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第18話 ヒロイン、勉強する

 

 ヒソヒソ、ヒソヒソ。


 このところの騒動で、すっかり過敏になった耳が声を拾う。ため息が零れそうになるのをセーラはこらえた。


 廊下の向こうからやってきたのは、見覚えのある他のクラスの二人組。こちらが視線を向ければ、意味ありげに目配せしあって口を閉じる。セーラが横を通り過ぎれば、後ろで再びヒソヒソ。


 陰口なんて気にしなければいい。そう思ってはいるけれど、たとえ小さな悪意でも積もり積もれば大きくなる。憂鬱な気分はなかなか晴れない。



 そして、その次に廊下の向こうに見えた姿。セーラの顔は思わず引きつりそうになった。


 諸悪の根源の王子である。


 当然のように引き止められて、彼女は会話をする羽目になった。


 早く談話室に行きたい。この行き場のない気持ちをナタリアに聞いてほしい。


 しかし、すぐに解放されるはずがない。お互いに表面上はニコニコと言葉を交わす。


 最近の出来事からはじまり、5日後に正式な範囲の告知がある期末テストのことへと話題が移ったとき。王子の瞳に底意地の悪い光が宿った。いいことを思いついた、と言わんばかりの顔で続けられた言葉を聞いて。


 さすがのセーラの顔からも表情が消えた。



 彼女のストレスは、わりと限界に達していたのである。






 週明けの朝がやってきた。

 テストまでは、あとちょうど1週間だ。


 寮の食堂で顔を合わせた同級生のメラニーは、セーラを見て怪訝な顔をした。


「ちょっと……その顔どうしたの?昨日ちゃんと寝てないでしょ。大丈夫?」


 セーラは問いかけに頷く。一応、睡眠をとってはいた。遅くまで勉強していただけだと伝えると、なんでそんなにまた……と呆れた目を向けられる。


 しかし、彼女には引くわけにはいかない理由があった。


「今回のテスト、セドリック様を超えなきゃいけないの」


 それを聞いたメラニーが素っ頓狂な声を上げる。


「ええっ、正気?あの、セドリック・パートリッジだよ!?本当にわかってるの?入学したときから一回も、1位を譲ったことがないんだからね?毎回、筆記はほぼ満点だし……」


 2位とでさえ、いつも50点以上の差が開いてる。それに、ここ数年で一番難しかったって言われてる魔法史の先生のテスト。問題があまりにも専門的すぎたあのときだって、いつもと変わらない出来だったんだよ、とメラニーは言葉を重ねる。


 さらに詳しい話はどんどん続いた。さすが、学年一の情報通だと言われるだけのことはある。



 セーラだって、セドリックが天才だということはわかっているのだ。攻略対象のなかでも頭脳派な彼に、凡人が勝てるわけがない。


 ただ、今の状況から解放されるために王子から提示された条件。それが"期末テストで学年1位をとること"なのだ。すでに、あの悪魔から「テスト期間中に邪魔はしない」という言質はとっている。


 テストには筆記と実技があるが、幸いにも実技の実力はセドリックと同程度。むしろ、セーラのほうが評価は上かもしれない。実技はすぐに上達するようなものでもないので、この点は有利だった。1位をとれる可能性は限りなく低いけれど、ゼロじゃない。セーラは、テストの対策を筆記に絞ることにしたのだ。




 王子と会話した、先週のあの日から毎日。


 休み時間に教師を捕まえ、セーラは片っ端から質問した。放課後は、まっすぐ学園の図書館に通う。寮に帰ると、うっかり寝てしまいそうになるからだ。テストが近づいてくると、勉強しなければ、という焦りはますます強くなった。




 ガーヴィン魔法学園の図書館は、国内でも有数の蔵書数を誇っており、その館内はとても広い。また、学生や研究者たちのために、日付が変わる時刻まで解放されている。


 長時間居座るつもりのセーラは、ほとんど人のいないコーナーの奥で勉強することにしていた。



 ……わからない、いくら考えてもわからない……。


 今日も、勉強をはじめて数時間が経った。彼女の目の前に広がっているのは、教師に追加で出してもらった課題だ。


 セーラは、同じところをさっきからぐるぐる考えている。


 寝不足のせいか、頭はあまり働いていない……明日、先生に聞きに行ったほうがいいような気がしてきた。



「大丈夫?」

「わっ!」


 そんな考えが浮かびはじめていたところ、横から聞こえた囁き声。驚いたセーラは、大きな声を上げてしまう。いつのまにか、傍らには男子生徒が立っていた。黒縁の眼鏡が似合う彼は、立てた指を口元に当ててシーっと注意する。


「す、すみません」


 恥ずかしい。しかし、一体何の用だろう。見たところ、先輩のようだが……。


 彼女の頭に浮かんだ疑問に、男子生徒は小声で答えた。


「さっきからずっと同じ問題で悩んでいるようだから」


 傍目に分かるほど、自分は悩んでいたのか……。

 セーラは意気消沈した。今日はもうここで帰ろう。


 そこに耳を疑うような申し出があった。


「僕でよかったら教えるけど」

「え……」


 いいんですか?と聞き返したセーラに、男子生徒は自分から言い出したことだと笑った。



「ここは、この理論の応用で〜」


 先輩はセーラが悩んでいた問題をすらすらと解説していく。要点をかみくだいた彼の説明は、教師よりも分かりやすいと感じるほど上手かった。


 しかし、なぜ見知らぬセーラにわざわざ声をかけてくれたのだろう。


「最近、君ずっと図書館で勉強してるでしょ。僕も放課後は大体ここにいるから、気になってたんだよね」


 それは目障りということか……?閉館までずっといるのはマズかったのかもしれない。週末も一日中いたことだし。


 恐る恐る申し出ると、先輩はおかしそうに笑った。


「逆。なんだか親近感がわいたから」


 図書館仲間みたいな? そう言って彼は続けた。


「僕は3年のロバート・クロウウェル。大体は図書館にいるから、分からないことがあれば聞いてくれていいよ」


 セーラにとっては、涙が出そうなほどありがたい言葉だった。その言葉に甘えたいのはやまやまだが、問題が一つある。


「そう言っていただけるのはありがたいのですが、ご迷惑にはなりませんか?先輩もテスト期間中ですよね……?」


 クロウウェルは笑ってひらひらと手を振った。


「僕は僕で適当にやるから気にしないで」


 あくまでも負担のない範囲で、ということでセーラは勉強を教えてもらうことになった。



 それからの放課後。


 必死で課題に取り組むセーラの近くで、クロウウェルは本を読んでいる。まったく勉強している様子のない先輩に、彼女は内心舌を巻いていた。


 "適当にやる"って、勉強のことじゃなかったんですね……?


 何はともあれ、心強い先輩の協力を得たセーラは、ますます勉強に打ち込むようになった。





 そして、週末の夜。


 入浴を終えて髪を乾かしたセーラは、明日の準備物を確認する。今日ばかりは部屋の明かりも早めに消した。


 長い長い1週間を終えて。




 明日から、テストがはじまる。



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