第1話 悪役令嬢、逃走する
「またおまえか!ナタリア・ヴィッテンベルクーーっ!!」
聞き慣れた教師の怒声を後ろに、ナタリアは勢いよく床を蹴って駆け出した。
誰が見てもカツラを被っている教頭の頭。それをちょっと光らせたぐらいで大袈裟だ。眠そうにしていた生徒の注目が集まるのだからよいではないか。いや、注目を集めるには光が弱すぎた気がする。あそこの魔法式をちょこちょこっと改良して──。彼女がそんなことを考えている間に、廊下の向こうからは慌ただしい足音が近づいてきた。
ナタリアは脱兎のごとく逃げる。
ここを曲がれば、中庭に面した窓があったはず。
いつものようにヒラリと窓から飛び降り──ようとして、目が合った。
ナタリアが着地点にしようとしていた場所にいたのは、一人の少女。ポカンとした顔でさくらんぼのような唇を開いているさまが可愛らしい。
そう、この可愛い顔はどこかで。
「セーラ・シュミット?」
「……ナタリア・ヴィッテンベルク?」
「待てこらナタリア・ヴィッテンベルクーーっ!!」
怒り狂う教師の声を聞いて、反射的にナタリアの身体は動いた。
「!?しまっ、避けてっ」
ナタリアが叫んだ時には時すでに遅し。
空中に投げ出された身体の行き先は決まっている。
二人の少女はものの見事に激突した。