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第13話 悪役令嬢、観察する

 

 6月もあっという間に半分が過ぎ、季節は夏へと移り変わった。


 燦々と降りそそぐ太陽の光。ほのかに立ち上る草花の香り。生い茂る緑は生命の輝きに満ちている。


 雲ひとつない空の下、気まぐれな風にスカートがはためいた。




 しかしながら、美しい自然に溶け込めていない存在もいる。


 眼下にずらりと並ぶのは、黒のローブを着込んだ生徒たちだ。

 こんなによい天気だというのに、一人残らず重たげな衣を纏っている。肩先から手首にかけてゆったり広がった袖は、動くたびに邪魔そうだ。


 ……異様だ。暑苦しくて仕方がない。

 ナタリアは眉を寄せた。



 週に一度、1年生全体が集まる合同授業。

 校舎の裏手にある練習場では、対人の魔法実戦が行われる。


 人を攻撃するために魔法を放つ──日常生活において、絶対にあってはならないことだ。

 誰が先陣を切って攻撃を仕掛けるのか、当初は生徒たちも様子を窺い合っていた。とはいえ、授業が始まって2ヶ月以上も経てば、さすがに遠慮はなくなっている。


 今の授業で使えるのは教師によって決められた魔法だけだが、後学期になればその制限もなくなるだろう。

 学年が上がれば、魔物を相手にする学外演習も始まる。


 いざというとき、何もできない魔法使いでは話にならない。




 四方を木々に囲まれた練習場は、広い窪地になっていた。フィールド全体が特殊な魔法結界で覆われているため、中で魔法が暴走しても、外に被害が広がることはない。


 響きわたる爆音。

 飲み込まれる悲鳴。

 ぶつかり合う詠唱の声。


 時間が経てば経つほど、攻防は激しさを増していく。




 ──そんな戦闘現場からは離れた木陰で。


 ナタリアは遠眼鏡を片手に、高みの見物を決め込んでいた。


 練習場の中央でひときわ大きな土煙が上がったのが見える。


 真鍮の筒を覗き、焦点を合わせた。



 煙の中から飛び出して来たのは、たしか1組のラルフ・……なんとか。


 燃えるような赤い髪がよく目立つ。

 戦う前にいちいち名乗るのが彼の流儀らしく、声が大きいので、珍しくナタリアの記憶にも残っている生徒だった。


 天性のセンスとでもいうのだろうか。

 魔法の精度はそれほど高くないにも関わらず、勘を頼りに的確なタイミングで弱みを突いてくる。



 鈍く光る氷柱が牙を剥けば、土壁を展開して防御。

 そのまま壁を吹き飛ばし、相手に叩きつける。

 続けてトドメとばかりに雷を打った。


 息をつく暇もなく、怒涛の勢いで放たれる魔法。



 対戦相手は攻撃からなんとか逃げ切ったものの、その拍子に練習用の杖はポッキリ折れてしまったようだ。この状態からどう立て直すかが見ものだろう、とナタリアは戦況を分析した。




 平民だというラルフ・……は今年入学してきたばかり。貴族の子弟が多いこの学園では、かなり異色の生徒だ。


 なんといっても、彼は普段のふるまいが粗雑すぎる。


 今も、杖が使えなくなった相手のスタイルに合わせて、攻撃方法を切り替えるつもりのようだ。そこで邪魔になったからといって、杖を口に咥えるなんて……とナタリアは呆れた。それなら初めから無詠唱にしておけばいいのに。


 ただ、妙な求心力でもあるのか、他の生徒からは意外にも同胞として受け入れられているらしかった。




 それに比べて。


 ナタリアは遠眼鏡を左のほうへ向けた。


 たしか、このあたりにいたはずだ。

 ほどなく桃色の頭を見つける。


 視線の先にいるのは、セーラ・シュミット。


 彼女は襲ってきた炎の玉を鮮やかに躱すと、すばやく魔法を展開した。


 水の渦が土を巻き込み、大きな濁流となって対戦相手を飲み込む。


 その刹那、光が瞬いた。


 ローブにかけられている防御魔法が発動したのだ。



 あの生徒は戦線離脱。


 何だか見覚えがあるので、もしかすると同じクラスになったことがある生徒なのかもしれない。




 持ち上がり組のナタリアからしてみれば、途中入学組はなんとなく見分けがつく。


 入学したての不慣れな生徒は、大体どこか浮いているものだ。それに加えて、途中入学組は貴族ではない生徒も多いので、立ち振る舞いなどが洗練されていない印象がある。


 まあ、数年もいれば、貴族だろうと平民だろうと、だんだん学園の色に染まっていってしまうのだが……。



 そんな学園にあって、セーラの立ち振る舞いがナタリアの目についたことはなかった。


 もちろん、まだ学園生活に慣れておらず初々しいと感じることはある。この前も学内で道に迷ったと言っていた。


 ナタリアの瞳はセーラの姿を追う。


 彼女は観戦していた生徒たちの輪に入ったようだ。

 こうして授業中の様子などを見ていると、すっかり馴染んでいるようにも見える。



 改めて思い返してみると、それは不思議なことだった。



 ただ、すべての貴族が完璧な立ち振る舞いを身につけているわけではないし、平民だから粗野だと決めつけるのも短絡的だろう。



 セーラ・シュミットは単なる少数派だといえる──しかし、ナタリアは頭の隅で何かが引っかかった気がした。


「…………?」


 ナタリアは考える。

 目の前にやってきた黒いローブには気がつかないまま。


「見つけたぞ、ナタリア」

「………………」

「ナタリア!」


 婚約者の呼びかけも耳に入らず。


 考えて考えて。

 そして、ようやく一つのことを思い出したのだった。



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