01
深い深い森の中、そのさらに奥にある洞窟。ぼくは毒々しい色彩をした液体や鈍く光る怪しげな鉱石に囲まれていた。
ぼく、ホーエンハイムは魔術師である。
ぼくは魔術師として異端として扱われ、教会に異端認定されて追われているのだ。そのため、こうして人間の生息環境から離れた場所で活動している。
「いやあ楽しみだね」
「そうですね」
ぼくの言葉に答えるのはぼくの従者、リリス。実は、彼女は人間ではない。もちろん、シェイプシフターのごとき人型の魔物でもない。
ホムンクルス。
ぼくの専門は錬金術であり、その技術を使って生み出したのが彼女。ホムンクルスは生まれながらに高い知能を備えているが、代わりに小さな身体と短い寿命という欠点を持っている。だが、このぼくの知識と技術を総動員して十代後半の身体と不老の寿命を与えることに成功した。
ちなみにぼく自身も賢者の石によって若返り、不老の存在になっている。
「長い間魔術師をやってきたけど、こんなことは初めてだよ」
今からやろうとしていることは、ある生物の出産だ。それも犬や猫のようなどこにでもいる生物ではない。普通の生物とは全く異なった進化を遂げた魔法生物、しかも世界に数えるほどしかいない超希少生物である。
「マスター、卵をお持ちしました」
「ああ、ありがとう」
卵。
そう、卵だ。
大きさは鶏のものの十倍以上ある。鶏の卵は片手に収まるほどの大きさしかないが、この卵は両手でかつがなければいけないほど大きい。卵の殻も鶏の卵のものよりも硬く、まるでドワーフが鍛えた武器のように強靱だ。一度だけ地面に落としてしまったことがあるが、傷一つついていなかった。ただ、食用の鶏の卵と違う。この卵は殻越しではあるが体温や心拍が伝わるのだ。
「マスター、卵を愛でていないでそろそろ始めませんか?」
「ああ、そうだった」
ここから生まれてくる子のことを考えるとつい作業の手が止めてしまう。だが作業の手を止めると卵から孵ってくれない。ここは涙を飲んで卵を愛でるのをやめるしかない。
卵を洞窟の地面に描いた魔術陣に置き、そこに魔力を注いでいく。すると、ぼくの魔力に応じるように卵が内側から割れていき、卵の中の生き物の手足がちらちらと見えてくる。やがて卵の亀裂は大きくなり、殻が次々と剥がれていく。
「マスター……」
「ああ……」
ドラゴンの赤ちゃんが生まれた。
この世界において最強の生物とはドラゴンである。他の生物に比べて一戦を画する巨大な身体と身体能力。ブレスなどの特殊攻撃や魔術を操り、人語を解する高い知能。翼による飛行能力。目の前の赤ん坊はそのドラゴンの中でも最上位とされるトゥルードラゴン。
だが、自然界で最強の生物といえど赤ん坊はかわいいものだ。庇護欲をかきたてられる。
当然のことながら生まれたばかりのドラゴンは成長した個体に比べて非常に小さい。せいぜいが小型犬くらいだ。ドラゴンの特徴である爬虫類の鱗や爪も一応あるもののあまりにも弱々しい。
「きゅい、きゅい」
生まれたてのドラゴンはぼくたちを親と思ったのかかわいらしい鳴き声をあげながらこちらへ近づいてくる。だが、生まれたばかりであるがゆえにその歩みはとても遅く、すぐに泣き出してしまった。
「きゅぃ、きゅぃ」
「どうやら泣き虫のようだね、これが最強の生物であるドラゴンとはとても思えない」
「生まれたての赤ん坊なんて泣き虫に決まっていますよ、マスター」
生まれたてのドラゴンを抱き上げると、意外と重かった。考えてみればぼくは人生のほとんどを魔術師として生きてきた。賢者の石を精製して悠久の時を生きてきたけれど、普通の人間の人生とは程遠い生活を送ってきた。恋愛や結婚なんてしてこなかったし、ましてや育児をしてきた経験なんて皆無。赤ん坊の体重を知らないのも当然と言えば当然のことだ。
「この子の名前は……」
ふと思いついた。何かからヒントを得た訳でない。だが、それが一番相応しいように思えた。
「アレイスター。お前の名前はアレイスターだ」
ドラゴンの子供、アレイスターとの生活が始まった。