知らないところでクレナイ信者が増えている
前回のあらすじ~
うるさいあいつらを置いて逃げ帰って来た。
「そこで止まれ!」
南門が見えて来たところで、何やら慌てて門番さんが走って来た。
「う、後ろのそれは…」
「キングマーダーグリズリーとマーダーベアです。討伐したので引っ張って来ました」
「その、女性、1人で…?」
「まさかぁ! ちゃんと肉体強化の魔法かけてますよ!」
「そ、そうか…」
微妙に頭を捻る門番さん。まあ、いくら強化の魔法かけてても、こんなに大きな物、森からずっと引き摺ってこれるのか疑問だ。
「それで、それを街に入れる気か?」
「最初はそう考えてたんですけど、良く考えたら、まず門を通過出来るのかなって」
「…。君達は冒険者だよね?」
「はい」
「…。ギルマスを呼んで来るから、ここで待機しててくれ」
そう言って、門番さんが大急ぎで街へと帰っていった。
あら、これは丁度良い。どうやって報せようかと頭を捻らせながら帰って来たんだ。考える手間が省けたわ。
数分後、ギルマスと、あのきりっとした受付嬢さんが小走りにやって来た。
「「・・・・・・」」
何を言うでもなく、背後のキングマーダーグリズリーを見上げている。
「討伐、してくれるだけでも良かったんだけど…」
え、死体は捨ててきて良かったのか?
「何を言う! こんなに大きければ、それだけ肉が獲れるということじゃろう!」
クレナイが憤慨。さすが食欲大魔神、いや、大魔竜?
「しかしですね、この大きさですと、まず門を通りませんし、それに道を通ることも出来ません」
ちょっと冷静さを取り戻した受付嬢さん。
門を破壊して、居並ぶ家々を破壊すれば通れるかもしれない。いや、それただの破壊行為。
「ここで解体してはどうじゃ?」
「この大きさに対応できる刃物がありません」
よく考えたらそうだな。
クレナイが渋い顔になる。今夜は焼き肉パーティーじゃってはしゃいでたものね。
「あの、手足を切り取ってから解体とか、出来ませんか?」
肩と腕がなければ、一応門も潜れそうな気はするのよね。
「どうやって切り落とすんだね?」
「もちろん、クレナイが。出来るよね?」
「合点なのじゃ!」
そう言って飛び上がったクレナイ。何をどうしたかまでは見えなかったが、少ししてゴトン、ゴトンと音がして、手足が切断された。
頭を押さえるオンユさんに、口をあんぐり開ける受付嬢さん。
「うん、まあ、持って行けるようにはなったけど…」
「腹と胸も分けてやったのじゃ」
クレナイが降りてきて言った。
オンユさんが頭を抱え、受付嬢さんは呆然としたまま、動かなくなった。
街の中へ持って行くにもまだ大きすぎるし、そのままそこに置いておくわけにはいかないので、解体業者総出で陽が暮れるまで大きな熊さんを解体したらしい。ご苦労様です。
私達はマーダーベアを引き摺ってギルドに来ていたので、その現場は見られなかった。
マーダーベアは解体倉庫の方へ渡して、あとはいつものようにいつもの部屋へ。
キングマーダーグリズリーを討伐したので、その書類の手続きを終わらせ、後は解体待ち。お金はいつも通り銀行振り込み。
「で、雪原の薔薇パーティーは、どうしたんだい?」
おや、オンユさん知っていたか。
「うるさかったので、途中で置いてきました」
オンユさんの顔が青ざめた。
「まさか、マーダーベアの生息域の森の中に…?」
「いや、そこから出て街道近くで。さすがにそんなに鬼畜じゃないですよ? 私達」
オンユさんの顔がほっとなった。
街道沿いにも魔獣やらなんやらは出るかもしれないけど、彼らならなんとかするだろう。多分。あとは今日中に街に着けるかどうかだけど。それは彼らの足次第。
「一応将来見込みのあるパーティーなんだ。潰さないでいてくれると助かるよ」
「なんだか私達が酷い人みたいに聞こえますけど」
「どう考えてもオーバーキルだろう。加減を間違えたとか言って簡単に街1つ消してしまいそうだからね」
それは…、あながち否定できない。実際に、街ではないけど、お屋敷1つ、更地にして来ましたしね。
「まあ、彼らの思い上がりも少しは身を潜めるだろう。ちょっと問題視されていたところだし。その辺りの教育はありがとうと言っておくよ」
「いへいへ。骨の2、3本やってやろうかとは思いましたけど、鼻っ柱だけで我慢しておきました」
オンユさんの顔が青くなる。いやいや、冗談だからね! あ、うちの場合、冗談じゃ済まないのか…。
「ま、まあ、無事で良かった…」
「ええ、良かったです」
あれ以降一緒に行動していたら、本当に骨の2、3本といっていたかもしれない。
その後は、その他手続き等を済ませて宿へと向かった。
王都にいるのだから、もちろんお風呂にも。ここでもちょっぴりコハクの事を思い出して、いつもよりテンションが皆低めになる。
でも、思い出が多いって、悲しい事もあるけど、楽しかったことも思い出せていいよね。
暗くなる気持ちを、こんなことがあった、あんなことがあったと話しているうちに、少しずつ皆笑顔になっていく。
思い出というのは、故人を悼むというよりは、皆の心の穴を埋める為にあるのかもしれない。
そして、やはりシロガネは一番長風呂だった。
本当に出汁が出てるかもしれない。
「邪魔するぞ」
そう言って酒場の扉を開けたのは、赤い髪を垂らした美女。
酒場の中に緊張感が走る。
「お帰りなさいやし! 姐さん!」
クリュエが真っ先に頭を下げた。
「うむ。苦しゅうない」
他にも何人かの男達が頭を下げている。異様な光景に、頭を下げていない男達が戸惑っている。
「ささ、こちらへ」
案内されたテーブル席に赤髪の女、クレナイが席に着いた。
「ささ、どうぞ一杯」
注文もしていないのに運ばれてくるエール。
「うむ。良きにはからえ」
女はそれを一気に喉へと流し込んだ。あっという間に空になった器を、トン、と軽い調子でテーブルに置く。
「もう一杯行きやすか?」
「うむ。もう一杯頂いておこうかのう」
「へえ、どうぞ」
またすすすっと別の男がエールを運んで来た。なんとも用意が良い。
それを半分程喉に流し込んだ所で、クレナイが男達に問うた。
「で、何か収穫はあるのか?」
「へい! もちろんでありやす!」
どこの組の人だ。
その後、しばらく男達の報告を大人しく聞くクレナイ。に化けているクロ。
始まりの街の駆け出しの冒険者よりも詳しい話の内容に、頭の中を整理しながら聞いていた。
(うむ。此奴らきちんと年代なども調べておるとは。ただの破落戸かと思えばやるの。これでまた色々分かりそうだの)
迷い人が噂に上がり始めた時期。その話がなくなった、あるいは死んだと報告された時期等が詳しく語られていく。
ちょっと気になるのが、最初はクリュエと他6人くらいだったはずなのだが、今は十数人が何故かクレナイに憧憬の眼差しを向けていることだ。いつの間にか信者みたいなのが増えている…。
まあ邪魔にならなければいいかと、放っておくことにした。
「以上が集めた話っす。あ、あと、1つお耳に入れたいことが」
「なんじゃ」
「北にリュースルー王国という所があるんすけど、そこのタカマガハラ子爵って言うのが、珍しくて強い従魔を集めてるらしいっす。姐さんの主さん、従魔を大切にしてるって専らの噂じゃないっすか。なんか、話によると、よく分からない手を使って従魔を無理矢理奪っちまうって話なんすよ。どうかお気を付けてと」
「なるほど。良い話を持って来てくれたものじゃ。良かろう。今回の報酬は色を付けてやろうぞ」
袖口に手を引っ込めてもぞもぞしていると、手を出してそれを開く。
ヂャリィン
コインの音が響いた。
「人数分あるかは分からぬが、1人3枚ずつ持って行くが良い。余ったら適当に分けてしまっても良い。足りなければ申せ」
「へい! ありがとうごぜえやす!」
クリュエが代表してそれを受け取り、順番に取り分けて行く。受け取れない男達が、なんだか悔しそうにその光景を眺めていた。
無事全員に行き渡り、クリュエの手に余った2枚の金貨が乗せられていた。
「それはお主が預かっても良いし、今この場で皆で使ってしまっても良いじゃろう。好きにせよ」
「ははー! 有り難き幸せ!」
どこの時代劇だ。
「では、邪魔したな」
クレナイ(の姿のクロ)が立ち去ろうとすると、
「あの、姐さん…、もう話は集めなくても良いので?」
クリュエがなんだか置いてかれる子犬のような目で見つめる。
「まあ、面白そうなものがあれば、集めておいても良い。また気が向いたら来るのでな」
「へい! 分かりやした!」
元気よく挨拶して、頭を下げる。他の者達も一緒に下げた。
「またの起こしをお待ちしてやす!」
「「「「お待ちしてやす!」」」」
「うむ。ではな」
「へい! お気をつけて!」
クレナイが扉を開けて出て行って、しばらくして男達が頭を上げた。
「いつもながら、なんと麗しく神々しい…」
「あの高飛車な態度がまたそそる…」
「踏んで貰いたい…」
死ぬよ?
一部Mな発言も見られたが、皆クレナイを慕っている、子分のような気分だった。
「また来てくれるだろうか…」
「ずるいぞクリュエばかり、クレナイ様のお相手をして!」
「へ、俺が一番最初に目をかけられたんだ。それくらい役得だ」
今度は俺が話しかけるだの、俺がエールを運ぶだの言い争う男達。
「俺は椅子になりたい…」
一部Mな発言を漏らしながらも、男達はクレナイに出会えた事を祝って祝杯を上げるのだった。
クレナイ、アイドルに昇格?
ブクマ、評価ありがとうございます!
休みじゃいっぱい書ける~と思いきや、やべえ、この先の展開が・・・、と筆が進まず。
なんとかここまで仕上げてみましたが・・・。この先が迷走しています。どうしよう。
気付けばいろんな所に伏線があり、それを回収すべきか後に回すべきか・・・。
とにかく考え中です。




