ああ、皆さんご苦労様です。

 こりゃ伊勢屋の翌次郎さんですね、汚れちゃいるが傷一つ無い。

大丈夫気を失っているだけです。」善次郎は観察眼にも優れている。

 吉兵衛がそれを聞き「本当だ。この趣味の悪い着物(高価な着物)翌次郎に待ちげえね。

おい体に巻き付けてある風呂敷に箱がはいっているぞ。」と言いながら手を伸ばした。

「手をつけるなよ。」新兵衛が言えば「あたぼうよ。」みな口を揃えて答える。

  吉兵衛は伸ばした手を引っ込め、それを紛らわすように「なあガチ(月行事(がちぎょうじ))、あのヤットウ使いが下手くそで良かったよな。」と言った。

「いや、やり合ったら俺らは無傷では無かったと思うな。」

「なぜ。」

「ヤットウいや剣術の基本は面・胴・小手でな、(やいば)が届くのは膝までなんだ。膝下は届かねえ。」

「ならなんで首斬り浅は地面に近い罪人の首をはねられるんだ?。」吉兵衛の質問も最もな話。

当時山田浅衛門という死刑執行人がいた。

御試し御用という刀の切れ味を調べる役職で代々名前を引き継ぐ。

 罪人を後ろ手に縛り正座の体制から無理矢理頭を下げさせて首を斬り落としていた。

 刀を膝から下に振るうわけだから、新兵衛の話では斬れない事になる。

「首斬り浅は、据え物斬りの名人で刃が届くように鍛錬している。

それに首斬り場には土壇場が有るじゃないか。(土壇場:一段高く盛った土に罪人をすわらせ、はねられた首が穴に落ちるようになっている処刑場所。)

盛り土に座らせ、穴の上に刃先が通るから刃が地面で欠ける事は無い。

剣術では地面近くを斬りつけたりはしねえよ。刃が欠けりゃー、大損だからな。」

 吉兵衛は、はたと手を打ち「なら辻斬りにあったら翌次郎みたいに転げ回れば死なないってことなのか?土壇場はねえし。」

 新兵衛は呆れた顔でこう言った。「やってみな、押さえつけられ首をかっ斬られて御陀仏よ。」

 考え深い甚兵衛が「じゃ何故そうしなかったんだ。」と聞いてきた。

  新兵衛は右のこめかみに指を当てながらこう言った。

「首を後ろから掻き斬るなら脇差に持ち替えなければならないと思うんだが刀は真剣でも、脇差は竹光なのかもしれねえな。」

「流石に昔取った杵柄、見事な御高説だ。ひょっとしたら据え物斬りも習ったのか?」と甚兵衛が頷いている。

「いや無いよ、そうか!押さえつけて刺し殺しゃいいんだ。」

「やめとくれ。」吉兵衛が嫌な顔をした。


(注 すねを狙う柳剛流という流派がある。また他流派でも足の腱も狙う技が存在するらしい。だがその様な技があることを新兵衛は知らない。)


五人目の町役人、徳三郎は目つぶしを籠に入れて走ってきた。「なんだい投玉子持ってきのに必要はねえのか?」徳三郎は鶏に卵を産ませ殻に砂や辛子を入れる、自家製の目つぶし作りに凝っていた。

 皆「徳さんご苦労様。」と声を掛けた。

 するとそつのない善次郎が声をかけてきた「月行事、戸板を外し翌次郎さんを乗せて木戸番まで運びませんか。」

「善さん、じゃあ吉さんと一緒に戸板を外してきてくれ、それと伊勢屋に徳さんが知らせに行ってくれないか?」と手配を始めた時の事、

伊勢屋の太吉と伝吉が何処から湧いたか野次馬の群れをかき分け翌次郎のそばに来た。

「どうしたんですか。番頭さんがどうかされたんですか?」と伊勢屋の手代太吉が口に泡を飛ばしながら話してくる。

 後日談になるが、店の者は新五郎にそそのかされたと思い、店に入れずに遅れていたのだ。

 太吉に連れてこられた伝吉が翌次郎の体を抱え「番頭さん、番頭さん。」と何度も揺り動かした。

その拍子に翌次郎が目をさまし「助けてくれー。」今まで悲鳴が出なかった翌次郎。

助かった途端にしゃがれ声で悲鳴をあげた。

「もう大丈夫ですよ。町役人の五人組の善次郎です。

 翌次郎さんは、辻斬りに襲われて気を失っただけで傷はありません。

 下手人は月行事の新兵衛さん達が追っ払ってくれました。もう安心ですよ。」と善次郎、三人に優しく声を掛けた。

 だが翌次郎、辺りを見渡し放心状態。

「清次郎さんたちはどうしたんだ。」と言っておぼつかない足取りで歩き始めた。

 新兵衛に不安がよぎった。

「連れが居るのか?周りを探すんだ。早くしないと陽がすぐに落ちる。」といって土手の下に降りていった。

(橋からは歩いて来なかったし、町から出ていった様子もねえ。土手から抜き身で上ってきたそうだが、もしや。)滑るように駆け降りた新兵衛の眼前、川のほとりに横たわる禿た小柄の男。

 着物にドス黒い血がこびり付いている。隣にも若い男が血だらけになって倒れていた。

権兵衛は再び呼子を吹いた。

暮れ六の鐘が鳴り落ち辺りは暗くなっていった。


それから先が大騒ぎだ。

遺体は自身番に運ばれ、伊勢屋の主人伝兵衛と番頭翌次郎は元より関わった者は全て自身番に集まってもらった。

 殺されたのは藤楼の番頭清次郎と手代の多乃吉であった。

 二人の遺体は町役人で見聞した後、総出で藤井町まで遺体を運ぶ事になった。

 翌次郎には掠り(かす)もしなかった浪人だったが清二郎は一刀の元に絶命し、多乃吉の背中は(なます)のように斬り刻まれて死んでいた。 

 二人のは顔には傷が無い事が---。

 善次郎が見立てを説明した。

「翌次郎さんのように転げまわりながら逃げる人はそういません。

 その為月行事の言うように、やいばが届かず助かったんです。

 多乃吉さんは手足で這いずったせいでしょう、背中が斬り刻まれています。

頭はあえて狙わず、なぶり殺しです。

あの浪人のまだら柄は返り血ですね。

翌次郎さん、橋の下から悲鳴がきこえませんでしたか?」

「やけに犬が吠えていると思いましたが。

でも高い鳴き声でしたよ。」

「ひょっとしたらまだ声変わりのしていない多乃吉さんの断末魔だったか?いや犬が辻斬りに吠えたのかもしれませんが。」

犬の鳴き声が多乃吉の悲鳴だったのか? 翌次郎は身震いして耳を塞いだ。

「出来たぜ。」

 遺体検分中、絵に心得がある甚兵衛が人相書を描いた。

  藤楼の出入りの客や出入りの商人に見覚のある者がいるかもしれない。

  陽が落ち伊勢屋の新五郎はまだ藤楼で金が届くのを待っている。

  ホトケさんも帰してあげたいが藤棚町と藤井町の間には町よりでかい武家屋敷が軒を並べていた。

辻斬り浪人は笑いながら武家屋敷の小路に逃げ込んでいる。

ノコノコ出ていけば危険である。

「ここは助っ人を頼もうか。」そう言って火消し、ゑ組の頭、潮五郎に頼み込むと快く引き受けてくれた。

 火消しは自警団をかねている。

潮五郎は「ここで怖じ気づくようでは男が廃る」といってカケヤや梯子に鳶口を持った二十人近くの人足を集めてくれた。

悪友小頭の稲造の姿が見えた。

片手で拝む仕草の新兵衛にうなずく稲造。

(かしら)に無理な頼みが出来るのも、稲造の口添えがあればこそだ。

「火消しの皆様この度の助っ人ありがとうございます。この月行事の新兵衛感謝に耐えません。」と言えば、頭の潮五郎が「この度の助っ人慎んでお受けいたします。」と言葉を返した。

人足達は口々に「任せてくだせえ。」「任しとき。」と言っている。

五人組一同「宜しく御頼み申します。」と言いながら頭をさげた。


  出発を前に新兵衛が「遺体を茶屋に運ぶより藤井町の隣にある光西寺に預けてもらうように頼みましょう。」と提案すると伊勢屋の伝兵衛が寺に掛け合うと申し出てくれた。

  遺体を運ぶ葬式行列は、

  町役人の五人組と大八で遺体を引く馬三(馬三は自身番の家守だ。)、火消しの衆、伊勢屋の主人と奉公人、総勢三十名程。

 提灯と捕り物道具を持って進んで行った。


  さすがに光西寺までの行程で葬式行列への攻撃は無い。

  住職に取り次いで子細を伝え、手分けで藤楼から藤兵衛と新五郎を、藤井町の町役人を呼んだ。

 藤兵衛は悲嘆に暮れ嗚咽するだけ。

  遺体は無惨な姿になっている。

  番頭の清二郎は藤兵衛の血のつながった息子、切り刻まれた多乃吉が孫だとここで初めて知らされた。

  その悲しみは例えようもない。

  そばにいた伝兵衛が思わず息子を殴り始めた。

  「お父っつあんやめてくれー、」

  新兵衛と潮五郎が止めなければ殺すような勢いだ。

 新兵衛の羽交い締めをほどき、伝兵衛は手を付きながらあやまった。

「藤兵衛さんこの度は本当にすみませんでした。息子が金を届けさせなければんな事にはならなかった。ここに十五両あります。これで許してくれとは言いません。支払いと線香代としてお納め願います。息子は当分倉に押し込める事にしましたが、藤兵衛さんがその気なら煮るなり焼くなり好きにしても良いですから。」

 そうして翌次郎が包みにくるんだ十五両を藤兵衛に手渡した。

「どうぞお納め下さい。この度はご愁傷様でした。」

 今度は一朱銀と銭差しを用意し玉手箱のような箱に入れてある。

 渡された箱を抱え藤兵衛は子供のように泣き叫んだ。

「藤兵衛さんお気を確かに、潮五郎さんありがとうございました。月行事の伊三郎さん、あとはよろしく頼みます。皆さんそろそろ戻りませんか。」と新兵衛がが声をかけた。

 伊三郎達は「藤棚町の皆様、暗い中ご苦労様でした。」と新兵衛達を(ねぎら)いの言葉を掛けた。

 伊三郎と藤兵衛には事の顛末を伝え人相書きを渡してある。

 だが素浪人の顔には見覚えがないそうだ。


  町に帰ると木戸で六助が三升の酒を持って待っていた。

  新兵衛から潮五郎へ「この度の助太刀ありがとうございました。清めの酒です。どうぞお納めください」と言って酒が贈られた。

  はじめは遠慮気味の様子だが

「それじゃあゴチになります。あぶねえ時は何時でも声をかけてくれれば助太刀するから大船に乗ったつもりでいてください。」と言って受け取ってくれた。

 火消しと別れた後、新五郎は自ら倉へ入っていった。

「まあ暫く大人しくするしかねえだろうな。」と町役人たちは言いながらその場を離れた。

 そこから先が夜を通しての地獄のような作業が始まった。

 この一件の顛末書を名主、総名主、町奉行用に一部づつ作り、それとは別に報告書を七枚、伊勢屋と藤楼、名主庄九郎配下の五町分作った。すべて手書きであることを想像されたい。

 おまけに人相入りだ。

 各方面に顛末書や報告書を届けたら徹夜明けから一睡もせず夕方迄掛かった。

 甚兵衛の嫁を中心に握り飯を届けてくれたので三度の飯には事欠かなかった。

 皆、甚兵衛の嫁には頭が上がらない。

「みんなご苦労様。お疲れ様でした。それとおよねさん達にに握り飯ありがとうございました。と伝えておいてくれ。」

 およねは甚兵衛の嫁の名前だ。

 月行事の新兵衛が皆をねぎらい五合徳利を持ってきて茶碗を配っていた。

 これで家に帰れる。皆がそう思った時である。

 突然自身番の戸が開き藤楼の主人籐兵衛が現れた。

  一晩泣きはらし、報告書を見てから悲しみが怒りに変わったのだろう。

「おい何故下手人を捕まえなかったんだ。追っ払えんなら捕まえられたろうが!」と血相変えて吠えまくる。

 藤兵衛にも町方の縄張りくらいは理解しているはずだ。

 だが悔しいのだろう。息子と孫をなます斬りにされ無惨な姿にされている。

 いきなり「手配書では賞金首いくらで書かれているんだ。」と聞いてきた。

 そこで新兵衛が受け答えた。

「人相書きはあるが賞金首のある手配書は出していないんです。」

「奉行所はなにやってんだ」と噛みつく。

 やれやれと新兵衛は思いながら

「藤兵衛さん、奉行所がみずから作った人相書きは関所破りや御蔵金を破るような、お上に楯突く不届きものに限るんです。」

「じゃあなんで土蔵破りや人殺しの手配書に賞金が懸かるんだ。」

「賞金首のある手配書ですね。ありゃ残された家族や知り合いが泣け無しの銭で賞金を出してるんです。勿論奉行所にも断っての事ですがね。あの賞金は、残された者の血と汗と涙の塊なんです。」

 藤兵衛は黙ったまま怒りに震えた。

「なら賞金首は十両だ。私が出すなら文句はなかろう。手配書を書いておくれ。」

 一睡場が静まりかえった。

 だが直ぐに新兵衛の口が開いた。

「それは良いが、藤兵衛さん賞金決める前に言っておくことが有るんだ。

 江戸中にパラ巻く気なら、紙代、絵師、堀師、刷り師、版元に頼んで占めて一両と雑費で二分、賞金を以外で一両二分掛かる。

 それと正式な手配書なら 名前、年齢、特徴、くせ、背丈、生国、家業、罪状、を書き込んでないと役に立ちませんよ。」

「うーん」

「名前と生国それと家業は判らねえなら曖昧なものになってどこの馬の骨か分からん奴等が集められちまうわけですよ。

 俺達の名主、庄九郎さんが受け持つ五町にすでに人相、年齢、背丈と罪状を書いたものが配ってあります。

 そのうち名前や居所も突き止められますよ。

 飛脚、駕籠かき、行商人、髪結い、五町には他の町に顔が利く住人も住んでいる。

 すべての町役人と自身番、木戸番にも声をかけ名前と居所を聞いて回ろうと思っています。」

「何だ思ったような手配書はすぐに出来ないのか。」という藤兵衛が肩を落とした。

「賞金首の手配書は名前が判ってからでどうでしょう。」新兵衛の言葉に「仕方ない。」と藤兵衛が口惜しげに外へ出た。


  その後町役人達は酒を回し飲みをはじめ、吉兵衛が不機嫌そうにボヤいた。「馬鹿じゃねえか、名前や顔が判っていたら今頃町役人が捕まえているじゃねえか。町役人が逃げられて、居場所がわからなえから手配書が作られるというのに、まったく。」

 すると徳三郎も「下手人探しの前に手配書の下話なんぞ縁起が悪い、塩でも撒くか。」としかめっ面で酒をあおった。

  だが新兵衛「ああいいう頭の硬い人間にはまともな話は理解が出来ずに聞き流される話だけよ、それより試してみたい事が有るんだがね。」と言った。

「ほう、辻番に問い合わせるのかね。」と甚兵衛興味津々な顔をしている。

辻番は武家屋敷の四辻に辻斬り対策で置かれた番所のことで、当初は武士が寝ずの番交代で行いそれなりの成果が会ったのだが、時代が下ると町人が雇われ辻斬りを取り締まるようになった。

だかがこれが良く無かった。

辻番では町役人の力が及ばぬ事を良い事に賭場が開かれ風紀が乱れた。

「辻番はあてに出来ないだろううよ。

それよりネタを仕入れてほしいんだが。」といって組内の仲間に秘策を伝えた。


 明くる日の事、目明かしの宇吉が新兵衛の家にやって来た。

 宇吉は目明かしといっても十手は持たない。

 目明かしは非正規の情報屋で、職業と言うよりあだ名や異名のようなものだ。

 仲の良い同心に情報を伝えても食事をおごってもらうか、煙草代が出るだけで、到底食えない。

 そもそも目明かしには本業がある。

 髪結い、風呂屋、居酒屋、飛脚、駕籠かき。

 黙っていても噂話が入るので捕り物に協力しているだけの事。

 町役人と違い、目明かしには逮捕権は無い。

 職業ではないから奉行所から十手も支給されておらず、持っていたら私物の十手と言う事になる。

  (例外:同心が貸して一時的に権限を与えくれる場合もあるが用事が済めば直ぐに返すのが鉄則だった。:同心の小者が目明かしをしている場合。)

 宇吉は新兵衛の店子で飛脚を生業とし南町同心、室生伝次郎と顔見知りだった。

  今回の事件のあらましを詳しく話した上で新兵衛は宇吉に頼み込んだ。

「悪いが近頃、安値の刀を買い求める浪人を調べてほしいんだ。それに鞘も何度か取り替えているはずなんだが。」

  と言って似顔絵を渡した。

「兄い、何でですか?」

「この三月この近辺で辻斬りがあってな、いずれも(なます)のように切り刻まれているんだ。

  残酷なのは一撃で殺さず逃げるところをなぶり殺しにしている事だな。」

「何故なぶり殺しだなんて判るんですかい。」

「土壇場がないと寝ている体は斬りにくい。少しづつ弱らして這いずる背中をを滅多斬りにしてるんだよ。

  しかも二人居れば若けえ奴や弱そうな奴を残して片方をバッサリ斬る。生き残ったものは時間をかけていたぶりやがる。」

  新兵衛、普通の剣術では膝下には刃が届かない事、それを踏まえ半死半生で逃げ惑う被害者の姿を身振り手振りで宇吉に語った。

「俗に一本の刀は三人は斬れるというが(なます)ぎりは想定していない。

必ず刀身は痛んでいる。痛んでいなくとも人を斬った刀は血と脂が付くものだ。

  すぐに布で拭き水洗いをしなければ一晩で錆びてしまうし、刀身と(つか)をバラして手入れもしなければいけねえ。

しかも最後に研ぎ師を頼まなければならないのさ。

 刀の研ぎ料は一両~二両(10~20万円)掛かるもんなんだ。」

 

閑話休題

 だが戦国期、刀は使い捨ての消耗品として扱われ、斬れなくなったら死人から抜き取ったといわれる。

 刀は激しく劣化するので、溶かして作り直していたようだ。

  名刀は恩賞にもちいられるので実戦では使われない。 


新兵衛の話は続いた。

「江戸では二分(5万円)だせば安い刀が手に入る。

  研ぐより買った方が安上がりだ。

  ただ曲がりやすく伸びやすい。(刀のそりが真っ直ぐになる事。)

 もう一つ刀を扱う上で厄介なことがある。

 鞘だよ。血が付いたまま鞘に収めれば鞘に血が付き錆の元になる。

 何度も人を斬り、刀が伸びたり腰が抜けたり(刀身が曲がり易くバランスが崩れた状態。)すれば鞘に入らないし、無理矢理収めたら鞘は割れちまう。

 鞘だけ替えても、反りと合わなければ抜けなくなるもんだ。

 なます斬りなんかすれば刀も鞘も元の鞘には収まらないんだよ。」

  「兄い剣術を習っていたのは知ってだけど真剣を使ってたのかい。」

  「師匠が安値の刀で巻き藁や竹を斬り落としていて見に行った事があるんだ。

しまいにゃ動物の死骸まで斬っていたものだ。あんまり斬りすぎるもんだからかたなが鞘には納まらなくなったんだよ。

  奴が抜き身の刀を背負って逃げたのは、なます斬りの為と踏んでいる。」

  正直師匠はの腕は二流以下と思っている。

刀も曲がったが真剣を持った時の狂喜の形相は常軌を逸していた。

  動物の死骸を斬った後、安値とはいえ刀を雑に扱っていた。

  習った剣術は本物の剣術では無いと覚り、大家になってからは剣術を封印している。

「判りました。そんな残忍な下手人なんぞ許せねえ、まかせてくだせえ。

 それといいネタを仕入れたらいつも奴を頼みますよ。」

「ああ、とっておきの煮しめと焼酎を用意しておくよ。そうだ湯豆腐もいいな」と言った。

  宇吉は幼馴染、良い意味での腐れ縁だった。

  宇吉と入れ替わりに髪結いの利吉がやって来た。

 利吉を(かしら)に猪鹿長屋の住人がこの一件の顛末を知りたがり、大家の家まで押し掛けた。

 そこで皆に事の顛末えお話した。となりの紅葉長屋の大家を兼ねていたから新兵衛の家の

 周辺は大勢の人間で溢れかえった。

  利吉を始め長屋の連中も人探しの協力を申し出た。


 二日がたった

 江戸の刀剣商は愛宕下にある日影町に軒を連ねていた。

 宇吉は飛脚仕事のついでに、名刀を扱う店などには目もくれず、手ごろな刀を置いている一文字屋や蟇目屋で聞き込みをしたそうだ。

 すると蟇目屋で似顔絵の男が何度も鞘を作り替えを頼み、一文字屋では三分の刀を二振り買い求めた事を突き止めた。

  一方、髪結いの利吉は得意先の長屋で鞘をしょっちゅう割ってしまう浪人がいると聞き、顔を見てきた。 

 似顔絵に瓜二つだと言う。 

  十中八九、あの浪人に間違い有るまい。

 浪人はの名前は群木均六郎、桶屋町鈴懸(すずかけ)長屋で北側奧から三番目に住んでいる。   

 均六郎が下手人だとしても桶屋町は新兵衛の親方、名主庄九郎の縄張りではない。

 そこで名主庄九郎に願い出て桶屋町の名主、真三郎に話を通してもらえた。 

 正式な引き継ぎ前に均六郎の首実検をしなければならない。

当人であれば桶屋町の町役人に捕り物を引き継いで貰う事となる。

  伊勢屋の番頭翌次郎を連れて行きたいのだが恐怖まだ覚めやらず、拒まれてしまった。

  そこで人相書きの名手、甚兵衛に付き添いを頼んだ。

 また念の為、徳三郎に頼み込み目つぶしの投げ卵を一個ずつ譲ってもらっている。

 翌次郎のように転がるわけにもいかない。

行きがけに甚兵衛が言った。「鈴懸長屋の群木と言う浪人と鞘の噂は俺と善次郎も押さえていたんだが、顔の確証がなかったんだよ。先を越されち待ったな。」

すでに五人組には藤兵衛が乗り込ん出来た後。

宇吉に話した刀の変形や鞘割れの話をしている。

甚兵衛には居酒屋長助、善次郎には梅の湯の滝造という情報源があった。

彼らの情報源にも沢山の噂が集まるが長助や滝造が現地を確認出来ないという欠点も有った。


宇吉が下話をしてくれたおかげで、桶屋町の町役人は自信番で待っていた。

「おはようございます。名主庄九郎配下藤棚町月行事の新兵衛、隣に居るのは組内の甚兵衛と申します。ご協力に感謝致します。」

「おはようございます。名主真三郎配下、桶屋町月行事の三五郎と申します。隣に居るのは組内の芳太郎と申します。」

 甚兵衛と芳太郎もそれぞれが名乗り、挨拶が終わった。 

  群木均六郎は、内職で飢えをしのいでいるというが、行きなり会えばバッサリ斬られる事になりかねない。

 そこで一計を案じた。

 当時の長屋は四畳半一間に玄関を兼ねた土間の台所だけの間取りだ。 

 便所は共同、風呂は銭湯を使う。

 隣との壁は足で蹴破れる程もろい。

 声は筒抜けで隣が何をしているか耳を澄ませなくても判ってしまう。

 鈴懸長屋の大家、芳太郎が浪人、群木均六郎の玄関で声を掛けた。

  「群木様はご在宅かね。」

  「大家さんか。何のようだね。」

  「ここじゃ何だから開けておくれよ。」と中に上がり込む芳太郎。

  畳まれた布団に整理された傘がある。何気に座り、口入れ屋から聞いたという話をした。

 (口入屋は今でいう人材派遣会社だ。)

 昨今、武家諸法度の通り馬鹿真面目に参勤代をする大名などいない。

 江戸の出入りの時に町人達は勿論、浪人や下級武士も雇われて行列を整える。

 先日、口入屋の弥一郎が行列の人数が足りなくなったと将棋仲間の芳太郎にボヤいた。

 遠国奉行が急死したので、赴任者の行列を依頼されたのだが、これと黒田藩の大名行列が重なり人数が埋まらない。(黒田藩の大名行列は他の入府違い十一月になる。他藩は四月と相場が決まっていた。) 

 事実だから事細かく話が出来た。

 均六郎は一日の手間賃が二朱(500文)だと聞き興味深げに聞いていた。

 さて均六郎の隣には咲蔵という男が住んでいる。

 前述したように長屋の部屋の壁は薄い。

 仕切りの壁は張リボテで、屏風のように木枠の前後に下地の紙と分厚い紙を張り付け壁としていた。

 咲蔵は酒癖は悪く自分の部屋の壁紙をはがしてしまい中の木枠が丸見えなのだ。

 両隣の部屋は壁紙が有るから壁として、と言うより目隠しにはなっていたのだが、咲蔵から壁の修理をせがまれていた。

 これはどこの長屋でも珍しい話ではなく、張りぼての壁に穴がつきもの、たいがい布や薄い紙をあて穴を隠したものだ。

 大家達も無駄に金を使いたくないから愚痴を聞いて現場は確認だけして仕舞いにするものだ。

 ただ今回は酷すぎた。

同じ長屋の丑松も同様で、人に頼むと金が掛かるから芳太郎は下地紙と厚紙をあつらえ、自分で貼ろうかとしていた所だ。

そこへ今回の一件が噛み合った。

  何だかんだで持ち家だ。ひどすぎれば綺麗にしたいもの。

  勿論かかった費用は弁償してもらう事になっているが張り替え前で無理もきく。 

  咲造の部屋に入った親兵衛と甚兵衛は息を殺していた。

 右側には群木の部屋、左側には夜泣き蕎麦の仁吉の部屋、どちらも咲蔵の内壁だけ紙が破れ木枠が剥き出しになっていた。

「群木様お一つどうです。」と言いながら持って来た入れ物から煎餅を出し群木に差し出すとバリバリと音を立てて食べ始めた。

「じゃあ遠慮なく」

  群木も食べ始めたようだ。

芳太郎が痰が絡んだような演技をする。

「ゲホゲホ。」

 合図である。 

 二人は千枚通しで煎餅の音にまぎれ壁紙に小さな穴を開けた。

「大丈夫か、大家さん。」

 呆れたもので群木は差し出された煎餅をお茶も出さずにバリバリ食べながら話している。

しかもむせた大家に水さえ出す様子もない。

 二人は群木の顔を確認すると顔を見合わせた。(奴だ。)

 音を立てないように戸を開けたまま玄関から出ると自身番へ。

 芳太郎も適当に話を切り上げようとしたが行列には弁当が付くと聞き、乗り気になって離してくれない。

 口入屋には話を通してくれとまで言ってきたので適当に話を合わせた。

 芳太郎が自信番に戻った時には手配書の文面が出来上がっていた。

 似顔絵に添えて、名前、生国、職業、特徴、癖を書き入れ、名主と奉行所そして籐兵衛の承認を得るばかり。

 だがこれも徒労に終わるはずだ、これだけ判れば町役人が捕まえられる。

「お疲れ様です。やはり当人でしたか。」

 との芳太郎の問いに

「ああこの町から辻斬りが出ち待ったな。」と三五郎が悲しげに言った。

「おかしなものよ、今考えると群木が鞘を割る度に近くの町で辻斬りが有ったと思うんだ。はじめは伊呂波町の近く、次は御倉町、今度は藤棚、今考えると、桶屋町を取り囲むように起こっていたな。」

「三五郎さん、合点がいきましたかね。」

 新兵衛は三五朗が納得したか確認すると「では召し取りの一件お願い致します。」と言って去ろうとした。

 管轄の違う町では手が出せない。

 町役人へ委任することで新兵衛の仕事は終わった。

 また長屋の罪人をそのままに見過ごせば、持ち場の町役人達の罪になる。

 これから直ぐにでも捕り物の算段が始まるだろう。

 三五郎が「ここは被害に有られた藤棚町も手を貸してもらえませんか?」と言って来た。

 呆気にとられる新兵衛たち。

 管轄外で助っ人を頼まれる事はあるが本来、名主を通して頼む事だ。

「では名主庄九郎を通して下されば。」

  新兵衛達も高笑いしながら走っていった群木の顔が忘れられない。

  笑いながら悲鳴をあげる犠牲者を斬り刻んだのだろうか。

  あの時橋では悔しい思いをている。

  今度の捕り物に吉兵衛にも声をかけるか、などと考えていると

「今すぐ手を貸して下せえ、群木均六郎は丑寅流という流派の目録らしい、腕が立つ。」

 三五朗は構わず話をつづけ。「事後処理と言う事でいかがでしょう。なにせ藤棚町の五人衆は目録の群木を追っ払うほど腕が立つそうじゃねえですか」と三五朗。

 でもどうやって捕える?。

 由比正雪の乱では、槍の名人丸橋忠弥が早朝火事だと言うに狂言に惑わされ外に飛び出してきた所を捕えたそうだが、子供でも知っている話だ。同じ手は使えまい。

「それでどういう手順を考えているんでしょう。」と新兵衛が聞けば、「お手並み拝見させて頂きます。」と三五郎。

  (この野郎手前らの仕事だろうが。)と言いそうになったが甚兵衛が口を挟み「いますぐなら私らは二人しかおりませんよ、そちら様が主導で行うのが筋では有りませんかね?それに火消しの衆にも声を掛けたらいかがでは。」と言った。

 すると三五朗「はい、早速組下の誠造に行かせました。」と言葉を返してきた。

 火消しは自警団でも兼ねている事は既に述べた。人数のいる大捕物には助っ人を頼んだものだ。

「それではあとの町役人はどうされた。」なお食い下がる甚兵衛に三五郎は静かな声でこう言った。

「昨日捕らえたコソ泥を火消しの衆と奉行所迄しょぴいて行きました。火消しの衆には度重なり助っ人を頼むことになりましたがね。」

 それでは直ぐに戻れまい。

「そいつは昨晩旗本直參、井澤様の大家屋敷に入り込んだようですが、すぐに下男に見つかって袋叩きにされ、逃げる途中に木戸番に助けを求めた間抜けな奴ですよ。名前は与太八、巌太郎の鰯長屋の者です。」

 徒歩で南町奉行所に行くわけだから手続きを含め帰るのは早くて昼過ぎ遅ければば夕方か。

  新兵衛がこめかみに指を当てながら「誠造さんが帰ってくるのを待つとしましょう。助っ人も来れば良いんだが。」と言い懐を確かめた。

 出掛けに徳三郎から投玉子を渡されている。

 仕掛けは簡単。空の玉子に七味と石灰が入れてあるだけの代物。

 それを小さな竹籠に綿をつめ一個づつ持たせてくれたが籠から出すとヒビが入っている。

「甚さんの玉子を見てくれ。ヒビだ」

 懐の中が若干白くなっていた。 

 言われて甚兵衛、懐から取り出したがヒビ一つ入っていない。

 突然自信番の前で声を掛ける者がいた。

「御免、鈴掛長屋の群木だが入って良いか?」返事も聴かず群木均六郎は戸を開けた。

 新兵衛の目潰しが群木の顔へ投げられた。

 さすがに剣術家。五本の指で受け止めた。本来ならば、そこから刀を抜かれれば絶体絶命。 

 しかしヒビの入った目潰しが指の中で割れて中身が飛び出た。

 目に入った群木に、今度は甚兵衛の目潰しが当たり顔を真っ白にした。

「ゴホッ 痛え。」と咳き込みなから群木は悶えるように外の水場へ向かう。

  新兵衛と甚兵衛は自信番の刺す又と突く棒をつかむと直ぐに追い付き群木を押さえ、「手鎖はねえか。」「早く持ってきてくだせー。」と口々に言った。

 牢に入れる事も無い軽い刑で使われる手鎖(手錠)だが、手早く拘束が出来るので自信番には用意がある。

 しかも武道の心得の有る群木だ。下手に抑えて縄で縛ろうとしても組み打ちに持ち込まれ用意に縛れないはずだ。

 三五郎と芳太郎は二人掛かりで咳き込む群木に手鎖を掛けた。

 それでも新兵衛、甚兵衛は刺す又を緩めない。「水を掛けてやんなせえ。」と新兵衛が言いはなつと、芳太郎が道に積み上げている火消し水の桶を取り群木の顔を流しはじめた。


 一連の騒ぎが収まった時だ。

「お見事。」という声が響き渡った。

 火消しの(かしら)が火消し人足を連れて助太刀に来ていた。「藤棚町、月行事の新兵衛さんに甚兵衛さんだね。あっしは、や組の弥吾郎。以後お見知り置きを」火消しの衆は手に手に鳶口、カケヤ、梯子を持っている。

 頭の横に町役人誠造と思われる男がにっこり笑ってお辞儀をした。

 慌てて新兵衛達も名乗った。

「お初に御目に掛かります、名主庄九郎配下藤棚町月行事がちぎょうじの新兵衛、猪鹿長屋と紅葉長屋の大家をしております。」

「藤棚町町役人甚兵衛と申します。銀杏長屋と牡丹長屋の大家でこざいます。」

「以後お見知り置き下さい。」二人揃って口上をのべると「よっ日本一。」と火消しの衆、のみならず桶屋町の町役人や町の人達迄が拍手

 火消しの人数はざっと二十名ほどいた。

 自信番に群木がノコノコ来なかったら、町役人と火消しの衆で大捕り物になったはずだ。

 

  翌日、月行事の新兵衛、日が沈む前から髪結いの利吉と飛脚の宇吉が煮しめと豆腐で一杯やっていた。

  翌次郎から届けられた懐紙の手鞠が箪笥(たんす)のうえに飾られている。

  翌次郎が御礼にと酒と紙手鞠を五人の家に届けてくれたものだが、皆喜んで紙手鞠を飾っている。

  中身がやけに重かったが紙手毬の飾りとはそういうものだと思い誰一人中身を開ける者はいない。

「兄い、でそれからどうなりやしたか」飛脚の宇吉が話の続きを催促する。

「ああ忙しくで大変だったよ。」

 群木を捕らえた後、部屋を調べると炭の入った長持ちから、返り血の付いた着物や手拭い、そして鞘の割れた刀を二振り見つけた。

 血の臭いを炭を使って消していたのだ。

 町奉行所まで護送をしたのは、桶屋町月行事の三五郎と火消しの弥五郎に火消しの男衆、そして新兵衛と甚兵衛。

  桶屋町の町役人を、(から)にはできないと芳太郎と誠造の二人を残したのだがそれには訳があった。

 奉行所での手続きは無事に負終え、弥五郎から酒の誘いが有ったが藤楼の藤兵衛にこの一件伝えなければと再会を約束して別れている。

「じゃあ大家さん、や組と飲みに行くんですか?」利吉が羨ましそうに聞いた。

「弥五郎さんは雪花菜(おから)が好きだそうでね、金を掛けずに雪花菜で一杯となりそうだが。」

「いいえ大家さん、雪花菜は切らずとも言うんですよ。縁が切れませんようにと食べられるもの。余程弥五郎さんに気に入られたんじゃないですか?」物知りの利吉の言葉に驚いた新兵衛。

(あんときゃ徳三郎から貰った目潰しが有ったから上手くいったが二度とは同じ事が出来んだろう。まあ美しき誤解とやらだな。)

「兄い、藤兵衛さんはどうなりやした。」宇吉がまた話の続きを催促する。

  新兵衛が下手人を捕らえた事を伝えると泣いて喜び十両を受け取ってくれと言ってきた。

  しかし手配書が必要無かったのだから貰う理由が無いと言っても承知をしない。

  そこで新しい捕り物道具を寄付して貰う事にして御和算にした。

「惜しい、貰っておけば良いものを!」

  宇吉は自分が貰え無かったみたいに悔しがった。

「前例を作るわけには行かんしな。それに藤楼に持ってった十両が元で、藤兵衛さんの息子と孫が死んじまった。翌次郎さんも死にかけて、催促した新五郎も倉の中に押し込められたまんまだ。あの十両縁起が良いものじゃねえよ、そう思うだろ。」

「うーん」二人は唸った。

「言っちゃ悪いが十両が元で悪運を呼び込むなんざ真っ平御免よ。それに話には続きが有る。藤兵衛さんは清二郎の女房に店を任せて隠居するとさ。ゆくゆく清二郎の次男に店を継がせるんだろうな。」

  利吉がため息をしながら言った。「大丈夫ですか、藤兵衛さんこのまま更けこんじまうような気がする。」

「大丈夫だろ、女将になったおすぎさんは清二郎を尻に敷いていたほどのしっかり者だ、息子の扇吉も抜け目が無さそうだしな。」

「ところで例の辻斬りは、その後はどうなりやした。」宇吉は話をせっつく。

「辻斬りの群木は伊呂波町近くで三国屋の主人とその手代を斬り、御倉町の近くで駿河屋の通い番頭を襲った。承知の通り藤棚町で藤井町の清二郎と手代の多乃吉が斬られ五人殺され一人未遂に終わっているわけだ。」

「それで動機は。」二人は思わず息を飲んだ。

「金欲しさから辻斬りを始めたが、どういう訳か人斬りが病み付きになっちまったんだそうだ。

 迷惑な話だよ。おまけになぶり殺した相手から財布を抜き取り盗んだ金は博打に女、それに刀と鞘に使ったそうだ。両替商でまとめた三国屋の一分金でさえ五両あったというが残った金は一朱と五十二文のみ。

 これは奉行所での取り調べ(拷問)で判った事なんだがな。今群木は伝馬町(牢獄)だが十日後獄門晒し首になるそうだ。」

 二人は結末に納得したが利吉が気に成ることを言ってきた。

「顛末書はどうなりました。飲んでられないんでしょう。」

「三五郎さん達、桶屋町の町役人達がまとめて書いてくれたよ。あいつら速いや、助太刀のお礼だとさ。町役人の家族が総出でまとめたそうだ。うちも真似するかな。」

  桶屋町の町役人達の息子や娘は読み書きも出来て総勢十二名、そろそろ代替わりとなる。

 町役人も加われば二つの事件の顛末書もすぐに終わるというものだ。

  道理で町役人二人が残ったわけである。

「藤棚町も家族に助けてもらう事にするかな。」と言うと利吉があきれ顔になった。

「大家さん、他の大家さんから不平が出ますよ。息子や嫁に手伝って貰うって、楽になるのは独り者の大家さんだけじゃあないですか。」

「痛い所突くんじゃねえよ。」

「大家さん、後添い(のちぞい)貰った方が良いですよ。後家さんでもかまやしないなら紹介しますけど。」利吉の申し出に嫌そうな顔をして「いいよ。面倒くせえ。」

「所で他の町役人さんはどうしたんですかい。」重ねて利吉が聞いてくる。

「みんなヘトヘトになって帰ったよ。落ち着いたら一杯飲るに事になっている。」

「兄いは元気だね。」宇吉があきれている。

「大家さん、昔やってた剣術で叩きのめそうと、思わなかったんですか?」

「そうそう。」

 二人の目線の先には先代大家の録太郎が残した刃引きの脇差し。

 

「兄い、今回の一件瓦版が出ていますよ。」

  宇吉が持って来た瓦版

  (剣豪大家の大捕物)と題しこの一件が(すみ)屋という版元からでていた。

 

  本文

  刃引きの刀は人を殺さぬ、(やいば)を潰した捕り物道具。

  藤棚町の大家、新兵衛は刃引きの脇差し腰に差し、相棒甚兵衛と夜回りをしていた。

 そこに襲い掛かかってきた浪人がいた。

町人新兵衛に浪人は打ち込む事が出来ない。

  何しろ大家ながら猿雉流目録の腕前。

  そこへ相棒の甚兵衛の投げ縄が飛ぶ。

 飛んできた縄を浪人は両断したが(たい)を崩した。

   それを見逃す新兵衛ではない。

  必殺の袈裟斬りが決まる。だが刃引きの刀は斬れ無い刀、辻斬りは気を失い生け捕りと相成った。

  捕らえて仰天、このところ犠牲者をなます斬りに切り刻む極悪人群木均六郎、辻切りの正体は

  通称なます斬りの均六と判明した。 

  均六は伊呂波町、御倉町、藤棚町、桶屋町で辻斬りを行い、斬った人数十八人。

 藤棚町大家の新兵衛大手柄である。


  「なんじゃこりゃ、誰がこんなホラ話作っりやがたんだ。」

 

  おわり






 

子供の頃、時代劇の小判の扱いがおかしいと思いました。

一両でも大金なはずだが登場人物達は切り餅(二十五両の束で現代なら二百五十万円)ひとつ貰っても「馬鹿にするな。」と投げ返すシーンを見ていたものです。

投げ返す人は町人やヤクザ、人足達で裏で盗賊や抜け荷をしている設定ですが、「投げ返すなら俺にくれ。」と子供の私はテレビに言っていました。

バブル時代一両と同じ価値の十万円金貨が出来ると聞き、どれだけ街中で使われるのかとみていましたが誰も使ってませんでした。

テレビ番組で街中で使えるか実験していましたが、どんなスーパーやデパートでも支払い段階で難色をみせました。

最後に小売店で使おうとしたら「なんで換金したんだ早く銀行言って両替しろ。」といってテレビカメラも気にせず叱りつけていたのを覚えています。

私は十万円硬貨は手に入れらなれなかったが、

テレビを見ていたら無用の長物に思えてしまいました。

私の小説では小判はでません。

なぜなら江戸の庶民に縁が無いからです。

では又の機会までさようなら。


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