クロの見張り番
前回のあらすじ~
リンちゃんとクロにご褒美の話しした。
「ドラゴンは難しいが、あのペガサスならなんとかなるだろう」
「本当に大丈夫か?」
「上書きしちまえば大丈夫さ」
夜の闇に紛れて、男達がさささっと移動する。
目指すは、あの珍しい従魔を従えている女冒険者が泊まっているという宿だ。
セキュリティはそこそこなので、どうにかなるだろうと安易に考えて移動している。
実際そう簡単な話ではないのだが。
この街の冒険者は、まあ大概がダンジョンで稼いでいる。
だが、やはりそこは実力がなければ攻略などできないもので、落ちぶれている者は少なからずいるものだ。
今回、スタンピードが起き、ドラゴンとペガサスの噂が出回り、それらがどうやら女冒険者が連れている従魔であると噂が広まった。
となれば、心ない者は、それらをどうにかできないかと考えた。
自分の従魔に出来れば、ダンジョンで手足として使っても良いし、ペガサスという希少な魔獣ならば、どこかの金持ちや貴族が、それこそ考えられないような高額で買ってくれるかもしれない。
使えそうな従魔師に声を掛け、その内の1人が乗ってきたと言うわけだった。
まあ、その従魔師も、ペガサスを自分の物にしたいと画策していたので丁度良かったのであるが。
筋肉質な剣士の後を、その従魔師が続く。
もうその宿屋は目の前だ。
裏口を確かめると、まだ鍵は開いていた。
誰かがまだ起きているのかもしれない。
警戒しながらも、2人はそっと扉を開けて中に入った。
すぐそこに厩舎がある。
厩舎の入り口の方へ足を忍ばせる。
そっと入り口を伺うが、何故か見張りがいるはずのそこに、誰もいない。
見張りをなんとかしてもらう為に、剣士と手を組んだというのに。
拍子抜けではあったが、まあトイレなどでちょっと席を外しているのかもしれないと、足早に厩舎の中へと入った。
戻ってくるかもしれないので、早めに用を済ませてしまおうと、厩舎の中を見回す。
ところが、肝心のペガサスの姿が何処にも見えない。
「おかしいぞ。ここの宿じゃないのか?」
「ここに入ったと聞いたぞ」
どこかに隠れてでもいるのかと歩き回るが、あの大きなペガサスが何処に隠れるというのか。
奥まで見て回っても、あのペガサスは影も形もなかった。
「なんでだ?! まさか、俺達に気付いて宿を変えたとか?」
「偽の情報を掴まされたか?!」
まさか人化したまま、宿屋の部屋に泊まっているとは考えつかない。
男達が慌て始めた時。
「いいや。この宿で合っているぞ」
入り口の方から声が聞こえた。
見張りが戻ってきたのかと2人が振り向くと、そこには黒い服を着た黒髪金目の男。
「ち、いつの間に戻って来やがった!」
剣士が剣を抜き、その男に向かって行った。
しかし、何故か途中でその足がピタリと止まる。
動きも止まり、何故か振り上げていた剣も下ろしてしまう。
「お、おい! 何やってるんだ!」
焦る従魔師。しかし、剣士の男は反応しない。
「まさか今日盗人が来るとは。せっかちな奴らだの」
「お、お前! ペガサスをどこにやったか知っているのか?!」
「無論、知っておるとも。お主らが彼奴めを盗みに来たこともの。我が輩としては是非とも持っていってもらいたいものだが、そうすると八重子が泣くのでの。仕方ない」
「く、くそ!」
動かない剣士を無視して、とりあえず目の前の男を突き飛ばしてでも逃げだそうと走り出した男だったが。
「まあ、ゆっくりして行くが良い」
黒い男の瞳がキラリと光ると、従魔師の男も足を止め、虚ろな顔でぽーっと突っ立ているだけになった。
「さて、後で衛兵にでも突き出すかの」
ボーッと突っ立ている男達に指示を出し、厩舎の一角に移動させる。
一応形だけ腕に縄を縛り付けておく。
「さてと。今夜だけで何組釣れるかの?」
裏口の方で、またコトリと音がした。
その従魔師はペガサスの姿を見た時、雷に打たれたかと思うほどの衝撃を受けた。
あんなに神々しい魔獣がいるなんて…。
是非とも手に入れたいと思った。禁忌を犯してでも。
知り合いの拳闘師に声を掛け、なんとか忍び込めないかと相談した。
色々考えたのに、来てみれば裏口は開いている。
しかも厩舎の前に見張りの姿もない。
ちょっと拍子抜けではあったが、これは神の啓示に違いないと勝手に勘違いして、厩舎の中に入った。
「なんだ? こいつら」
魔獣が入る柵の中に、何故か男達が詰まっている。
皆一様にぼーっとしていて、手を縄で繋がれている。
マヌケをやって捕まったのかと、無視して厩舎の中を調べるも、あの美しいペガサスの姿はない。
「どういうことだ?!」
男が焦り始めたその時。
「また来たのか。もういい加減説明も面倒になって来たの…」
入り口の方から声がした。
「ち、見張りが戻ってきたのか!!」
拳闘師の男が黒い男に殴りかかるも、何故か途中で足を止め、振り上げた拳も下に下ろしてしまった。
「な、何やってるんだ!」
後ろから声を掛けようとも、ピクリとも動かない。
「もう面倒いから説明は省かせてもらうのだ」
男がそう言うと、瞳がキラリと光った。
翌朝早く、衛兵所に黒い男が、数人の男達を縄で数珠繋ぎにして連れて来た。
「従魔泥棒である」
厩舎の見張りを買って出たら、その夜のうちにこれだけの泥棒が忍び込んで来たと。
「ペガサスはえらい人気なようだの」
一応調書を作り、泥棒達を衛兵達は引き取った。
何故か、皆一様にぼーっとしていたのだが。
「その宿屋も、セキュリティをちょっと考えた方が良いと忠告した方が良さそうですね」
「ああ、心配はないの。昨夜だけちょっと甘くしておいたからの。今夜からはいつも通りきっちりするであろう」
「はあ…」
衛兵達が目をパチクリさせながら、黒い男を見送った。
男は朝靄の中、すぐに姿が見えなくなった。
その日の朝は、なんだか犯罪者がよく訪れる朝だった。
陽が昇り、そろそろ開門の時間になるという頃、ゾロゾロと盗賊達が押し寄せてきたのだ。
その者達が、やはり一様にぼーっとしていた。
唯一まともに喋れる男が、これまでのあらましを話した。
この盗賊達は、近頃近隣を騒がせてきた盗賊団の者達であると。
一昨日の夜、盗賊団の塒に、黒い男がふらりとやって来ると、盗賊達をこのようにボーッとした感じに変えてしまったのだと。
唯一話せる男は、その黒い男に、皆を街まで連れて行き、事情を話して捕まえてもらえと忠告してきたのだと。
「しなければ、お主も此奴らと同じ結末を迎えることになるぞ」
そんなことを言われ、首を縦に振るしかなかった。
ぼーっとしたまま言われたことしかしない仲間を、薄気味悪く思いながらも、歩いて街を目指し、やっと辿り着いたのだと、男は半分泣きながら語った。
衛兵達は顔を見合わせ、今朝早くに訪れた黒い男を思い出した。
盗賊達を捕まえたなら、報償金も貰えるはずなのに、何故自主を勧めたのか?
首を捻りながらも、衛兵達は盗賊達を捕まえたのだった。
そして、事情聴取をしている時に、盗賊達は目覚めたようにはっとなり、「あそこよりまはし!」と言いながら、ペラペラと今までの罪状を話したという。
後日、盗賊団の塒を調査しに行ったが、そこには既に、金目の物はほぼなくなっていたという。




