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異世界は黒猫と共に  作者: 小笠原慎二
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とある黒猫の昔話

前回までのあらすじ~

八重子が動けなくなったので、クロが散歩に行った。

「おい、クソ猫」

「なんだ駄馬」

「猫風情が生意気な…」

「ふん、主がいなければ街中も自由に動けぬ者が」

「こんのぉ…」


八重子の代わりに様子を見に来たクロと、お馴染みの喧嘩を始めるシロガネ。

その横ではハヤテが人化の術を練習している。


「クソ猫、お主何故主の側にいるのだ。何か企んでいるのでは無かろうな」


シロガネがクロを睨む。


「我が輩が何を企むというのだ」

「ふん。自由を謳歌する猫が、人間の側にいるなど、何か企んでいるとしか思えぬ」

「我が輩は自由を謳歌しているぞ。自由意思で八重子の側にいるではないか」

「従魔でもないくせに、何故人間の側にいるのだ」

「何故人間の側にいてはいかんのだ?」

「人間に従うなど、我ら魔獣の間では卑下することであるぞ」

「別に従っているわけでもないし、我が輩は妖であるから関係ないの」

「このクソ猫…」


のらりくらりとシロガネをからかうクロ。


「まあ、強いて言うなら、八重子は我が輩の恩人だからかの」

「恩人?」

「うむ。命の恩人であるの」











クロが覚えているあの時。

いつも感じていた温かい存在が、1つ、2つと消えていき、最後に自分はそこに残っていた。

数日前から鼻が利かなくなり、目も見えなくなっていった。

何故自分の周りから温かいものが消えていったのに、自分を迎えに来てくれないのか。

周りの様子も分からず、ただじっと母親が迎えに来てくれることを待ち続けていた。

無事な耳だけが、周りの状況を探る最後の手段。


しかし、母親の足音はいつまで経っても聞こえてこない。

気温が下がり、寒さが身に染みてくる。

どんなに体を丸めても、温かさはどんどんなくなっていく。

心細さと寂しさと空腹から、思い切って母を呼ぶ。


「にゃう! にゃう!」


母を呼ぶ声。これが聞こえれば、もしかしたら自分を迎えに来てくれるかもしれない。


「にゃう! にゃう!」


腹の底から声を出す。母の元へ聞こえるように。

しかし、いくら鳴いても母の足音は聞こえてこなかった。

あまり鳴きすぎるのも危険だ。

カラスに狙われることもある。他の猫に狙われることもある。

しかし、自分が今生きるためには、母を呼ばなければならない。


「にゃう! にゃう!」


呼んだ。精一杯呼んだ。

とにかく呼んだ。

母に早く迎えに来てくれるようにと。

しかし、気温は落ち、空腹が増しても、母は迎えに現われなかった。


「にゃう! にゃう!」


喉が渇いた。お腹が空いた。

寒い。寂しい。


「にゃう! にゃう!」


呼べども呼べども母は来ない。

捨てられた…。

その言葉が頭を掠める。

時折あることだ。どうやっても生きられない子供は、捨てられることがある。

他に兄弟が多ければ尚更。

しかも多分、自分は病気持ち。

他の兄弟に移ることを心配し、早々に置いて行ったのかもしれない。


「にゃう! にゃう!」


呼ぶ声は叫び声に変わり、命を削るかのように鳴き続けた。

嫌だ。死にたくない。

こんなところで、1人で寂しく死にたくない。

温かいお乳が飲みたい。

温かな兄弟と共にくるまって寝たい。

一緒に行きたい。

生きたい。

生きたい。

生きたい。

どれだけ鳴き続けたか、だんだん声を出すのも辛くなってきた。

ダメかもしれない。

そう思った。

死ぬのか。

そう思った。


「にゃう! にゃう!」


最後の力を振り絞って、鳴き続ける。

お母さん。

お母さん。

お母さん。

その時だった。


「お母さ~ん、子猫が鳴いてる~」


思わず声を出すのを止める。

あれは人間の声だ。

人間には特に注意するように母が言っていた。

下手な人間に出会うと、それこそ酷い目にあわされると母がよく言っていた。

人間は見極めるのが特に難しい生き物だから、近づくのは注意しろと。

ジャリジャリと近づいて来る音が聞こえた。

体を小さくし、見つからないようにじっとする。


「あれ? ここら辺で鳴いてたと思ったけど」


どうやらやはり自分を見失ったようだ。

そのまま何処かへ行ってくれればいいと、なんとかやり過ごそうとしていたが、なんとなく辺りが明るくなったような気がすると、


「あ、いた!」


そんな声が聞こえると、自分は何かに捕まえられた。


「にゃう! にゃう!」


このままでは死んでしまうと、できる限り抗ってみるが、何故かそれは自分に牙をたてるでもなく、なんだか温かいものにくるまれる。

冷えた体が温められ、なんだか抵抗する気力もなくなってしまう。

そのまま揺られながら運ばれる。


「お母さん! 子猫! きったない!」

「何? うわ! 凄い汚い猫!」


何を言われているのかはこの時は分からなかったが、なんとなく良いことは言われていないことは分かった。


「お母さん、この子、家に連れて帰っちゃダメ?」

「う、う~ん…。さすがにこんな子を置いてったら、病気で死んじゃうかも…」

「死んじゃうの?」

「う~ん。でもねぇ。お父さんがなんていうか…」

「でも置いてったら死んじゃうんでしょ?」

「そうね~…。まあいっか。お父さんはなんとか説得しましょう。ダメならおばあちゃんにでも頼もう」

「いいの! やったあ!」


何かのやりとりの後、そのまま温かいものにくるまれたまま、温かい所へ連れて行かれた。

温かい場所、温かいご飯。

なんとなくだが、自分が助かったことは分かった。

次の日、なんだか変な臭いのする所へ連れて行かれ、いろいろいじくり回され、痛い思いをするのではあるが。

しかし、だんだんと目も見えるようになり、体も無理矢理洗われ、鼻も利くようになった。

自分の世話をしてくれる女の子が、八重子だということも知った。

そして、自分にクロという名が付けられたことも知った。

そして、自分に、家族が出来たことも知ったのだった。










「なるほど。そんなことが」

「我が輩の家族は我が輩をよく可愛がってくれた。我が輩が今こうして生きているのも八重子の、そして家族のおかげなのだ。だから、我が輩は八重子を元の世界に戻す。八重子の望みを、家族の望みを叶える。その為に我が輩は八重子の側にいるのだ」

「ふむ。帰れると思うのか」

「八重子が望むなら。この身を犠牲にしてでも」

「それは、主が望まぬだろうな」

「ふん、お主も分かって来たの。この身を犠牲にすれば帰れない事もないが、我が輩がいなくなったら、八重子が悲しむであろうからの。それは出来ぬのだ」

「ふん。貴様も従魔と変わらぬわ」

「我が輩は従魔とは違う。八重子の為になるならば、八重子の命にも背く」

「ふん」


シロガネが鼻を鳴らす。

その横で、ハヤテが人化の術の練習をしていた。


「でき…た?」

「ハヤテ、それでは半獣だの」

「ハヤテ、服も着なければならんぞ」


ハヤテの練習もまだまだであった。








クロはふと考える。

母は自分を捨てていったのだろうかと。

もしかすると、万が一の可能性ではあるが、良い人間に拾われて、病を治して貰えるかもしれないと考えていたのではないかと。

母は言っていた。人間の中には良い人間もいるのだと。そういう人間は、何かと自分たちを助けてくれるのだと。

あのままでは自分は病で遠からず死んでいただろう。だから、母は人間に懸けたのかもしれない。

都合のいい考えかもしれないが、そう思ってしまうのだ。

真相を確かめる術はないのだが…。


PV、PTありがとうございます!

数字が増えるとやる気が出ますね!


聞いた話ですが、猫が実際に、産んだ子猫を人間に預けてどこかへ行ってしまうことがあるそうです。

自分で育てるよりも幸せになれそうだから、なのか、ただ育てるのが面倒だったのか・・・。

真相は闇の中・・・。

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