有能盗賊と無自覚有能な冒険者は友達!
獲物が来たよ。
隠れて隠れて…気配を消して。
もう少しこちらに来たら…そうあと少しもう少し。
…今!
僕は仲間に合図する。
迷わず仲間は僕の指示通りに動き獲物を包囲した。
さあ、狩りの始まりだ。
獲物は商隊。
荷馬車がゆうに30を超える大所帯だ。
しかし、こちらも負けてはいない。
人数は100人越のここ最近では滅多にお目にかかることのできない規模だ。
それに手にした武器も横流しの上等品。
まさか僕達に出くわさないとでも思った?
まさかね!ここらへんは僕達の根城だよ?
僕はにこやかに笑った。
僕の笑いに誘われるようにしてバラバラと出て来たのは商隊お抱えの護衛達だ。
人数は大体僕らの半分。
余裕かな。
「てめぇら、殺されたくなきゃ荷物を置いてけ!」
「クソッタレ!お前らその紫の服装…!
さては最強の盗賊団『青の血族』側近部隊『葡萄の魅惑』だな!」
「その通り!死にたくなければ…」
仲間が全てを言う前に護衛の一人に斬り殺された。
それを皮切りに僕達は乱闘へと移行する。
僕は遊撃に徹して仲間を徹底的に援護する。
最初の一手こそ取られたが、やはり数では圧倒的にこちらが有利!
僕は勝利を確信した。
しかし、その時。
荷馬車の陰に隠れた男を見た。
赤茶色の短髪にバンダナ巻いたタンクトップが似合いすぎる筋肉男。
しまった、こんなところで気配を消して俺達を狩ろうとする奴がいるなんて気づかなかった!
僕は明らかに彼に近づきすぎていた。
彼の獲物は…杖?
棍棒でも剣でもなく!?
筋肉マッチョな魔法使い!?
やばい、そんな生き物がいる事にも驚きだけど、今魔法を叩き込まれでもしたらマジで死ぬ!
僕は重たい一撃が来ることを覚悟した。
しかし。
「うわぁぁぁ!」
彼はくるりと身を翻したかと思うと凄い勢いで逃げていった…。
え?
ちょっと思考が追いつかない。
僕は今、絶対絶命の大ピンチだったんだよ?
攻撃されたら避けられない、その上馬車が邪魔して彼への攻撃は届かない。
そんな絶好のポジションにいてなんで逃げるの?
しかし、考えている暇はない。
事態は刻一刻と変化していく。
商隊は護衛が負けると判断したのか一部の荷物を置いて逃走へと踏み切った。
「追いますか!?」
「だぁめ。深追いは禁物。
全体の三割頂けたんだからこれで良しとしなくちゃ」
僕は仲間にそう言って戦闘終了の合図を出した。
「仲間の状況は?」
「はい、右隊5人、左隊8人、正面隊4人、後方隊3人死亡。
全体で40人重軽傷!」
「結構犠牲が出たかな?」
「だからさぁ、もっと早く襲っちまえばよかったんだよ。」
僕の後ろから低くて聞き取りにくい声がした。
「副隊長!」
僕は彼の役職を呼ぶ。
「それにもっと追えば丸呑み出来たぞ?」
「やりすぎは禁物だよ。
本格的な討伐対象になって冒険者を差し向けられたらやられるのはこっちなんだから。」
「おいおい!そんな弱気でどーすんだよ!
あんたは見た目に反して強いんだからもっとイケイケドンドンでいいとおもうぜ?」
イケイケドンドンって古い。
ついぞ聞かない言葉だ。
「まあ、そんなことより、荷物を改めよう。」
「おい!」
仲間から呼ばれる。
「荷物の中に人が!」
「はあ?そんなんいらないからころ…」
仲間が引きずってきた男を見て数秒止まる。
いや、あの時逃げた筋肉さんですよね?
貴方を引きずっているこの人の三倍は筋肉ありますよね?
なのになんでズルズル引きずられているんですかね?
「殺すか?」
「ヒィイ!お、お助けぇぇ!」
筋肉ががばりと土下座で命乞いをしてくる。
「…」
「なんか、ノラないな…」
「うん…」
副の言葉に僕は頷く。
「どうする?」
「このまま捨てておこう。
子供じゃないんだから、勝手に仲間のところに行くでしょ。」
「だな。」
言って僕らは戦利品を持って筋肉を置いて去って行ったのだった。
筋肉は最後まで土下座で震えていた。
なんだったんだ、あの筋肉。
翌日、僕は奪った手荷物の中にあった本を片手に公園でゆったりしていた。
そりゃ僕は盗賊なんてのやってるけど、街にも行くしこうやって心穏やかに過ごしたりするんだから。
しかし、そんな時間はあっという間に壊される。
僕は見てしまったのだ。
公園のブランコをキコキコ漕いでる筋肉を…!
い、一体いつからいた!?
最初からいたら僕は別の公園に行っていた!
しかし、なんだか哀愁が漂っている。
なんか見てはいけないものを見たかもしれない。
僕はそっと公園を出ようとベンチから立ち上がった。
その時。
「!」
憲兵!
まさか、僕を捕まえにきた!?
自慢じゃないが僕には賞金がかかってる。
立派なお尋ねものだ。
僕は緊張した。
しかし、憲兵は僕の横を通り過ぎて…筋肉に声をかける。
「すみません、この公園で不審な人物が出たと通報がありまして…」
「え!?そんな怪しい人間が!?俺は何も見てません!」
「…」
いや、不審な人物ってあんたのことだよ。
「ところで貴方名前は?住所は?身分証持ってる?」
漸く自分がその不審な人物だと気づいたのか、目に見えて狼狽し始める。
「え?俺は怪しくないぞ!」
いや、めっちゃ怪しい。
「詳しくは詰所で…」
「だから、俺は…」
「あー!トム!!久しぶり!」
「え?」
憲兵が僕を見る。
あー、何やってんだ僕。
こんなことして憲兵に目をつけられるだけじゃないか。
「ほら、トム!マリーが呼んでたよ!」
「え?え?」
筋肉が狼狽えるがそこに僕はウィンクひとつ。
途端、彼は顔を赤く染める。
「どーも、どーも、ご迷惑おかけしましたぁー」
僕は彼の背中をぐいぐいと押して公園を去ったのだった。
「あんた何やってんだ?」
僕は彼に問いかける。
ここは街の片隅にある小さな食堂。
小さすぎて誰も客がいない。
客を迎える気もないのか、埃っぽくて天井には蜘蛛の巣まで張っている。
そこで僕達は期待を裏切らない不味い飯を前に聞いたのだった。
別にあのまま解放してもよかったんだけどね。
別れを切り出したらなんだかご主人様に捨てられる犬のような表情しやがったもんでさ…。
で、仕方なく僕の贔屓の店に連れてきたのだ。
「ってかあんた何者なんだよ?」
憲兵じゃないけど身分証を見たい気分だ。
「一応Fランクの冒険者をやってる。」
ぶはっ!
僕は思わず口に含んだご飯を吹き出した。
「ま、まじ!?」
み、見えるんだけど、見えない!
外見は確かにその筋肉のお陰で絵に描いたような冒険者だ。
しかし、初めて会った時の逃げっぷりと土下座、そして今日見たブランコ漕ぎ漕ぎは冒険者として….いや、一人の男としてどうかと思うレベルだった。
「かれこれ5年やってるベテランだ。」
「まって!5年もやっててまだFランクはおかしいでしょ!」
最下位ランクを5年もやるってある意味すごい才能だと思う。
「主に家事育児を担っているから….」
「その外見で!?」
「こう見えて料理は得意だ。」
いや、胸を張られても…
「じゃあ、なんであの時あの場所にいたんだよ?」
普段家政婦として忙しいならあの場所にはいないはず。
「食い詰めていたところを商隊の人が拾ってくれたんだ。」
「家政婦とした雇われたと?」
「家政婦じゃない!冒険者だ!」
やってることは家政婦でしょーに。
「見た目がからだろ?食い詰めてたから少しくらいの暴漢は見ただけで逃げてくし、大人数だから安全かなって思って…」
「飛びついたと。」
僕の言葉にこくりと頷く。
彼は家事育児専門の冒険者。
しかし食い詰めて普段は受けない護衛任務にのりだすもあえなく失敗。
商隊にも置いていかれた…とな。
「もしかして帰るアテもないと?」
「ああ….」
だからブランコ漕ぎ漕ぎしてたのか。
「じゃあ、うち来る?」
「え?」
「うちの稼業は盗賊なんだけど、昨日結構人数減っちゃってさぁ。
特に家事担当組が軒並み全滅しちゃって結構困ってるんだ。
よかったらうちで働かない?」
バン!
テーブルが壊れて料理が宙を舞う。
彼が力一杯叩いたからだ。
先程までの情け無い顔はどこへやら彼の顔憤怒に染まっていた。
「見損なうな!
俺は確かに戦いが苦手で家事育児専門で仲間内からもバカにされてる万年Fランク冒険者だ!
だがな!だからといって盗賊の仲間になど誰がなるものか!
俺は未熟だがそれでも誇り高き冒険者だ!」
小さな店に響き渡る彼の怒声。
僕はただただ呆然と彼を見ていた。
「はっ!す、すまない!」
彼は我に返り謝ってくる。
そして壊れたテーブルを端に寄せ別のテーブルをもってくる。
「あ、いや、こっちこそ悪かった。」
僕はとりあえず料理を再注文する。
「ところで、君は?」
「え?僕?」
「そうだ。そんなに華奢なのだ、盗賊など辛いだろう。
抜けるのが厳しいなら冒険者ギルドを頼って…」
ここで彼の言葉は途切れる。
僕が音もなく彼の後ろに回り込み首元にナイフを当てたからだ。
「盗賊稼業が辛い?何いってんのあんた。
あそこは僕が一から作った僕の居場所だよ?
勝手に想像して貶めないでくれるかなぁ?」
「あ、ああ、わ、悪かった。」
彼の謝罪を受け入れ僕は席に戻る。
「…」
「…」
この後は無言で過ごし、僕達は挨拶もなく別れたのだった。
そう、話はこれで終わり。
かたや家事育児専門の弱小冒険者。
かたやお尋ね者の賞金首。
二度と交わることなどないはずだ。
大体、僕は彼の名前すら知らないのだから。
名前くらい聞けばよかったかな…。
何故かそう思うし、喧嘩別れのようで心残りだった。
しかし、時が流れるうちにきっと思い出すこともなくなる…
筈だった。
それから一週間後。
彼が僕にに来た。
「おい、あんたに客だよ!」
「え?」
僕はアジトで自堕落に過ごしていたところを呼び出される。
「誰?」
「ほら、いつかの筋肉。」
「え!?」
あれから一週間も経ったというのに忘れるどころか日に日に考えることが多くなった彼の姿を告げられらばすぐにでも向かおうという気にもなる。
「おいおい!お前どうしたんだ?」
「え?」
「すごい嬉しそうな顔してるぞ?」
「そう?」
そんな顔してるの?
「お前、基本作り笑いしかしないし、何考えてるかわからないから、それくらいが丁度いいな。」
「え?」
僕って作り笑いしかしてないの?
結構楽しい時には笑うよう努力していたんだけど。
「え?ってお前気づいてなかったのかよ…」
呆れたように言われてしまった。
「一部の奴らはお前のそのへらへらした態度を見てナメくさってる。
気をつけた方がいいぞ?」
「油断を誘ってるんだよ。」
いいながら、僕は筋肉の前にたどり着いた。
「やあ、久しぶり。」
「ああ。」
相変わらず立派な筋肉だ。
「で?何の用?」
「…これを…」
言って彼は一枚の紙を手渡してきた。
中を読む。
『急募!盗賊団『青の血族』の側近部隊『葡萄の魅惑』討伐隊募集!!
ランクはC以上、成功報酬は20万ゴールド!
賞金首を倒した者にはその賞金も手に入る!!』
「これ、お前達の事だよな?」
「だね!お前ら!ついに冒険者どもが俺達を狩ろうと本気になったみたいだよ!」
「ふはっ!遅い!今更だな!」
「腕がなるな!」
「Cランクの冒険者を狩り殺せば名前が上がるな!」
「こら!いくらお前達が大人数でも冒険者の討伐隊には勝てない!!
潔く逃げるか自首するかすべきだ!」
カッ
僕は彼にナイフを投げつけた。
そのナイフは彼のすぐ耳横を掠めて後ろの壁に刺さる。
「ご忠告どーも。でも僕達はここで生きてきたし、ここでしか生きられない。
だから自分達の居場所は自分達で守るしかないし、自首だの逃亡だのはありえない。」
「そうだよ。この情報は助かった。
冒険者ギルドの情報は中々手に入らないからな。
すぐにどの程度の人数が集まっているのか、いつ山狩りをする気なのかを確認しなくては。
僕はポケットの中から小ぶりの宝石を出した。
それを筋肉の手にそっと握らせる。
「はい、情報料。助かったからね。」
「俺はこんなものが欲しくて来た訳では…!」
「はーい、お客さんお帰りだよー」
みなまで言わせず僕は強制的に筋肉を下がらせた。
「いいのか?」
「これからの事を考えるといたら邪魔でしょ?」
「…まぁなあ。」
そう邪魔。
彼は戦えない。
ここにいたら今度は確実に死ぬ。
ならば逃がさなくては。
食い詰めたって言ってたんだ、あの宝石があれば生活の立て直しくらいは出来るだろう。
「いいのかよ、あの宝石。お前のお気に入りだったろ?」
「いーよ、別に。」
ここにあったら盗られるだけでしょ。
だったら役に立つよう人に渡すのが筋ってもんだ。
そう気に入っていたんだ、あの葡萄色のルビー。
小ぶりだけどとても綺麗だった。
あの宝石は彼の生活の足しになり、売られた先で細工され貴族を飾る宝飾品になる。
うん、それでいいと思う。
「さあ、情報を集めよう!そして作戦会議だ!」
僕達だって好き好んで死ぬ訳じゃない。
冒険者を逆に狩りとってやる!
数日かけて調べたところ事態は思った以上に進んでいた。
既に冒険者は20人以上集まっており今夜にも山狩りが始まる模様。
こちらは先日の襲撃の余波で半数近い人数が負傷している。
おそらくそこも見越しての短期決戦に持ち込むつもりなのだろう。
「おい!山に火が灯った!」
「!」
僕は外に出て確認する。
無数の松明がこちらに向かって進軍してきていた。
「遂に来たか…!」
「どうする!?」
「予定通り後ろから回って挟み撃ちにする!」
怪我人多数とはいえ人数だけならこちらはあちらの倍はいるのだ。
まだ狩られると決まったわけじゃない。
「よし、予定通り動け!」
副隊長の号令がかかり仲間は散会した。
「それより、お前に見せたいものがあるんだ!」
「見せたいもの?」
このタイミングで?
「ああ、こっちに来てくれ!」
副隊長がアジトから少し離れた草むらに僕を連れていく。
「何があるんだ?」
「これだよ。」
ごろり。
筋肉が転がっていた。
「え?」
なんで筋肉が猿轡を咬まされて簀巻きで転がってんの?
「え?何、これ?」
僕は数日前に彼を逃したはずだ。
なのになんでここにいるの。
しかも簀巻きで。
「いや、実はな俺達取引したんだ。」
「取引?」
俺達?達ってなんだ。
「お前はともかく俺はなぁ、死にたくないんだわ。
だから、こいつが情報を持って来た日に俺達は冒険者ギルドに自首したんだ。」
俺達は自首した。
…複数で自首した。
「そしたら司法取引っていう奴を持ちかけられた。」
すごい嫌な予感がする。
「お前の首を手土産に出来たら強制労働の免除だってさ。
…なら、やるだろぉぉ!!?」
副隊長の声に誘われ20人ばかしの仲間が姿をあらわす。
「こいつらは二つ返事で俺についてくるってさ!
お前のやり方は気にくわない、お前のヘラヘラした態度が気にくわないって普段から言ってた奴らだ!
気に入らないお前を殺せてしかも減刑されるなら、やるだろ普通!」
「確かにな!」
僕はすぐさま戦闘態勢に移行する。
ここにこれだけの人数がいるってことは冒険者を挟み撃ちする作戦は失敗。
残った連中は今頃冒険者達に狩られてしまったことだろう。
助けはこない。
「随分この僕を…『葡萄の魅惑』隊長であるこの僕を見くびるねぇ?」
「ひっ!」
誰かが僕の殺気を浴びて嗚咽を漏らす。
筋肉が刮目する。
見た目はこんなだけどそこらの下っ端じゃないよ、僕は正真正銘生死問わずの賞金首だ。
「で?最後に聞くけどなんでこの筋肉がここにいるの?」
「俺だって俺達だけであんたに勝てるなんて思ってないさ!
だから人質だよ!」
「人質?」
僕は首をかしげる。
「彼にその価値があると?」
「ああ、あったさ。」
ニヤリと彼は笑った。
あったさ。…過去形。
「んーーー!」
猿轡を咬まされた彼が何やら呻いた。
直後。
体の中心部から剣の先が生えてきた。
「…?」
「な?」
副隊長が笑う。
「…かは…」
吐血した。
葡萄色の服が黒くなる。
僕は膝をついた。
「これであんたは終わりだ!」
さらに追撃で副隊長が僕を肩から腹にかけて斬り伏せた。
意識を失う直前、彼と目があった。
「…逃げ…て…」
全くまさか僕の最期の言葉がそれか。
嫌になるよ、全く。
僕の懐にナイフがあるからさ、それを使って逃げて。
痛みが徐々に引いていく。
そうか、死ぬ瞬間は痛くないんだな。
僕は目を閉じ死を受け入れた。
受け入れた。
受け入れた。
…受け入れたんだってば!
僕は一向に死ぬ気配がなくて目を開ける。
すぐ目の前に筋肉の顔があった。
「うわぁぁ!」
僕は全力で飛びずさった。
「…ってあれ?」
僕は普通に動く体に驚く。
怪我はどうした?
刺されたし斬られたよね?
服はその時の様子をまざまざと見せつけるように破れていた。
それにあいつらももういない。
僕を殺したと思って立ち去ったか。
「おい!大丈夫か?」
見ると簀巻きにされつつも猿轡を自力で取り除いた筋肉が聞いてくる。
「う、うん。」
何がなんだかわからず僕は頷いた。
「治癒魔法が効いたみたいだな。」
…
「ちゆまほー!?」
何それ!!そんな凄い魔法使えたのわけ、この筋肉!!!
さらっと言うけど、高位の神官が何年もかけて習得する魔法だよね!!
そんな凄い魔法使えるやつが万年Fランクで家事育児専門っておかしいでしょ!
「俺は後衛専門のつもりで冒険者になったが…このなりでは皆前衛を期待する。
違うといえば期待外れだと言わんばかりに去っていく。」
成る程、後衛じゃ一人で冒険なんて無理だから必然家事育児専門のFランク冒険者へと成り下がると。
「でも、治癒魔法が使えるっていえばさ…」
「勝手に期待して勝手に期待外れと罵る奴らに教える気も治してやる気もない。」
彼には彼なりの矜持があるらしい。
「はあ…。治してくれたのは有り難いけど。
これから…」
どうするのと聞くより早く草むらを掻き分ける音がした。
僕は素早く筋肉の簀巻きを解く。
そして、戦闘態勢へ移行。
仲間かもって?
それはありえない。
「て、敵か!?」
怯える彼に僕は答えない。
答えようがなかったから。
僕にとっての敵が彼にとっての敵とは限らないから。
だって彼は冒険者。
まだ、そっちに戻れる。
後衛専門なら人など殺した事などないだろう。
僕は違う。
数えることはとうの昔に辞めてしまった程度には殺している。
彼を僕と一緒にしてはいけない。
「いたぞ!」
見せた姿は知らない顔。
冒険者!
すぐに僕は筋肉を立たせて盾にした。
「おい!話が違う!生きてるじゃねーか!」
「それ以上近づくな!」
ひたりと止まる冒険者達。
その数5人。
「こいつの顔がみえねぇか!?」
僕は彼らによく見えるように筋肉の喉元にナイフを突きつける。
「こいつ!Fランク冒険者!」
「家事育児専門の奴だ!」
どうやら彼を知ってる冒険者がいたようだ。
それはよかった。
「こいつは僕の首を無謀にも狙ったアホだ。
だが、人質にしてやる!」
「チキショウ!お前、バカか!?」
「Fランクが何邪魔しやがる!」
文句を垂れつつも見捨てる選択はないらしい。
「道をあけろ!」
僕は開いた道を歩く。
その時僕はわざと彼を奪還できる隙を作った。
「!」
案の定、それに食いついてきた冒険者!
「おい…!」
僕から引き剥がされて手を伸ばしてきた筋肉。
さよなら、筋肉。
これで君はそちらに戻れるよ。
人質を失った僕は強制的に戦いへと流される。
だけど、全て予定通りだから慌てない。
副隊長の時は騙され遅れをとったけど正面切ってなら僕は負けない。
僕は素早く動いて攻撃をかわしてナイフを投げる。
弾かれるナイフ。
っち!
僕は舌打ちする。
狙いは完璧だけど、向こうも中々やる。
5人もいると隙をつきづらい。
思ったよりやるな!冒険者ども!!
だけど舌打ちしたのは彼らも同じ。
彼らも僕に全く攻撃が当たらず苛々し始める。
その苛々が命取りになるのが早いか僕の体力が尽きるのが早いか…。
視界の端に筋肉が映る。
彼は僕を見ていた。
目は全く僕に追いついてなかったけど僕を見ていた。
ったく、見惚れてないでさっさと逃げろよ!
流れ弾が当たっても知らないよ!?
僕は心の中で毒づきながらも冒険者達の猛攻を避け続ける。
僅かな隙をついてナイフを投げるが、やはり当たらず。
大丈夫、まだ体力はある。
少し息が上がったけど。
「もう少しだ!押せ!押せば殺せる!」
「そうすれば100万ゴールドは俺達のもんだ!」
俄然やる気を出した冒険者達。
現金なもんだ。
とはいえ、ヤバイかな?
僕は苦笑する。
でも、ここで諦めたら死んじゃうからね。
まだまだやるよ。
しかし、神は僕を見放したようだ。
「!?」
懐に隠していたナイフが尽きたのだ。
あ、これ死んだわ。
本日二度目の死の覚悟を決めた。
冒険者達が嫌な笑いを浮かべて剣を振りかぶって…
がしゃん
剣が落ちる。
「…?」
冒険者達の目が虚ろだ。
「あはは…」
「じーちゃんが川の向こうで手を振ってるぅ」
なんかヤバイ雰囲気に僕はドン引きする。
がっ!
急に僕は手を引かれて我にかえる。
手を引いたのは筋肉だった。
「幻覚だ。」
「え?」
「幻覚魔法を使った。」
なんですと!?
僕は改めて冒険者達を見る。
うん、がっつり全員効いている。
こんなに効くなんて…こいつ実は腕いいんじゃないか?
「逃げよう」
「あ、ああ」
僕はただ頷く事しか出来なかった。
僕達はその後誰にも会う事なく無事に逃げ切った。
正直、まだ生きてる事が不思議で仕方ない。
認めたくはないが、彼のお陰だ。
僕達は山の裾野で上がった息を整える。
「あは、あはは!」
僕は大笑いしていた。
だって生きてるんだもの!
仲間はみーんないなくなったのに僕だけが!!
僕の居場所はなくなった。
手元に残ったのは前科持ちの犯罪者という肩書きだけ。
最悪だ。
青の血族の頭領の元へ逃げる?
ダメだ、隊を丸ごと潰して逃げかえれば頭領に殺される。
「なあ、君は今後どうする気だ?」
筋肉が聞いてくるが、そんなの僕がききたい。
どうすればいいのだろう。
「もし行く宛がないなら俺と冒険しないか?」
「え?」
思ってもみなかった申し出に僕は唖然とする。
「僕、前科持ちで賞金首だよ?」
「俺が保証人になれば冒険者登録出来る。」
「そんな簡単に保証人になるって言うけど、こんな怪しい人間の保証なんてしていいの?」
僕がなんかやらかしたら、それ全部筋肉の責任になるんじゃない?
「怪しくなんかない。君は僕を助けようとしてくれた。」
「あー…」
僕は天を仰ぐ。
どうやら気づいていたようだ。
わざと人質にとってわざと冒険者達に回収させようとした事を。
「気まぐれだよ。」
「気まぐれでもなんでもそういう事が出来る人間なら問題ないさ。」
心地よい風が吹く。
「はあ…。言っておくけど僕と一緒にいたら冒険というより逃亡に近い状況になるよ?」
何せ賞金100万ゴールドだからね。
寝首をかかれかねない毎日になる。
「それもまた一興。」
「お前、弱い癖に。」
「君がそのぶん強い。」
「まあね。」
僕は肩を竦める。
「安心して戦えばいい。怪我したら死なない限り治してやる。」
「おー!じゃあ、回復と後衛は任せた。」
僕は拳を彼に突き出した。
「僕はシャル。お前は?」
「俺はアッサムだ。」
ごつんと拳をぶつける。
こうして僕達は二人旅へと出たのだった。
そしてその後、もう一人の男と出会い僅かな期間でCランクにまでのし上がるまで後一年。