第11話 悪役令嬢、思い出を話す
"ガーヴィン魔法学園の恋と日常"の悪役令嬢、ナタリア・ヴィッテンベルク。
攻略対象、セドリック・パートリッジの婚約者。
嫉妬に狂ってヒロインをいじめる役どころだ。
しかし今世のナタリアは、およそ恋愛とは無縁といえた。前世の彼女もおそらく、恋というものにはそれほど興味がなかったのだろう。
ナタリアが主に覚えていたのは、攻略対象とのやりとりではなく大まかなストーリー。クエストで覚えていく魔法や、自分がプレイするヒロインのことだったのだから。
「ナタリア様とセドリック様は昔から婚約されてるんですよね?」
「そうよ、昔から口うるさいの」
ナタリアは、セーラの質問に渋い顔で答える。
この前寝坊したときにも、女のくせに寝癖も直さないまま外に出るんじゃない!とうるさく怒られたのだ。ナタリアだって、普段はちゃんと直している。あの日はそうする時間がなかっただけだ。
「いつ、どうやって出会ったんですか?」
「特に面白いことはないけど……聞きたいの?」
「聞きたいです」
食い入るような返事だが、聞いたところで本当に面白いことはない。しかし、セーラは目を期待に輝かせてこちらを見ている。
「……そうね、セドリックと初めて出会ったのは6歳の頃だったかしら?」
ナタリアは昔を思い出しながら話し始めた。
──ナタリアは、桃色の花びらが降る庭に立っていた。
まるで空から降ってくるようなその様子が、この世界ではない記憶のものにひどく似ていたのだ。
一枚、また一枚。
ひらひらと舞う花びらが、彼女の黒い髪に落ちる。
ナタリアは考える。
ゲームの通りにバッドエンドを迎えて困るのは自分だ。今必要なのは、一人でも生きていく力をつけること。
そう、修行が必要なのだ。
「きみが、ナタリア?」
そこに声をかける者がいた。
子どもだ。
それもナタリアと同じくらいの年の男の子。
「そうよ、ナタリア・ヴィッテンベルク。あなたはだれ?うちじゃ見たことないわ」
こてん、とナタリアは首を傾げた。
「ぼくはセドリック・パートリッジ。きみのお父上に招待されて、今日はここにきたんだ。きみのことをみんながさがしている。一緒にもどろう」
セドリックは小さな手を差し伸べる。
しかし。
「あっ」
いきなり声を上げてナタリアは走り出した。
「え…………?」
残されたのは、呆気にとられるセドリック。
ナタリアの姿はどんどん遠ざかっていく。
「ちょ、ちょっとまって!」
我に返ったセドリックは、彼女の後を追いかけた。
木々の間を走り抜け、草花の茂みを飛び越えて。
アーチをくぐって奥へ、奥へ。
目的地に着いたナタリアは、ほっとした。
昨日は小雨が降っていたから、消えてしまうんじゃないかとヤキモキしていたのだ。
キョロキョロとあたりを見回す。
そして、置きっ放しにしていたスコップを手に取ったのだった。
小さな女の子はとても足が速かった。
セドリックはゼエゼエと息を切らす。
途中で見失いかけながらも、なんとか到着したのは小さな池。
「…………!?」
そこでは、なにやら作業をしているナタリアがいた。
緑色の芝生は抉られ、無残にも土の色が見えている。池を一周するように、うねうねとした模様を描いているようだ。意味のある記号に見えなくもない……気がする。ただ、庭師は間違いなく泣くだろう。
呆然としていると、セドリックは顔を上げたナタリアと目が合った。
「はい」
「?」
「あなたも手伝って」
セドリックは、ナタリアからそのへんに落ちていた棒切れを渡された。作業が終わるまで、屋敷には戻らないと言うナタリア。
そこからは彼女の指示どおりに謎の模様を描いていく。働かされたセドリックはすっかりくたくたになった。
ふう、とナタリアはひと息つく。
ようやく準備が整った。
最後の仕上げに、懐からハサミを取り出す。
セドリックは顔を強張らせた。
「ちょっと、きみ。それでなにを……」
ナタリアはハサミを構えた。
ジャキン!と豪快に髪の毛を切り取る。
うわーっ!と叫ぶセドリックに構わず、ナタリアは切った髪を池に放り込んだ。
ナタリアは、一本指を天に突き出して叫ぶ。
「いでよ、わが使い魔!
荒れ狂う水の支配者
リヴァイアサンーーッ!!!」
ザワリと嫌な風が吹く。
…………?
何も起こらなかった。
「あら?おかしいわね」
さかのぼること、1ヶ月ほど前。
ひとりでたくましく生きていくと決めたナタリアは、図書室で一冊の本を見つけた。
一人の女の子が他の世界から使い魔を召喚し、ともに修行して、困難を乗り越えていく。
そして、最後には世界一の魔法使いになる物語。
巻末には、魔法の呪文や召喚の仕方が詳しく書かれていた。
それは彼女より少し大きな子ども向けのおとぎ話だったのだが、小さなナタリアはすっかり魔法の本だと信じこんでしまった。
熱心に本を読み込み、どうやって修行するかを考える日々。ナタリアは、自分の使い魔として"リヴァイアサン"を召喚することにした。別冊の幻獣図鑑に載っていたなかで、一番強そうだったからである。
「どこかで間違えてたのかもしれないわ。本をかくにんしなきゃ」
再び駆け出そうとするナタリアを捕まえるセドリック。
「さっきから、きみはなにをしてるんだ!?」
「しゅぎょうよ」
「……しゅぎょう?」
一体なんの?
セドリックは疑問に思った。
ナタリアは続ける。
「わたしは世界一の魔法つかいになるの」
「せ、せかいいち?魔法つかい?」
「世界一だったら、だれもわたしの邪魔はできないでしょ。それに、ひとりでいきていくにも困らないし。わたしの影響力を世界にとどろかせてやるわ」
「…………………………」
長い長い沈黙のあと。
幼いセドリックは、おもむろに口を開いた。
「……ぼくが一生そばでみてる」
「へ?」
「きみをほうっておくと、世界があっというまに崩壊しそうだ。だから、ぼくが見張ってなきゃいけない」
決意を秘めた黒い瞳。
セドリックは、その旨を親に宣言したらしい。
それからまもなくして、何がどうなったものか二人の婚約が成立した。
そして、それは現在まで続いている──。
「と、いうわけよ」
話し終えると、ナタリアは聞き手のほうを見た。
……なぜかセーラはぷるぷると震えている。
「ぷ」
「ぷ?」
「プロポーズ……!?」
どこが?
ナタリアは白けた目になる。一生監視するぞ宣言をされただけだと思うが。
何を勘違いしたのか、一人で盛り上がってしまいそうなセーラ。この話を掘り下げても、ろくな結果にならない……。そう予感したナタリアは、セーラに話しかけた。
「あなたのほうはどうなの?」
「え?」
「好きな人とか。いるの?」
しどろもどろにセーラが話し出す。
「ええっと、まだ好きな人ってわけじゃないんですけど……。実は最近、同じクラスに気になる人がいて──」
なんだかんだで、恋の話には花が咲く。
今日も二人は日が暮れるまで、おしゃべりを続けたのだった。