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魔法幼女ジュリア~ママ、頑張る

作者: まのやちお

 なんてことなの?


 まさか、まさか大切な魔法の杖が折れてしまうなんて。


 毎日毎日、少しずつ魔力を通して、やっと杖全体に私の魔力が行き渡るようになったところだったのに。


 こんなことになるとわかっていたら強化魔法をかけておけば良かったわ。


 回復魔法は使えるようになったから怪我なら大丈夫だけれど、修復魔法はまだ使えないから壊れた物を直すことはできないのよ。前世と違って、この世界には魔道具屋も無いというのに。


 この杖には魔力操作補助、魔力回復(大)、魔力使用量軽減、自己浄化機能まで付与したのよ。今さら新しい杖を育てるなんて…………。





 ◇◇◇◇◇





「何かあったの?」


 夜中に仕事から帰ってきて昼に目覚めたパパは、リビングの畳の上でぷるぷるしている丸っこい小さな物体の前にしゃがみこんでママに尋ねた。


「それがね、……」




 ママの話によれば、お気に入りの魔法のステッキをテーブルにぶつけて折ってしまったのだそうだ。


 見てみればなるほど、畳にした愛娘まなむすめの頭の前に2つに折れたピンクのステッキが落ちている。


 ちなみにぷるぷるしている丸っこい物体は、この世の終わりのようにお嘆きあそばされている、もうじき3歳になる松本家の一人娘、樹里愛じゅりあちゃんの小さな可愛いお尻である。


 パパは樹里愛ちゃんのお尻と頭をよしよしと撫でると、折れたステッキを手に取って観察した。


 これはたしか娘の1歳の誕生日プレゼントとして買った物。


 魔法少女シリーズのアニメの第1作で主人公が持っていた物だ。




「新しいのを買ってやるか。これ、買ってから2年くらいつだろう?」


 アニメの中のステッキは2作目、3作目とどんどん進化していて、今放送中の主人公が持っているのはラインストーンをきらきら飾った棒の先端に薔薇の花が付いた、かなり派手な作りになっていたはずだ。




「それがだめなのよ。樹里愛は新しいステッキが気に入らないみたいで、1作目のこれじゃないと嫌なんですって」


「だったら1作目のを買ってやれば良いんじゃない?」


「それがねぇ、1作目のステッキはもう製造中止になっていて、在庫も無いの」




 樹里愛のステッキは、ピンク1色の棒の先端に赤い丸い石が付いただけのシンプルなデザイン。たしかに女の子にはうけないだろうな、とパパも思う。


 パパはステッキの折れた部分を合わせてみた。(けっこうきれいに折れてるんだよな。たしか工具箱の中に……)


 買えないなら直すしかない。パパは折れたところを接着剤でくっ付け、ビニールテープでぐるぐると補強した。




(直った。けど、なんだか包帯ぐるぐる巻きの怪我人みたいで痛々しいな)


 それを見たママが、とっておきのリボンを取り出してきた。金の縁取りの赤いリボンは、頂き物の高級洋菓子店のクッキーの包装に使われていた物だ。


 ママはビニールテープの上にリボンをくるくる巻き付けなるべく形が良くなるように蝶々結びにした。


「おおっ! 可愛いじゃないか」


「なかなかよね?」




 いつの間にか泣き止んでいた樹里愛が、リボンで可愛くなったステッキを呆然と見上げている。


 手に持たせてやると、さっきまで泣いていたのが嘘のような満面の笑顔になった。


「あいがとっ!(ありがとう)」





 うちの子がかわいい。


 頬っぺたに涙のあとをつけたまま、目をキラキラさせて嬉しそうにぴょんぴょんはねている。


 手にはパパとママ、2人で直した魔法のステッキをしっかり握りしめて。


 うん、うちの子は世界一かわいいと思うパパとママなのであった。







(すごいわ。折れる前と魔力の通りが変わらないなんて。付与した魔法の効果もそのまま残っているわ。忘れないうちに強化魔法をかけておかなくっちゃ。これでもう、テーブルにぶつけても大丈夫ね)


 いや、テーブルにぶつけたら今度はテーブルが壊れるから。


 松本家の平和のために、樹里愛ちゃんの自重を願うばかりである。




 ◇◇◇◇◇




 樹里愛ちゃんが保育園に通うようになって、ママは少しずつ本来の仕事を始めていた。


 ママの仕事はツアーガイド。ただし、一般的なツアーガイドとは少し違うかもしれない。


 会社の社長は資産家の息子で、若い頃は世界中を旅していた。その時に出会った友人たちや、その口コミで増えていった外国人客を日本旅行でもてなすのが主な仕事だ。


 客はほぼ個人客。しかも高齢のリピーターが多い。


 リピーターの大きな理由の1つがじつは樹里愛ちゃんのママであった。


 樹里愛ちゃんのママ、松本愛まつもとあいさんには、回りの人を癒すような不思議な雰囲気があった。


 その上、英語、フランス語はネイティブ並み。スペイン語も日常会話には不自由しない。性格も優しく、親切で明るい彼女には世界中にけっこうファンがいて、ガイドとして彼女を指名する客が多かったのだ。




 樹里愛ちゃんの目には、その理由がはっきりと見えていた。


(ママは回復魔法と治癒魔法の適性が有るわね。訓練しだいでは特級までいけるんじゃないかしら)


 治癒回復に特化した魔法使いは独特の雰囲気を持っているのだ。


 ママはもしかしたら、そのうち異世界召喚されて聖女様になっちゃうかもしれないような素質の持ち主だったのである。




 じつは、樹里愛ちゃんが毎日魔法の練習を頑張っているために松本家の中の魔素が活性化しており、その影響でパパもママも魔力量が少しずつ増えていたりもするのだ。





 今日はタクシー運転手のパパは仕事の日なので、本当はママは仕事を受けない日なのだが、どうしても、という指名が入ってガイドの仕事に出ていた。


 客は高齢のフランス人夫婦。おそらく今回が最後の日本旅行になりそうなので“アイ”に会いたいという強い希望だったのだ。


 リクエストの場所は松本家のすぐそばの、世界的に有名な絵本作家の美術館である。


 美術館がある山の上までは会社の車で行く。




 車内では、これまでの旅行の思い出を静かに語りあった。奥様のナタリーは特に日本の文化に詳しく、ママの知らないような知識を毎回たくさん話してくれる。日本人の、しかもガイドとしては勉強不足が恥ずかしいが、ママはナタリーの話を聞くのがとても楽しみだった。




 ナタリーは、おしゃべりな自分の話を毎回本当に楽しそうに聞いてくれる素直で優しいアイが可愛くてならなかった。旅行のあとに送ってくれる手紙も、いつも楽しみにしていた。


 いろいろな便箋や封筒、様々な筆記用具、時にはほのかな香り。毎回工夫されているのだ。こちらも何か返事を工夫してみよう、と頭を使うのが、これまた楽しかった。




 夫のアランは妻をとても愛しているので、ナタリーを元気にしてくれるアイに心から感謝していた。だが、最近ナタリーの心臓の具合があまり良くない。今回はナタリーのたっての希望だったが、これが最後の訪日になるだろうとアランは思っていた。





 ナタリーが倒れたのは帰りの車に乗ろうとした時だった。


「ナタリー!」


 胸の痛みと吐き気。顔色がみるみる悪くなる。救急車を呼んだが、山の上までは時間がかかるはず。どうすれば!




 その時ママの頭の中に幼い声がはっきりと聞こえた。


『ママッ! おばあちゃんの手を握ってっ! 治れっ! よくなれっ! って祈って!』


 ママは目の前のナタリーの手を即座にすくいあげ、自分の両手でしっかりと握った。


(治れっ! 治れっ! よくなれっ! よくなれっ! 治れっ!…………)


 ママの両手がほのかに光ったことに、その場の誰も気づかなかった。




 ママが祈り始めて少しした頃、ナタリーの呼吸がやや落ち着いてきた。顔色もいくぶんましになってきているだろうか。


 ナタリーはうっすらと目を開けた。ナタリーの目には光を背負った天使の姿が見えた。黒髪の天使は、ナタリーの手を握って、一心不乱に祈り続けている。その手から何かあたたかい力が流れ込んで来るのを感じていた。


 少し顔を動かすと、自分の名前を必死に呼び続ける夫の姿が見えた。


(ああ、この人と、まだ一緒にいられる)


 ナタリーの目から涙が溢れた。





 ◇◇◇◇◇





 フランスに帰ったアランとナタリーのベルナール夫妻から手紙が届いた。ナタリーは倒れる前よりもずっと元気になっていて、また必ず日本に行くから、その時はまたよろしくね。と書かれた手紙には夫婦2人の写真が同封されていた。




 じつは昨日もパソコンに映るナタリーの顔を見ながらおしゃべりしたばかりなのだが

 、それはそれ、これはこれである。




 ベッドで寝ている樹里愛ちゃんをそっとうかがう。ぐっすり眠っているようだ。


 あの時聞こえた声は、声もしゃべり方も樹里愛ちゃんよりもずっと大人びていた。でもママには、あれはやはり樹里愛ちゃんの声だったように思えた。





「うーん。まっ、良いか。あれは天使の声ってことで」




 写真の中で、ナタリーはアランと仲良く手をつなぎ、左手に天使の人形を持って茶目っ気たっぷりにウインクをしていた。






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