第3話 ヒロイン、逃走する
その日の夜。
学園から割り当てられた寮の一室では。
ベッドに転がりながら、ほう……とセーラが息を大きくついていた。
おそらく前世に遊んでいた乙女ゲーム。その登場人物だった彼らと会話し、興奮さめやらぬといったところだ。
悪役令嬢──もといナタリアは悪い人ではなさそうだった。窓から飛び降りてきたのはさすがに驚いたけれど、なんとなく親しみやすい気もするし、転生のよしみで仲良くなれたらいいなと思う。
それにしても、とセーラは再び息をつく。
現実で目の前にいた彼は想像していた何倍も素敵だった。
何度となく見た貴族名鑑を思い返すと、たしか実家は侯爵家だったような。身分も顔も性格も(そしておそらく能力も)ハイスペックなんて、この世に存在してもいいの?
いや、もちろん買ったりはしないけれど。
王子様とか騎士様とか天才魔法使いとか。
庶民からしてみれば雲の上、普通に生活していれば会うことはない存在だ。でも学園に通っていれば、遠くから見る機会もあるよね──。
入学初日に心配していたことが片付き、ほっとしたセーラは楽しい学園生活を想像しながら眠りについた。
翌日の昼休み。
セーラはうきうきと廊下を歩いていた。
ああ、なんて学園生活って素晴らしいんだろう。
資金が潤沢にあるため、新鮮で贅沢な素材を惜しげもなく使った食堂のごはん。元王城勤めだというシェフが作った料理はどれも美味しい。しかも食べ放題だというからパンを4つも食べてしまった。あのフワフワ加減は一体どうやったら再現できるものか……。
考えごとをしていたセーラは、角を曲がったところで──ポスン。
あ、いい香り。
すっと爽やか、それでいて上品な──
「いつまでそうしているつもりかな?」
頭上から落とされた声に我に返った。
「す、すみません!」
身体を預けていた誰かの胸元からガバッと顔を上げたセーラは固まった。
彼女を面白がるような目で見ていたのは、いかにも身分が高そうな男子生徒。
この滲み出る貫禄はおそらく上級生だろう。
上級生どころか、もしや。もしや──夢にまで見た王子様ではあるまいか?
……その王子様に自分は今、何をしていた?
不敬罪という言葉が彼女の頭をよぎった。
「ご、ごめんなさいいいいーーっ」
セーラは思わず逃げ出した。