第9話 初心者講習
結局昨日は1日片手刀の練習で潰してしまった。通常の動き自体は問題ないと思うのだがスキルを使うとなると不安は残っている、初心者講習が終わったらまた訓練しようと思うが取り合えず予定していた初心者講習を受ける為ギルドへと向う。
「おはよう御座いますグレンさん。まずは座学がありますので2階の研修室に行って貰えますか?」
「おはよう御座います。了解しました」
研修室には俺の他に3人の冒険者が座っていた。1人は人族の若い男、そしてその隣に座る人族の若い女、それから少し離れた席に座る黒いローブを着た女だろうか?胸元が若干膨れているので多分女だろう。俺は取り合えず3人より後ろに座る事にした。
(さてと、『調べる』タイムと行きますか)
▼シン 15歳
人族 戦士Lv3
ジャガール王国 冒険者
▼エリ 15歳
人族 魔法使いLv2
ジャガール王国 冒険者
▼エイナ 15歳
魔女族 黒魔法使いLv12
魔国グランデナ 冒険者
「・・・魔女ねぇ・・・はぁ!?」
驚きのあまり声が出てしまい3人がこちらを振り向く。やばい、やらかした。
「いや、何でもない急に変な声を出してすまないな。そこの彼女が一瞬魔女に見えてね、どうやら寝不足で呆けてたみたいだ、気にしないでくれ」
男と女の方は直ぐに視線を逸らしたが、魔女は明らかにこちらを不審がっている。っていうか魔族が何でこんな所で初心者講習受けてるんだよ、意味分からねぇよ・・・そりゃ声も出るよ!
頭の中で色々考えている間に担当者が来て初心者講習が始まってしまった。最初は冒険者の基本的な考え方や冒険者のメリットデメリット、更にこの国における冒険者の役割等が説明される。昼まではそれを含めて冒険者をやる上での心構え等の講義を受ける。
一旦昼食を挟んだ後は訓練所で基礎体力についての講義と訓練、それが終わったら一般的な武器の扱い方等を教えて貰って18時に初心者講習の1日目が終わる。2日目は朝から魔法についての座学を受けて、基礎体力訓練と武器を使った訓練となるらしい、3日目は基礎体力訓練の後に模擬戦を行ってから森での野外訓練を行って野営し、翌日の朝にギルドで初心者講習の終了式があって解散となるという日程だと伝えられた。
そして1日目と2日目は何事もなく過ぎて行ったのだが3日目の野外訓練で問題は起きた。
「それではこれより野営の準備に入る。2人1組でチームを組め、夜間の見張りは前半と後半に分かれて担当して貰う」
するとシンとエリは直ぐにチームを組んでしまった。先日聞いたのだが彼らは同郷の幼馴染で普段から2人でパーティーを組んでいるそうだ、となれば男と女でもチームを組むのに何の問題もないのだろう、もしかしたら付き合っているのかもしれない。しかし問題はこちらだ、出来るだけ関わらないようにしていたがエイナとパーティーを組むとなると何を言われるか分かったものではない。
「折角男女2人づつですし、男は男同士でチームを組んだ方が良くないか?」
「いや、俺達は普段からパーティーを組んでいるからな、出来れば普段通りの方が何かあった時に動きやすい」
案の定シンに一蹴されてしまう。ちらりと監督官のを見るが、俺の意見は通らなかった。
そして俺の不安は的中し、みんなが寝静まり2人だけになると彼女が口を開く。
「あなた、初日に私を見た時に何か言わなかった?」
静かな口調だが、確実にこちらを疑っているようだ。魔女というのは耳がいいのだろうか?何かの昔話でそんな風に書かれていたような気もするがあれは地球の物語だし関係ないとは思うが獣人にはそれぞれの種族の特徴が現れると聞くし、獣人でいう兎人の様に魔族の中では耳がいいというのも無い話ではない。
「何の事だ?何も言ってないと思うが・・・」
「嘘ね、あたしは特技があってね人の感情がある程度読めるのよ。今のあなたは嘘を言ってると思うのよね、どうして私の正体が分かったの?」
俺の言葉を遮って彼女が問い詰めてくる。どうしたものか、判断が難しい・・・基本的に魔族であれば人族とは敵対しているはずだ、それがこうやって冒険者をやっていると言う事はいくつかのパターンが考えられる。一つはスパイとして潜り込む為に身分が必要だった、もう一つは何らかの事情で魔族側から逃げて来て生活の為に冒険者になろうとしている。最初のパターンの場合は態々初心者講習を受ける必要は無いだろう、彼女のレベルであれば立派な冒険者としてやっていけるはずだ。更に今の状況になるまで彼女が接近して来なかったという事は殺意は低いと見てもいいだろう、スパイであればその感情を読む能力でもっと早くに俺を消そうとしているだろう。
面倒だが動くしかないな、どちらにせよ戦闘になっても俺が負ける事はないし彼女が善人であるという可能性だって高い、兎に角今は判断する為の情報が必要だ。
「しょうがないな、ちょっとここから離れないか?間違って聞かれたくはないだろう?」
少し離れた場所まで彼女を連れて行き俺は羽根を出す、正確には俺は魔族ではないのだが彼女と落ち着いて話すには羽根を見せるのが最適だろう。なんたって俺の種族である鳥人族は魔族認定されてるんだからね。
「え、うそ・・・どうして・・・」
俺の正体を知って呆然としているがこちらから話を進める。
「取り合えず落ち着いて話そう、まずはそっちの事情から話してくれないか?」
「えっと、もう分かってると思うけどあたしは魔女族なの。あたしは魔族領でも辺境の方に住んでてね、昔から人族に興味があって・・・それで田舎を飛び出して来たの」
少しづつだが彼女が事情を話してくれた、人族の領地に来たのはただ興味があって、冒険者になったのは魔法に自信があったから、そして何故初心者講習に参加したかと言えば冒険者の基本が分からなかったからという事だった。ちなみに魔族として人族への憎しみ等は特になく、出来れば友達になりたいらしい。
「成る程な、俺も似たようなものだな。魔族だ人族だ、なんて関係なく自由に生きたいんだ。だからこうやって冒険者になった」
「そうなんだ、良かった分かって貰えて。正体がばれてどうしようって凄く焦ってたんだよ?はぁ、何だが安心したら腰が抜けちゃった」
彼女は心底安心したようでその場に座り込んでしまった。まぁ、本当の事は言ってないが嘘も言ってないから彼女が安心してくれたならそれでいいだろう。
動けない彼女からは沢山の情報が得られた。まず彼女達魔女族はその名の通り魔女しか居ない、生まれてくるのも基本的に女の子だけで子供を生む為には他の種族と行為を行う必要があるらしい。エイナの父親は人族の冒険者で魔族に捕まり奴隷にされていた、そして最初は父親とは知らずに使用人として家で働く父親と接していたそうだ。その話を聞く内に冒険者に興味を持った、そして今回のような行動に出たという事らしい。
そして基本的には母親の遺伝子を引き継ぐのだが10人に1人程父親の種族の特徴が出てしまうらしい。エイナは一般的な魔女よりも鼻が低く、耳も短く、殆ど普通の人と変わらない見た目に生まれたが、一般的な魔女はエルフと同じように高い魔力を持ち年齢による肉体の変化が遅く耳も生まれつき長い、そして年を取る毎に鼻が伸びてくるのが最大の特徴だそうだ。エイナはその外見の為、殆ど疑われる事なく人族王都までやって来れたらしい。
「なんで王都まで来たんだ?こんな遠くまで来なくても辺境にだって冒険者ギルドはあっただろう?」
「だって、万が一辺境で冒険者になって魔族討伐なんて事になったら嫌じゃない。それにお父さんは王都に住んでたらしいの、だからあたしも王都を見てみたいって思ってここまで来ちゃった」
まぁ確かに一理ある、誰だって自分と同じ種族と戦うのは嫌だろう。どうして正体が分かったのか聞かれたが、同じ魔族だから何となく分かったとだけ言って誤魔化しておいた。俺も彼女の能力が気になったので聞いた見ると、耳がいい、鼻が利く、相手の感情が何となく読める、魔力が高いのが魔女族の特徴で最初の呟きが聞こえた事とさっきの質問で俺の言葉に嘘の感情が出ていたから確信したという事だった。
「取り合えず戻ろうか、もう立てるだろ?」
「あ、そうね。戻りましょうか」
戻ってからは朝になるまで聞かれても問題ないような雑談が続いた。結構色々話したが基本的に彼女も色んな所を見て周りもっと人というものを知りたいそうだ、その為に最低限の身分と冒険の知識が欲しいらしい。俺も取り合えずの目標は旅だという事は伝えたが特に一緒に旅をしようとかパーティーを組もうという話には成らなかった、もしそんな話になったとしても多分断っていただろう。彼女はとても可愛らしいが今の俺には言えない秘密が多すぎて誰かとパーティーを組むというのは難しい。それに女の子と2人で旅とか自分の理性を抑えられる自信は全く無いのだ。
朝になってみんなが起き出すと朝食の準備を始める。そして食べ終ったところで後片付けをして冒険者ギルドへと戻る事になった。
「それではこれで初心者講習を終了する。これからより一層冒険者として活躍出来る事を期待している」
と、いう事で初心者講習を無事終える事が出来た。今回の講習では知らない情報や技術もあり大変勉強になった、それに一般的な駆け出し冒険者の水準を知る事が出来たし魔族の事も知る事が出来たので得る物は多かった。
「ねぇ、グレン私と友達になってくれない・・・?」
別れ際にエイナが右手を出して来たので勿論だと握り返す。その時に異変に気が付いた、なぜかエイナのマークが緑から青に変わったのだ。ゲーム時代の青は味方を示すマーク、つまりパーティーかギルド、もしくはクラン、そしてフレンドのマークだ。
「どうしたの?変な顔して」
「いや、何でもないよ。こっちに来て初めて友達が出来たから嬉しくてさ、はは・・・」
「そう、あたしも初めて友達が出来て嬉しいわ、宜しくねグレン」
取り合えず一旦落ち着いてエイナと会話するが、これは急いで確認する必要がある。エイナと別れると疲れていた事もあり、真っ直ぐに宿へと向かった。
「どういう事だ?パーティーだって組んでないはずなのに」
まず自分の状態を確認するが異常はない。メニューを見ているとグレーアウトしていたフレンド機能が他の使えるメニューと同様に白い文字で表示されていた。そしてフレンド一覧を開くとそこにはエイナの名前が一番上にぽつんと表示されている。
「フレンドになってる?確かゲームの時はメッセージ機能を使って申請や承諾が必要だったんだが、今回で怪しいのはあの握手をした時か?」
友達になろうと握手をした瞬間に緑から青に変わったように見えた。という事は友達になるとゲームでいうフレンドになるという扱いなのだろう。そうであればギリギリ納得出来なくは無い、試しにエイナの名前を選んでみると『調べる』で表示される情報と併せて彼女の現在地が表示される。更にメッセージとフレンド削除という選択肢も出てきた、メッセージは地球でいうとリアルタイムでメッセージをやりとり出来るアプリのような物だ。
「これはさすがに試すのは怖いな。どういう形でメッセージが送られるのか検討が付かん、今は保留するしかないな」
取り敢えずフレンド機能は使えるようになったという事だけで確認を終わる事にした。この機能は今後時間を掛けて検証していけばいいだろう、そんなに友達増やす予定もないしね。
「さーて、取り合えず寝ますか!おやすみー」
何だかんだで疲れた気がしているので寝てしまおう。肉体的には全く疲れていない筈なのだが生身の人間だった時の感覚が抜けないのか、疲れたような錯覚を覚えるのだ。この感覚も時間が経てば慣れるのだろうか、今は本能に従ってベッドに横になって眠りに着く。