第8話 ヒロイン、学園のアイドルを追いかける
「こっちよ、セーラ!」
す、すごい生徒の数……。人混みをかき分けて進む友人を追いながら、セーラは目を回しそうになっていた。
5月も半ばにさしかかった早朝。
空はよく晴れていて、爽やかな空気があたりを包んでいる。
こんな時間に人が集まっているのは、広大な学園の敷地内でも外れのほうにある鍛錬場だ。
主に使用しているのは、騎士科の生徒。
今日はその雄姿を見れるとあって、女生徒たちが集まっていた。いつの時代でも騎士という存在は乙女の憧れである。
セーラは人垣の隙間に目を凝らす。
今ちょうど見えるのが、最も人気があるという3年の先輩だ。いわば、学園のアイドルといったところか。
ざわついていた群衆が一瞬だけ静まり返った。
開始の合図。
──動いた。
木剣をかまえた騎士たちが激しく打ち合う。
近づいては離れ。離れてはまた近づいて。
剣同士がぶつかる鋭い音が響く。
セーラは息を呑んだ。
顔は防具で隠れていてよく分からない。
でも、伝わってくる緊張感。
自分の中の何かが高まっていく。
いつもは優しくておっとりした性格の友人も、隣で興奮気味だ。
どれほどの時間が経っていたのか。
ついに、一方がもう一方の首元に木剣を突きつけた。
周りで息を呑む音がする。
──背が高い騎士の勝利だ。
どうやら、その人物が例の先輩らしい。
ひときわ高い歓声が上がった。
模擬試合が終わると、二人の騎士は防具に手をかけた。
セーラはドキドキしながら、彼らを見守る。
兜の下から現れたのは、精悍な顔立ちの青年だった。パラリと額に落ちた亜麻色の髪。それを乱雑にかきあげる仕草が男らしい。
お互いを労うように笑い合う二人。
こぼれるような白い歯がまぶしかった。
思わず、友人と手を取り合う。
「「か、かっこいい!!!」」
ざわめきはいっそう大きくなる。
「アレックス様!」
抑えきれない熱のこもったファンの声が近くで上がった。
横にいた騎士に指差されて、彼はこちらのほうを向く。そして、声援に応えるように笑って手を振った。
「「「「「キャーーーーッ!!!」」」」」
湧き立つギャラリー。
一緒になって、セーラは叫んだ。
「朝早くからすごいわねえ……」
今朝セーラが起きた時間を聞いて、眉をひそめるナタリア。午前中の彼女はいつも気怠げである。
「あの姿を見れるなら、早起きだってしちゃいますよ!こっちに笑いかけてくれただけで、今日も一日頑張ろうって気持ちになりますもん」
かっこいい人を見てキャーキャー騒ぐのも、学生生活の醍醐味です!放課後の談話室でセーラは熱く主張した。
対するナタリアの相槌はおざなりである。彼女の指は、セーラが街で買ってきたチョコレートをつまんだ。
そういえば……と、口をもぐもぐさせた後で開く。
「アレックス・ランチェスターって、何だか聞いたことがあるような」
セーラは頷いた。
「一応、ゲームの中では攻略対象の一人ですよ」
「あら。じゃあ頑張ればいけるんじゃないの?」
なにを?
……え、攻略?
「いやいやいやいや、無理ですってば!いつも周りに人がいて、近づくのさえ難しいんですから。それに、わたしが独占するのはもったいない人ですよ」
「もったいない?」
ナタリアは不思議そうに首を傾げる。
「アレックス様は応援してるファン一人一人に優しいんです。本当に素敵な先輩なんですよ。わざわざ手も振り返してくれるし、差し入れも受け取ってくれるし」
「ふ〜ん」
ああいう人を本当は王子って呼ぶんでしょうね……と、セーラは遠い目をした。
数日後、セーラは談話室に続く廊下を歩いていた。
彼女たちの憩いの場は、校舎の中でもひと気のない片隅にある。なぜ、こんなところにポツンとあるのかは謎だ。
つまり、放課後になると誰かとすれ違うこともほとんどない。後ろから声をかけられたのも完全な想定外だったのだ。
「そこの女の子、ちょっと待って」
振り返ったセーラの目に映ったのは、髪に結んでいたリボンを差し出すアイドルの姿であった。
「落としたよ」
「……あ、ありがとうございます!」
彼はそのまま去っていこうとする。
ま、待った!二度とこない機会にこれだけは言いたい!いや、言わせてほしい!
勇気を出して引き止めると、深呼吸して言葉を告げる。
「あのっ、この間の早朝練習見てました!いつも応援してます。これからも頑張ってください!」
それを聞いた学園のアイドルは、耳をわずかに赤くしてはにかんだ。
「ありがとう」
そのまま、セーラは談話室に駆け込む。
「聞いてください、ナタリア様!今そこで──」