第6話 ヒロイン、うわさ話を聞く
セーラ・シュミットが学園に入学して、約1ヶ月がたった。
クラスに何人か友人もでき、まずまず順調といえる日々。……ただし、"特定のトラブルをのぞけば"という注釈がつく。
今日の午前中は、魔法理論の授業だった。
セーラは教師から当てられてしまったが、予習していたので特に困ることもなく。来週には小テストをすると告げられ、鐘の音に気が緩んでいた教室はざわついた。最初から最後まで隣で居眠りしている友人は、間違いなくノートをとっていない。器用に目を開けたまま寝る友人を見て、週末買い物に付き合ってもらうことで手を打とうと決める。
そこまでは平和だった。
穏やかじゃなかったのは昼食時。
食堂のテーブル席で日替わりメニューを味わっていると、悪魔が襲来した。
セーラは思い返すたびにムカムカしてくる。
何が「君と同じものを食べてみたい」だ。あのパン泥棒!1日30個限定のクロワッサンを奪われた恨みは忘れない。北の大地で生み出されたという最高級バターがふんだんに練り込まれた生地。今にも消えそうなほど薄い層が折り重なってできた三日月は、噛めばサクサク、香ばしさが口いっぱいに広がると評判だ。一口食べて感動に打ち震えていたセーラの手元から、あの、悪魔は……!
向かいに座っていた友人は、突然のことに真っ赤な顔から湯気を出して固まっていた。集まる周囲の注目、感じる視線。セーラは「ソ、ソウナンデスネ……」と言うしかなかった。
呆然としていたセーラの瞳が捉えたのは、去っていく王子の横顔。口角を上げ、満足そうにアイスブルーの目を細めた、あの表情。
絶対に許さない。
午後の移動教室では、冷めない怒りのあまり魔法紙を持って行くのを忘れてしまった。授業開始の直前になってバタバタと慌て出すセーラ。見かねた斜め前の男子生徒が余ったものを貸してくれた。今度、彼には何かお礼をしなければ。
放課後は談話室でしゃべりつくし(最近はもっぱら悪魔への恨みごとだ)、ナタリアと別れて寮に帰る。
「おかえりー、セーラ」
寮の廊下でそう声をかけてくれたのは、1学年上の先輩。誰にでも気さくに話しかける彼女は、後輩への面倒見もよい。
セーラはにっこり笑って挨拶をした。
郷に入りては郷に従え。
学園生活を生き抜くために、情報収集と良好な人間関係は大切である。
セーラの地道な努力が功を奏してか、とりあえず今のところ、王子に関する妬みの視線などは浴びせられていない。
お姉様方との関係は、とても大事。
余談だが、そんな人間関係とは無縁そうなナタリアの寮部屋は歩いて15分ほどかかる別棟にある。しかも、ほぼ単独で使用しているとか。公爵家のお嬢様ともなると、学園の対応も違うのかな……とセーラはのんきに考えていた。
寮内には、共用のスペースもいくつかある。
お風呂上がりに談話室(もちろん貸切ではない)でくつろいでいたセーラは、おしゃべり好きな寮生とばったり顔を合わせた。
学園新聞を作っているという彼女は、学内の行事やお知らせ、教師から生徒まであらゆる人物を網羅したゴシップ、ちょっとした豆知識など、さまざまなことを知っている。
今夜の話題は、学園の七不思議。
どこかの片隅にある開かずの扉、不思議な世界を見せる鏡、出会った者はもれなく姿を消す謎の生物。そんな不思議で奇妙なものがこの学園には潜んでいるらしい。
「へえ〜!」
面白おかしく話すのを聞いていると、セーラはわくわくしてきた。歴史ある学園には、こういったワケありな話がつきものだよね。
それで、それで?と目を輝かせて続きを促す。
話のタネは尽きないうちに、夜は更けていく。
その日、彼女が聞いたのは七不思議のうち全部で4つ。残りの3つを知る機会をセーラは楽しみに待っている。