一日目
外岡 八重子。18歳。
163㎝、体重およそ50㎏(正確な数値は言えない)。
肩より少し長い、黒いストレートの髪に、黒い瞳。
どっからどうみても日本人。
美女とも醜女とも言えない、普通の容姿。それなりに需要のある容姿だとは思う。
体型も普通。出っ張りすぎも引っ込み過ぎもない。もう少し腰回りは細くても良いかしら?と悩み中。
この度高校を無事に卒業し、春から大学生となるところで、神隠しに遭い、異世界に迷い込む。愛猫、クロと共に。
「起きろ、八重子」
「うむ~。あと1時間~」
「長いわ!」
ぺし、と頬に置かれた感触に、意識が急速に目覚めていく。
この感触は、肉球!
滅多にない目覚めのご褒美!
思わず目をかっと開いてしまう。
「起きたか。ほれ、さっさと依頼を見に行かんと、いい仕事なくなってしまうぞ」
顔の横から覗いてくる可愛い黒猫の顔。
ああ、可愛い…。
「何故目を閉じる」
「肉球よ再び…」
「そんなに欲しいか?」
頬に突き刺さる爪の感触。
「起きます起きます!」
「次は瞼だ」
「やめてー!」
瞼は頬より痛いのよ。
朝食を頂いて、今晩の宿も確保して、お金さえ払えば長期で借り受ける事もできるらしい。
今は手持ちがないから1泊ずつ。
寝る前に実家の事も考えたりした。
お父さんとお母さんと、生意気だけど可愛い妹と。
心配してるかな…。
などと考えて、眠れなくなる…なんてこともなく、いつの間にやらぐっすり。
「悩みがないのはいいことだの」
「今私の頭の中覗いたの?」
「お主は顔を見れば大体分かる」
「そんなに可愛い顔してたかしら?」
「冗談が言えれば大丈夫だの」
「爪切りとブラッシング用の櫛探そうね」
「我が輩爪切りより爪研ぎの方がいいの」
「暑さ対策で背中の毛でも刈ろうか」
「ここはそんなに暑くないがの」
爪切りは元より、クロはブラッシングも好きじゃない。
ブラッシング気持ちいいと思うんだけどな。好きな子もいるみたいだし。
なんでだろう?
アホな事を言い合いながら(傍目には独り言を呟く怪しい人に見えたかもしれない)、ギルドの扉を開く。
「おはようございます」
昨日のお姉さんが挨拶してくれた。
「おはようございます。あの、私でも受けられる依頼って何かありますか?」
「そうですね」
お姉さんが手元の資料をなにやら漁っていたが、
「こんな所でしょうか」
所謂薬草摘みの依頼書だった。
「この薬草10本で1束。5束で銅貨5枚です」
「え…、50本採取で銅貨5枚?」
「あら、計算早いですね。何か訓練でもされてました?」
「いえいえ、ちょっと計算が得意なだけです」
「そうですか。文字が書ければ事務方の仕事もあったんですけどね…」
くそう、文字か!
「ある時は掃除なんかの依頼もあるのですけど、そういう簡単な物は早めに出ていってしまったりするので、今の所これくらいしか残ってませんね」
来るの遅かったか!
仕方がないのでその依頼を受ける事に。
常時依頼なので、特に手続きも必要なく、採ってきただけお金をもらえるそうな。
てか、50本で銅貨5枚…。宿賃は銀貨3枚…。
単純計算で薬草300本採らないと、宿賃も稼げないぞ?
すごすごとギルドを後にする。
一応薬草が生えてそうな場所は教えてもらったけど、しょっちゅう冒険者が行ってるから、取り尽くされているかもしれないと。
なんてこったい。
「八重子、縄とナイフを買っていけ。あと、肩掛け鞄なんかもあると便利かもしれんぞ」
腕の中からクロが囁く。
「なんで縄? ナイフは護身用だって分かるけど。鞄は薬草用か。確かにいるかも」
リュックには服も入ってるから結構パンパンだ。
ペットボトルは昨日飲みきって、今朝こっそりとお水を入れてきてる。
ここに来て重宝。
ついでにお昼用のサンドイッチも貰った。銅貨5枚。地味に痛い。
「念のため買っていけ。役に立つかもしれんしの」
よく分からないけど、クロの言う事だ。間違いないと思う。思いたい。
雑貨屋に寄って、縄と鞄を見繕う。
荷物が増えるの嫌だけど、薬草いっぱい採ってこなきゃだしね。
ついでにナイフもあったので購入。武器屋に行かなきゃならんかと思ってたので幸い。
「やばい…。もうお金ない…」
ほぼすっからかんになりました。
明日からの宿をどうしよう。
「我が輩に任せておけ」
クロが何やら自信満々。
何を考えてるんだろう?
街を出て、少し離れた森の中へと入っていく。
草の丈高いし、ちょっと薄暗いし、心細い。
「薬草って確か…、クローバーの形の葉っぱで…」
草の丈が高くて分からないよ!どうやって探せと!
獣道っぽいところを恐る恐る進んで行くが、薬草っぽい植物は影も形も見えない。
「街に近い所は、あらかた取り尽くされてるかもしれんの」
クロが腕の中で言う。そうかもしれない。
「じゃあもっと奥に行くしかない?」
「あまり奥に行くと獣が出るだろうの」
「え~ん、ダメじゃん。あ~ん、明日からどうしようううう」
「落ち着け八重子。ひとまず少し開けた所へ行くのだ」
よく分からないけど、クロが言うのだから何かあるのかもしれないと、怖々歩を進めていく。
どれくらい歩いたか。時計がないからよく分からないけど(スマホはどうせ使えないので電源切ってある)、大分歩いた感じがする。
突然開けた所に出た。
少し丘になっていて、陽の光がよく当たっている。
「ピクニックには最適かも」
「ピクニックであったらな」
めげそう。
と、ひらりと腕の中からクロが飛び降りる。
「この辺りで薬草を探していろ。我が輩は少し出かけてくる」
「ええ! 何処行くの?!」
「遠くには行かん。大丈夫、何かあってもすぐに駆けつけられる所にはいるからの」
そう言って草むらの中に姿を消した。
「え! クロ?! クロさん?!」
突然一人にされて呆然唖然。
風が吹き、草むらがザワザワと揺れる。
めっさ怖い!!
なんとなく、注文の多い料理店を思い出す。
あれはススキの原だったかしら?
怖いけど、生活のためだ!
ぐっと堪え、足元の草を掻き分け、それらしき草を探す。
クロが大丈夫と言ったのだ。信じるしかない。
というか、この世界に来てクロしか信じられる物がない。
クロがいて本当に良かった。
いなかったら今頃、領主とやらに捕まって、あんなこととか、そんなこととかされてたかもしれないし。どんなことやら。
一人じゃないと思える事が、どんなに安心できる事か。
何かあってもクロがいる。
今までも助けてくれたし、大丈夫だ。
自分を励ましながら探す事しばし。
「あ、これ?」
クローバーの形の葉の草が、高い草の影でにょっきり生えていた。
「あ、あったー!」
喜び勇んで草をむしろうとして、手を止める。
「そうそう、根から採らなきゃいけないんだっけ」
新鮮さを保つため、植物などはなるべく根から採取しておいでと、お姉さんに言われたのだ。
と言って、掘る物もなし。
ちょっと考え、腰に差していたナイフを取り出し、えいやっと地面に突き立てる。
思ったより固くなく、薬草の周りの地面をナイフで切り取り、土ごと掘り出す。
軽く土を払い、鞄へ。
やったー!一つゲットだぜ!
一つ見つけると不思議な事に、何故かよく見つかるようになるもので、しばらく時間を忘れて採取しまくった。
お昼を少し過ぎた頃。
「クロ帰って来ないなぁ」
朝別れたきり、クロが帰って来ない。
ちょっと不安になってくる。
先に食べちゃえとサンドイッチを口にしたけど、なんだか味気ない。
一つだけ摘まんで、あとはいいやと包み直した。
クロが帰って来てから食べよう。
もう少し探そうかなと腰を上げた時だった。
右手の木の根元から、白いウサギのようなものがフラリと姿を現した。
角が生えてる。
これは、ガタイさん達の話題にも出て来た、角ウサギという奴では?!
咄嗟にナイフを握りしめる。
いつ襲われてもできるだけ反撃できるように。
できれば気付かずにどこか行って下さいと心の中で念じるが、何故かフラフラとこちらに寄ってくる。
これ、まずくないっすか?!
クロは?!クロはどうしちゃったんだよう!
その後ろから、新たに2匹?2羽?の角ウサギが現われる。
万事休すかもしれない!
ああ、お父さんお母さんごめんなさい。こんな若い身空で死にゆく私を許して下さい…。
などと心の中で唱えていた時。
「すまん。遅くなったの」
聞き慣れたクロの声。
角ウサギ達の後ろから、クロが現われた。
「く、クロォォォォ」
力が抜けて、座り込んでしまったよ。
お漏らしまではしなかったけど、ギリギリだったかもしれない。
「なかなか此奴ら素早くての。て、大丈夫か? 八重子」
「とてつもなく怖かったので、お腹モフモフしたいです」
「大丈夫だの」
「大丈夫じゃないですううう。とりあえず」
両手を広げる。
渋い顔をしながら、クロが腕の中に入ってきてくれた。
「うふふふふう~。クロ~」
「すまんすまん。待たせすぎたの」
お腹はさすがにこんな場所ではまずいので、背中に顔を押しつけモフる。
「ああもう、ずっとこうやってたい」
「いい加減放せ」
足蹴りを頂きました。
「さて、八重子。こいつら、刺せ」
え? 今なんと?
「ナイフで喉をカッ切れ。そして血抜きしてギルドに持って帰るぞ」
ノドヲカッキレ?コノナイフデ?
固まる私。
「何をしておる。これからこの世界で生きていくならば、生殺与奪も覚えなければいかんぞ。
これは所謂訓練だ。命を奪うことを知るためのな」
震える私。
生殺与奪?
命を奪う?
いや、分かってる。これは必要な行為なのだと。
こうやって命を貰わないと、生きていけないのだと言う事を。
私がいた世界のように、ただその日を生きて、食事ができる世界ではないのだ。
きちんと頂かなくてはならない。
この問題は先に延ばしても、必ず後から付いてくる。
私はナイフを握りしめる。
そして、ゆっくりと角ウサギ達に近づく。
ぼーっとしている角ウサギ達は、抵抗するそぶりもない。
きっとクロの催眠術か何かで、抵抗する意思も奪われているのだろう。
いいんだろうかと、疑問が頭を掠める。
でも、多分この子達が正気に戻ったら、きっと私の手には負えない。
覚悟を決める。
ナイフを持ち、力を込める。
せめて楽に。
「八重子、狙うならばここだ。ここに太い血管がある」
クロの指し示した場所に、思い切りナイフを突き入れた。
1人殺せば2人目も同じ。
なんて言葉を聞いた事あるけど、何度やっても肉に刃が刺さる感触はいただけない。
ただ、1回目よりは3回目の方が、慣れた感じはあった。
何事も慣れか。
命を奪う事に慣れたくはないが、これからもこういうことはあるのだし、受け入れるしかない。
首の太い血管を切ったのだ。あとは縄で縛って近くの木に、逆さまに吊るしておいた。
本当なら水で冷やしてとかもしたいらしいけど、この近くに水場はなさそうだ。
さすがに解体まではできないので、血抜きした角ウサギ達を持ってそのまま帰る事に。
「あまり長居すると血の臭いで他の獣がやってくるかもしれんでの」
なんて聞かされたら速効帰るでしょ!
薬草は、なんとか切りの良い30本採取できた。
「銅貨3枚…」
「大丈夫だ。角ウサギも常時依頼であるらしいからの。
状態も良いし、少し高値で買い取ってくれるかもしれん」
角ウサギ達を持っていて、さすがに腕に抱っこできないので、クロが足元を付いてくる。
「え? 本当? いつの間にそんな情報を…」
「受付の女の頭を覗いた」
「エッチ」
「どうしてそうなる」
わやわや言い合いながら、街までの道を急いだ。
買い取りカウンターへ行くと、びっくりされた。
「こんな…こんな綺麗な角ウサギ…、初めてです」
なにせ傷が喉元だけだからね。
角ウサギはその肉は食用、毛皮も需要があり、角も使うとかナントカで、状態もいいとのことで、通常なら銀貨1枚の所を、銀貨2枚で買い取ってくれた。
薬草も30本で銅貨3枚。合計で銀貨6枚に銅貨3枚。
思わずガッツポーズ。
「どうやって獲ったんですか? この角ウサギ」
いつもの受付のお姉さんが、少し呆然とした感じで話しかけて来た。
「企業秘密です」
にっこり答える。
事前に、クロにも聞かれても秘密にしておけと固く言われている。
言える事でもないしね。
冒険者には、それこそ秘密が多いとのことで、お姉さんもそれ以上聞いては来なかった。
あまりがっつきすぎてもマナー違反になってしまうらしいので。
少し早かったけど、ギルドを出て、そのまま宿に戻った。
また単語帳を眺めたりしながら、やっぱりまったりと過ごしたのであった。
読んでいただき、ありがとうございます。
キーナから来た方も、そうでない方も、楽しんで頂けたら幸い。
我が輩の持つ猫バカ知識を存分に詰め込んで参りますので、是非、読んでいるあなたも猫好きになってください。(なんでやねん)