小さな村の四季
地球からはるか遠く離れた星に、一つの小さな村がありました。
その村では春、夏、秋、冬が3ヶ月周期で訪れます。
村の四季は四人に精霊の力によって季節がもたらされているのです。
村には季節ごとにたくさんの見所があります。
春には満開の桜が咲き誇り、
夏にはたくさんの食物を生み出し、村の祭りが盛んに行われ、
秋には山の紅葉が色づき始め、
冬には美しい雪景色を作り出す。
そんな魅力溢れる村に毎年たくさんの観光客が訪れます。
そんな今の村の季節は冬。
しかし、今年の冬はなんだか異常でした。
例年と比べて、雪がほとんど降らず、そのせいで訪れる観光客も少なめです。
「一体、どういうことなんですか、村長!」
村で観光業を営んでいるイワンという青年が村長に尋ねました。
鬼気迫る様子でイワンは雪が降らない理由を村長に訊いています。
イワンは大柄な体格をしており、見ようによっては威圧感を感じさせますが、仕事以外でも村の人に親切にしているので、みんなから愛されている青年です。
そんなイワンですが、例年とは違う気候に戸惑いを感じているようです。
無理もありません。観光客が少ないと彼の生活は貧しくなるのですから。
彼にも家族があります。
自分の家族にひもじい思いをさせたくないという考えるのは当然のことでしょう。
「実は冬の精がな……今年は雪を降らしたくないと申すのじゃ。代わりに秋の精が懸命に雪を降らそうと試みているが、この通りあまり降らすことができていないのじゃ」
この村の村長のヒルスが白いヒゲをさすりながら、重々しい口調で雪があまり降らない理由を説明しました。
「な、なんと……ヒエム様が……それはどうしてでしょうか?」
冬の精であるヒエムは毎年、雪を降らしてくれるのですがどうやら今年は雪を降らすのを拒んでいるようです。
「分からぬ。わしがいくら尋ねても答えてくれぬのだ」
すると、イワンは右手をグッと力強く握りしめました。
「そうですか……ならば、私がヒエム様を説得しに参ります!」
さっそくイワンはヒエムの住んでいるニックス山へと向かいました。
この山奥にひっそりとヒエムが生活しています。
「ヒエム様ー! いますか?」
住処である山の洞窟の入り口でイワンが叫ぶと、入り口からヒエムが不満そうな表情で出て着ました。
「うるさいなぁ……いるよ、で、何?」
イワンはヒエムを凝視しました。イワンがヒエムと最後にあったのはおよそ一年前、村の式典の時でした。
ヒエムは銀色の髪と瞳をしており、少女とも少年とも取られそうな容姿をしています。普通の人間とは違うことを表す蝶のような虹色の翼を生やしています。
服は村から支給された茶色い女性用の服を着ています。
「ヒエム様……村長から聞きました。どうして村に雪を降らしてくれないのですか?」
「またその話? うんざりだよ。本当にさ……」
ヒエムはため息を吐きました。その仕草は「帰れ」と暗に告げているようです。
「いえ……せめて理由を聞くまでは帰れません!」
「そっか。なら、説明してあげるよ。それは雪を降らすことを快く思っていない人達がいるからさ」
ヒエムは観念した様子で雪を降らそうとしない理由を説明しました。
「え? どういうことですか?」
イワンは信じられないという表情をしました。無理もありません。
冬といえば四季の中で観光客からもっとも人気のある季節。
ヒエムのような観光業を営んでいる人間に取っても冬は欠かせない存在となっています。
「この前、村に行った時にさ……聞いちゃったんだ」
「何をですか?」
「村民の冬に対する不満の声をさ。寒いだの、暖をとるために薪を割るのが大変だの、すごく迷惑そうに言っていた。だから、僕はもう必要のない精霊なのさ。ここで大人しくしているとするよ」
どうやらヒエムは心無い村民の言葉にひどく傷ついてしまったようです。
そんなヒエムの様子を見かねてか、イワンはこんな言葉を投げかけます。
「いえ! ヒエム様は必要なくなんかありません! 少なくとも、私にとっては必要な存在であると思っています!」
そんなことを言われて、ヒエムは嬉しくなったのか少し恥ずかしそうな表情をしました。
「そ、そうかな……」
「そうです! それにこう言っては何ですが、村民はどの季節にも不満の声は漏らしています! 春は眠くなる、夏は暑い、秋はたくさん食べ物を食べちゃうなど、あげたらキリがありません」
「それは知らなかったな……そうか、僕だけじゃないのか」
悟ったかのようにヒエムは微笑しました。そんな、ヒエムの手をイワンは握ります。
「そうです! だから、お願いです! 雪を降らせてください! 私……いや、村の為に! 冬を必要としてくれている人の為に!」
「やれやれ、しょうがないな……それじゃ、お望み通り雪を降らせてあげるよ!」
ヒエムは右手を空へと掲げます。すると、青ががっていた空は曇り始め、白い雪が降り始めたではありませんか。
「おお、雪だ……これぞ、めぐみの雪だ……!」
イワンの口から白い息が溢れます。彼は自分の手でヒエムがもたらした雪を受け取り、その冷たさを感じました。
これでまた村に観光客がたくさん訪れることでしょう。
「ヒエム様。ありがとうございます」
感謝いっぱいの気持ちになったイワンは深々とヒエムに対してお辞儀をしました。
「いや、礼を言うのは僕の方だよ。僕の存在意義を教えてくれてありがとう。良かったらいつか僕の方から君に会いに来てもいいかい?」
「ええ、いつでもお待ちしております」
◇◇◇
それから三ヶ月くらい経過しました。
本来であれば村の季節は春。ですが、どういうわけかまだ雪が降り積もっています。
「やぁ、イワン。会いに来たよ」
「ど、どうも……」
ヒエムがイワンに会いに来ました。あれ以降、ヒエムは毎日のようにイワンに会いに来ています。
「今日も雪を降らしたよ。どう?」
自慢げな表情でそう告げるヒエムです。どうやら雪を降らしたことをイワンに褒めて欲しいようです。
「あの……ヒエム様、その言いづらいのですが……」
「ん? 何だい?」
――今は春だから雪を降らすのを止めてくれ。
ヒエムに対しそう言いたいイワンですが、心優しい彼はそんなこと言えません。
さてさて、どうするのでしょうか。
「ちょっとー! イワンー!」
突如、長い桃色の髪をした一人の人物が空から降りて来ました。イワンと同じく村から支給された茶色い女性用の服を着ています。
「やぁ、久しぶりだね。プリマベラ」
ヒエムは突如、現れたプリマベラという人物に挨拶しました。
プリマベラはヒエムと同じ季節を司る精霊です。春を担当しています。
「久しぶり……じゃないわよ! あんた、今は春なのにどうして雪を降らしてるの!? おかげで桜が咲かないんだけど!」
ヒエムの行為にプリマベラは怒っていますが、ヒエムはにこやかな笑みを崩しません。
「いやぁ、雪を必要としてくれる人がいるからね」
プリマベルはビシッとヒエムを指差しました。
「村中、迷惑してるんだけど!?」
「な……っ」
プリマベラの言葉にヒエムは深く傷ついてしまったようです。
「そ、そうなのかい? イワン?」
泣きそうな表情でイワンに訊くヒエムです。
ヒエムはイワンに「そんなことないよ」と言って欲しいと思っています。
「えーっと、その……」
「イワンもヒエムに言ってやって! 迷惑してるって!」
どうしたらいいか分からなくなり途方に暮れたイワンは頭を抱えてしまいました。
果たして、この村に規則正しい四季は訪れるのでしょうか。
それは村民のみが知るところです。