その理由
シーフ ファナ
ブラックウルフとあたしの体格差を考えれば襲い掛かられればひとたまりをないだろう。ならば…
「先手必勝!」
一気に駆け出し空いての懐に飛び込む。
距離感を嫌ってか相手も動き出すがもう遅い。
ダガーを振り抜きブラックウルフの喉元を掻き切るとその場から飛び退き様子を見る。ブラックウルフの巨体は地面に沈み、やがて動かなくなる。
うん、無事に倒せたようだ。そこまで見届けたところで後ろからパチパチと拍手が聞こえた。
「いい速さだ。攻撃に迷いもない。実力は申し分ないようだね。」
自分でも確かな手応えを感じた一撃だ。褒められて嬉しくない訳がない。口元を綻ばせつつ振り返ろうとするあたしに彼は言葉を続けた。
「ちなみに何故ここが『非常の森』と呼ばれているか知っているかい?」
振り返ったあたしは思わず息を飲んだ。
あたしの視界をブラックウルフの死骸が覆いつくす。
10や20では足りないおびただしい程の数だ。
「ブラックウルフはこの森では最弱と言っていいモンスターなんだ。それこそ、こうやって群れをつくらなければあっという間に屠られてしまうほどのね。」
冷たい汗が流れる。この数のブラックウルフが一斉に襲い掛かってきたらなすすべもなくあたしは死んでしまうだろう。
ブラックウルフですら群れなければ死んでしまう場所…
「非常…常に非ぬ森。」
「そう。ここは常とは異なる場所。始めて来る人間に容赦なく牙を向くそんな場所さ。それこそ我らが『銀雪の狼』、『翠緑の山猫』、『赤かる風』のメンバーでさえ最初は戸惑っていたものさ。」
笑いながら言葉を紡ぐ彼とは対照的に、あたしは背筋が凍るような思いがした。なんなのだ。なんだというのだ。あまりにも日常からかけ離れ過ぎて理解が追いつかない。
生態系が変わるなど、環境や生息しているモンスターによっては稀にある。ありえないと言い切ることはできないだろう。
彼だ。彼こそが理解できないのだ。
あたしの背後でおびただしい死骸を音もなくつくりあげる。
ガルブレイズの上位3パーティすら戸惑うことを平然と受け入れる。
ああ、目の前に立つ彼を理解できる日など永遠に訪れることはないのだろう。
ボクはこの瞬間、深く理解したのだった。