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異世界は黒猫と共に  作者: 小笠原慎二
162/194

和菓子を個々に置いて行って下さい

前回のあらすじ~

虎人族の村に行った。何もなかった。コハクが行きたいと行った方へ行ったら、山の上の綺麗な景色を見れた。そしたらそこでコハクが言った。「私をここに置いて行って下さい」


ワタシヲココニオイテイッテクダサイ?










・・・・・・


・・・・・・


・・・・・・


・・・・・・


・・・・・・







「和菓子を個々に置いて行って下さい! か!」


あれ?この世界に和菓子なんてあったっけ?


「八重子、とんちをやっとる訳では無いぞ」


クロからツッコミが入った。


「え? じゃあ、え? 私の耳が変になったのかな?」


ほじほじほじ。


「ご主人様…」


コハクがちょっと呆れたような顔をしている。


「申し訳ございません。今まで大変お世話になっておきながら。でも、もう、私の体は限界なんです」


にっこりと笑う。

限界?何が?いや、そりゃ、体調が悪いのは知ってるけどね?でも、今日も食べてたし、山道だって、私よりも涼しい顔して登ってたじゃないの。


「何言ってるのコハク? 限界って?」

「主殿、信じたくない気持ちは分かるが、それ以上はコハクを責めることになるのじゃ」


クレナイに肩を叩かれた。

コハクがちょっと寂しそうな、悲しそうな顔になる。


「クレナイ?」


クレナイの顔を見ると、クレナイも寂しそうな悲しそうな顔をしている。シロガネまでも。

遊んでいたハヤテとリンちゃんもやってきた。ハヤテは訳が分からないのだろう、いつものように首を傾げているが、リンちゃんがフワリと飛んで、コハクの頭の上に乗った。リンちゃんの表情も、どこか寂しげだ。


「八重子、我が輩が最初に言ったろう。この子は病持ちで、明日にも死ぬかもしれんと。それを承知で引き受けると言ったのは八重子自身だろうの」


それは、そうですけど…。

でも、だって、こんなに元気なのに?限界?え?置いてけ?

思考がグルグル。考えが纏まらない。


「ご主人様には気付かれないように気をつけてましたが、本当に気付かれてなかったんですね。近頃は朝だけでは足りなくて、時折リンちゃんに物影などで癒やしてもらっていたんです」


そんなに悪くなってたの…?


「いつ言おうかと迷ってましたが、ここに来て、なんとなくですけど、懐かしい匂いがしたんです。だから、終わるならここかな、と」


終わる?終わるって、え?


「死ぬ…、ってこと?」


言葉がするりと口から滑り出た。


「はい。これ以上足手まといになるわけには行きません。ですから、私をここに置いて行って下さい」

「足手まといなんて思ってるわけないでしょう!!!」


コハクがびっくりした顔をしている。きっと皆もそうだろう。クロも私を見上げている。


「ゴメン。ちょっと1人にして」


そう言って離れた所に行って、眼下を見下ろしながら座り込んだ。

膝を抱えて頭を埋める。クロも素直に下りてくれて、横に寄り添って座っているのが、触れられた温もりで分かった。

後ろで話す声が聞こえ、続いて遠ざかる足音。どうやら遠くに行ってくれたらしい。


「う…うう…」

「八重子、もう誰もおらぬ。聞いて欲しくなければ聞こえぬようにもするぞ」

「ううううううううう~~~~~~・・・」


何故気づけなかった。どうして慰めの言葉もかけてやれなかった。まだ10歳の子供が、死ぬなんて宣言して…。自分が不甲斐ない。不甲斐なさ過ぎる。声を出しても良いと言われたけど、できるだけ声を抑えて、溢れる涙を流した。




















あの時も。クロが横にいてくれたんだよな…。

泣けるだけ泣いて、ボーッと景色を眺める。手はそうすることが自然とでも言うように、クロの頭を撫でている。

太陽が海に向かって落ちて行く。すでにそんな時間。

叔母さんの死を自覚して、部屋で泣き喚いていた時、いつの間にかクロが側にいて、気付いて自然とその頭を撫でていた。それで大分落ち着いたんだよな。


叔母さんの時を思い出していた。日本は安楽死が許されていない。だから医療従事者の人達は患者が息を引き取るまで、最後まで諦めずに足掻いてくれる。それはとても頼もしい姿にも見えるんだけど…。

私は、最後の方は死なせてあげてと、心の中で叫んでいた。薬漬けになって、もう意識もない。コードにケーブル、色々な機械に繋がれて、やっと生きている状態の叔母。死ぬことが決まっているのに、どうして死なせてあげないのか、どうして命を繋ぎ止めようとして苦しめるのか。疑問に思ってしまった。回復の見込みがあるならともかく、絶対に死が確定しているなら、そのコードを取ってあげて下さい、と、何度も言いかけた。


でも母は、


「まだ、頑張ってくれてるのよ…。お姉ちゃん…」


そう言っていた。


母は、動けなくなって、意識もなくなって、コードやケーブルに繋がれて辛うじて生きている状態の叔母を見て、それでも生きていて欲しいと思っていたようだ。

私が苦しそうに見えていた叔母の姿は、母には頑張っている姿に見えていたのだ。

人の思いは、考えは違う。だから、日本にはまだ安楽死がないのかもしれない。

日本にも安楽死を求める声はあるから、今後は何か変わっていくのかもしれないけど。


「その前に、私は日本に戻れないかもしれないしね…」


クロは何も言わなかった。気持ちのいい風が通り過ぎていった。もう夜の匂いがする。


「私は、もう考えは決まってるんだ。コハクが苦しむのは嫌。だったら、あの子が、コハクが望む事を叶えてあげたい…」


そうだ。私の考えはとうに決まっている。もしあの時叔母が「死なせてくれ」と一言でも言ったなら、私はそれを叶えてあげようと声をあげたに違いない。生憎、その言葉を聞くことはなかったけど。


「もういいのかの?」

「うん。大丈夫」


立ち上がると、クロが飛び乗ってきた。うん。猫が飛び乗ってくる時のお尻フリフリは可愛い。

夕焼けに世界が染まり出し、世界の色が変わっていく。息をするのを忘れそうになるほどに美しい景色。確かに、ここなら、最期の地としてはとても良いのかもしれない。


「コハクを、送ってあげよう」

「うむ。任せておけ。苦しまずに終わらせてやるの」

「お願いします、クロさん」


皆の方へ足を向けると、すでに野宿の準備が始まっていた。ごめん。遅くなったね。

コハクが鍋の番をしていて、他は姿が見えない。何か獲物でも獲りに行ったのかな?


「えと、遅くなってゴメンね」

「ご主人様、大丈夫ですか?」

「うん…、とも言えないけど、整理はついたよ」

「ありがとうございます」


コハクが頭を下げた。

私よりも小さな頭。どうして私よりも若くて幼いのに、こんなに早く寿命を迎えるのか…。


「今夜は、最後の晩餐ね! そして、今日はコハクを抱きしめて寝るからね!」

「ご主人様…。ありがとうございます。でも…」

「問答無用よ! 今日は一緒に寝るの!」

「いえ、寝相が…」

「大丈夫! 蹴られても気にしない!」

「いえ、ご主人様の寝相が…」


私の寝相そんなに悪かった?!


「そういえば、皆は?」

「すんごい獲物を獲ってくると言って、そのまま…。私は別にいつものでいいのですけど…」

「最後なら豪華な物食べなきゃ! なるほど、クレナイ達に期待だわね!」


何を獲ってくるのかは分からないけど、期待大だわね!


その時、リンちゃんがリンリン言いながらやって来た。


「あ、リンちゃん、何か見つかったのですか?」


リンちゃんがティ○カーベルよろしく、身振り手振りであちらに何かあると伝えてくる。


「分かりました。行きましょう。あ、ご主人様、鍋を見ていて下さい。あ、もちろんですが、手を出さなくて良いですからね!」


何故かきつく念を押されて、コハクがリンちゃんと共に森に入っていった。食べられる野草なんかを見つけたんだろう。


「最後の晩餐…か」


手を出すなと言われると、出してみたくなるもので。


「八重子、手を出すなと言われたろう」

「味見くらい良いでしょう」


ちょっと啜ってみる。うん。無難な味だ。

あ~、私に料理スキルがあったら、豪勢な食事なんかをあっという間に出したりできるのに…。


「この世界にもそういう便利なスキルがあったらいいのに」

「スキルとは、修練でもあるのではないかの? 結局練習して経験値を溜めなければならぬのは同じことだろうの」

「そうではあるんですけどねー」


なんかもうちょっとならないかしら?

そう思い、調味料に手を伸ばす。


「! 八重子!」


クロが気付く前に、調味料を足していた。















森の中で会ったのか、皆が一緒に帰って来た。そして、鍋をかき混ぜている私の姿を見て、皆一様に固まっている。


「お帰り~。スープ出来てるよ~」

「あ、主殿、ま、まさか、その、スープ…」

「うん、ちょっといじっちゃった」


ぺろりと舌を出すと、青い顔になったコハク。白目をむいたクレナイ。頭を抱えたシロガネ。そして、滅多にそんな表情を見せないハヤテまでもが、絶望的な顔をした。


ヒドイ。


「すまぬ、コハク、最後に良い物を食わせてやりたかったのじゃが…」

「いえ、私も不注意でした。ご主人様を1人にするべきではありませんでした…」


何を慰めあってるのだ。


「も~。今回は美味く行ったんだよ。ほら、味見してみ?」


小皿についで、クレナイに差し出す。

何故この世の終わりのような顔をしているのでしょう、クレナイさん?


「すまぬ、コハク…。妾、先に向こうで待っておるやもしれぬ…」

「く、クレナイ様…」


おい、今までに料理で人を死なせたことないぞ?


「グダグダ言ってないで、味見してみ」


ぐいっと口元に押しつけると、恐る恐るクレナイが小皿を手に取った。

口を引き結び、コハクに向かって頷き、ハヤテに向かって頷き、最後にシロガネに向かって頷いた。まるで別れでも告げるように。

そして、1つ深呼吸をして、一息置くと、って長いな。そして、一気にそれを口に中に流し込んだ。


ゴクリ…。


誰かの喉が鳴った。

皆でクレナイを凝視する。リンちゃんまで空中で待機している。人の料理をなんだと思ってるんだ。

クレナイの両目が、かっと音がしそうな程に見開かれた。

そして、


「美味い!!!!」


叫んだ。


「「「えええええええええ!!!!」」」


コハク、シロガネ、ハヤテが叫ぶ。


「な、なんじゃこれは?! 今まで味わったことがないほどの美味! あ、主殿! これ、本当に主殿が…?」

「ふふん。私も時々はやるのよ。(10回に1回くらいの割合だけどね)ボソリ」


私の料理は逆ロシアンルーレット。10回のうち9回は酷い味になるけれど、その1回の成功した時は、それまでの運を取り返すかのように、五つ星レストランも目じゃない程の美味になる!


せめて逆だったらと、家族にも嘆かれていたけど。


「こ、これならば、死ぬほどに食えるのじゃ!」

「あ、ゴメン。そんなに量ないわ」


皆の顔が呆けた。

うん、何故か上手く行く時に限って、量があまりないのよね。


「あ、主殿…」

「あ、量産は無理。これ以上味がおかしくなっていいなら別だけど」


クレナイががっくりと膝をついた。
















クレナイ達が取って来た鳥を捌いて、コハクが調理して、私の作った絶品スープを皆で旨い旨いと言いながら食事を終えた。

そしていつものように野宿。コハクに出来るだけ近寄って。


なんだか時間が勿体なくて、寝るまで色々な話をした。出会った頃のこと。皆とお風呂に行ったこと。コハクに奴隷と主人の立場というものを聞かされて、どうして最初の頃コハクが戸惑っていたのか理解した。コハクは途中からそれが仕事なんだと割り切ったのだとか。いや、仕事にしないで。クレナイやシロガネも、私が主らしくないと言ってきた。主らしさってなんだ?


最後はクロが苦しませないようにしてくれると言ったら、よろしくお願いしますと頭を少し動かした。また涙が溢れそうになって、そろそろ寝ようと誤魔化した。

星の綺麗な夜だった。月はないのか、まだ上っていないのか。

今日も寝付きが悪いとぼんやり考えていたら、いつの間にか眠ってしまっていた。


ブクマ、評価、そして誤字脱字報告、ありがとうございます!


とうとうここまで来たかと感慨深い。気付けば160話を超えていた。

ここまでお付き合いありがとうございます。

そしてこれからもまだしばらくお付き合いください。

最後まで頑張ります!

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― 新着の感想 ―
[一言] うわあぁぁぁ~~~~~ん!!<(T△T)> コハク~~~~~~~~~~!!! この日が来る事は分かっていたこととはいえ、辛いし、悲しすぎます!! 物語の中での事とはいえ“死”というものは…
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