第2話 悪役令嬢、ヒロインと出会う
気絶した少女たちは医務室に運び込まれた。
幸いにして目立った怪我もなく、すぐに目を覚ました二人。ナタリアは手当てをされながら、追ってきた教師のお叱りを受けることになった。
「ナタリア・ヴィッテンベルク。女生徒には誠心誠意、迷惑をかけたことを謝りなさい」
「はい……」
しおらしく頷くナタリアに訝しげな顔をする教師。首を傾げながらも、なぜか学園医と共に医務室を出て行った。
ナタリアは腰掛けていた椅子を降りると、部屋の奥にあるカーテンをめくる。ベッドから起き上がった少女が緊張した面持ちでこちらを見ていた。
「先ほどは本当にごめんなさい。わたしの不注意な行動であなたに怪我をさせてしまったわ。あとで改めてお家のほうにもお詫びに伺いたいのだけれど……」
「いえ。治療はしていただきましたし、大した怪我もしていませんからお気になさらないでください」
「…………」
「…………」
「「あの」っ!」
気まずい沈黙を打ち破るように二人は同時に口を開く。
そちらからどうぞ、いえいえそちらから。せーので言いましょうか、そうしましょう。そんな側から見ればふざけたやりとりのあと。
「「"ガーヴィン魔法学園の恋と日常"ってご存知?」ですか!?」
そろった言葉が示すのは、魔法と学園とRPG要素を加えた乙女ゲーム。ナタリアが幼い頃に思い出したもの。たぶん、その記憶を人は前世と呼ぶ。ゲームのナタリア・ヴィッテンベルクは、ヒロインをいじめ、絶えず事件を起こしている悪役令嬢だ。ちなみに最後は悪事がバレて破滅。
小さなナタリアは、バッドエンドを乗り越えてみせると誓った。一人でも逞しく生きていくべく、始まった修行の日々。魔法を研究するのが楽しすぎて、ヒロインのことはすっかり忘れていた。そうして出来上がったのが今日のナタリア・ヴィッテンベルクである。
「えっと、あなたの邪魔はしないから出来れば破滅には追い込まないでほしいんだけど──なんて」
「め、滅相もございませんっ!」
そ、そりゃあ素敵な恋ができたらいいな……なんて夢見たこともありましたけどっ!とセーラは頰を赤らめた。
「現実では王子様なんて恐れ多いですし、人様の婚約者を奪うなんて道理に反したことはしませんっ」
「えー、せっかくだから楽しんじゃえばいいじゃない」
「庶民には平凡が一番ですよ」
やいのやいのと騒いでいると、楽しげな空気をぶち壊すようにしてバンッと扉が開いた。
「ナタリア!」
声の主はズカズカと歩いて来る。え、誰?セーラはあたふたと慌てるが、ナタリアには動じる様子もない。
「おまえはいつもいつも──」
ベッドのカーテンをパッと開き、男は目を見開いた。
「すまない。他に人がいたとは知らず大きな声をあげてしまって」
「い、いえ大丈夫ですっ」
えええ、この人って!この人って!驚くセーラに短く謝罪した男は、今度こそナタリアに向き直る。そして、勢いよく頰を掴むとびよーんと横に引き伸ばした。
「い、いひゃいわ」
「おまえは何回騒ぎを起こせば気がすむんだ!今回は一般の女生徒も巻き込んだと聞いている──」
先ほどよりも音量を抑えた声で言い募っていた男は、ここでまたしてもハッと向き直った。
「君か!?」
「は、はい!?」
「ナタリアが中庭でぶつかったという生徒は君だろう!?婚約者が迷惑をかけてすまなかった。どうか、私からもお詫びをさせてほしい」
「え、そ、そんな……」
真摯な瞳にじっと見つめられたセーラは、途中から消え入るような声になっていく。あとで二人揃ってお詫びに伺うことを了承させたあと、用事があると言って男は出て行った。
あとには元通り、二人だけが残される。
攻略対象…セドリック・ パートリッジ…宰相の息子……。そんなことを呟きながら、ぽけーっとしている少女。ナタリアはニヤリと笑って声をかけた。
「うちの婚約者なんてお買い得よ?」
「か、買いませんっ!」