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第9話 悪役令嬢、呼び出される

 

 ガーヴィン魔法学園には、庭園が点在している。


 一番に思い浮かぶのは、学園の門からまっすぐに続く道だろう。専属の庭師によって刈り込まれた庭木が整然と立ち並び、中央には大きな噴水が吹き上がっている。

 その美しさは学園の顔ともいえた。


 しかし、一口に庭園といっても用途はさまざま。

 生徒が昼休みを過ごす中庭もあれば、授業で使う魔法植物を集めた植物園もある。


 恋人たちに人気なのは、日が暮れてから花が咲く庭だ。夜には魔法で明かりが灯るため、幻想的な雰囲気になる。



 ──何はともあれ、学園生活に欠かせないのが庭園というものなのだ。






 深夜。


 フンフンと鼻歌を歌いながら、散歩をしている影があった。一人で別棟に住む、ナタリア・ヴィッテンベルクだ。


 その別棟からはそう遠くない距離。

 もう使われていない研究棟に隠れるようにして、小さな庭園はあった。可愛らしい小道を抜けた先に、彼女の目的地がある。



「……順調ね」


 ナタリアは、花壇を見回すと満足げに頷いた。






 鐘の音が4限の終わりを告げる。

 残る授業は一つだけ。放課後までは、あと少し。


 ナタリアの意識は、フワフワと教室から離れていく。


 今日は談話室にとっておきのお菓子を持っていこう。実家から送ってもらったビスケット。領内では、昔から作られている有名なものだ。味はシンプルだけれど、口に運ぶのをやめられない。セーラはまだ食べたことがないから、きっと喜ぶだろう。



 そこに割り込む声があった。



「ナタリア・ヴィッテンベルク。放課後、俺の研究室に来なさい。話がある」


 たった今、授業を終えたばかりの担任の声だ。


 放課後は外せない用事がある。教師の指示は聞こえなかったことにしようと決めた。


「セドリック・パートリッジ。ヴィッテンベルクが逃げないように連れて来てくれ」


 返事をするセドリックの声が聞こえる。

 面倒なことになった、とナタリアは思った。




 放課後がやってくると、教師の頼みをしっかり覚えていたセドリックにナタリアは連行された。


 研究室を前に観念した彼女は、セーラへの伝言を頼む。「行けたら、行く」その見込みは非常に薄い。セドリックは扉をノックすると、ナタリアを中へ押し込んだ。



 部屋の中では、教師が待ちかまえていた。

 よく来たな……という低い声がやけに響く。


「そこに座りなさい、ナタリア・ヴィッテンベルク」


 指示された椅子に腰掛ける。

 どうせなら木製の椅子ではなく、背もたれのある革張りのソファにしてほしい。



 1年4組の担任教師、ダレン・マクスウェル。

 30歳を目前にした独身。学園の中ではまだギリギリ若いほうだ。

 担当している科目は、魔法理論。


 ナタリアとの付き合いはもう4年目になる。


 お互いにとって不本意な関係だが、4年も経てばいろいろと分かってしまうこともあった。




「数日前、学園の庭師から苦情がきた」


 重々しい声でマクスウェルは告げた。


「管理している植物の成長速度が、特定の場所だけ明らかにおかしい。何者かに手を加えられている疑いがあるため、調査してほしいということだった。彼らは日頃から景観を考えて手入れをしている。植物の様子には敏感だ。しかし、まさか庭園の植物に何かする者がいようとは……」


 そこで大きく嘆息する。


「俺には残念ながら、一人だけ犯人の心当たりがあった。しかし、証拠もないのに疑うわけにはいかない。そう思い、調査に乗り出すことにした。朝と昼は庭師が張り込みをしたが、犯人は現れなかった。となると、夜だ。遠見の魔法で一晩中のぞいていると、その場所に近づく者がいた。明らかに問題の植物を気にしている生徒──それも俺のクラスの。何か言い分はあるか、ヴィッテンベルク」


「わたしは庭園を散歩していただけです。それだけで犯人扱いするのは、いかがなものでしょうか」


 マクスウェルは、目を閉じて苦り切った表情を浮かべた。眉間に寄った深いシワをのばすようにトントン、と指で叩く。


「……検分に回していた植物からは、魔法の痕跡が発見された。しかし、いくら解析してみても、どんな魔法なのかがこれっぽっちも分からないという。法則はめちゃめちゃ、これまでに見たことがない魔法式だったという話だ。そんな魔法式を書くやつを俺は一人しか知らない」


 この教師(マクスウェル)の短所は話が長いところである……とナタリアは思っている。


「おまえがやろうとしていることを多少は分かっているつもりだが、時と場所と手段は選べ。これ以上、学園の器物に損害を出すな」


 俺は職員会議で毎回居たたまれない気持ちを味わっている……と彼は呟いた。とりあえず黙って頷いておく。


「本当に分かっているのか?」


 もう一度頷く。これで終われば、談話室に行ける。

 椅子から立とうとしたナタリアを教師は止めた。


「待ちなさい、ナタリア・ヴィッテンベルク。まだ話は終わっていない。この前は、魔法薬学の教師が泣きながら相談にやってきた。授業中に火の玉が暴走した件、セドリック・パートリッジがいてくれなかったらどうなっていたことか……と。事態を収拾できなかった教師も教師だが、3年前に習ったはずの初級魔法の失敗を予想しろというのも無理がある。原因には心当たりがあるだろう?おまえは、自分の興味があること以外への集中力が散漫すぎる。研究にかける集中力を、一割でもいいから目の前のことに向けなさい」


「はあ」


 もう話は終わっただろうか。

 ナタリアは今度こそ、椅子から立ち上がろうとする。


「言わなければならないことは、まだあるぞ」

「……………………」



 ナタリアが脱走するのが先か、マクスウェルの話が終わるのが先か。


 答えが分かるのは、もうまもなく。




 一方、そんなことになっているとはつゆ知らず。

 セドリックから伝言を聞いたセーラは、談話室で今日の課題を解いていた。


「ナタリア様、今度は何をやらかしたんだろう……」



 全て解き終わる前に来るといいけど。



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