第10話 ヒロイン、二人きりになる
乙女ゲームをプレイする理由の一つに、絵が綺麗というのが挙げられると思う。
美麗なタッチで描かれた攻略対象は、プレイヤーの心を魅了する。主人公となった自分が、そんなイケメンたちから口説かれる──現実ではなかなか味わえない体験だ。
可愛らしい主人公と攻略対象たちの恋愛模様。それを第三者の立場から見守るという楽しみ方をするのもよし。
イラストレーターによって描かれた登場人物は、メインから脇役に至るまで容姿が整っていることが多い。背景も含めて、その世界全体が美しいのだ。
絵画や演劇がどこの世界にもあることを考えると、「美男美女を見ているのが楽しい」という思いは万国共通なのかもしれない。
最終的に、何が言いたいのかというと。
セーラ・シュミットは、前世でも今世でも美しいものを見るのが大好きであった。
ある日の1限後。
授業を終えた教師に頼まれて、セーラは集めたクラスの課題を研究室に運んでいた。30人分のレポートなら一人でも運べる量だ。ノートのときには遠慮したい。
ふと、その途中で窓の外を見る。
──あ。
ちょうど2階から見つけたのは、下の小道を歩いているナタリアとセドリックの姿だった。
セーラが彼らと出会ってから、もうすぐ2ヶ月。
クラスが違うせいか、談話室や合同授業以外で二人を見かけることはほとんどない。
二人はいつものように連れ立って歩いていた。
ところが、二言三言しゃべったあと、その場に立ち止まる。
ナタリアが目を伏せた。
セドリックが彼女の頭に手を伸ばす。
そして──、優しく彼女の髪を撫でつけた。
その様子にセーラは見惚れる。
……こうして見ると、お似合いだよね。
ナタリアの表情はどこか物憂げで、感情の見えない紫色の瞳は神秘的。わずかに開かれた唇は濡れたように赤い。たっぷりとした黒髪が背中を流れ落ちるさまは、ハッとするほど色気があった。
一方のセドリックは、銀色の前髪を横に流している。隙間からのぞく切れ長の瞳に宿るのは、理知的な光。鼻すじがスッと通った端整な顔立ちには、ドキリとしてしまう冷ややかさがある。
対になるような黒と銀は一つの絵のように美しい。
そこにあるのは二人の世界だった。
この光景を見れば誰だって、ナタリア・ヴィッテンベルクとセドリック・パートリッジは仲がいいと思うだろう。
しかし、とセーラは考える。
ゲームの二人は親が決めた政略的な婚約者同士だった。
セドリック・パートリッジは、高慢なナタリア・ヴィッテンベルクのことをよく思っていない。事件の黒幕がナタリアであると分かった途端、彼女を切り捨てるほど冷淡なのだ。
今の彼なら、絶対にそんなことはしないだろうけれど。
一体、どういうきっかけで仲良くなったんだろう。
少し聞いてみたい気がした。
それから、数日後。
セーラには、セドリックと二人きりになる機会があった。彼がナタリアの「行けたら行く」という伝言を届けに来たときのことだ。
「ナタリア様とセドリック様は小さい頃からのお付き合いなんですか?」
「ああ。もう出会ってからずいぶん経つ」
ナタリアは今も昔も変わらず……と続き、長年の積もりに積もったものを感じさせた。ナタリアの暴走に振り回された歴史も浅くはなさそうだ。
クールな性格だったはずのセドリック・パートリッジ。彼が面倒見のいい性格になってしまったのも、ナタリアの影響だろう。
10歳のナタリアが自宅の庭の池を干上がらせかけたエピソードを語り終えると、セドリックはためらいがちに切り出した。
「──正直、君がナタリアと今のような関係になるなんて思ってもみなかった。ナタリアは、魔法以外のことにほとんど興味を示さないし、自分勝手な行動をとってばかり。周りのものを巻き込むのは日常茶飯事だ。そのせいで、学園では他の生徒からも遠巻きに見られている」
自業自得だ、とセドリックは呆れた様子を見せながらも続けた。
「でも、あんなナタリアでも婚約者であることに変わりはない。私は、君がナタリアと仲良くしてくれて嬉しいと思っている」
そこで言葉を切り、セーラの瞳をじっと見つめる。
「セーラ」
「はい」
何を言われるのか、とセーラも背筋を伸ばす。
セドリックは破顔した。
「これからナタリアで困ったことがあれば、いつでも言ってくれ」
なお、後日のナタリアから言わせると。
自分に人が寄りつかないのは、スペックの高すぎる婚約者がいつもそばにいるせいだ──ということである。