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第15話 悪役令嬢、試してみる

 

 ここ最近はカラッとした晴天が続いていたが、久しぶりに外では雨が降っているはずだ。談話室には窓がないので見ることができない。


 今日のナタリアは、本を読んでいた。


 1ヶ月前から注文していた本が、ようやく昨日届いたのだ。タイトルは『魔法生物の生態⑨ 〜知られざる動物たちの姿に迫る〜』。8巻までは学園の図書館にもあるのに、9巻だけは発行部数が少ないのか、どれだけ探しても見つからなかった。これで手に入らなければ、王立図書館に問い合わせることになっていただろう。あそこは遠方からだと手続きが面倒なので、できれば避けたかった。


 ナタリアは夢中でページをめくる。その向かいで、セーラが読み終えた本を閉じて立ち上がった。


 いつもは二人でしゃべっているが、たまにはこんな日もある。セーラのほうが勉強をしているときもあるし、そんなときは思い思いに過ごして、お互いに気が向いたら言葉を交わすのだが──。


「いたっ!」


 静かな空間にセーラの声が響いた。

 ナタリアは読んでいた本から顔を上げる。


「どうしたの?」

「何かが上から落ちてきたみたいです。何でしょうね、これ……」


 頭を押さえているが、セーラに怪我はなさそうだ。彼女が床から拾い上げたものを見る。


「羽根ペン……かしら?」


 それは不思議な羽根だった。

 根元は赤いのに、オレンジ、黄、群青、濃紺へと先端に向けて鮮やかに色が変わっていく。そっと揺らせば、くるんと丸まった羽根の先から、きらきらと金色の光がこぼれおちた。まるで、夜明けの空みたいだ。


 羽の根元は鋭く削られていて、よく見ると軸のところに奇妙なマークがついている。表されているのは、閉じられた瞳……だろうか。持ち上げてみても空気のようで、重さはほとんど感じない。



「元の場所に戻しても、また落ちてきたら危ないですよね」


 背の高い本棚を見上げるセーラに、ナタリアは答える。


「適当に近くの棚の中にしまっておけばいいんじゃない?」


 それもそうだ、とセーラは近くにあった棚の扉を開けた。



 バササササッ!!!


「な、なんなんですか!これーーっ!!」


 なだれ落ちてきたものが山となって積み上がる。

 その中に埋もれたセーラの叫びが聞こえた。






 二人がいつも使っている談話室は、大きな学園の片隅にある小さな部屋である。


 中央には飴色の四角いテーブルが一つ。テーブルを挟んで、ソファが二つ。ソファの座面と背面には臙脂色のベルベッドが張られている。背もたれの木枠には蔓植物の透し彫りがされており、ゆるやかな曲線が優美だ。床に敷かれているのは、年季の入った絨毯である。


 部屋の入り口から見て正面の壁際には、天井近くまである本棚が一つ。中に収められている本は、図書館にもあるような古めかしいタイトルばかりで、特に珍しいものはない。左右の壁面に並ぶのは、ずっしりとした重厚感のある棚だ。大小さまざまな扉や引き出しがついているが、中をわざわざ見たことはなかった──今日までは。




 古そうな紙の束やボロボロの布。

 得体の知れない液体が入った無数の瓶。

 どう見てもガラクタとしか思えない雑貨。


 どれもこれも小さな扉の内側から出てきたものである。

 一体、これほどのものがどこに詰まっていたのか。


 二人は空っぽの棚を見て首をひねりながらも、とりあえず出てきたものをテーブルと絨毯の上に積み上げた。



「この壺と紙に、落ちてきたペンと同じマークがついてますね」


 テーブルの上から、セーラが丸い壺を取り上げる。奇妙なマークが刻まれた壺の中で、金色のインクがトプンと揺れた。左側が綴じられた真っ黒な紙の束にも、右下に小さくマークが描かれている。


 これは、つまり。

 ナタリアは羽根ペンを握った。


「試してみるしかないわね」



 ペン先をインクに浸し、紙に絵を描いていく。そんなナタリアの手元をセーラが覗き込んだ。


「可愛らしい蝶ですね」


「……あなたが頭につけているリボンよ」

「………………」


 セーラが次の言葉を探している間に、絵の輪郭がポワリと淡く光る。


「えっ?」


 セーラは瞬きした。


 描かれたばかりのリボン──羽がゆっくりと上下に動く。黒い紙の上に金色の光の粒を落としながら、蝶はひらりと羽ばたいた。


「幻覚魔法……?」


 セーラとナタリアを回るように蝶は飛ぶ。

 そして、天井のあたりですうっと空気に溶けるようにして消えた。


 興奮した様子のセーラから、驚喜の声が上がる。

 彼女は黒い紙の上に金色の花を量産し始めた。



 一方で、ナタリアはこの手の魔法に見覚えがあった。おそらく、この一式はナタリアに部屋を引き継いだ前任者の遺物だろう。


 しかし、棚から出てきた古そうなものの中には、明らかに数十年……いや、ひょっとすると数百年前のものではないかと思うようなものまである。


 となると、ここに積み上げられたものはすべて今までの……。


 ナタリアの紫色の目がきらりと光った。

 やはり、これは片っ端から試していくしかない。




 ボロボロの布は、呪文を唱えれば姿を透明にしてくれるマント。部屋を暗くして藍色の蝋燭に火を灯せば、流星群が降ってくるのが見えた。錆びついた銀色の縦笛を吹くと、お腹の底から込み上げてくる笑いが止まらない。



 次は何にしようか……、ナタリアはちょうど目についた小箱を開けた。


 中に収められていたのは、霧吹きのような瓶だ。透明な液体が入っている。どこかに説明でも書いていないかと、ナタリアは手に持った瓶を四方から観察する。しかし、いろいろな角度から見ているうちに、握るところを間違えた感触があった。


「あ」


 プシュッと噴射音が響く。

 とっさに目を閉じたセーラの顔に謎の液体がかかった。


「ごめんなさい。目に入ったりはしていない?」


 慌ててハンカチを渡すと、セーラが顔を拭いた。


「大丈夫です。その中に入っていたのは……香水でしょうか?いい香りがしますね」


 首を傾げるセーラの言うとおり、ふんわりと花の香りが漂ってくる。


 どんな魔法が込められているのか。テーブルの上に放り出していた小箱を取り上げると、中から紙切れが落ちた。ナタリアは身を屈めて絨毯に手を伸ばす。それと同時に、霧吹きを手に取っていたセーラのほうからパチンと音がした。


「えっ」


 セーラの声に反応して、ナタリアが顔を上げる。


 そこには、ふわふわと浮き上がるセーラとナタリアのハンカチがあった。



「浮遊魔法……?」


 にしては、


「な、ナタリア様!この魔法、自分ではコントロールできないみたいです!」


 セーラがアタフタと手足を動かす。魔法で出した水で顔を洗っても効果はなく。風を出して身体を下ろそうとしても、どうにもならなかった。


 とうとう、天井近くまで彼女の身体は浮き上がってしまう。


「天井を伝って、壁から下りてみま──」


 セーラがそう言いかけたとき。


「きゃっ!」


 彼女は勢いよく逆さまになった。とっさにスカートを押さえたのが見える。


 そして、なんと。セーラは回転しながら、部屋の中をぐるぐると回り始めた。


「きゃーーっ!!!」


 談話室の中に悲鳴が響きわたった。




 数分後。


「も、もうダメです……」


 魔法が解けて目を回したセーラは、ソファにバタンと倒れ込んだ。


 ナタリアは、絨毯の上から色褪せた紙を拾い上げる。



 そこに書かれていた言葉は──、"全自動の洗濯魔法(試作品)"。



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