02
アレイスターは生まれて二日目なのにもうこの研究所を自由に動き回れる。自らの身を守る鱗、敵と戦う爪や牙こそ育っていないが行動力や好奇心だけは身体を追い抜いて急速に成長していた。リリスが用意してくれたからよかったもののトイレが用意されなかったらどうなっていたことやら。ちなみに、あまりにも育児についての準備が足りないということで、ぼくはリリスにこってりと搾られてしまった。
とにかく。
人間の子供と比べれば早いがアレイスターには迅速な教育が必要だ。
「とはいえ、教育なんてやったことないんだよなあ。ぼくは学問を究める者であって学問を教える者ではないし」
「きゅい?」
「マスターができないのなら不肖この私が」
「きゅい!」
「……できるの?」
「マスターのお世話を何年してきたと思っているんですか」
「ですよね」
「きゅいきゅい!」
アレイスターはぼくらの言葉を理解したのか無邪気に笑った。つられてぼくやリリスも笑った。
リリスの教育は非常に厳しく、見ているこっちがかわいそうに思えてくるほどだった。しかし、アレイスターを匿うとリリスが笑顔で尋問してくるので結局アレイスターを差し出すしかないのだ。
「アレイスター、自分の名前を言ってみなさい」
「ドラゴンの子供が人間のように発声できるの? 種族からして難しいと思うけど」
「マスター、この子はトゥルードラゴンなのですよ? 言葉を話すなど朝飯前です。それに、今の時点から言葉を覚えておいて損はありません」
「おっしゃる通り」
「アレイスター、自分の名前を言ってみなさい」
「ありぇいしゅたー」
「うん、随分上達しましたね」
ぼくには成長したように見えないがリリスがそう言っているなら上達したんだろう、たぶん。
「この子は、話すことはできませんが話を理解する能力は既にそなえています」
「ありぇいしゅたー」
「そうです。その調子です。ではマスターの名前を言ってみなさい」
「ほーえんひゃいむ」
「!」
驚いた。生まれてからたった一週間、でここまで言えるとは。
「アレイスター、では私の名前は?」
「りりしゅ」
「正解。ただ、マスターを呼ぶときはお父様、私を呼ぶときはお母様と呼びなさい」
リリスはかなり教育熱心だな。まさかこんな短期間でここまで鍛え上げるとは。
「そういえば、ぼくのレポートどこ行ったか知っている? 見当たらないんだけど」
ぼくは整理整頓が苦手で普段ならリリスに手伝ってもらっているが、今リリスはアレイスターの教育をしている。
「あー!」
「まさかそれ……」
アレイスターが取り出したのはまさしくぼくが探していたレポートだった。
「ありがとう、アレイスター」
「マスター、いい加減整理してくださいよ」
「はは、面目ない」
「まあいいでしょう。アレイスター、これで今日の勉強はおしまいです」
リリスのその言葉を聞くとアレイスターは逃げるように去っていった。