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異世界は黒猫と共に  作者: 小笠原慎二
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我が輩は黒猫である

前回までのあらすじ~

依頼人に会って必要な物買いだし。

「うう~ん…」

「大丈夫か、八重子」

「だめだ…。眠い…」

「今日は何もないのだ。あの宿の娘に言って休ませてもらえ」

「そ~する~」


重い腕を伸ばして、クロの頭を撫でる。ああ、癒やされる。

もう少しして、体が…軽くはならないが、なんとか起きだしてウララちゃんに言わないと…。

重い瞼をまた閉ざした。

頭の上に、ひんやりしたものが触れている。きっとリンちゃんだろう。

ゴメンねリンちゃん。私は今日、動けません…。


「シロガネとハヤテにも伝えておこう」


クロの声が遠くに聞こえた。











「というわけで、ウララちゃん、私は寝てるから、ごめんね…」

「分かりました。お大事に」


フラフラと部屋に戻って行くヤエコの姿を見送り、ウララちゃんは少し心配そうに、仕事に戻って行った。

部屋に入ると、八重子が安らかな寝息を立てて寝ている。

部屋に入ってきた八重子がくるりと回ると、クロの姿に戻った。


「昼くらいまではこのまま起きぬであろうの。リン、八重子を頼んだぞ」


リン!


了解とでも言うかのように手を上げたリンは、ヤエコの頭の上から癒やしの力を少しずつ送り込んでいた。少しでも痛みが取れるようにであった。

クロは器用に窓を開けると、そこから外へと出て行った。もちろん、窓はちゃんと閉めて行った。


クロが厩舎の方へ行くと、すでにシロガネとハヤテも朝のご飯を食べ終えていた。

厩舎の方が早起きだ。


「起きておったか」

「む、クソ猫か。主はどうした」

「クア」

「うむ。おはようハヤテ。八重子は今日は体調不良で寝ておる。故に出かけることはままならん。八重子から伝言だの。『一日そこにいるのは窮屈かもしれないけど、ごめんね』と」

「む? 主はどうしたのだ?! 病か?!」

「病というわけではない。人の女性には月に一度ある生理現象のようなものだ。八重子の場合痛みはそれほどでもないが、何故か眠気が酷いらしくての。元の世界でも何もない時はほぼ一日寝ていたものだの」

「ああ、月のものというやつか」

「知っておったのか」

「まあ、長い時を生きていればそんな話を耳にすることもある」

「やはりむっつり…」

「誰がむっつりだ!」


ハヤテにはよく分からなかったようで、とりあえず今日と明日はあまり体調が良くないだけだと説明する。明後日にはさっぱりと元気になるだろうからと宥める。


「グア!」

「いや、見舞いに行くのは無理だの。従魔が勝手に厩舎の外になんぞ出たら騒ぎになって八重子に迷惑がかかるぞ」

「クウ…」

「我は人化して行くことも出来るが…」

「お主が行ったらハヤテも行きたがるだろうが」

「むむ」


さすがにハヤテを残していくわけにはいかないと悟ったのか、シロガネも少ししょんぼりとする。


「起き上がれるようになったら顔を出すようには言っておく。暇かもしれぬが、今日明日は我慢してくれだの」

「主のためならば仕方ないだろう」

「クア!」

「うむ」


そしてクロは、厩舎の周りにいた鼠を少し頂くと、厩舎を後にした。

ところがその足は八重子が眠る部屋へと向かわず、ギルドの方へと向かっていったのだった。





クロがいなくなった後。

「クア」

「む? 人化の術を覚えたい? う~む、グリフォンに出来るのであろうか…」

「グア!」

「そうだな。やってみなければ分からぬな。では始めにだな…」

シロガネ先生の授業が始まったのだった。











今日も朝早くからギルドは混んでいた。

まだ慣れていない4人は、それでもなんとかいい依頼をもらおうと、中に入り込んでいる。

少しずつではあるが字の読めるようになってきたダナが、掲示板を覗いている。


「なんかいいのあるか?」

「う~ん、Fランクだと難しいのばかりだね」

「やっぱり窓口行った方が早くない?」

「読めるならこっちの方が早いんだろうけどね」


大人達の間を掻き分けつつ、4人が集まり話し合う。

窓口は毎朝長蛇の列。その為の手続きに窓口も毎朝てんてこまいである。

どうにかこうにか、Fランクに昇進できた4人。と言っても、本格的に冒険者家業に足を突っ込んだだけであって、まだまだ実力が伴っていない。

しばらくは今までと同じような仕事をすることになる。まあ、時にはゴブリンの調査なども行くことになるのだろうが。


「はっ!」


ダナがいきなり顔を上げた。


「どうした?」

「どうしたの?」

「何かあった?」


近頃のダナは時折挙動不審になることがある。

あれほどオドオドした娘だったのに、この変わり様…。

ダナの嬉しそうな視線の先を、3人が見ると、


「ほお、そちらから我が輩を見つけるとは。腕を上げたの」


黒髪に金の瞳の黒い青年。

一瞬、ギルドの空気が止まった。


「ここではなんだ。外へ出ぬか」

「「「「はい!」」」」


空気にいたたまれなくなった3人と、嬉しそうなダナが元気よく返事して、急いでクロの後に続いた。

この日、ギルドの窓口は、いつも以上に時間がかかったという。











毎度同じように人気のない所へと行くと、クロが立ち止まった。


「お主らに伝えておくことが出来ての。我が輩達は王都へ向かうことになったので、お主らに依頼しておったものは今日で終いだ」

「え! 王都へ?!」

「うむ。八重子が…便宜上主と呼ぶか。主が王都を目指すことになっての。もちろん我が輩達も付いて行く。この街に戻るかは分からぬ。八重子の…主の気分次第だの」

「そうですか…。王都へ…」


がっくりとなったダナ。慰めるようにレンカがその肩に手を置いた。


「お主らにも少なからずとも世話をかけた。これは礼だ。取っておけ」


リーダーのギムに向かって手を差し出す。

ギムが少しおっかなびっくり、それを受け取る。

受け取った物を見て、ギムの目が丸くなった。

後ろからそれを覗き込んだコールの目も丸くなった。

なんと、金貨が5枚も握られていたのである。


「それは働きに対する礼だ。無駄遣いはするなよ? お主らの成長を眺めるのも面白そうなのだが、我が輩には八重…主がおるからの。風の噂でお主らの事が聞けることを楽しみにしておるよ」


5枚の金貨にアワアワする男2人を押しやって、ダナが前に出る。


「クロ様、いろいろとありがとうございました!」

「あ、あの、ありがとうございました!」


頭を下げたダナに続き、レンカも頭を下げた。


「あ、あわわ、あり、ありがとうございました!」

「ありがとうございました!」


ギムとコールも、慌てて頭を下げた。


「うむ。息災にな」


4人が頭を上げると、すでにそこには青年の姿はなくなっていた。


「ニャー」


猫の声に視線を屋根へと向けると、1匹の黒猫が屋根の向こうに消えていく所だった。


「行っちゃったね…」

「行っちゃったな…」


レンカとコールがぽつりと呟いた。


「なんだかんだで、俺達の方が世話になった気がするよ」


手の中の金貨を弄びつつ、ギムが呟いた。


「だね。あたし、命中率上がったもん」


クロに言われた訓練を、4人は毎日必死にこなしていた。


「俺も、剣を真っ直ぐ振れるようになった」

「俺もぐらつかないで振れるようになって来た」


毎日100回降り続けて筋肉がついてきたのだろう。いままでのひょろっとした感じがなくなってきているのが分かっていた。

そしてそれはダナも…。

この中で一番成長したのはダナであろう。

2属性しか使えなかったのが4属性も使えるようになり、その術もバリエーションがどんどん増えている。詠唱もどんどん短くなって来て、もうすぐ無詠唱でも術を発動できるようになるかもしれない。

もしかしたら、3人を置いて、ダナだけ英雄の高見に上って行ってしまうかもしれない。

そんな考えを、3人は抱いていた。

だが、まだ今は仲間だ。

肩を震わせるダナの肩にレンカが両手を置き、


「ダナ、あたし達ももっと成長してさ、王都とか、世界中を回ってやろうよ!」


しゃくり上げながら、ダナが聞いてくる。


「せ、世界中?」

「そうよ! あたし達は冒険者なんだから! 何処へでも自由に行けるのよ!」

「自由…」

「そしたらさ、もしかしたら、どこかで会いたい人に会えるかもしれないじゃない…」


零れる涙を抑えつつ、ダナがにっこりと笑った。


「・・・そうだね!」


その笑顔に、男2人が見とれていたのには、女2人は気付かなかった。




クロからもらった金貨5枚は、腕を上げて良い装備を買う時のための資金として、貯金することになったそうな。


銀翼の剣の面々、ちょい役だったはずなのにこんな長いお付き合いになりました。お疲れ様です。

彼らの今後は・・・、読者様の想像にお任せします。

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