彼は何者?
シーフ ファナ
「ここからは自分が前を行こう。少し急ぎたいからね。」
討伐証明を手早く回収し、彼は何事もなかったかのように言った。
無論、シーフとしてはもどかしさがあるのだがボクがこの場では無力な存在であることを理解した以上は反論する気力も湧いてこなかった。ただし1つだけ…
「1つだけ聞いてもいいですか?」
歩き出そうとしていた彼は足を止めてこちらを見た。
「なにかな?」
軽く首をかしげながら不思議そうにこちらを見る彼の様子を見て先程のことが彼にとっては取るに足らないことだったのだと思い知らされる。
「あなたは一体何者ですか?」
ボクの質問に少しだけ遠い目をしたが、クスリと笑うと彼は答えるのだった。
「最初に言ったじゃあないか。何者でもない、ただのルシルだって。」
なにかを隠す訳でもなくあるがままを話しているように見える彼にこれ以上の追及はできなくなってしまった。
「それじゃあ改めて先に進もうか。」
~~~~~
彼が前を歩き出してからは驚くほどに順調だった。
なにせ1度たりともモンスターが出てこないのだ。
いや、それは正しい表現ではないだろう。正確に言うと何度かはモンスターを見かけはしたのだ。しかし1つの例外もなくこちらに気付いた途端に一目散に逃げていくのだ。ランクの高低など関係ないと言わんばかりにすべてのモンスターはなにかを恐れるかのように逃げて行った。まるで1番恐ろしいものから少しでも遠ざかるように。
また、ダンジョン特有の罠も彼はあっさりと見抜き、時には対処してしまった。
ボクが何度か罠を作動させてしまい矢がとんできた、岩が落ちてきた、落とし穴ができた。
その度に彼は虫を払うかのように矢を斬り払った。
バターのように岩を斬り割いた。
空を駆けるように穴を飛び越した。
その都度彼はこちらを気遣ってきたがボクのシーフとしてのプライドはズタズタになった。
「仕方のない話さ。ここの罠はBランクのシーフでも見落としてしまうようなものだからね。」
苦笑しながら言う彼の言葉に何度目になるか分からないため息が漏れる。
そもそも冒険者の中でもシーフのジョブになる者は少ない。
身につけなければならない技能の多さに諦める者は後を絶たないと聞く。ゆえに有能なシーフはすぐに囲われてしまうそうだ。
かくいうボクも何度も他パーティから勧誘されているが全て断っている。女であるボクとしては男ばかりのパーティに誘われても危機感しか抱かない。
メリッサさん程ではないがボクも自分の容姿にはそれなりに自信がある。そんなボクを見る男の目は下心が見え隠れしていて嫌悪感を感じてしまうのだ。
閑話休題
そんな貴重と言ってもいいシーフの技能を持つボクよりも遥かに卓越した技能を彼は持っているというのだ。
カバンを背負おうものならずり落ちてしまうのではないかというほどに肩を落としていたボクに彼は声をかけた。
「ほら。気を落とすのもここまでだ。そろそろ目的地に着く。そこを見れば少しは気も晴れるんじゃあないかい?」
言われて進行方向をよく見てみる。
なるほど、確かに周囲の木々がまばらになり、視界も良くなってきた。木々を抜けた先には日差しが降り注いでいるように見える。気を持ち直してボクは彼の後ろを慎重に歩く。
そして、彼が言う目的地に着いたのだった。