リンちゃん苦戦
前回のあらすじ~
クレナイとガールズトーク。
クレナイの最初の主は、ドラゴンが文字を覚えるのが面白かったらしく、なんでもかんでも教えてくれたらしい。
その為、クレナイも書物などをいろいろ読んだらしい。
よし、これから書類関係はクレナイに聞こう。
その中で魔法のことや、人化の術のことなども知り、主の許可を得て実験していたとか。
まあ、研究者にとっては美味しい素材だったのだろうけど。
当然従魔紋についての書物もあるだけ読み漁ったらしい。その中にも解呪の方法などは記されていなかった。
従魔紋はほぼ永久紋で、死ぬまで取れることはないと知り、かなりがっかりしたとか。
がっかりだけなんだ。絶望とかじゃないんだ。
生まれてこの方、人の中で生きてきたので、主を持つことに抵抗はないらしい。
ただ、ボンクラ主の時は早く死んで新しい主にならないかと毎日呟いていたと。
呟くくらいなら従魔紋に反することにはならないらしいので。
愚痴は許容範囲なんだね。
「そうか~。これ、取れないのか~」
「主が死ぬと、新しい主を求めて彷徨う事になるらしいのじゃ。死ぬことが分かっていると、早めに相続させるのじゃ」
「なんだか、ちょっと悲しいね」
「まあ、妾は生まれてこの方、同胞に会ったこともないのでのう。今更ドラゴンの群れに入れと言われても、挨拶の仕方も分からぬ。このまま人の世で暮らしていくしかないとは思っておるぞ」
挨拶か。挨拶は大事だよね。
猫の鼻チョン挨拶とか、犬のお尻嗅ぎまくり挨拶とか。
種族によってそれぞれ違うものね。人間も所変われば挨拶の言葉、仕草、いろいろ変わるしね。
野生の動物が人に育てられると野生に帰れないのは、これも原因だと聞く。
群れのルールが分からないと、群れに入っていけないのだ。
単独で狩りをする肉食動物でさえ、他の肉食動物のマーキングなどを知らなければ、命を落とすこともある。難しいのだ。
「主殿。悲しい顔をせぬでおくれ。妾は主殿のような良い主に出会えることを楽しみにしておるのじゃ。人の世で生きていくのも、そう悪い話では無いのじゃ」
そう言って頭を撫でてくれる。これじゃ反対じゃないか。
「うん。できる限りのことをするね。クレナイが楽しく過ごせるように」
「真、良い主に出会えたのじゃ」
もう一度優しく抱きしめられる。
良い匂いがするのは気のせいだろうか。
「本当に方法無いのかな? 探したら見つかったりしないかな?」
「それは分からぬのう。妾も全てを知っているわけではないからのう」
「八重子、ナットーの街に魔法の権威のじじいがおったろう」
そこはじじいじゃなくてお爺さんと呼んで上げて。
「そか。あの人に聞けば何か分かるかも?」
「ほう、そんな者がおるのか」
気難しい人だけど、一応私はそこそこ気に入られているから大丈夫ではないかと思う。
「でも、戻るの?」
ここまで来て?王都へ行くと息巻いて出て来たのに?帰ったりしたらエリーさんが狂喜乱舞するかもしれないよ?
「それは八重子の自由だの」
そう言ってクロは膝の上で丸くなる。
いや、ずっと膝の上にはいたんだけどね。
あああ、可愛いよこの黒い物体。
ナデナデしながら考える。
このまま進むか、引き返すか。
「主殿の好きにするのじゃ。妾達は付いて行くだけじゃ」
どこからか取り出した扇で口元を隠しながら言うクレナイ。
どこでそんな素振りを覚えたんだろう?
「そうだね…。やっぱり…」
悩む程ではない。結論は既に出ている。
「まずは王都に行こう!」
フードシックも限界です!
クロが白い目をしている気がするけど、多分気のせいだと言うことにしてください。
八重子が布団を被って、すぐに寝息を立て始めると、いつものようにリンが人化の術の練習を始めた。
「ほう。リンも人化の術を習得しようとしておるのか?」
リンちゃんの気配に気付き、クレナイが起き上がった。
リィン・・・
少し寂しげにリンちゃんが音を出す。
やり方は教わって、魔力の循環も悪くないはずなのに、何故かまだ人化出来ない。
「面白いのう。妖精族が人化の術を会得しようとするとは」
少し目を細めリンちゃんをじっと見つめるクレナイ。
「ふむ。魔力の循環は悪くはなさそうじゃな。そうじゃのう。きっかけさえ掴めればすぐにでも出来そうなのじゃが…。あとはイメージかのう」
イメージと聞いてリンが首を傾げる。
「自分が人になった姿を思い浮かべるのじゃ。妖精は人と外見はあまり変わらぬ姿じゃから、然程難しい事でもなかろう?」
そう言われ、リンちゃんは自分が人の姿になった所を思い浮かべようとするが、なんとなくイメージが湧かない。
人の姿?大きくなる?
「そうだの。鏡を見てみてはどうかの?」
クロがむくりと起き上がると、一瞬にして人の姿になる。
「ほおおおおお。それがクロ殿の人の姿か…」
そう呟き、見とれるクレナイ。
クロはちょっと警戒しつつ、八重子の鞄をゴソゴソと探っていると、
「手鏡ではあるが、リンならば申し分なかろう」
そう言って、掌サイズの手鏡を取り出した。
それをリンの前に掲げてやる。
リンちゃんがマジマジと手鏡を覗いた。
そこには、緑の髪、緑の瞳、背中に薄い羽を付けた自分の姿。
初めて見る自分の姿に、驚きを隠せない。
面白いのか、いろいろなポーズを取り出す。
にらめっこしたり、後ろを向いたり、笑ってみたり、手を上げてみたり。
はしゃぐリンをほのぼのと見つめる2人。小さなリンちゃん、癒やし系。
「リンよ。クロ殿が折角そうして持ってくれておるのじゃ。あまり待たせるなよ」
そう言われ、リンちゃんがはっとなって、真剣に鏡の中を覗き始めた。
魔力を循環させて、イメージを固めていく。
「時にクロ殿。昼間のあれは、クロ殿が?」
「ほう。さすがは竜の姫。気付いておったか」
「不思議な波動を感じたのでのう。クロ殿かと」
「まあのう。八重子に手を出そうとしたのだ。死ぬよりも恐ろしい目に遭ってもらわなければの」
「ほほほ。クロ殿が一番恐ろしいのではないか?」
「そうかもしれんの」
リンちゃんの体が光り始める。
「して、彼奴、どうなったのじゃ?」
「我が輩の中で、我が輩の糧になっておるよ」
「中で?」
「お主ら魔獣が魔力を糧にするように、我が輩もの、人の恐怖心を力の糧としておるのだ。彼奴は永遠に、我が輩の糧になってもらうだけよ」
「ほおおおぉぉぉ、そのようなことが…」
クレナイの目が危ない。
「クレナイ殿。我が輩は生殖器はないからの」
「く…。なんとも口惜しや…」
まだ狙ってたか。
リンちゃんの光が、どんどん強くなっていく。
「この女―――!! 死ねえええぇぇぇ!!!」
ドラゴンを奪った女を見つけ、物陰から襲いかかる。
女は一瞬驚いた顔をすると、すぐにこちらに背を向けた。
背を向ける瞬間、腕に抱いていた黒猫の瞳が光った気がした。
そして、気付くと暗闇の中にいた。
「あ…、ああ? 何処行った? あの女?」
目の前にいた女の姿は消え失せ、コロシアムにいたはずなのに、コロシアムの壁も何もかもが周りから消え去っていた。
手に持っていたナイフも消えている。
訳が分からなかったが、とにかく歩けば壁にぶつかるだろうと歩き出す。
ところが、行けども行けども何にも辿り着かない。
おかしい、コロシアムはそこまででかくなかったはずだ。
なんとなく不安を感じ始め、歩きが早歩きになり、いつしか小走りになっていた。
それでも何処にも辿り着かない。
目の前に壁があったはずなのに。真っ直ぐ進まなくとも、コロシアムの壁にぶち当たるはずなのに。
「おおい! 誰か! いないのか!!」
コロシアムにはまだ大勢の人がいたはずだ。
かなり進んだはずなのに人に出会うこともない。
引き返そうかとも考えるが、すでに自分がどの方向から来たのかよく分からなくなっている。真っ直ぐ来たはずだが、無意識に曲がってしまっているかもしれない。
というか、これだけ歩けば、街のどこかにぶち当たるはずなのに。
引き返すに引き返せず、ただ前に向かうしかなかった。
ひたすらに暗闇の中を進み続けていると、いつからそこにあったのか、2つの光が見えているではないか。
なんだ、人がいるんじゃないかと、その光に向かって進むが、どんなに進んでもその光に近づくことが出来ない。
走っても走っても、光は全く近づかなかった。
「おおい! 誰かいるんだろ! ここだ! 俺はここにいるぞ!」
向こうから気付いてくれないかと声を張り上げるが、返事もない。
他に行く当てもないので、とにかくその光を目指す。
そのうち、奇妙なことに気付く。
その2つの光は、やけに地面に近い所にあるのだ。
遠くにあるからそう見えていただけなのかと思ったが、実は思ったよりも近い所にあると、なんとなく分かって来た。
それに、時折光が途切れるので瞬いているのかと思ったが、それは目を閉じる瞬きなのではないかと。
そう思ったら、何故か急に恐ろしくなってきた。
自分は気付かずに、何か大変なものに近づいてしまったのではないかと。
足に力が入らなくなり、立ち止まってしまう。
その時。
「己が事しか考えられぬウツケ者め。二度とここから出られるとは思うな」
そう声が聞こえたかと思うと、2つの光もパッと消えてしまった。
「う…、うああああああああ!!!」
悲鳴を上げ、踵を返して逃げ始める。
しかし、行けども行けども暗闇しかなく、何処へ辿り着くこともなく、誰かに会うこともない。
だがしかし、足を止めることは出来なかった。
余談~
賭けの受付にいた男がふと気付くと、あの黒い男が立っていた。
「受け取りに来たのだの」
そう言って札を出して来た。
男は苦笑いし、奥へと引っ込むと、重そうに1つの袋を持って来た。
もう一度引っ込みもう一袋。もう一度引っ込みもう一袋。
計3つの袋が並べられた。
「あいにくと金貨が少し足りなくてね。銀貨と銅貨も混ぜてある」
「うむ。ご苦労であった」
「よくやったな、兄さん。一人勝ちだぜ」
「ふむ。他に賭けた者がおらなかったか。不思議だのう」
「俺にはあんたの方が不思議だがね」
男達は視線を合わせ、ふふっとお互いに小さく笑った。
「では、世話になったの」
そういうと、黒い男は3袋を軽々と担ぎ、悠々と去って行った。
受付の男があれほど苦戦していた袋を3つ同時に・・・。
「ありゃ、只者じゃねぇな・・・」
男がポツリと呟いた。
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ここまで読んで頂き、ありがとうございます。
気付いたらPVが800の大台に・・・。
そんなに沢山の方に見てもらっているのかと思うと、喜びもひとしお。
できるだけ頑張って更新して行きますね~。




