岩壁の根城
ゴロッカの町を出て1時間ほど歩いたのだろうか、私は町を囲う岩山の麓まで来ていた。 あの子の母親が言うには、もうすぐギルドのアジトがあるはずなんだけど。
「あ、見つけた。」
目の前にそびえるのは、山の岩壁を削って造られた岩の建造物。 それは自然から創り出したとは思えぬほど繊細で迫力のあるもの。 そんな違和感を感じながら私は建物の根元に立つ。
そして、私は瞳を閉じて感覚を研ぎ澄ます。
この岩壁内部の最上部、町で感じたエネルギーと同じ、だけど違う。 種類は同じ、量が違う。 エネルギーの質量が全然違う。
「間違いない、盃はあそこだ。」
私はアジトに入る為、壁伝いに入口を探していると、二人組の男が壁際に立伏せていた。 その奥には扉、恐らくこの建物の入り口。
ここからは戦闘になるだろうか、でも力は温存しておきたい。 とりあえず話しかけてみよう。
「あの……ここって入っても?」
「あん? 良いわけねえだろ。 ガキは帰りやがれ。」
やっぱりダメか、コッソリ入れる場所を探そう。 正面突破は諦めて踵を返そうと振り返った時、見張りの一人が慌てたように話し始めた。
「おい、もしかしてアイツって俺たちのこと嗅ぎ回ってる
連中じゃねえのか?」
「あん? あのボスが言ってた“追風の布靴”ってギルドの
ことか? おい、そこのお前ちょっと待て。」
引き返そうとした私の肩を、一人の男が掴んだ。
「お前、追風の布靴の差し金か? 答えろ。」
背後から感じる殺気。
肩を握る手に力が込められて少し痛い。それより、追風の布靴ってなに? 聞いたことないんだけど。
とりあえずこの状況……どうしようか、なるべく戦闘は避けたい。 アジトの中で魔力が尽きたら元も子もない。
戦闘だけは避けたい。 戦闘だけは____
「黙ってねえで答えやがれ!」
「…………仕方ないか。」
沈黙に痺れを切らした男が、私の肩を引き寄せ殴りかかってきた。 私はすかさずローブから腕を抜き、男から距離を取ると同時に、魔導書を開いた。
「____解放」
「ほほう、意外にすばしっこいのな。 それにやる気満々
じゃねえか。 おい、さっさとやっちまうぞ!」
「おうよ!」
ローブを投げ捨て、殺気立った表情で剣を抜いた二人の男たちが、こちらへ向かってくる。
「魔導師か? この距離じゃもう詠唱は間に合わねえよ!」
私が魔導師であると判断した男たちは、素早く間合いを詰め私に切り掛かってきた。 だけど私が慌てることはない。
「____柱状隆起」
「なっ! 詠唱無しで魔法が発動するはず……へぶっ!」
「ごあっ!」
驚き目を見開いた男たちをよそに、無情にも足元の地面が男たちを打ち上げた。
「油断しすぎ、お邪魔するから。」
「ち、ちくしょう………。」
投げ捨てられたローブを拾い上げ羽織ると、這い蹲り意識の朦朧な男たちを尻目に、私はアジトへ正面から侵入した。
アジトの中はとても広かった。 天井のあるこの建物は日の光が入らないものの、魔力を動力とした照明がいくつも焚かれており、昼夜問わず建物中が明るく照らされているのだろう。
岩壁の内部は空洞のようで、高層まで吹き抜けとなっている。 内部では如何にもな容姿のゴロツキたちが下品に食事を取っていたり、賭け事をして騒ぎ立てている。
皆、それぞれの事に夢中になっており私に気がつくことはない。 予想以上に規模の大きいギルドだ。 一人一人が顔を覚えてなんかいない。
「ラッキー、今の内に上まで登ってしまおう。」
私はフードを深く被ると、なるべく音を立てぬよう、階段を登り最上部を目指した。
***
「エネルギーの発信源はこの扉の先……
大きいアジトの割に警備は薄いもんね。」
私はアジトの最上階まで登ると、感覚を頼りに廊下を進み、1つの扉の前で立ち止まった。
明らかに他の部屋とは違う、重厚な造りの扉。
私は冷たい扉に手を添え体重を前方へ預けると、金属同士の擦れ合う不快な音を立てながら扉は徐々に、やっと人一人通れる程の隙間に開いた。
恐る恐る部屋の中へ入った私は、その光景に正直驚いた。
あの下品な輩のものとは思えぬ程に綺麗な部屋。 天井は高く広々としており、部屋の端に並んだ棚には金品の数々が輝いている。 中央にはオシャレなデザインの机と、フカフカのソファ。 その奥には背もたれの大きな椅子が私に背を向けている。
エネルギーの場所は……こっちか。 私はある棚から先ほどのエネルギーを感じ、そちらへ歩みを進めようとした。
その時、部屋の奥から聞こえた声に、私の背筋は一瞬で凍りついた。
「ノックもしないで俺様の部屋に入るとは……よっぽどの
緊急事態か、それともお行儀の悪い鼠か、だよなぁ?」
部屋の奥に聳える背もたれの大きな椅子が、ゆっくりと私の方へと回り、一人の男が怪しい笑みで私を見据えた。
ギョロギョロとした瞳に、大きな口。 額には顔を横断するように、刀傷が痛々しく付けられている。
外で見張りをしていた雑魚とは比べ物にならない、それがすぐに分かるほど男の放つ威圧感は凄まじい。
「目的は何だ、この宝か? それとも………俺の命なんて
言うんじゃねえだろうなぁ?」
「その両方、貰いに来たって言ったら?」
「がっはっはっは! 面白え!」
男は私の回答に大笑いすると、ゆっくりとした動きで立ち上がった。 身の丈2m近くはあるだろうか、壁に掛けてあった大きな斧を肩に担いだ様子は、男の威圧感を更に強め、緊張感が走る。
「俺様はギルド“死神の大鎌”幹部であり、この支部を任され
ている“大斧のキルロイ”様だ。 どんな奴と殺し合う時にも
名乗り合うのが俺様の流儀だ。 貴様の名前は何だぁ?」
「あなたに軽く名乗る程、私の名前は安くない。」
「………上等っ! 今すぐ殺してやるよぉ………!」
怒鳴り声をあげたキルロイが、斧を振り上げながらこちらへ向かってくる。 その動きは決して早くはない、これなら余裕で間に合う。
「____解放……柱状隆起」
キルロイと私を直線で結ぶ部屋の中央辺り、キルロイの通過するであろう地点を予測し、私はそこの地面に魔力を集中させる。 そして間も無く、キルロイが通過する寸前、私は魔法を発動した。
瞬間、何の前触れもなく突如地面が柱状に隆起し、キルロイの巨体を天井へ打ち上げ………ることなく、ただ部屋の中央にそびえ建った。
「へっへっへ……! 俺様が魔力を感じないとでも思ったか? 甘く見るんじゃねぇ!!!」
「…………声大きいから。」
地面が隆起する寸前、キルロイは減速し私が魔法を発動した地点を迂回すると、再度加速し私に向けその大斧を振り下ろした。
私は咄嗟に地面に手を着くと、周囲の地面に魔力を込めイメージした。
『範囲は最低限で良い、間に合う限り最大限の硬度で。』
魔力が地面に馴染むと、私は立ち上がりながら地面を掴み、そのまま引き上げた。 すると、私のイメージ通り、地面は粘土のように形状を変え、人一人覆えるほどの大きさの防壁を私とキルロイの間に構築し、キルロイの斧を食い止めた。
「土属性の魔力を使った形状変化か………速度といい、
硬度といい申し分ない一級品だ。 だがなぁ………。」
「………っ!」
キルロイの腕に力が込められると同時に、私の構築した岩の防壁に大きく亀裂が走る。 私はその様子を見て、すぐさま距離を取ろうと一歩後退りした時、防壁の亀裂はその規模を増す。
そして、私の構築した防壁を砕きながら、キルロイは斧を振り抜いた。
振り抜かれた斧の刃は私の目と鼻の先を通過し、空を切る。 後退りするのが少しでも遅ければ、今頃私は首を飛ばされていただろう。 しかし、斧は避けきれたものの、砕かれた岩の破片が身体中に飛散し、全身に鈍痛が走る。
それでも痛みを堪え、私はキルロイと距離を置いた。
「今のを避けるとは思わなかったぜぇ……! だが距離を置いたって無駄だ。 お前は俺様に傷1つ付けられ____」
「____柱状隆起」
キルロイの話を遮るように足元へ魔法を発動する。 キルロイは驚く様子もなく、斧を振り上げると、魔力の集中する地面に振り下ろし、隆起した岩の柱を真っ二つにかち割った。
「俺様にその魔法はもう通じねぇ。 観念して大人しく
…………ぐぁっ!」
キルロイの巨体がよろける。 押さえた左肩からは流血しており、そこには岩の針が深く刺さっていた。
魔法を発動すると同時に、先ほど砕かれた防壁の欠片を拾っていた私は、それを針状へ形状変化させ、小規模の柱状隆起を自身の足元に発動することで、針状の岩をキルロイに目掛けて飛ばした。 床に意識をやったキルロイは、その事に気がつかなかったのだ。
「傷1つ……何だって?」
「小賢しいわ! 楽には殺しやらんぞ……!!」
顔を真っ赤にしたキルロイはこれまでにないほどの殺気をあげ、距離を詰めてくる。 これまでの攻防から、今の柱状隆起では通用しないと判断した私は、すぐさま新たな魔法を唱えた。
「____“土の槌"」
私の右手の中に構築されたのは、私の身長ほど柄の長い土製の槌。
「そんな泥の玩具如きに俺様の大斧は防げんぞ!」
「確かに、これは土属性の魔力を槌の形状に練り上げる下位魔法。 だけど、練度によってその威力は…………。」
距離を詰め、大斧を振り上げるキルロイ。 私は腰をひねり槌を後方へ引くと、迫ってくる斧にめがけて思いっきり振り抜いた。
「その威力は、練度によって下位魔法の常識を超える。」
「俺様の一撃を迎え撃つとは……ガキのくせにやるじゃねえか!」
「……どうも。」
ぶつかり合った斧と槌は、お互いの衝撃を相殺する様に後方へ弾けた。 あまりの衝撃で足元がよろけそうになるのを堪え、槌をもう一度握り直すと、今度は私から攻撃へ転じた。
部屋中に斧と槌のぶつかり合う音が響く。
小柄な私は、この大男に力では敵わない。 だけど私には勝機が見えた。 左肩に傷を負った事も相まってか、キルロイの攻撃は私でも見切るのが容易いほどスピードが落ちている。 ただし、体力的には彼方の方が優勢だろう、隙を見て早いうちにケリをつける。
近接の戦闘に慣れてきた私は、キルロイの大斧を否しながら、攻撃の最中に生まれる隙を伺う。
そして今、私を捉えていたキルロイの視線が不意に別の位置へと移る。 私はその隙を逃すことなく、キルロイの視界から消えるように姿勢を落とす。 それと同時に、私の身長ほどあった槌の柄を半分の長さに変化させ、ガラ空きの腹部めがけ槌を振るった。
コンパクトに振った槌がキルロイの腹部を捉え、鈍い音と共に小さなうめき声をあげ、キルロイの顔が苦しそうに歪む。 更に力を込めると、キルロイの大きな身体が宙へ浮き、槌を振り抜くと同時に部屋の反対側へ巨体が吹き飛んだ。
「……意外と呆気ないもんね。」
部屋の隅に沈んだキルロイを見て呟くと、私は背を向け、目的の盃のある棚へ移動した。 棚に並べられた金品の数々をガラス越しに眺めていると、その一つに私の意識は釘付けになった。
ソレは周りに並べられた物と比べると、輝きもなくヒビの入った保存状態も良くない、ただの盃。 だけど、感じる。 この盃で間違いない。
「あった……これで一つ目……。」
ガラス扉を開け盃に手を伸ばした時、目的の盃の隣に置いてある鏡の盾に映る景色の中で、何かが動いた。 私は咄嗟に振り返ると、倒したはずのキルロイがゆっくりと立ち上がった。
「ちゃんと止め刺さねえとダメだろうが、クソガキよ。 その甘さがお前の命取りになるんだからなぁ!」
立ち上がったキルロイは私をキツく睨みつける。 その血張らせた瞳には深い怒りと、有り余る殺気が込められており、私は思わず一歩後退りする。
動き出せない私を見たキルロイは、目の前にあった大きな机を蹴り上げた。 机はその重さに似つかぬ速度で真っ直ぐ私に向かってくる。 私はすぐさま槌を後方へ振りかぶると、机を迎え撃つように槌を振り抜く。
迫ってきていた机は槌に弾かれると軌道を変え、部屋の壁に衝突した。おしゃれなデザインも虚しく変形してしまった机を一瞥すると、私は部屋の反対側に立つキルロイを見据える。
………いない。 さっきまでそこに居た奴の姿がない。
咄嗟のことに思考が停止する。
その時、私の右方から強い殺気を感じた。 すぐさま防壁を張ろうと試みた。
次に私が感じたのは、この身に味わった事のない程の大きな衝撃だった。