焦燥、そして到着
シーフ ファナ
お互いの自己紹介が済み無言の時間が続く。
口を閉じていると焦燥に押し潰されそうになる。
早く、早く『星鈴草』を持ち帰りたい。
その一心で足を動かしていると不意に彼が口を開いた。
「それはそうとなんでまた『星鈴草』を欲しがっているんだい?知り合いが『ネムリ病』にでもかかったのなら話は分かるんだがね。」
『ネムリ病』という単語が出て、悔しさと無力感に苛まれる。これ以上平静を装うのは無理のようだ。
「そうよ。あたしのお母さんが『ネムリ病』にかかったのよ!」
『ネムリ病』とは全身の筋力が徐々に弱っていき、最後には眠るように息を引きとることから名付けられた病気だ。『ネムリ病』の研究は未だに進んでおらず、原因さえ突き止められていない。分かっていることといえば『星鈴草』と『龍種の肝』から薬効を抽出して錬成した特効薬でのみ回復するということだけだ。この情報だって研究者達が発見したことではなく外部からの助言によって明らかになったことだそうだ。
思わず頭をかきむしりたくなる。そもそもの条件がおかしいのだ。
特効薬の製作には高位の錬金術師の力が必要になるがそんな人に製作を頼めばどれだけの金額がとんでいくのか分かったものではない。
『龍種の肝』だってそうだ。そもそも普通の冒険者が龍種と遭遇することなどまずありえない。ましてや討伐などもってのほかだ。ガルブレイズの冒険者ギルドでも『銀雪の狼』、『翠緑の山猫』、『赤かる風』の3パーティが討伐に成功したという本当か嘘かも分からない情報がささやかれている程度の話なのだ。今の自分が龍種に挑めば3分ともたずに命を落とすだろう。
『星鈴草』にいたっては生息地が『非常の森』しか確認されていないにも拘らず森に入るには厳しい条件を満たさないといけない。それなのにその条件が公開されていないのだから理不尽極まりないとしか言いようがない。
そんな無理難題を解決することはあたしにはできない。
そう、解決方法が分かっているのになにもできないのだ。
「あなたにあたしの気持ちが分かる?解決方法が分かっているのに何一つできることがないもどかしさが…。それなりに腕がたつ方だと自負しているのに現実に抗うことのできない無力感が…。あなたに、あなたになにが分かるっていうの!」
声を荒げ、自分の感情をさらけ出し、涙まで浮かぶ。間違いなく今、あたしは人に見せられないような顔をしているだろう。
「だからせめて、少しでもお母さんの症状を和げられたらと思って『星鈴草』を採りたいと思ったの。例え治せなくても煎じて飲ませれば少しは症状が良くなるかもしれない。だから…。」
なぜあたしは会って間もない人にこれ程の感情をぶつけているのだろう。自分の情けなさにやりきれない気持ちになる。
そんなあたしを見た彼は儚く微笑んで口を開いた。
「あまり踏み込む内容じゃあなかったね。気を悪くさせたのなら謝るよ。」
頬をかき頭を下げる彼を見て急激に顔が赤くなっていくのを感じる。
それはあまりある羞恥。何気なく振られた話題で癇癪をおこし、わめき散らすなど小さな子供のようではないか。あたしは赤くなった顔を隠すように彼から顔をそむけポツリと言った。
「別に…。あたしこそ怒鳴ってしまってごめんなさい。」
彼を見て謝罪できないあたしは紛れもなく子供だ。彼にもそう思われているだろう。
「いや、悪いのはこちらさ。それよりもそろそろ着きそうだ。謝罪のしあいぱはここまでにしようじゃあないか。」
先程までの柔らかい口調は鳴りを潜め、フードから覗く彼の口元は引き締まって見えた。