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序論 宇宙船『夕凪』

二人の宇宙飛行士は宇宙船『夕凪』の中にいた。『夕凪』のミッションは完全な自動運転による火星基地への着陸。日本が主導となって行う数少ない宇宙開発事業の一つだ。事業はアメリカや韓国、ブラジルの大型企業を多数巻き込み多面的に行われていた。


しかし、その中でも二人が宇宙船で火星に向かう今回の作戦は、既に5年目に突入した火星移住計画にとって柱ともなる重要なプログラムであり、決して失敗の許されないミッションだった。夕凪の所有する「自動運転による繰り返し火星輸送」能力を実証する事は、火星移住を円滑に進める上で不可欠だったからだ。


「計器類故障無し、計器類故障無し、自動運転継続中、自動運転継続中、どうぞ、どうぞ」


「了解、了解、続けてください、続けてください、終了、終了」

 

夕凪に乗る搭乗員は地球の管制室に対して3時間に一度、宇宙船の状況報告をする義務がある。夕凪には男女1人ずつしか搭乗員がいないため、2人が交代でコックピットから連絡をしていた。東堂管路は地球惑星科学者であり、宇宙船にはテラフォーミング予定地の選定のために選抜されていた。彼は定例の「異常無しコール」を終えると、コックピットの全面窓からテニスボールほどの大きさにまで小さくなった地球を眺める。


 このコックピットは宇宙船から円柱カプセルのように突き出していた。コックピットは一人用の小さなもので、360度見渡せる全面窓がある事が売りだった(正確には配線用の太い柱が何本かあるので、見えるのは300度程度だが)。そのため、工学者たちの間では“世界一高価な電話ボックス”と呼ばれていた。

 窓を挟んで上下には無数の計器と液晶パネルが備え付けられており、軽く見積もって50はあるだろう計器類が、夕凪の体調を示していた。もっとも地球惑星科学者である東堂には機械に対しての知識がほとんど無い。そのため故障の有無の確認をする際には、計器の周りに60個点在しているLEDが全て緑色である事を確かめる以上の事はしていなかった。

 地球を出てから既に14日が経過していた。いい加減、外の景色にも飽きていた東堂は、船内大気状態の液晶表示を意味もなく見つめたあと、ハシゴを伝ってコックピットから降り下の居住層へと移動した。


「お疲れ様、アイス食べる?」

 

 居住層の真ん中にあるオレンジ色のソファ(型の固定装置)には、もう一人の搭乗員であるジョン-セウォンがゴマ味のアイスを食べながら座っていた。彼女は無重力下でだらし無く浮かぶ長く茶色い髪を手で押さえると東堂の方にアイスを向けながら提案した。セウォンの着ている薄手の宇宙服は東堂の着るグレー基調のものとは色違いで、黒基調になっている。二人の着る宇宙服は三段階ある宇宙服(日常生活用の全身タイツである"スーツ"、危険を伴う作業用の"ジャケット"、宇宙行動用の"アーマー")のうち最も薄い"スーツ"と呼ばれる服装だった。

 

「起きていたのか、ああ頂きたいね。バニラを頼む」


東堂がセウォンにお願いすると、セウォンはアイスをもう一口食べて語りかける。

 

「ほらあーんして、今投げるから。」

 

「おいおい冗談だろ」

 

「ふふ、もちろん冗談よ、ほらはい」

 

 ソファから立ち上がったセウォンは冷凍庫からバニラアイスを取り出すと、フタを開けて東堂に手渡した。彼女は化粧やヒール無しでも美しく、特にその美貌は火星プロジェクトの華だとすら言われていた。もっとも、セウォンはよく「私に惚れているんじゃないわ。みんなは最先端のSi(シリコン)技術に惚れているのよ。」と冗談を言っていた。

 

「それで、地上からは何かあったの?」


 セウォンは答えが分かっているかのように問いかける。

  

「いや、いつもの"続けてください"だけさ。何か面白い事でもあればいいんだがな」

 

 東堂は、アイスをスプーンで切り分けながら退屈そうに返事を返す。唾液が無いと溶けない仕様になっているこのアイスは、液体食を作りにくい宇宙食業界では革新的なものだった。

 

 

 

 アイスも残り一口になった時だった。突然目の前が見えないほどの白い光が船内を満たした。それは余りにも唐突で、晴天のもとで雷を頭に浴びたかのような強烈な光だった。

 

「んっ、おい何だこの光。どこかが故障したのか?」

 

「分からない。分からないわ。とりあえず、私の方は眩しくて何も見えない。……どうしようかしら。ライトの故障?とりあえずライトを調べてみようかしら。」

 

「ああ、そうしてくれ。それから念のためにスーツのヘルメットを起動しておいたほうがいいかもしれない」

 

 二人が慣れた手つきで自分の首元にあるスイッチを押すと、宇宙服の胸元から簡易的なヘルメットが飛び出した。視界位置にある液晶パネルを除いて基本的にビニルで作られているそのヘルメットは、空気の確保と簡易的な状況判断に特化したものだった。二人はそれを被ると、東堂は制御電源のある方へ、セウォンはライトのスイッチのある方へ手探りで移動した。

 

「くそっ、ここも眩しくてよく見えねえ。セウォン、何か見つかったか?」

 

沈黙。

 

「どうした、セウォン。おいセウォン、大丈夫か?何かあったのか?」


数秒前まで近くにいたはずのセウォンからの返事はなかった。視界を遮られているためセウォンを視認できない東堂は、何度も大声で名前を呼びかけながら手を振り回す。しかし、光の中にも振り回した指の先にもセウォンはなかった。

 

 光は更に明るさを増していく。東堂もまた、セウォンから遅れて10秒もする頃には気を失っていた。

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